第51話◆その顔が見たかった

 リュネ干しの天日干しを始めてから三日目。

 倉庫の横の軒下に干しているリュネ干しを、一つ一つ箸で摘まんで裏返すという作業を鼻歌交じりにやっていた。


 幸いこの三日間天気はとても良かった。三日間天日と夜露に晒されたリュネ干しは、余計な水分が抜け皺が目立つようになり、果肉部分も程よい柔らかさになっていた。そろそろ天日干しのターンも終了だ。

 一緒に漬けていた、カーマクシオンも天日干して、こちらは水分が抜けてだいぶカラカラになっている。このまま完全に乾かしてた後、小さく砕いて、ふりかけにしてしまおう。ごはんに混ぜておにぎりにすると美味しいんだよね。


 リュネ干しはこの状態からあと半年から一年ほど寝かせると、塩味が馴染んでさらに深い味わいとなる。

 しかし今の状態でも食べれるので、ちょっとつまみ食いを……。


「……っ!!」


 すっぱっ!! めっちゃしょっぱっ!! めっちゃ前世のばーちゃんの梅干しの味!!

 さすが、リュネの重さの二割の塩をぶち込んだだけはある。

 食べやすさとか、健康を考えると塩分はもう少し減らした方がいいのだが、俺はちょっとしょっぱいくらいの梅干しが好きだった。


 料理とは、作る人が主導権を握っているのだ。


 よって、うちのリュネ干しは酸味も塩気も強い、めちゃめちゃしょっぱいリュネ干しだ。

 フハハハハハ、これを更に梅酢の中に戻して熟成させると、塩辛さは落ち着いて、酸っぱさが加速するんだ。

 想像しただけでも、口の中が酸っぱくなる。


 そして前世が日本人の俺は、このくそ酸っぱい食べ物を食べると、何か疲れが取れる気がする。前世で仕事忙しい時はいつも、梅干し系の間食を口に入れてたんだよなぁ。

 今世でもやはり、この強い酸味と塩味で頭がすっきりする気がする。


 久しぶりに食べる懐かしい味に感動していると、背後に生ぬるい吐息を感じで振り返った。

「ファッ!? ってシャモア……じゃなくてラトか」

 振り返ると大きなシャモアの姿をしたラトが、俺の背後で鼻息を荒くして軒先に干してあるリュネ干しを見ていた。

「これはリュネの実をカーマクシオンの葉と一緒に塩漬けにした物だよ。まだ途中だけど、一応もう食べれるから味見するか?」

 悪い笑みが漏れそうなのを必死に我慢してラトに尋ねた。

 日本人にはとてもなじみの深い、強烈な酸っぱさだが、酸っぱい物に慣れてない者には少々刺激が強いかもしれない。梅酢に戻して寝かせる前だから、まだ発展途上の酸っぱさなので、俺的には少し手加減はしているつもりだ。


 食べるか尋ねるとラトは首を縦に振って、口とカパリと開けたので、その口の中に梅干しを一粒放り込んだ。

 パクリとラトが口を閉じて、もごもごとした直後、口の動きが止まって眉間にものすごく深いしわが寄った。その後目を泳がせながら、口はしっかり閉じたままものすごくもごもごしていた。


「何やってるの? 俺に内緒つまみ食いー?」


 リュネ干しを食べてもごもごしているラトを観察していると、アベルも帰って来てこちらにやって来た。

「ああ、リュネの実を塩漬けにした後、カーマクシオンと一緒に漬けて、天日干しにしたんだ」

「へえ、随分手の込んだ事するんだね」

「昔、本で読んだやり方をやってみたんだ」

 いつものように誤魔化しておく。毎回同じ言い訳をしている気がするけど、一番無難な回答なので仕方ない。

「リュネ干し? 赤くて綺麗だけど、鑑定したら食べ物にしてはものすごく強烈な、疲労回復効果付いてるけど?」

「へ?」

 アベルに指摘されて自分でも鑑定してみた。


【リュネ干し】

レアリティ:S

品質:上

効果:体力回復B

高い疲労回復効果と覚醒作用。

精神的疲労にも効果がある。

かなり酸味が強い。食べすぎ注意。


 ええ? 疲労回復効果Bってハイポーション並なんだけど!?

 レアリティがアホみたいに高いのは、リュネの実自体がレアリティが高いのと、作り方が前世の知識のせいだろう。

 リュネの実が元から持っている効果が高かったところに、カーマクシオンの体力回復効果が合わさって、こんな結果になったのかもしれない。


 アベルから生ぬるい視線を感じる。

 俺は悪くない。リュネの実が凄かったんだ。なんなら幼女の加護の効果も乗っかっているのかもしれない。


「それで、かなり酸味強いって見えるけど食べれる範囲なの?」

「うん、俺は平気かなー」

 前世で馴染みあるからな。

「うむ、確かにこれは疲れも取れるし、思考もすっきりしたな」

 いつの間にか、ヒトの姿になったラトが話に入って来た。リュネ干しの酸っぱさからは立ち直ったようで、シレっとした顔をしているが、すごく悪そうな顔にも見える。

「へぇ、ラトはもう食べたのか。俺も食べてみていい?」

「うん、中に大きな種があるから、先に種を抜いてから食べた方が食べやすいかも」

 そういえばラトは種どうしたんだろう。ペッてしたのかな? まさか飲み込んでないよな?

「じゃあ、一つ頂くよ」

 チラリとラトを見ると、穏やかな笑顔を浮かべているが、何だか黒い笑顔に見えて仕方ない。

 多分俺も悪い顔してる気がする。


「……っ!!!!」


 リュネの実を摘んで、種を取り除いて、果肉だけを口に放り込んだアベルの表情が、わかり易く歪んだ。

 アベルの表情が思いっきり崩れるの見るの何年振りだろう。そう、その顔が見たかった。


 アベルが口を押えて、くるりと身を翻してこちらに背を向け、肩を震わせている。

 元からちょっといたずらするつもりではあったけど、アベルは自分から食べるって言ったんだもんな。俺は悪くない。

 ラトの口には放り込んだけど、本人?本鹿?了承済みだったし、こっちも俺は悪くない。

 ラトはシャモア姿だったから、表情が崩れるのは見れなかったけど、シャモアがもごもごしている顔は、なかなか面白かった。


 いやー、イケメンの表情崩れるのを見るのはいいね!!

 なんて上機嫌になっていると、背中がぞくぞくするような怒気を感じた。


「グ~ラ~ン~~~~~~~」


 地を這うような声と共に、アベルがものすごい笑顔でこちらを振り返った。

 あ、これやばいやつだ。 

 思わずあとずさりすると、隣にいたラトに肩を掴まれた。

「長く生きて来たが、あのようなリュネの実の食べ方は初めてだったよ」

 ラトまでものすごい笑顔だ、これはまずいやつでは?

「鑑定通り、今日の疲れが消し飛んだよ」

 やばい、この笑顔は確実にやばいやつ。

「これは私からもお礼をしたいところだな」

「いや、アレはラトが生らせた実だし?」

「俺も高い疲労回復効果の食べ物なんて、珍しい物貰ったお礼がしたいな」

「ひぇ……っ!」


 この後、アベルが何故か持ってた口の中がめちゃくちゃパチパチする飴を、口の中に放り込まれ口の中がめちゃくちゃパチパチすることになった。前世でも似たようなお菓子あったけど、あれより強烈だった。

 そしてその後、ラトが出して来たホホエミノダケとかいう、胞子を吸い込むと笑いが止まらなくなるキノコを回避しようとしたら、うっかり地面に落ちて胞子が撒き散らされる事となり、三人で笑い転げることになった。

 こないだのバーミリオンファンガスといい、どうしてラトは奇妙なキノコを持っているんだ。ていうか、そんな物騒なキノコ出してくるな!


 結局その後、夕食の為にやって来た幼女達に助けられるまで、三人で無意味にゲラゲラ笑い転げてた。

 ホント幼女三姉妹達マジ天使、女神様。







 笑いすぎて腹の筋肉がピクピクする。脳筋系冒険者なので、結構鍛えてると思うのに、おそるべしホホエミノダケ。

 魔導士なのであまり鍛えてないアベルは、ソファーでぐったりしている。ラトもぐったりしているが、この状況はラトの自爆テロみたいなものだから仕方ない。


「リュネ干し食べる?」

「いらないよ!! 体力回復効果はあっても、酸っぱすぎるよ! あの酸っぱさ、もうちょっとどうにかならなかったの!?」

「あれがいいんじゃないか。あれを寝かせて熟成させると、塩味が落ち着いてさらに酸っぱくなるよ」

「あれがいいとか、グランの食の守備範囲広すぎない!? ていうかアレ、まだ酸っぱくなるの!?」

 予想はしてたけどアベルには、リュネ干しはかなり不評だったようだ。

 ラトの方を見れば、飼い主に不意打ちで爪を切られた猫のような、人間不信の表情をしていた。ごめんて、でもホホエミノダケはラトが出して来たやつだから、その後の騒動は俺は悪くない。


「これ食べて機嫌直して?」

 そう言って俺が差し出したのは、一粒ほど小皿に載せたハチミツリュネだ。

 塩漬けが終わった後のリュネの実を、カーマクシオンではなく、ハチミツに漬けた物なので、ほんのり酸っぱさは残っているものの、ハチミツの甘さの方が強く甘酸っぱくて、リュネ干しよりはずっと食べやすい。

「これは酸っぱくないの?」

「うん、ハチミツに漬けてるから甘酸っぱいよ」

「やっぱり酸っぱいのか、ってこれも疲労回復効果あるね。リュネの実の効果なのか」


【ハチミツリュネ】

レアリティ:S

品質:上

効果:体力回復D

軽い疲労回復効果。

精神的疲労にも効果がある。

甘酸っぱくて喉に優しい。


 リュネ干し程ではないが疲労回復効果があるらしい。ポーションにしなくても効果が強くでるなんて、リュネの実すごいな。

 同じようにハチミツリュネを小皿に一粒載せた物を、ラトと三姉妹の前にも置いた。


「これはなんですの?」

「リュネの実を塩漬けした後に、ハチミツに漬けた物だよ」

「お外に干してあった赤いのとは違うのですかぁ?」

「うん、あっちはちょっと酸っぱいけど、こっちは甘酸っぱいんだ」

「ラト達みたいにならない?」

「ラトとアベルがぐったりしてるのは、ラトが持って来たホホエミノダケの胞子が炸裂したからだよ」

 ハチミツリュネに興味を示している幼女達の質問に答えながら、じっとりとした視線を二つ感じた。


「ふあああ……不思議な味ですわぁ」

「甘酸っぱくておいしい!」

「なんだか元気になる感じですぅ」

 少しおっかなびっくりな感じで、ハチミツリュネを口に入れた幼女達の表情が、ぽわぁっと崩れて笑顔になった。

 うんうん、ハチミツリュネは先日リュネの下ごしらえを手伝ってくれた、三姉妹の為に作ったような物だからな。口に合ったようでよかった。


「これは酸っぱくはないのか?」

「酸っぱいけどあまいのですぅ」

「さっきのリュネ干しっていうのが強烈すぎたからね、警戒もしたくなるよ」

「りゅねほしという物はそんなに酸っぱいんですの?」

「あっちは甘い要素の物入れないからね。素材の天然の甘味が少しあるとはいえ、塩辛さと酸っぱさの方が強い」

「へー、ラトもアベルもそれ食べないなら、私が貰ってあげるわよ。甘さと酸っぱさが程よくて、気に入っちゃった」

 警戒心に満ち溢れているラトとアベルのハチミツリュネを、ヴェルが目を輝かせて狙っている。

「いいや、食べるぞ」

「俺も食べるよ」

 まだ疑うような表情の大人二人だが、幼女達が気に入っているのを見て、食べてみる気になったらしい。

 そこまで警戒するほど、リュネ干しは強烈だったのか。


「ふぁっ!? 甘い! ほのかに酸味があるからハチミツの甘さが嫌味じゃない。どうして最初からこっちを出さなかったの!?」

 そう言われても、リュネ干し食べてみたいと言ったのはアベル自身じゃないか。

「うむ、これは癖になりそうだな。先ほどの赤い方は少々強烈だったが、こちらはかなりまろやかな酸っぱさだな」

 アベルもラトもハチミツリュネの方は、気に召したようだ。


「それじゃあ、夕飯の支度してくるよ。今日はリュネを使った料理だから楽しみにしててくれ」

「え? すごく酸っぱかったりしない? 大丈夫?」

 リュネを使った料理だと言えば、アベルの表情がわかり易く引き攣った。どんだけリュネ干しを警戒してるんだ。

「大丈夫、大丈夫、俺を信じなさーい」

 ものすごくジト目で見られた気がするけど気にしない。さぁ、夕飯の準備準備!!




 今日の夕飯は、グレートボアの肩ロースを薄くスライスした物に、レスレクシオンの葉っぱを広げて載せて、その上にリュネ干しの果肉を三分の一個分ほど添え、くるくると丸めて軽く塩と胡椒を振って、パン粉の衣を付けて油で揚げた、リュネ干しトンカツだ。

 手のひらより少し小さいサイズなので、幼女達でも二口、三口で食べれるサイズだ。

 アベルもラトも揚げ物が好きなので、多めに作っておいた。これならリュネ干しが入ってても普通に食べれると思うんだ。


 そして揚げ物が被るのだが、レスレクシオンの葉っぱと花穂を天ぷらにした。これは、リュネ酒のおつまみも兼ねている。

 パンが合わない揚げ物ばかりなので、お米を炊いて、こちらはリュネ干しを干した時に一緒に干して、カラカラに乾燥させたカーマクシオンを砕いたふりかけを混ぜたお握りにした。

 リュネおにぎりもやりたかったが、アレは天日干しを終えたリュネ干しをリュネ酢に戻して、しっかり寝かせて味に深みが出てからやりたい。

 野菜が少ないので千切りキャベツ添えて、スープはお吸い物でいいか。







「え? これさっきのめっちゃ酸っぱいやつ? これなら全然イケる、っていうか酸っぱさがアクセントになっててちょうどいい」

 ほくほくとしながらアベルが食べているのはリュネ干しトンカツだ。

 そうだろうそうだろう、梅……いや、リュネ干しはそのままだとかなり酸っぱいが、何かと一緒にすると程よいアクセントになる。


「おいしい! おいしい! 何この赤いの!」

「オコメという食べ物は素晴らしいですわね」

「私達の森にオコメがないのが残念ですぅ」

 幼女達はカーマクシオンのふりかけのおにぎりがすっかり気に入ったようだ。

 わかるぞ、幼女達は子供ではないかもしれないけど、前世でも子供は赤紫蘇のふりかけ好きな子多かったからな!


 そしてラトは、黙々とレスレクシオンの葉っぱの天ぷらを食べている。

 ラトは、気に入った物を食べる時は無言になるタイプだと最近気づいた。

 あ、ちょっとそれ、俺も食べたいから全部食べるのはやめてくれ!


 食後は幼女達にはリュネの実をハチミツに漬けた、リュネハチミツシロップをアップルビネガーを水で薄めた物で割って、例の魔法の粉こと重曹とレモン汁を入れてシュワシュワさせた物を、俺とアベルとラトはリュネ酒のロックで締めて、今日の夕食は終了。


 陽も落ちて、幼女達が眠ってしまった後も、リュネ酒が気に入ったアベルとラトに付き合わされて、遅くまで飲み明かす事になった。











 そして、その夜。



「うわあああああああああああああああ!!」






 ひどい夢を見て、夜中に飛び起きた。


 

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