第48話◆商人姉妹からの贈り物

「ふっふっふっふっ! 最近グランさんには、お世話になりっぱなしでしたからね!」

 いつものようにパッセロ商店に行くと、キルシェが不敵な笑いで迎えてくれた。

「おかげさまで父もだいぶ回復して、もう少しで復帰できそうなんです。それで、パッセロ商店からのお礼です」

 ニコニコとしているアリシアの横には、大きな木箱が置いてあった。


「ジャーーーーーン!! スライム用照明装置でーーす!! なんと自動餌やり機能付き!!」

「ふおっ!?」

 キルシェが木箱の蓋を開けると、中にはごっついL字の箱型の魔道具が入っていた。


 自動餌やり機能付きスライム用照明装置だと!?


「光の魔石を使った、昼間の光源用の魔道具です。この照明には太陽の光と同じ効果があります。スライムを飼育している水槽の上に載せて使ってください。こっち側に給餌装置が付いてるので、一定時間おきに自動的に餌が水槽に送られるようになってます」

 アリシアが簡単に魔道具の説明をしてくれた。


 スライムは太陽の光に当たっている時と、そうでない時で少し性質が変わる。

 太陽の光に当たれば光合成、太陽の光がなければ呼吸をするのだ。つまり植物の活動とほぼ同じだ。


 俺は今世では学校には通っていないので、この世界で酸素や二酸化炭素が認識されているかまでは知らない。だが、昼と夜でスライムの活動が異なり、植物系の魔物に近い種だということは知られている。

 ちなみに、先日アベルがランドタートルを倒した時に空気を転移させたように、空気という存在は教育を受けた者の間では認識されている。


 太陽の光を当てたくなければ暗い場所に置いておけばいいのだが、太陽は昼しか出てないので、スライムに太陽光を当てたければ昼間だけになってしまう。

 それを昼夜関係なしに、太陽の光をスライムに当てれるのが、光の魔石を使った照明の魔道具だ。


 光の魔石は、光属性の魔物が少ない為、手に入りにくく、光の魔石を使う魔道具は、他の属性の魔石を使う魔道具よりも少々値が張る。

 照らす範囲が水槽の中だけとは言え、太陽光と同じだけの効果を出すには、大きめの魔石が必要となってくる。それ故にスライム用の照明装置は、ちょっとお高い。

 いつかは買おうかなって思っていたのだが、太陽の光に当てたければ、晴れた日に庭に水槽を持ち出して並べておけばいいかなって、結局そのうち買おうと思いつつ買っていなかった品だ。


 そんな感じで、昼間だけだと時間が足りなくて一日で作業が終わらないとか、作業がしたいのに天気が悪いとか、日照時間の短い季節だとかあって地味に不便なのである。


 この照明魔道具が有ればそんなこと気にせず、時間や天候関係なしにスライムに疑似太陽光を当て放題なのである。

 ぶっちゃけかなり嬉しい。


「これを俺に!?」

「ふっふっふっ……受け取らないとは言わせませんよ、というか受け取ってくれないと、この魔道具うちでは使いませんから」

「父の病の原因がわかったのもグランさんのおかげですし、先日は豪華な料理をご馳走になりましたし、グランさんのおかげでポーションやミサンガの売れ行きも好調ですし、これはパッセロ商店からの気持ちです。受け取ってください、もちろんお代はいりませんよ」


 パッセロさんの病気の原因解明したのはアベルだし、先日の料理は作ったのは俺だけどランドタートル倒したのはほぼアベルだし、デザートはちょっと頑張ったけどバニラビーンズなんて高級品持って来たのラトだし。あれ? 俺、料理しかしてなくね?


「なんか貰いすぎな気がするんだけど?」

「そんな事ないですよ。僕達がどれだけグランさんにお世話になったと思ってるんですか。氷菓子の差し入れもたびたび頂いてるし、僕達の方が貰ってばかりなので」

「それに実は親戚のやってる商店に融通してもらった物なので、そこまで高い物でもないですから、どうぞ受け取ってください」

「わかった、そういうことなら有り難く頂くよ。いつかは欲しいと思ってた魔道具だから、有難いし嬉しい。ありがとう」


 なんか先日の三姉妹のサービスといい、すごくわらしべ長者な気分だ。



「ところで、俺キルシェ達にスライム育ててる事話してたっけ?」

「こないだの食事会の帰りにアベルさんに聞きました。グランさんはスライムマニアだから、何か渡すならスライム関連の物が喜ぶって」

「アベルさんにもお礼をするつもりでしたが、アベルさんの分はグランさんの分に纏めてくれとおっしゃられてたので、アベルさんのお勧めもあってこの魔道具になりました」

 さすがアベル、俺の好みを外さない。ってそうじゃなくて、誰がスライムマニアだよ!

 いやまぁ、スライム弄るの楽しいから好きだけど。











 スライムという生物は本当に奥が深い。

 俺のスライムの知識は、随分昔に魔物使いの冒険者に教えてもらって、それ以後は実験と前世の知識を合わせた独学状態だ。

 前世の"化学"なるものに似た反応を示すので、前世の知識がある俺にとってスライムの性質の変化は、なんとなく把握しやすく、そして面白かった。


 そんなスライムが研究の対象にならないわけがなく、スライムの研究機関も多数存在している。そして、スライムを利用した産業は一大産業として、人々の生活に根付いている。

 アベルに聞いた話だが、高等な教育機関にはスライムの専門学科もあるらしいので、ちょっと通ってみたい。平民の俺にはまず無理な話だけど。


 深い知識が無くても、スライムにコレを与えればコレが出来るみたいな感覚で、スライムは一般家庭でも多く飼育されている。

 そんな感じで、前世の化学とは違う形だが、それに近い物がこの世界では認知されて、人々の生活には大きく関わっている。

 

 スライムすごい!!



 俺の場合、分解スキルと前世の記憶があるおかげで、スライムの不思議化学反応のバリエーションを更に広げる事ができる。

 "魔法の粉"こと重曹なんてまさにその産物である。


 重曹はとても優秀な物質だ。料理にも使えるし、掃除にも使える。

 すごく便利だ。便利だがこの重曹を比較的安全に作ろうと思ったら、俺の前世の知識を使った分解の工程を挟まないといけない。そして比較的安全と言っても、作成の工程で取り扱いに注意の必要な、強い酸性の液体が出来てしまう。

 つまり分解スキルがあっても、化学反応の知識がないと俺がやっている工程での、重曹の作成はできない上に、分解スキルがあっても危険な強酸性の液体が一緒に出来てしまう。

 分解スキルを使わないで重曹を作る方法もあるが、これはアノやばい強酸スライムが、生まれてしまったやつなので闇に葬っておきたい。


 ちなみに分解スキルで重曹を作る過程で出来る強酸性の液体を、スライムに与えて分解させたり、それで危険なスライムが生まれるようなら餌を抜いて無害なスライムに戻らないか試したことがあった。

 その結果、すこし甘い香りのする麻酔系の毒ガスを発生させるスライムを爆誕させてしまい、本気で命の危険を感じたのでスライムにごめんなさいしながら、そのスライムの核の魔石を抜き取った。

 あとに残ったスライムゼリーにも麻酔効果が残っていたのでそっと収納スキルの中にしまっておいた。

 この毒ガスさえなければ、あの強酸の液体の処理はスライムに任せれるんだけどなぁ。毒ガス処理機能付きの水槽を購入するしかないか。


 話が逸れてしまったが何が言いたいかと言うと、重曹を安全に作る方法が見つからない。

 いや、俺が知らないだけかもしれないけど、アベルが"魔法の粉"の正体を知らなかったから、おそらくあったとしてもあまり有名ではないのかもしれない。

 というかあの粉、アベルの鑑定でどう見えてたのか気になるな。

 ちなみに重曹の事はアベルには塩弄ってたら、偶然出来ちゃったと言ってある。納得してくれてるかどうかは知らない。


 俺の中でルールがあって、俺にしかできない工程を挟まないと作れない物は、売り物にしないことにしている。

 技術的な意味ではなく、スキルとか前世の知識的な意味でだ。

 過去に海水から真っ白い塩を作って売ろうとして、アベルに散々お説教された事もあって、今は自分なりの線引きを作っているつもりだ。


 技術や知識として他人に教えれる物なら問題ないのだが、前世の化学の知識を利用した分解を出来るのは、俺や俺と同じ前世の世界の記憶を持った分解スキル持ちの者だけだ。

 つまり、作れる人がほとんどいないのだ。だから世に出しても俺がいないと作れないのだ。

 そういう物は身内でこっそり楽しむことにしてる。重曹がまさにそれである。

 だけど便利だから、どうにか誰でも作れるように出来ないかと、日々スライムを弄っている。





 というわけで、パッセロ商店でもらったスライム用の照明を使って、今日もスライムを弄るのが忙しい。

 あの照明を貰ってからは、夕食の後もついスライムを弄りに来てしまうようになった


「うえぇ……またスライム増えてる……」


 最近アイス目的で倉庫にちょこちょこやって来るアベルが、スライム置き場を覗いてこの反応だ。

 確かに増えた。もらった照明の魔道具のせいでスライム実験が楽しくて仕方なくてちょっと増えすぎてしまった。

 量の多い物は水槽、少ない物は大き目のビンで飼育しているのだが、流石に瓶も水槽も足らなくなってきた。


「スライム増えすぎて水槽も瓶も足らなくなったから、代金と手間賃渡すから王都で買ってきて欲しいんだけど」

「ええ……、まだ増やすの? 収納の中身だけど、グランは何でもかんでも残しておき過ぎ、増やし過ぎ」

「うぐ、でもいつか使うかもしれないだろ? あっちとこっちのスライムの性質も違うし、処分してしまったらまた必要な時に作るのめんどくさいし?」

 色々やってたら増えたのだから仕方ない。それにスライムは生き物だからね、増えるものだし、処分するのかわいそう。ついでにいっぱい水槽並んでるの見るとなんだか心が満たされる気がするし。


「もー、あんま増やしすぎると管理も大変になるから程々にね」

「お、おう」

「水槽と瓶は次に王都行った時に買って来るよ。ところであの隅っこにある赤黒いスライムは何?」

 部屋の隅っこにこっそり隔離していたスライムの水槽にアベルが気づいた。


「あれは、ニトロラゴラを餌にしたスライムだよ」

「は? 何やってるの!? 爆発はしないの!? 大丈夫なの!?」

「うん、水分たっぷり含ませてやったから大丈夫だよ。スライムに食べさせたら衝撃で爆発する事は無くなったよ」


 使い道に困っていたニトロラゴラをスライムに与えてみた。

 最初はビビりながら少量を家から離れた場所で試してみて、スライムが取り込むと衝撃では爆発しなくなる事が確認出来てから、倉庫の中に持って帰ってきた。

 こいつは太陽の光が必要なタイプのスライムなので、倉庫に帰って来てからはパッセロ商店でもらったあの照明が大活躍だった。


「へ、へえ……」

 アベルが疑い深い表情でこちらを見ている。

「ニトロラゴラみたいに衝撃で爆発することはなくなったよ。火を点けたら爆発する火薬みたいな?」

「結局爆発するんじゃないか!」

「爆発するっていっても少量だと、ちょっと勢いよく火が上がるだけだから、スライムゼリーを布に染み込ませて乾燥させれば、着火剤として使えるよ? ゼリーを乾燥させて粉にしたら普通に火薬にもなるよ」

「やっぱり最終的には火薬じゃないか!」

「まぁニトロラゴラだしな」

 折角ニトロラゴラのまろやかな使い方を考えたのに、アベルには不評だったようだ。

 火を点けると爆発的な炎上をするので、あの水槽の回りは火気厳禁で、燃焼無効の効果が付与してある水槽に入れてある。安全管理はばっちりだ。


「野営の時に使う着火剤としては便利かもしれないけど、材料がニトロラゴラなのが入手難易度高いな」

 スライムゼリーを布に染み込ませた着火剤には、アベルも使い道の可能性を感じるようだ。


 魔法で炎が出せるとは言え、野営などで火を起こして、それを継続的に程よい火力で燃焼させ続けるのは、また話が違う。

 火力調整の苦手な魔法使い達が、野営で薪に着火しようとして火力が強すぎて、いっきに薪を燃やしてしまったりすることもある。

 天候が悪く薪が湿気ていて火が点きにくい時はアベルもわりとやる。

 俺みたいに魔法が使えないとなると、そういう日に着火用の魔道具を使って火を起こすのは、なおのことめんどくさい。

 そういう時に便利だと思うんだねぇ。


 まぁ、実のところを言うと俺のスキルに頼らない重曹の作り方を模索してたが上手くいかず、現実逃避に面白半分でスライムにニトロラゴラを与えてみたら出来ただけだけど。

 粉にした火薬の方も、魔法が使えない俺にとっては、発破用の火薬になるのでわりとありだと思う。こないだの爆弾ポーションよりまろやかだし。

 とは言え、爆薬なんかとは無縁なスローライフを送りたい。決してこれは振りではない。振りではないからなーー!!!

 着火布の方は便利だから、量産してもいいと思うし、魔法が使えないとか苦手な人に需要あると思うんだよなぁ。


「量産しようにもニトロラゴラは滅多に売ってないし、持って帰るのも収納スキルかマジックバッグ必須だしな。うーん、ニトロラゴラ捕まえて来て、畑に植えるか?」

「やめろ! それだけはやめろ!!」

 ですよねー? 冗談ですよ? 流石にアレは畑に植えたくない。


 アベルの反応は微妙だったが、後日この着火用の布をパッセロ商店に持ち込んだら、わりと好評でちょっとした小遣い稼ぎになった。

 今度ニトロラゴラ見かけたら、確保しておかないとな。

 

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