第52話◆転生開花というギフト

「うわあああああああああああああああ!!」



 すごく昔――前世の夢を見て飛び起きた。

 ハァハァと肩で息をしながら、今は違う世界にいるという事を思い出す。


 今の自分はグランという人間であり、前世の記憶はただの記憶として俺の中にあるだけで、俺の人格はこの世界で生を受けたグランの物だ。

 いや、そうでなければならない。


 そうでなければ、こんな魔物だらけ、いや人間すら襲って来る事のある世界で、平然と生きれるわけなんかない。

 人……いや、動物すら殺す事がないような平和な世界に生きていた人間の人格のまま、命のやりとりのある生活なんで出来るわけがない。




 ――俺は、グランだ。














 人は忘れながら生きていく生き物である。

 古い記憶、自分にとって不要な物は、時と共に記憶の中から薄れ、やがて思い出す事も無くなる。時には、心の平静を守るため、辛い記憶も忘れてしまうこともある。

 子供の頃の記憶なんて、成長と共にどんどん消えていくのは当たり前で、その子供時代より更に昔の前世の記憶なんて、覚えてる者などほとんどいないだろう。



 忘れるという事は、記憶から完全に消去されてるわけでない。ただ単に思い出せなくなってるだけだ。

 だからきっかけがあれば、すっかり忘れていたことを唐突に思い出す。


 俺が前世の記憶を思い出したのも、些細な事がきっかけだった。

 教わった覚えのない事を何故か知っているという事が多かった子供時代、何故だかわからないが知っている。

 どうして知っているのか、どこで知ったのか、子供の俺にはその理由がよくわからなかった。


 記憶とは単体では存在しない、必ずそれに繋がりのある記憶が存在する。

 子供ながらにどうして自分は、教わってもない事を知っているのか、家族や近所の人が知らない事を知っているのか、どこで知ったのか、思い出そうとしたら、前世の記憶が頭の中に流れ込んで来た。

 そして、そのままぶっ倒れて、しばらく寝込むことになった。


 五歳の時の話である。



 目が覚めた時には、氾濫するように流れ込んで来た前世の記憶は、だいぶ落ち着いていた。

 もともと、同じくらいの年頃の子供に比べて落ち着きもあったし、物覚えもよかった。今思えばそれは、無意識のうちに前世の記憶の影響が、僅かながらあったのだろう。

 その為か、周囲の同年代の子供らに比べて精神の年齢が高かったのだと思う、子供の頃からはっきりと"自分"というものを持っていた事を憶えている。


 五歳の体に、前世――記憶に残ってるのは中年と言われる年齢くらいまでの記憶が流れ込んできたのだ、既にある程度の人格が形成された歳だったが、記憶が流れ込んで来た事は多少、俺の人格に影響はあったと思う。

 それでも、たった五歳とは言え、小さな田舎の町で大人を手伝いながら生活していた俺にとって、前世の平和な世界の記憶が蘇ろうとも、すでにこの世界の生活が当たり前のものとなった後だったので、記憶はただの記憶として俺の中に居座っただけだった。


 前世の世界に比べて、今世の世界は"死"がすぐそばにある。

 生きる為の糧として、他の生き物を狩るということを、すでに学んだ後で良かったと思う。

 前世では動物すら殺した記憶がなかったが、今世の俺は五歳の頃にはすでに家族を手伝って、小動物や弱い魔物を狩ってそれを捌く事をしていた。

 だから、生きる為に命を奪うという行為に抵抗はなかったし、生き物を食べる為に解体する作業も当たり前の事として受け入れていた。


 そして、この世界は弱者には厳しい事もすでに知っていた。

 前世と違って身分制度があり、自分達平民の命は身分の高い者に比べたら随分と軽い。そして、弱者から略奪をする略奪者もいる。

 無意識下にうっすらと存在していたであろう前世の記憶の影響もあったのだろう、子供ながら死という物が身近にあることはすでに理解していた。

 それは、平和な前世の記憶が流れ込んで来たからと言って、変わる事ではなかった。


 その時の俺にとって前世の記憶は知識で、生きる為のアドバンテージでしかなかった。



 前世の記憶と共に、自分の強さが見れるようになり、自分は複数の"ギフト"と呼ばれる加護を持っている事を、知ることができた。

 "器用貧乏"に"クリエイトロード"と"エクスプローラー"、どれもわかり易いギフトだ。


 最後の一つ"転生開花"こいつが俺が前世の記憶を思い出した原因だと思っている。


 そもそも"転生"って冠してるしな。

 アベルの鑑定ですらこの転生開花の詳細はわからないと言っていた。もちろん何度か聞かれた事はあるが、自分でもよくわからないとお茶を濁した。


 ギフトは所持者のスキルに恩恵を与えるのが普通だ。"器用貧乏"ならほぼ全てのスキルの初期成長速度のアップ、"クリエイトロード"なら生産系スキルの成長速度のアップとか、"エクスプローラー"なら探索や管理系のスキルの精度の上昇とか、そんな感じにスキルがギフトの恩恵を受ける。

 しかし"転生開花"というギフト、何のスキルにも影響を与えない。


 じゃあどんなギフトかだって?


 思い出すんだよ、前世の記憶を。

 五歳の時に前世の記憶を思い出したんじゃないかって?

 思い出したよ、俺に前世があるってことを。教えられてない事を知っている理由、謎の既視感と知識、その原点が前世だってことを。

 そしてその事に関係する、大雑把に前世の自分がどういう者だったかを思い出した。


 まぁつまり、自分には前世があって、前世の自分がどういう世界にいて、どういう人間だったかというのを大雑把に思い出しただけだ。


 最初に思い出したのはそれだけだった。

 それだけだったが、前世の世界が今の世界とは違う文明を築き発達している事も、住んでいた国の教育水準が高かった事も、思い出した記憶の中にあった。


 そう、俺が前世を思い出したきっかけは"どうして自分は教わってもない事を知っているのか"その理由を思い出そうとした事だ。

 だから"転生開花"のギフトの恩恵で思い出したのだと思っている。知らないはずの事を知っている理由が、前世の世界だという事を。



 この"転生開花"というギフトのせいで、俺はどんな些細な記憶でも前世の事なら思い出す事ができる。



 忘れるという事は記憶から完全に消えるというわけでない、憶えていないだけだ。

 つまり、前世の記憶ならちょっと見た事ある程度の事でも、このギフトの恩恵で思い出せる。

 高度な教育システムと、情報社会の中で生きていた俺は、膨大な量の知識を忘れて生きてきていた。それをこのギフトは引っ張り出すことが出来る。


 そう言うと便利に聞こえるだろ?

 確かに便利には便利なんだけど、このギフトはそんな可愛い物じゃない。


 記憶とは単体では存在しない。

 記憶には前後の事情が存在する。つまり何かを思い出せば、それと同時にその思い出した記憶に関連する記憶も思い出してしまうのだ。

 これがどういう事かわかるか? 不要な物まで思い出すんだよ。その中には思い出したくない記憶だってある。

 つい便利だからと前世の記憶を引っ張り出して来る俺も悪いのだが、前世の記憶を引っ張り出した時に、嫌な思い出もついて来る時もある。

 関係ある記憶がすぐに呼び起こされる時もあれば、今日みたいに遅れて夢に出て来る時もある。

 前世の記憶を引っ張り出し過ぎた後は、時々こうして思い出さなくていい事まで思い出してしまう時がある。トラウマレベルの記憶なんか思い出した日には、ゴリゴリと精神を削られる。

 

 些細なことでも思い出せるという加護は、些細な事すら忘れさせてくれないという呪いだ。


 そして前世の思い出を思い出しすぎると、ふとしたことで今の俺が、前世の俺に塗り替えられてしまうのではないかという感覚に陥る。

 前世の記憶を知識として思い出してるうちはいい、感情を思い出してしまうと簡単に前世の俺に引っ張られそうになる。

 前世の記憶を思い出したばかりの頃に比べれば、随分と前世の俺の性格に引っ張られてしまっているような気もする。


 命のやり取りとは無縁だった前世の俺に偏り過ぎてしまうと、魔物を殺す事すら躊躇する可能性はある。そうなるともう冒険者としては生きて行けなくなる。冒険者どころか、普通に暮らすのも厳しくなるかもしれない。前世と今世ではすべてにおいて、価値観が違いすぎる。

 前世の思い出に飲まれて、今の俺が前世の俺に塗り替えられるわけにはいかない。

 

 

 忘れる事が出来ないというのは、存外地獄である。



 ランドタートルの件以降、ちょっと張り切って前世の記憶に頼りすぎたな。

 特にリュネ干しを作って、前世の家族を思い出したのがまずかった

 リュネ干しを作っている時に前世の家族の事を思い出したからか、久しぶりに食べた梅干しに懐かしさを感じたからか、思い出さなくてもいい当時の苦い記憶が夢に出て来た。


 前世の俺が、今の俺よりもうちょっと幼かった頃。

 今世では家を出て冒険者として自立していた歳の頃だが、前世では親の庇護下、家庭の中で温く生きてた頃の記憶だ。

 平和な世界だったな。

 そして、平和過ぎる世界でどうして俺はあんなことをしたんだろう。

 ホント、ガキだったよなって思う。


 思い出したくない昔の記憶は、俺の心を深く抉って精神を擦り減らしていく。


「うわああああああああああああ……」


 夢に出て来た前世の記憶を思い出して再び頭を抱えた。












 どうして、あの頃の俺はかっこいい勇者に憧れていたんだ!!


 いや勇者だけじゃない、アニメやゲームのかっこいいキャラクターにも憧れていた。


 右手に黒い絵の具で"龍"を描いて包帯を巻いてみたり、別に怪我や病気ではないのに眼帯を付けてみたり。


 海に沈んだっていう伝説の大陸とか、陰謀論とか見てはワクワクしてたよな?


 あ、そうそう、初めてやったネットゲームで可愛い女キャラのプレーヤーに入れ込んだら、中の人が男で初恋にグッバイしたとか。



「うわああああああああああああん!!!」



 しかも俺、ゲーム内でめっちゃ恥ずかしいセリフ、垂れ流しまくってたよね!? あとやたら背中に翼の生えた装備好きだったよね?

 黒いロングコートとか大好きだったわ。だってかっこいいんだもん。

 でも今なら――ないわー、絶対ないわー。いちいち必殺技叫びながら攻撃なんてしないし、ロングコートとか、ビラビラして苦手だわ。翼は……うん、なんか的として狙いやすそうだなぁ…。


 前世の少年時代を思い出して、あまりの恥ずかしさに頭を抱えて悶絶した。

 ザ・黒歴史☆

 どうして、そこ思い出しちゃったかなーーーーー!!

 厨二病だった頃の俺の思い出。このまま忘れておきたかった。



 生ぬるい世界で、空想の物語に憧れてた子供の頃の記憶。

 あの感覚で"こっち"に来てたらきっと無理だったな。"ファンタジーの世界"は、前世の子供の頃憧れてたような、綺麗でかっこいい世界じゃない。

 生きる為に他者の命を奪う事が身近な世界。食物連鎖を目の当たりにする日常。

 前世の感覚に戻ってしまえば、魔物と言えど生き物を解体する光景など耐えられたものではないだろう。

 優しい世界での感覚も、その世界で勝手に憧れていた感覚も、忘れたままの方がいい。


 大人になってからも拗らせた厨二病の後遺症で、あれこれと小説や漫画を読んだり、ゲームにはまったり、その世界観の元ネタになる本や記事を読み漁ったりした事は、転生開花のギフトのおかげで、今の俺にとっては非常にプラスとなっている。

 それはとてもありがたいんだ。その点は前世の自分にものすごく感謝している。

 だが、同時に付いて来る前世の感情の記憶は、今世の俺を少しずつ前世の俺に寄せていく。今の俺にとってそれはデメリットである。

 前世の少年時代を思い出して、それを恥ずかしいと感じるのも、おそらく前世の俺の感情の記憶だ。


 前世の記憶が戻って以来、その記憶に頼る事も少なくなかった、そのたびに前世の俺の感覚や感情を思い出し、それは少しずつ今世の俺の人格の中に居座っていった。

 今世の価値観に沿った行動している時間が多ければ、今世の俺の感覚と価値観の方へ傾いていく。便利だからと前世の俺の知識ばかりを使いすぎれば、知識と一緒に前世の感覚も思い出して、前世の俺の感覚が俺の中で強くなる。

 今のところ今世の俺と前世の俺は、バランスを崩す事もなく融合しているといった感じだ。このバランスを前世の俺に傾け過ぎてはいけない。



 


 ――俺は、この世界に生まれたグランだ。


 





「グラン煩い!! 何時だと思ってんの!? 夜中に騒ぐのやめてよね!!」

 バンッ! と部屋の扉が開いてアベルが怒鳴り込んで来た。


 後ろには、目をしょぼしょぼさせているラトも見えた。




 一人で静かに暮らしたいと思って田舎に引っ込してきたが、キルシェ達やラトと出会ったり、アベルが追っかけて来たり、幼女達が家に来るようになったりして、結局毎日が騒がしい。

 だけど今世の他人と繋がりが今の世界を俺に強く意識させ、前世の俺に引っ張られすぎないで済んでいるのだろう。

 一人だったらもっと前世の俺の方に傾いて、遠くない未来、完全に前世の俺になっていたかもしれないな。

 あー、友達いてよかった。


 ヘラリと笑えば、アベルの眉がピクリと跳ねた。


「夜中に大声だして起こしといて、何ニヤニヤしてるの!? 寝ぼけてるの!?」




 この後めちゃくちゃ説教された。


 前世の黒歴史は思い出すし、アベルには説教されるし、俺自身の為にも前世の知識に頼るのもほどほどに……だな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る