第42話◆来客の多いランチパーティー
「えーと……どちら様?」
いや、ホント誰? なんで俺んちの中にいるの? ていうかアベルが侵入者避けの結界張ってるよね?
目の前に、長いストレートの白髪に真っ赤な目に真っ白い肌の、アベルよりも背の高い男が立っていた。黒いローブのアベルとは対称的に、真っ白いローブを着ている。
"アルビノ"という前世の言葉を思わず思い出した。
アベルの方に視線をやると、いつの間にか臨戦態勢を解いて腕を組み、目を細めて目の前の人物を不機嫌そうに睨んでいた。
「こうすればわかってもらえるだろうか?」
白い男がそう言うと、男の顔がドロリと崩れて、見覚えのある動物の顔に変化した。
「あーーーーっ!シャモア!!」
俺が思わず叫ぶと、馴染みのあるシャモアの顔が崩れて、元の男の顔へと戻った。
「いつも世話になっている。しかも今日は、ウル達が押し掛けたようで手間をかける。どうやら彼女達は、私が頻繁にここに来てる事が気になったようでな、様子を見に来たようなのだ」
「ああ……あの幼女三姉妹かー、お前の知り合いだったのか。じゃあ彼女達の保護者っていうのは?」
「私だ。彼女達はこの奥の森で暮らしている、森の守護者のような者だ。そして私は、その彼女達と森を護る番人のラトと言う」
納得した。彼女達が探していたラトという者が、いつも来ているシャモアなら、彼の魔力の残滓がうちに残っているのもおかしくない。
「ヒトの姿になれるなら、普段からそうしてたら食事が楽だっただろうに」
俺がそう言うと、ラトは苦笑いしながら肩をすくめた。
「最初にアチラの姿で会ってしまったし、森に立ち入る人間の監視もあってここに通っていたのでな。最初は人間と馴れ合うつもりはなかったので、あの姿のままでよいかと思っていた。それにあちらの姿の方が慣れているので過ごしやすい」
「なるほど、それでグランに餌付けされちゃったんだ」
「あくまで監視だ。そして食事の対価に森へ立ち入る事を許しているだろう? 本来は古の契約に基づいて、人間は森の奥には入れないのだ」
アベルが胡散臭い物を見る目で、ラトを見ている。この二人相性悪そうだなぁ。
それにしてもあの程度の食事で、森の中歩き放題は嬉しい。
「それに、グランには大きな借りがある」
「借り? 何かあったか?」
俺がラトにした事と言えば、飯の提供くらいしかないのだが?
「以前、森の奥でユニコーンの角を折っただろう?」
「あー、あったあった」
そういえばラトと初めてあった日、ラトに会う直前に突進してきたユニコーンの角折ったな。
あのユニコーン元気にしてるかなぁ。ユニコーンは角がないと、ただの白馬だしなぁ。森の中で白い馬は目立つだろうて……。
「あの変態キモ馬野郎は、以前からうちの三姉妹に付きまとっていて困っていたのだよ。森の守護者たる者、理由なく森に棲まう者を害せないのだ。ただ付きまとわれて気持ち悪いというだけでは、排除出来なくて大変困っていたのだよ」
森の番人様、お言葉が乱れてますよ……。
その言葉の乱れ具合で、ユニコーンがどれほど、変態で気持ち悪いのかよくわかる。しかし、幼女に付きまとって気持ち悪いは、俺的には十分排除の理由になると思うのだが。
中身は幼女じゃないかもしれないけど、見た目は幼女だからね。俺的にはロリコン! アウト! ロリコンに慈悲はない!
「おかげで、奴の角が生えてくるまで静かに暮らせる。また奴の角が生えて来たら、その時はぜひ叩き折ってやってくれ」
「お、おう。ユニコーンの角はいい素材になるから俺も有り難い」
変態キモ野郎とは言え、ひどい言われようである。だが利害も一致しているし、変態に慈悲はない。
幼女達の笑顔を守る為、俺がユニコーンの角を折ってやろう。別に、角が欲しいから張り切ってるわけではない、これは幼女達の安全の為だ。
「ところで、これからランチパーティーみたいな事するけど、食っていくか? 三姉妹達もここで昼ごはん食べていくつもりらしいから、一緒にどうだ?」
「では、馳走になろう。そうだ、手土産もあるぞ」
いつもいつも丁寧に、何かしら手土産を持ってくるマメなシャモアだ。今日も、どっさりと山菜とハーブを貰った。
いつも持って来てくれるこの山菜とかハーブは、自分で摘んでるのかな。アルビノ系美青年が、山菜狩りしてる姿を想像するとちょっとシュールだ。
「ありがとう。もうちょっとでできるから、アベルと先に行って待ってて」
「ああ、そうさせて貰う。あの子達に少し話す事もあるしな」
「グランの友達が来てるから、彼女達には人間のふりをするように言ってあるよ。俺の親戚って設定にしてあるけど、アンタはどうする? 彼女達の兄貴って設定にしとくか? 王都の商家の三男と妹くらいの設定でいいかな?」
アベルが機転を利かせて、幼女達の正体をごまかしてくれてたのは助かった。ラトも上手く便乗できそうだ。
キルシェ達は信用できると思っているけど、森の不可侵の話を聞く限り、ラト達は人間とあまり関わらずに生きて来たようだし、人間のふりしておいた方がめんどくさくないだろう。というか、説明すると長くなりそうだし、適当に流せるとこは流してしまおう。
「ああ、そうしよう」
結局全部で八人かー、結構な大所帯になったな。さぁ、がんばって料理の仕上げをしよう。
「お待たせ」
出来上がった料理を配膳台――これもアベルがどこからともなく持って来た――に載せて、庭にアベルがセッティングしてくれたテーブルまで運んできた。それを順々にテーブルの上に並べていく。
こないだの高そうなティーセットと言い、アベルの収納の中も妙な物いっぱい入ってるよなぁ。
「ふあああああ……すごい、大きな町のレストランの料理みたい」
「これが、ランドタートルという魔物の料理ですか?」
キルシェとアリシアの姉妹が、目をキラキラさせながら、テーブルの上に並べられる料理を見ている。
「そうだよ、しかもランドタートルの食材は美容にいいらしいよ」
そう言ったら、アリシアの目の色が変わった気がする。
幼女三人は、どうやらラトに説教をされたのか、ラトのそばでシュンとしていたが、料理を見た途端に明るい表情になって、テーブルに並べられる料理を覗き込んだ。幼女かわいいな?
「ねぇねぇ、お菓子はないの?」
「先ほど貰ったクッキー美味しかったですぅ」
「わたくし、ケーキを所望しますわ」
そしてラトに咎められる。
「行儀が悪いぞ、ちゃんと座って待ってなさい」
「はいはい、デザートもちゃんと用意してるから、先にご飯食べような?」
テーブルの上に乗り出して料理を物色する幼女三人を、なだめながらそれぞれに皿とグラスを配り料理を取り分けて回る。
「これはランドタートルの生血」
念入りに浄化したランドタートルの血液を、氷の入ったグラスにほんの少しだけ注ぐ。
学習したので、今回はほんの少しだけだ。
「そしてこれが"魔法の水"」
蓋つきの瓶に入れて用意しておいた、薄く黄色味がかった液体を、ランドタートルの血液の入ったグラスに注いだ。グラスに注がれた液体から、シュワーっと音がして泡がでて、真っ赤なランドタートルの血液が薄められて、透き通った赤色になった。それに少しだけハチミツを足してマドラーでくるくるとかき混ぜて完成。
「これは、前にグランが出してくれた"魔法の粉"を使ったシュワシュワするレモネードと同じかい?」
そういえば、以前アベルにはレモネードで同じような物作って出したことあるな?
「そうそう、あの時と同じ"魔法の粉"だよ、今回のはリンゴ風味」
説明するのがめんどくさいので"魔法の粉"と言ったが、前世の記憶にあるジュウソウという粉を模した物である。
塩水を分解スキルで分解して、作った白い結晶を昼の間だけ与えて、太陽の光にたっぷり当てて育てた、雷属性のスライムから採取したスライムゼリーを、乾燥させて粉にした物である。
どうしても前世の記憶にある"重曹"という物質が欲しくて、色々と試行錯誤した結果である。実際使ってみた感じ、だいたい重曹と同じ事が出来るので、たぶん重曹なんだと思う。
なお試行錯誤の段階で、塩水をひたすら雷属性のスライムに与えたら、重曹は出来たものの、強烈な毒ガスを発生させる強酸の塊のスライムが、爆誕してしまったのはまた別のお話。
取り込んだ物が反映された特性になる、というスライムの性質はとても便利で、スライムゼリーとして素材になるので、前世の知識を交えながら色々と試している。
俺の中で、「前世の作り方がよくわからない物質は、とりあえずスライムに頑張って貰えばなんとかなる」という法則が出来つつある。俺の中で勝手に、スライムファンタジー科学と呼んでる。
まじスライム便利、俺の中ではスライムは全能の神のような認識になりつつある。困ったらスライム、いいね?
ちなみにスライムに毒性の個体が多い印象があるのは、野生のスライムは、食事としてそこにある物を手あたり次第に何でも取り込んでしまうので、体内に取り込んだ物が干渉し合って毒性の物になってしまったのだと思ってる。
つまりスライムは悪くない。スライム無罪。
そしてその魔法の粉こと重曹を、アップルビネガーを水で割ってレモン汁をちょっとだけ垂らした物に加えたのが、シュワシュワする"魔法の水"ことリンゴ風味の炭酸水だ。
生血だからちょっと生臭さがあるからね、果実系の飲み物で割ると飲みやすくなる。炭酸を入れたのは、やや暑い今の季節に合わせた、俺なりのアクセントのつもりだ。
今回はノンアルコールなので、生血は念入りに浄化した。浄化しまくったので、強壮効果や興奮効果はかなり弱まってしまって、前回のようなことにはならないはずだ。鑑定さんを信じるなら、ちょっと血の巡りが良くなる程度の効果しか残ってないはずだ。
自分でもちゃんと試飲はしたけど、前回みたいなことにはならなかったから、大丈夫のはずだ。
「血……ですか?」
「そうだよ、弱いポーションみたいなもんかな。血液の巡りがちょっと良くなる効果があるから、美容にもいいはずだよ」
やはり、生き物の血を飲むという事に抵抗があるのか、少し戸惑った様子のアリシアにそう伝える。ポーションの類だと思えば、素材として魔物の血液を使う事も多いので、そう抵抗はないと思う。
「なるほど美容にいいポーションですか」
納得したアリシアが恐る恐るグラスに口を付けた。
「プチプチしてる! 何これ!?」
「口の中がピリピリするのが癖になりますわぁ」
「何ですかこの不思議な飲み物はぁ」
シュワシュワする飲み物にすでに口を付けた三姉妹が、キャッキャッとテンションを上げている。子供は反応がストレートで可愛いな!
実際には子供じゃないかもしれないけど。
「これは、先日のワイン割りみたいな効果があるのか?」
あ……察し。ラトがグラスの中身を警戒している。おそらく彼も先日のランドタートル晩餐の後、色々と大変だったのだろう。正直すまんかった。
「前回より更に薄めたから、たくさん飲まなければ大丈夫だよ。女性もいるし、かなり薄めに作ったから」
「この飲み物お酒ではないのですよね?」
「うん、アルコールは入ってないよ」
「お酒じゃない発泡性の飲み物初めて飲みました」
アリシアの言う通りこの世界には、エールやシャンパン、スパークリングワインといった発泡性の酒類は存在するが、ノンアルコールの炭酸飲料は見かけた事がない。火山地帯やダンジョンなどで稀に炭酸泉は見かけるが、飲料として使用しているのは見た事がない。
「その魔法の水っていうのはグランさんが調合したのですか?」
「そうだよ。レモン水とかビネガーに"魔法の粉"を混ぜると、このシュワシュワした"魔法の水"になるんだ」
説明めんどくさい事は、全部魔法で片づけてしまえばいいと思ってる。
「へぇ、で、その"魔法の粉"の正体は何?」
魔法の専門家居たの忘れてたわ……。
「えっと……塩の遠い親戚?」
抽象的な表現だがだいたい合ってると思う。
「とりあえず、難しい話はまた今度にしてご飯たべよ? ほら唐揚げもいっぱいあるよ?」
難しい話より、先にご飯たべよ???
「そうだね、先にご飯食べよ。でも、後でちゃんとその話聞くからね?」
「そうですよ、僕もその話聞きたいです」
アベルの胡散臭い笑顔はいつもの事だが、キルシェまで商人の表情になってる。
机の上には、ズラリとランドタートルを使った料理が並んでいる。俺すごく頑張ったと思う。
さて、今回のメニューは……。
ランドタートルのエンペラの湯引きと、キノコと山菜の白ワインビネガー和え。これはレモンを絞って食べて欲しい一品。
茹でたランドタートルの肉の豆ソース掛け。豆をすり潰して作った甘味のあるソースが、意外とランドタートルの肉と相性がいい。
塩味の唐揚げ。これは山ほど作ったのでテーブルの中央に大皿でドーンと置いてある。たくさん作ってあるので唐揚げ好き達にも満足してもらえると思う。レモン、マヨネーズ、トマトソース、好みで好きな物を付けて食べれるようにした。
ランドタートルの肉の白焼き。淡泊すぎるかと思ったら、意外と素材の味が悪くない。好みでレモンを絞るかショウユを掛けたらいいんじゃないかな? 物足りなかったらワサビもある。
琥珀貝と呼ばれる貝の身を干した物と、ニンニクとおろしタマネギで作ったソースでランドタートルの肉を煮た、ランドタートルの琥珀ソース煮。肉の上には花型に切ったニンジンを煮付けた物が飾ってある。ちょっと砂糖醤油に似た甘辛さで味が濃いので、米や酒が欲しくなるかもしれない。だけど米は在庫に限りがあるので、今回も白米はなしだ。ちなみにアベルはニンジンが嫌いだが、知った事ではない。
溶き卵とランドタートルの肉とキノコを蒸して固めた物。熱いから幼女達が火傷しないように気を付けないと。
口直し用のランドタートルのエンペラスープ。海藻とランドタートルのガラで取ったスープにエンペラとキノコが入っている。
コメを三角形に握ってショウユを付けて焼いた、"焼きおにぎり"。これは別で用意してるランドタートルのガラで取ったスープを掛けて、ほぐしながら食べる感じだ。
簡単に料理の説明をして、いただきます。
我ながらいっぱい作ったと思う。特に、急遽人数が増えて鍋を断念した為、雑炊が出来なくなった代わりに作った、ランドタートルのスープ掛け焼きおにぎりは自信作だ。
少量ずつ種類を多めに作ったので、小食の女性や子供でも全種類楽しめると思うんだ。
「どこからどう突っ込んでいいかわからないくらい、見たことない料理ばっかりだけど、すごく美味しそうだから野暮な事は言わないよ」
アベルの言う通り、自分でも前世の記憶全開でやりすぎた気はしてる。あとで色々聞かれそうだけど今更だ。美味しく食べれればいいんだよ!
「何これスゴイ! すごく美味しい! すごい! 知らない料理ばっかりだしすごい!」
キルシェの語彙力がひどいことになって、すごいしか言わなくなってる。それだけ美味しいと思って貰えるなら、作り手としては嬉しい限りである。よくみたら、唐揚げにマヨネーズを付けてひたすら食べてる……新たなマヨラーを産んでしまった気がする。
「グランさん、こんなに料理お上手だったのですね。これはお店開いてやっていけそうじゃないですか。しかもこんなにおいしくて美容にもいいだなんて……」
アリシアが頬に手を当ててホクホクとしている。
「冒険者やってると自分で料理する機会多いからね、いつの間にか覚えてたんだ」
「ねーよ」
光の速さでアベルからツッコミが入った。
幼女達は食べるのに必死になりすぎているのか、すっかり無言になってしまっている。そしてやっぱり唐揚げが気に入ったらしい。
うん、子供って唐揚げ大好きだよね? っていうか唐揚げ嫌いな人って、前世から通してほとんど会った事ないな?
「ほら、口の周りについてるぞ」
「ん?」
「手の汚れを服で拭くな!」
「はい」
「袖口がスープに浸かってる!」
「あっ」
ラトはなんかお父さんみたいだな。
美味しく食べて貰えると、やはり作り手として嬉しい。「美味しい」という言葉を聞くたびに、表情が緩むのを感じながら自分も料理に手を口に運んだ。
思ったよりみんな勢いよく食べていたので、結構な量用意したにも関わらず、テーブルの上に空いた皿が目立ち始めた。
空いた皿を下げながら、口当たりのよいフレッシュハーブティを全員に出した。甘い物が好きな人の為にハチミツも用意してある。
アベルは付き合い長いから、なんとなく好みは把握してるけど、他は好みとか全然わからないから、出来るだけ対応できるように用意はしてある。
「デザート用意してくるから、お腹に隙間あけといてくれ」
回収した空いた皿を、配膳用のワゴンに乗せてキッチンまで持ち帰り、洗い場へと移動させておいた。
さぁ次は、みんながハーブティで口直しをしている間に、デザートの準備だ。
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