第50話◆リュネ酒とリュネ干し

 めんどくさい。これは思った以上にめんどくさい。


 俺は今、大量にあるリュネの実の"ヘタ"を採っている。

 リュネの実の上側のへこみの中に、ちょっとだけ残ってるヘタを一つずつ細長い木製のピンで、取り除いている。


 敷地の隅っこに植えてずっと芽が出なかったリュネの種が、クルとラトの力で立派なリュネの木となり、たくさんのリュネの実を付けたので、そのリュネの実を酒に漬けたり、シロップにしてみたり、漬物にする事にしたのだ。

 その為の材料は、昨日森で調達して来た。


 後はリュネの実を漬けるだけだと思っていたんだ。


 その漬ける為の下準備が、予想を遥かに上回る地獄のような作業だった。

 そういえば、前世でも梅を漬ける前の下準備の作業をよく、母親や祖母に手伝わされてたな。

 この作業を楽に進めれそうなスキルはないかと考えたが、そんな便利な物なんてなかった。


 昨夜寝る前にリュネの実を、アク抜きの為水に浸けて寝て、早朝に起き出しリュネの実を水から上げて、倉庫の作業台に広げて自然に乾くまで放置していた。

 朝食後に、それらを一つ一つ乾いた布で拭いて丁寧に、残った水分を取っていく。正直この時点でくそめんどくさい。

 それが終わると、今度はリュネの実のヘタを取る作業だ。


 めんどくせえええええええええ!!!


 そんなわけで、ちまちまとリュネの実のヘタをほじくる作業をしている。

 クルとラトが張り切ったせいで、すげー数が目の前に詰み上がっている。


「グランー、こっちの終わったよー」

「私もおわりましたぁ」

「わたくしも終わりましたわ、次のをくださいまし」


 すごい数のリュネの実を前に、死んだ魚のような目をしていた俺を助けてくれたのは、幼女三姉妹達だ。

 あの食事会以来、三姉妹はラトと一緒にうちに夕飯を食べに来る。

 その後、住処に帰る日もあれば、俺達が晩酌をしている間に三姉妹達が眠ってしまって、そのまま泊って翌日の朝食も一緒に食べる日もある。

 昨日は夕飯後、ラトと一緒に住処へと帰って行ったのだが、今日の朝食の後、俺が黙々とリュネの実のヘタを拭く作業をしていると、三姉妹達がふらりと遊びにやって来た。

 最初のうちはおやつを食べながら俺の作業を見ていたのだが、おやつを食べ終わったらおやつのお礼だと言って、リュネの実を拭く作業とヘタを取る作業を手伝ってくれている。幼女優しい。幼女可愛い。マジ女神。


 ちなみにこの大量のリュネの実を生み出したラトは、日課の森の見回りが忙しいらしく今日は姿を見せていない。

 おのれ、梅酒ことリュネ酒を飲みたくて、リュネの花を全部実にした張本人め!!

 まぁいい、リュネの実をいっぱいくれたからには、リュネ酒以外にもリュネを使った料理を振舞ってやろうじゃないか。


 酒好きの羚羊類の私欲にまみれたリュネの実のヘタを取る作業を、楽しそうに手伝ってくれる幼女達まじ天使。今なら女神に見える。

 大量にあったリュネの実だが、幼女達のおかげで午前中のうちにヘタを取る作業が終わった。ありがとう幼女様。


 ヘタを取る作業が終わったので、ここでいったん休憩してお昼ご飯だ。

 いっぱいお手伝いしてくれた幼女達には、張り切ってお昼ご飯をご馳走しちゃうぞぉ!

 俺は決してロリコンではないが、お手伝いをしてくれた幼女達にデレデレである。



 今日のお昼ご飯は、以前アベルが持って来た黒くてくそデカ魚のオイル煮ことツナを、マヨネーズで和えてパンにはさんだツナマヨサンドである。幼女達は子供じゃないけど、子供はツナマヨが好きというイメージがある。


 前世では魚のオイル煮は缶詰に入った既製品が主流だったが、案外簡単に自作できる。

 香りのよい植物性の油――今回はエリヤ油という前世のオリーブオイルに似た油を使った。

 底が深い小さいフライパンに、このエリヤ油を魚の切り身を浸せるくらいの量を入れて、そこにニンニクとハーブを加えて油に香りを移す為にしばらく放置する。

 今回使用したハーブは、ローズマリーとタイムだ。ローリエも捨てがたいところだが、俺は魚料理にはローズマリーが好きだ。

 油に香りが移ったら、そこにあの黒くてデカイ魚の切り身を一口サイズくらいに切って入れる。全体が油に浸からなければ、浸かるまで油を足す。

 あとは、弱火に掛けて魚の身が白っぽくなるまで火を通すだけだ。

 火が通ったら、気持ち塩を振って、冷めたらオイルごと瓶に詰めて完成。

 ハーブとニンニクは入れっぱなしでもいいのだが、長期間入れてると匂いが強くなりすぎるので、俺は瓶に入れる前にハーブとニンニクは抜いてしまう派。


 オイルに漬けてあるので収納スキルなしでも長期保存は利くから、作り置きしておけばいつでも料理に使えて便利だ。

 収納スキルなくても長期保存利くけど、結局収納の中に入れてしまう。収納スキル便利すぎなんだよ。


 そんなわけで、以前アベルが持って来た巨大なクロビカリする赤身の魚の、オイル煮が収納の中にあったので、今日のお昼ご飯はそれを使ったツナマヨサンドだ。

 ウルのおかげでスクスクそだったレタスも一緒に挟んである。

 ツナ! レタス! マヨネーズ! 最高の組み合わせかな!?







「お昼ご飯、ごちそうさまでしたぁ」

「つなまよさんど、大変おいしゅうございました」

「また後で来るわ!」

「こちらこそ、三人で手伝ってくれたおかげで、果てしない作業が早く終わって助かったよ、ありがとう」


 お昼ご飯のツナマヨサンドをペロリと完食した幼女達が、三人並んでペコリとお辞儀をして、手を振りながら森へと帰っていった。


「ラトにはつなまよさんどの事は内緒ね」

「もちろんですわ、今まで自分だけグランのとこで、美味しいご飯たべてたようですし」

「食べ物の恨みは怖いのですぅ」


 森へ帰っていく幼女達の会話がチラリと聞こえてきた。食べ物の恨みは根深いようだ。







 幼女達が帰った後は梅酒と梅干し作りだ。梅じゃなくてリュネだからリュネ酒とリュネ干しかな?


 まずは簡単な方のリュネ酒から。

 梅酒ことリュネ酒は、リュネの実を氷砂糖と一緒に、酒精の高い酒で漬けるだけだ。

 作り方自体は簡単なのだが、今世では砂糖が高い。氷砂糖ともなるとさらに高い。前世のようにお手軽に買える物ではない。


 砂糖は高いが、ハチミツは比較的お手頃価格だ。

 俺のいる国では、巨大なミツバチの魔物の養殖産業が確立されているおかげで、砂糖よりハチミツの方が安いのだ。

 と言うわけで、氷砂糖は高いのでハチミツを使おうと思う。氷砂糖も少しだけ一応用意しているので、用意している分だけは氷砂糖で作って、ハチミツで作った物と飲み比べだ。


 大きな瓶にリュネの実を入れ、そこにハチミツをドバーッと入れる。どうせハチミツは下に落ちて行くので、リュネの実と交互に入れるとかそんな手間な事はしなくていい。そして最後にポラーチョの酒を、瓶いっぱいに入れて蓋をして暗所へ置いておく。最初の二週間くらいは、時々瓶を揺らして、底に溜まっているハチミツを溶かさないといけない。

 量はリュネの実を一とすると、ハチミツは一より気持ち少な目、ポラーチョの酒は二くらいだ。


 ハチミツを入れた方のリュネ酒は、二つ作っておく。一つは自然に熟成させて、一つは収納スキルさんで時短して作る物だ。

 梅酒と同じ感覚なら、美味しく飲めるには最低三ヵ月、飲み頃になるのは半年から一年。一年程で中の実を酒の中から引き上げ、その後は時間と共に味は深みを増す。

 酒から引き上げた実はそのまま食べるもよし、ジャムにするのもよし、デザートにしてもよし、調味料代わりにしてもよし、色々使い道がある。




 ハチミツの方が終わったら、次は氷砂糖の方だ。こちらはあまり量がない。

 氷砂糖は砂糖から作ろうと思ったら、めちゃくちゃ手間がかかる。そんな時、いてよかったスライムさん!!


 スライムに、砂糖の原料となるシュガーラゴラを食べさせるだけだ。

 シュガーラゴラは、マンドレイク系の魔物で小振りな大根のような姿をしていて、その根の部分は非常に甘く、質は高くないが砂糖の原料となる。ぱっと見は大根のようだが、根は必ず二股になっている。

 そしてコイツ、その二股で自分から地面から抜け出して、自力で徘徊する。自分で地面から抜け出す癖に、他人に無理やり抜かれると、精神にダメージを及ぼす奇声を発する。小動物のような弱い生き物だと、ショック死したり発狂したりすることもある。普通の人間なら、ちょっとパニックになるくらいだと思う。

 安全に狩ろうと思えば、眠らせて抜くか、耳栓をしてから抜くか、歩き回ってるとこを倒すしかない。

 そして名前に"ラゴラ"と付くからには、ニトロラゴラとは親戚みたいなものだが、奴と違って爆発はしない。

 ちょっと精神汚染効果のある奇声を発したり、砂糖由来の甘い息を吐いて眠りを誘ってくるくらいだ。


 そんなシュガーラゴラをスライムに食べさせると、水あめのような甘いゼリーの体になり、少し白く濁った氷のような結晶を吐き出す。この結晶は砂糖的な甘さなので多分氷砂糖だと思う。鑑定さんもショ糖の結晶って言ってるから、氷砂糖だよ!!


 こんな感じでスライムから氷砂糖は作れるが、そんな多くは作れなかったので、氷砂糖でつくるリュネ酒はちょっとだけだ。

 こっちは、中くらいの瓶にリュネの実と氷砂糖と交互に層を作るように入れて、最後にポラーチョの酒を入れる。

 こちらも割合はリュネの実が一、氷砂糖が一よりちょっと少な目、ポラーチョの酒が二だ。たまに瓶を揺らしてあげないといけないのもハチミツ版と同じである。

 こっちは収納スキルを使わず、自然熟成の予定だ。後は、暗くて涼しいところに置いて熟成されるのを待つだけだ。



 リュネ酒が仕込み終わったので、次はリュネ干しだ。

 こっちは、リュネ酒よりかなりめんどくさい。でもこれはぜひ、アベルとラトに食べて貰いたいからがんばるつもりだ。

 あの綺麗なお顔歪ませたいよなぁ???




 梅干しことリュネ干しはめんどくさいし、収納スキルで時短できない工程があるので、完成までには時間がかかる。

 まずは最初の塩漬け。

 これはリュネの実を塩と一緒に漬けるだけだ。

 リュネの実に軽くポラーチョの酒を振ったあと、浄化の魔道具でしっかり浄化した大きな壺に、リュネの実の層と塩の層が交互になるように詰め込んでいく。

 リュネの実と塩の比率は五対一くらいだ。塩はもう少し減らしてもいいのだが、減らしすぎるとカビやすくなるし、梅干しらしい味にするなら塩は気持ち多いくらいでいい。


 リュネの実と塩を詰め込み終わったら、分厚い陶器製の中蓋をしてその上に重石を載せて、約一週間ほど放置しなければならない。今世にはビニールなんて便利な物はないので中蓋の上には、水分を弾く性質の大きな葉っぱを掛けておいた。

 重石はリュネの実の重さの二倍くらいが理想だ。中蓋の重みがすでにあるので、使ってない鉄兜を重石代わりに載せておこう。

 アベルにはガラクタ扱いされた拾って来たいらない装備は、こういう使い方だってできるんだよ。ドヤァ。

 最後に蓋をして収納スキルの中にポイっと放り込んでおく。

 この塩漬けの工程は、時間加速の収納スキルで時短だ。


 収納スキルさんに頑張ってもらってる間に、赤い方のクシオンことカーマクシオンの葉っぱを丁寧に洗って、塩を入れてよく揉んでしっかりとアクを抜く。この作業を数回に分けて繰り返す。この工程は非常に重要だ。ここを手を抜くと、リュネ干しの色が悪くなってしまう。

 前世で、赤紫蘇を塩もみしてアクを抜く作業よく手伝わされてたんだよなぁ。


 カーマクシオンのアク抜きが終わる頃には、リュネの実の塩漬けが終わっているはずだ。


 収納スキルからリュネの実を塩漬けしている壺を取り出して中を開けると、いい感じにリュネの実は重石の重さで押しつぶされて、やや褐色がかった透明な液体が、リュネの実の上まで溜まっていた。梅酢ならぬリュネ酢だ。


 塩漬けしたリュネの実はリュネ干し以外にも使いたい事があるので、三分の一ほど別にして避けておく。

 そして壺の中に残ったリュネの実と一緒に残っているリュネ酢を、リュネの実がギリギリ浸るくらいの量まで、お玉で掬って減らす。掬ったリュネ酢は、いったん別の容器へ移して残しておく。


 リュネ酢をリュネの実がぎりぎり浸るくらいまで減らしたら、先ほどしっかりと塩で揉んでアクを抜いたカーマクシオンをリュネの実の入った壺に広げながら詰め込んでいく。

 詰め込み終わったら、先ほど掬って分けてあるリュネ酢を、リュネの実の上に載せたカーマクシオンが浸るくらいまで注いで、その上に塩漬けの時にも使った分厚い陶器の中蓋を置いておく。

 この時の重石は、塩漬けの時ほど重くなくていいので、この分厚い陶器の中蓋だけで十分だ。

 しっかり蓋をして半月ほど漬けないといけないのだが、収納スキルで時短だ時短!! 便利すぎるだろ、収納スキル。


 リュネ干しとカーマクシオンを漬けている間に、さっき取り分けておいた塩漬けの終わったリュネの実を、ハチミツに漬けてハチミツリュネを作っておく。塩漬けをして酸っぱくなったリュネとハチミツの甘さはきっとよく合うはずだ。


 そしてもう一つ、リュネ酒やらリュネ干しにして、残り僅かになったリュネの実は、ハチミツに漬けてハチミツリュネシロップに。

 本当は氷砂糖でやりたかったのだが、氷砂糖は先ほどのリュネ酒で使い切ってしまったので、今回はハチミツだ。

 まぁ、氷砂糖でシロップを作ると、油断するとカビたり発酵したりするので、ハチミツで作る方が素人でも確実だ。


 前世で梅とハチミツの相性はとても良かったので、リュネとハチミツの相性は悪くないはずだ。



 さて、収納スキルさんに頑張ってもらっている、リュネの実とカーマクシオンの入っている壺を収納から取り出して中を覗くと、いい感じにカーマクシオンの赤い色が出て、リュネの実が綺麗な赤に染まっていた。

 あとはこれを、三日間ほど天日干しをすれば完成だ。この工程ばかりは、スキルで時短する方法がないのでこのまま三日間放置だ。

 スライム用の照明使うのもありかなとか思ったけど、どっちみち夜露にも晒さないといけないので、倉庫の横の軒先で三日間のんびりと干す事にした。

 その後はすぐ食べる事もできるし、一年以上寝かせるとさらに梅干しらしい味になる。


 想像しただけで口の中が酸っぱくなる。そしてそれを食べたアベルとラトの顔を想像すると、ちょっと悪い顔になってそうだ。




 ばーちゃん直伝の塩分二割の味の梅干しならぬリュネ干しの完成までもう少し。









 そして俺が、アベルとラトの顔を歪ませるまであと三日。


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