第47話◆閑話:森の番人のおしごと
アルテューマの森の番人の朝は早い。
夜明けの朝霧の中、森の見回りを開始する。
アルテューマの森の番人たる私の仕事は、この森の平穏を守る事。
人間にとっては遥か昔――我々にとってはつい最近、森の周辺に住む人間の長と不可侵の契約を結んだ。
お互いの領域を荒らさない事。
また、お互いの領域に踏み込んだ者は、その領域の掟に従い裁いてもよいという事。
森に暮らす者は、自然の摂理に従い生きる。弱肉強食、食物連鎖、それは全て自然の摂理である。
生きる為には皆、命を喰らう。我らの命は他者の命の上に成り立っている。
この理を乱し、森の営みを荒らす者を排除するのが私の仕事だ。
普段は、古の女神の縁者であり、この森の守護者の三姉妹と共に、森の奥で暮らしている。
しかし最近は、森の入口付近に住みついたグランという名の人間の屋敷に、三姉妹と共に世話になる事が増えた。
グランは少し不思議な人間だが、奴の作る食事は長い時を生きている私すら知らない物があり、実に興味深い。
うむ、人間の食事は美味い。
寝泊まりする場所が変わろうとも、私の仕事は変わらない。
朝靄の中、森の見回りを開始する。
夜に蠢く者達は巣へと帰り、陽の光を好む者達が動き出す時間。私はゆっくりとした歩みで、森の中を歩く。
時折、小さき者達が森の実りを、私の元へと届けてくれる。
それを受け取り、自然の摂理を乱さぬ程度の加護を与えるのも、私の役目だ。
森の番人の私は森に棲む者に慕われている。故に私の元にはたくさんの者がこうして、貢物を持って来る。
その度に加護を与える。番人は忙しいのだ。
捧げられた物は、以前はそのまま食していたが、今はグランに渡せば美味しく頂ける。よきかなよきかな。
しばらく森の中を散策していると、薄汚れた馬に会った。
元は白く美しかったであろうその毛並みは、今は灰色に薄汚れ傷だらけである。
その額の中央には、人間の親指程の突起物――生えてきたばかりの角があった。
かつてグランに角を折られたキモい変態……もとい、ユニコーンだ。
同じ四足歩行の者として、コイツの二足歩行の清らかな雌のみを愛するという性癖は、少々理解しがたい。
まぁ、うちの三姉妹くらいになれば、少し姦しいが清らか過ぎる乙女達なので、彼女達に魅かれるのは仕方ない事なのかしれないが。
しかし、あまりにしつこくまわりをうろちょろされて正直鬱陶しかったので、こやつの角を叩き斬ってくれたグランには大変感謝している。
二足歩行の清らかな雌が好きなら、森の中にはゴブリンやオークの雌だっているだろうに、何故か人間に近い姿の乙女を好む。種族差別よくない。
それに、獣の姿で清らかな乙女と睦み会うのがよいとか言う奴なので、本当にキモい。
少し不貞腐れた顔でこちらにやって来て、派手な色のキノコを捧げられたので、森の番人としては施しを返さないわけにはいかない。
森の番人は優しいのだ。
加護を与えれば、親指程だった角がちょっとだけ伸びた。この分だと、すぐに元の長さになってしまい、また鬱陶しくなりそうだが、その時はグランに叩き斬ってもらうとしよう。
朝の森をしばしの間散策した後は、グランの家へと戻る。
家主のグランも、いけ好かない同居人の男も、三姉妹達もそろそろ起きている頃だ。
朝は皆で揃って朝食の時間だ。
グランの屋敷は人間サイズなので、雄々しい私の体格では少々狭い。仕方ないので、人間の姿を真似て屋敷の中に入っている。
屋敷に戻ってくると、ちょうど朝食の支度が終わり、皆揃っていた。
今日の朝食は"ばたーろーる"というふわふわしたパンに、サラダ、ベーコンとタマネギの入ったスープに、スクランブルエッグ、そして生ハムとチーズだ。
グランのところで初めて食べた"生ハム"という食べ物が、最近のお気に入りだ。
元はグレートボアの肉らしいが、あのブヒブヒうるさくて獣臭い、何かあるとすぐ突進してくる猪が、こんなに美味しくなるのは不思議だ。チーズを包んで食べると更に美味しい。
グランはよく生ハムとチーズを一緒に出す。よくわかっている。よきよき。
そういえば、森で貰った貢物をグランに渡しておこう。きっとおいしく料理してくれるだろう。
変態に貰ったキノコは何だか怪しい色合いだったが、グランならきっと何とかしてくれるはずだ。
「ちょっ!! おまっ!! こんなところでヴァーミリオンファンガスとか出すのやめえええっ!!」
「そんな事よりグランはやくそれしまって! 落としたら炎吹き出すよ!! こんな物どっから持って来たんだ、このシカ野郎!」
む? 変態に貰ったキノコを渡したら、グラン達が騒ぎ出した。何かまずかったようだ。
うむ。だいたいあの変態が悪い。私は悪くない。
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