第45話◆閑話:スライムという生き物

 スライムというゼリーのようなヘドロのような、プルプルもしくはドロドロとした魔物は、前世の記憶にある空想の物語にもよく登場していた生き物だ。だが前世ではあくまで空想上の生き物だった。


 時には最弱の敵、時には殴打攻撃が無効のめんどくさい敵、時には何故か衣類だけ溶かすエッチな生物と様々だった。その姿はコミカルで愛らしい物から、グロテスクで醜悪な物まで。

 前世の世界の創作者達は、数多の空想上のスライムを、架空の世界の中に産み出していた。


 前世では空想の物語の中だけの生き物だったスライムが、今世では普通に実在している。いや、前世の世界は魔法や魔物などの魔力の絡む存在が存在してなかった、と言った方が正しいのかもしれない。

 何故か、そんな前世の記憶を持ったまま、俺は前世と全く違う世界に転生してしまったようなのだ。


 前世を思い出したのは五歳の頃で、戸惑いはしたが前世の自分はすでに年齢が高かったおかげで、わりかしすぐに受け入れる事ができた。

 それからは、自分にはこことは違う世界の記憶があることを、悩んだところで何が変わるわけでもないので、なるようにしかならないと受け入れ、時々前世の記憶にある知識に助けられながら、この世界の生活を謳歌している。


 そんな前世の記憶でも、空想上とは言えなんとなく馴染みのあったスライムだが、今世ではかなり身近で、俺の中では生活に欠かせない生き物である。



 スライムという魔物、魔物ではあるが産まれたばかりの時は、人畜無害だ。

 誕生後の成長過程で、捕食した物の特性が個体に反映される。またスライムに取り込まれた物同士がお互い干渉し合って、その結果の産物がスライムの特性として現れる事もある。


 成長したスライムが、分裂をして新しいスライムが生まれるのだが、生まれたスライムは、分裂前のスライムの特性を引き継いでおらず、無色透明で無毒で無属性、無味無臭で無害なゼリー状の生き物である。


 魔物というからには、体内に魔石を有しているのだが、産まれたばかりのスライムは、その魔石も無色透明で、属性のない魔力を僅かに含んだ小さな魔石があるだけだ。なお、この魔石がスライムの核にあたり、この魔石を抜き取るか壊さない限り、魔石に触れているゼリー状の部分はスライムとして生きている。

 ちなみに分裂する時は、先に魔石が分裂して、その後スライムのゼリー状の部分が、魔石と共に親スライムから分離されていく。


 その捕食した物の特性が個体に反映されるという性質を利用して、スライムに特定の餌だけを与えて、任意のスライムを作り出して素材にする、スライム養殖産業がこの世界にはあり、様々な分野でスライムは利用されている。

 もちろん、その為にスライムを研究する機関も多数存在している。


 スライムの素材は魔石より、その体――スライムゼリーの方が需要が多い。スライムの特性はそのゼリーに主に表れ、魔石を壊したり、ゼリーを全て採取してしまわない限り、時間が経つとゼリーは再生するので、スライムからゼリーは取り放題である。

 その上、ある程度大きくなると分裂して増えるので、素人でもスライムを増やすのは難しくない。スライムから採取されたゼリーはそのまま使用したり、乾燥させてすり潰してパウダーにして使用したりすることが多く、料理や調合、付与や鍛冶や裁縫、木工など幅広く利用されている。


 スライムは何でも食べるので、養殖以外にも廃棄物や汚物処理にも利用され、一般家庭にも広く浸透している。一般家庭で出るような生ごみや汚物などを取り込んだスライムのスライムゼリーは、業者により回収され乾燥させて農業用スライムパウダーに加工され、堆肥として再利用されるのが一般的だ。


 スライムに取り込まれた素材は、スライムの魔力や一緒に取り込んだ物と結合されたり分解されたりし、それがスライムゼリーに反映されたり、結晶となってスライムから排泄されたりする。その特性を利用して、一般家庭でも瓶の中でスライムを飼育して、料理に使用される事も少なくない。


 もっともポピュラーな物の一つが"ラシシパウダー"で、リンゴばかりを与えたスライムのスライムゼリーを乾燥させて粉にした物で、パンやケーキを焼く時に使うとふわふわに焼き上がる。前世の記憶で"パン酵母"と呼ばれていたいた物によく似ている。

 リンゴ以外にも、干しブドウやバナナでも作ることができるが、入手のしやすさからリンゴを使うのが一般的である。ちなみにバナナは、南国からの輸入品が大半の為、俺の住んでいる国ではちょっと高い。


 余談だが、野生にいるスライムに毒性の個体が多いのは、無差別に食事をするので取り込んだ物同士がスライム内で結合され、毒化してしまい毒性のスライムになる事が多いからだ。

 ちなみに、前世の記憶に残っている、えっちな本によく出て来た衣類だけ溶かすようなスライムは、未だに遭遇したことはないし、作ろうとも思ってない。媚薬の素材をスライムに与え続ければ、催淫作用のあるスライムは作れると思うが、試した事は無い。




 そんな感じで自宅で飼育している人も多いスライムだが、俺もスライムの飼育には自分なりに力を入れている。

 冒険者時代は宿屋に寝泊まりしていたので、あまり沢山飼えなかったのだが、今は母屋の横の倉庫の地下室に、スライム飼育ゾーンを作って、用途に応じたスライムを複数育てている。

 前世の知識を利用しつつ、色々な素材を試してみるのが思いの外楽しくて、ちょっとした研究施設のようになっている。


 先日、キルシェ達をうちに呼んだランチパーティの時に振舞った"シュワシュワする飲み物"の素の"魔法の粉"こと重曹も前世の知識を使ってスライムを利用して作った物である。前世の学校で学んだ知識をフル活用した結果だ。

 自分の持っている"分解"と"合成"のスキルとスライムの特性を利用すると、前世の記憶にあるカガク反応という現象を、ある程度再現できることに気付いて以来、やりすぎない程度に色々と試してみている。

 困ったらとりあえずスライムで試したら作れるかもしれない、俺の中でだいたいそういう結論になってる。スライムさんマジ天使、いや神だな。


 ちなみに重曹を作る工程で、塩水を分解と合成スキル併用して分解すると、重曹の元となる白い結晶と同時に、強烈な酸性の液体が出来てしまう。この液体、濃度が上がると更に危険性を増すので、使い道にも処分にも困り、今のところ収納の中に延々と貯めるしかないので、非常に物騒である。


 幸い分解というスキルは、使用者の知識に基づいて分解されるので、俺が前世の記憶で持っている塩水の分解の知識がなければ、おそらくこういう形での分解は行われないと思われる。俺と同じ世界の知識と分解スキルを持った者がいれば簡単に再現されてしまうけど。


 余談だが、この分解というスキル、スキルの低いうちはその名の通り、組み上がってる物をバラすという程度の事しかできなかったが、スキルの上昇に合わせてより細かく、素材単位に、更には構成している物質単位にまで分解できるようになり、生産者として活動するのにとても便利なスキルである。

 また分解と合成を併用することで、分解した物質同士を組み合わせて違う物質に再編成できる。合成のスキルはその名の通り、複数の物質を混ぜ合わせる別の物質を作り出すスキルである。

 たぶん、錬金術というやつに近いスキルだと思うが、俺は平民でそういった専門の学校に行かず冒険者になってしまったし、錬金術師の知り合いもいないので、詳しい事はよくわからないので、前世の知識と独学のフィーリングでスキルを使っている。


 話が逸れてしまったが、スライムの飼育も分解、合成、と同様に一歩間違えると劇物を作り出してしまう可能性は高く、俺自身も何度かひどい目にあったことがある。

 重曹欲しさに、水と風の複合属性である雷属性の魔石を与えて雷の属性を持たせたスライムに、純度の高い塩から作った塩水をひたすら与え続けて、毒ガスを伴った強酸性のスライムが出来上がってしまった時は、スライムにごめんなさいしながら瓶に閉じ込めて、しばらく食事抜きにして、無害なスライムに戻って貰った。


 特性が変化してしまったスライムは、食事を抜いたり別の素材を与える事で、まっさらとは行かないまでも初期に近い状態に戻したり、別の特性に変化させたりできる。ただし、迂闊に別の素材与えて変化させようとすると、予想外に危険な物ができる事もあるので、逃げ出さないように閉じ込めて、食事を抜いて純粋な状態に近くなるまで、日の当たらない場所で放置するのが無難である。


 スライムは、太陽の光があれば植物のように光合成を行い、太陽の光がなければ呼吸をする上に、紫外線や赤外線にも反応するので、長時間太陽の光に当ててしまうと、それだけでも取り込んだ物質が変化してしまう時があるので油断できない。




「おーい、グラン!やっぱ、倉庫にいたのかー、うわぁ……昔からスライム弄るの好きなのは知ってたけど、こんなにスライム増やしてたの……」

 倉庫の地下室でスライムの世話をしているとアベルがやって来た。

 倉庫の三階の冷凍室に氷菓子をストックするようになってから、倉庫に頻繁にアベルがやって来るようになったのだ。


「何を言う、スライムのおかげで日々美味しいご飯が食べれるんだぞ!」

 倉庫にずらりと並べてる、スライム飼育用のガラス製のケースを見て、アベルがドン引きしたような顔をする。

「うわぁ……グラン、変な称号増えてるよ」


 称号とはその者の性質を表す呼称である。その者の行いが称号に反映される。特に目立たず出しゃばらず、平凡な人生を送って来た俺は、今までは"オールラウンダー"の称号しかなかった。


「え!? ステータス・オープン」


名前:グラン

性別:男

年齢:18

職業:勇者

Lv:105

HP:952/952

MP:15700/15700

ST:842/842

攻撃:1159

防御:844

魔力:12580

魔力抵抗:2216

機動力:634

器用さ:18920

運:218

【ギフト/スキル】

▼器用貧乏

刀剣96/槍45/体術68/弓54/投擲39/盾68/身体強化88/隠密39/魔術38

▼クリエイトロード

採取69/耕作35/料理68/薬調合77/鍛冶39/細工63/木工36/裁縫38/美容5/調教18

分解70/合成60/付与45/強化34/美術17/魔道具作成48/飼育12

▼エクスプローラー

検索(MAX)/解体78/探索83/察知92/鑑定20/収納95/取引32/交渉44

▼転生開花

【称号】

オールラウンダー/スライムアルケミスト


「え……スライムアルケミストって何? スライム錬金術師ってどういうこと? しかも何か飼育スキル生えて来てるし。調教のスキルに魔物の飼育も含まれると思ってたけど飼育は別物なのか」

「スライムばっかりいじってるからじゃ、まぁグランのやってること錬金術に近いしね」

「えぇー、どうせならもっとかっこいい称号欲しい」

「錬金術師系の称号なんて、すごくレアいじゃないか、スライムだけど」

「スライムなんだよなぁ」


 こうして、とても微妙な称号が増える事になった。


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