第41話◆アルテューマの森

「ごめん、遅くなった」

 うちからピエモンまではのんびり歩くと二時間はかかる距離だが、身体強化を使っえば三十分もかからない。

 キルシェ達の家からうちまではパッセロ商店の馬車で行く。一度道案内しておいたら気軽に遊びに来れるかなって。


「いえいえ、まだ時間よりちょっと早いくらいですよ。グランさん、今日はよろしくお願いします」

「本日はお招きいただいてありがとうございます」

「それじゃあ、行こうか。御者は俺がやるよ」

 俺は御者台に乗り込んで、キルシェとアリシアを荷台に乗せて出発した。





 町をでて街道から森の方面に街道から外れると、道が悪くなり馬車の揺れがひどくなった。

 これはお尻が痛くなりそう。


 悪路に慣れてない、女性にはきつそうだなぁ。というかキルシェはこの馬車で遠くの町まで、仕入れに行ってるんだっけか?

 御者席のシートに衝撃吸収効果のあるクッションでも作ってみるか。サスペンションの仕組みは、何となくしかわからないからなぁ。頑張れば思い出せないかな、思い出せたら馬車の足回りも弄らせてもらいたいな。

 遠い町まで買い出しに行くなら、安全面を考えて防犯対策もしっかりしといた方がいいよな?

 御者台にキルシェでも簡単に取り扱える、護身用の遠距離武器を取り付けるのがいいかもしれない。

 まずは持ち主の許可を取るとこからだけど、普段お世話になってるし、キルシェの安全を考えると、ちょっと馬車を頑丈にして快適にしておきたいな。

 それに、乗り物をかっこよく改造するのは、男の浪漫だし、考えるだけでも楽しくなってくる。



 ゴトゴトと悪路を馬車に揺られて、自宅へと向かう。道の先には大きな森が広がっている。

「うちまではずっと道が悪いから、酔ったら言ってくれ」

「はーい、まだ大丈夫です。ねーちゃんは馬車乗り慣れてないけど大丈夫?」

「まだ大丈夫よ。それにしてもグランさんは、本当に魔の森の近くに住んでるのですね」

「ん? 魔の森?」

「ご存知ありませんでしたか? ピエモンの北側に広がる森は、アルテューマの森と言うのですが、地元では魔の森と呼ばれていて、森の奥には魔物や野生動物が多く棲んでるんです。でもこの地の住人と森の住人は、お互いにその領域を荒らすことはしない、という契約が古くに結ばれてると聞いてます。ですのでピエモン付近には魔物は少なく、地元の人間も森の奥深くまでは立ち入らないのです」

「きっぱりとした線引きはないらしくて、森の入口付近は人間と魔物の領域の緩衝地帯のようなものだと聞いてます。以前は森の入口辺りに住んでいた人もいたのですが、何もない田舎なので、人が減って今はほとんどの人が町かその周りで暮らしてるんです」

 アリシアとキルシェがうちの裏の森――アルテューマの森について説明してくれた。

 あの家買った時にそんな事は全く知らされてなかったので、初耳である。

 地方の物件は遠方の王都の不動産ギルド経由で購入したから、手続きをした不動産ギルドの職員が、詳細部分を確認してなかったとか、説明を飛ばしたとかそう言ったところだろう。


 確かにピエモン付近は魔物が少ない。森には魔物や野生動物がいるとは言えそれほど強くないし、あまり好戦的ではない。

 以前森の奥まで行った時にユニコーンに遭遇しているので、森の奥には高ランクの魔物が棲んでいる可能性は高い。そしてあのシャモアの態度や森の地下にあるモール族の集落の事を考えると、人間が森の奥深くまで踏み込んでないのは納得できる。

 そんな事情を全く知らないで、結構奥まで踏み込んじゃったけどよかったのかな? いつものシャモアに聞いたらわかるかな? まぁ、森を荒らさないように気を付けよう。


「知らなかった、普通に薬草とか山菜捕りに森に入ってたよ」

「奥まで行かなければ大丈夫みたいですよ。というか、森の奥に行こうとしても、気づけば入口付近に戻されてるって、森に入った人が話してるの聞いたことあります」

 キルシェの話から察すると、森には外部からの侵入者を拒む結界が張られているのかもしれない。

「それに、南側の森や東側の山脈の方が魔物が多いので、冒険者の方はそちらへ行かれる方が多いと聞いてます」

 アリシアの言う通り、ピエモンの南にも大きな森がある。そっちにはまだ行った事ないから、一度くらい散策してみるもいいかもしれない。


 そんな話をしていると、俺の家が見えて来た。

「見えて来た、あそこが俺の家だよ」

「ひゃー、ホントに森の目の前だー」

「家というかお屋敷じゃないですか」


 ようこそ、俺の居城へ!!







「ただいま~」

 キルシェとアリシアを連れて家に戻ると、リビングのソファーでアベルが寛いでいた。


 ん?


「お客さん来てるよ」


「お邪魔してますぅ」

「約束通り、また来ましたわ」

「クッキーがとても美味しかったから、お昼ご飯もご馳走になりにきたの」

 約束通りって、さっきの今で来るの早すぎだろ!


 アベルと向かい合って、リビングのソファーに座り、お茶を飲みながら皿に盛られたクッキーを頬張る三人の幼女の姿が、そこにあった。


「やっぱり、餌付けしちゃったみたいだね?」

 ソファーから立ち上がったアベルが、呆れたような声で、俺にだけ聞こえるような声で囁いた。


「えっと? グランさんのご家族ですか? まさかグランさんのお子さんじゃないですよね」

 と首をかしげるのはキルシェ。さっきの幼女達の発言を聞いて、どうしてそうなる?

「えーと、彼女達は……」

 うん、ホントこの三幼女達は何者なんだ?


「彼女達はね、俺の親戚だよ。俺を追っかけてここまで来たらしいんだ」

 え? アベルがニコニコと張り付けたような笑顔をしている。

「さ、自己紹介して? さっき練習したから、ちゃんとできるよね?」


「は、はい。わたくしは長女のウルですわ」

「次女のヴェルよ」

「三女のクルですぅ」


 そっくりな幼女三人が、アベルに促されてソファーから立ち上がって、ワンピースのスカートをつまんで名乗りながら、ぺこりとお辞儀をした。

 三人とも藤色の長い髪の毛に澄んだ空色の目をしているが、よく見ると長女と名乗ったウルが一番色が濃いく、次が次女のヴェル、最も薄いのが三女のクルという風に、下に行くにつれ、同じ空色の瞳でも少しずつ色の濃さが違うことに気付いた。


 アベルの親戚と言っていたが。キルシェ達を迎えに行く前の、門の前でのやりとりを考えると、どうにも腑に落ちない。

 チラリとアベルに視線を投げると、軽く頷いたので何か考えがあって、アベルの親戚という設定にしたのだろう。


「アベルのお友達のグランだよ」

 少しわざとらしくなりつつ名乗る。

「ピエモンの町で商店を営んでる、アリシアと申します。グランさん今日はお招き頂きまして、ありがとうございます」

「アリシアの妹のキルシェです。グランさん今日はありがとうございます」

 ふわりとお辞儀をする姉妹。それだけでブルンと揺れるアリシアのおっぱいに、思わず目が行ってしまう。相変わらずけしからんおっぱいだな。


「お茶淹れて来るから、適当に寛いでてくれ」

 うーん、三人増えたから、ちょっとメニューを変更しないといけないな。

 唐揚げ多めにして、鍋はやめてスープにしよう。鍋の後雑炊やるつもりでお米炊いてたけど、焼きおにぎりにしようか。

 後は茶碗蒸しと、エンペラは湯引きしてビネガーで和えるか。煮物と和え物はそのままでいいかな? ついでに白焼きも作って、レモンでも添えるか。


 すでに下ごしらえは終わって仕上げるだけの状態にしてあるので、そこからあまり手間のかからない方向へメニューの変更を考える。デザートやスイーツの類は色々作ってあるから問題ないな。

 生血はかなり薄めてしまえば子供でも大丈夫かな? いや、あの幼女達は子供っていうのかな?


 あ、しまった。人数増えたから椅子がたりないてかテーブルも手狭だなぁ。

「人数増えちゃったから外でやる? 依頼のついでに現地で引き取って持ち帰って来たテーブルと椅子余ってるよ?」

 アベルが俺の心を読んだような提案をした。

 うちの家具、アベルが持ち込んだ物だらけなんだけど? 何だってそんな家具溜め込んでるんだ? というか、俺の収納スキルおかしいっていうけど、お前の空間魔法の収納もたいがいだよな?


「じゃあ、お願いしようかな? セッティング任せていい?」

「うん、やっとくよ」 





 テーブルと椅子のセッティングはアベルに丸投げして、キルシェとアリシアにお茶を出したら、急いでランドタートル料理の仕上げに取り掛かった。

 準備をしていると、外のセッティングを終えたアベルが、調理場にやって来た。


「もうちょっとかかるから、待っててくれ」

 唐揚げを熱した油に投げ込みながら言う。

「あぁ、それより作業しながらでいいから話がある」

「ん?」

「あの三人の姉妹のことだよ」

「ああ……うまくごまかしてくれて助かった。それで、彼女たちが何者か分かったのか?」

「うん、鑑定は問題なくできたよ」

 その言い回しだと、鑑定以外になんか問題あったのか。


「"女神の末裔"って見えた」

「は?」


 思わず変な声出た。


「たぶん森の守護者とか、そういったとこだと思う。神格を持ってるようだが、詳しいとこまでは見えなかった」

「森の守護者か……、いつも来てるシャモアがそんな感じだと思ってたが。そういえば、さっき門で話した時に彼女達の保護者の魔力が、この家に残ってるって言ってたような気がする」

「ああ、それは聞いた。彼女達を守ってる保護者が、最近よく人間の領域の方に行ってるとかで、何をしてるのか気になって森から出て来て、グランの家を見つけたらしい」

「それも気になるんだよなぁ……俺がここに引っ越してくる前に何かあったのかな? 俺がここに来てうちに入れたのは今日を除けば、アベルといつものシャモアだけだし」


「それについては、私が話そう」


「ん? お願い……えっ!?!? 誰!?!?!?」

 後ろから声がして思わず返事をしたが、アベルではない誰かがいる。


 とっさに身構えるが、手に持っているのが揚げ物の用のトングで、恰好が付かない。

 同じく身構えて、いつでも魔法を撃てる体勢をしているアベルと声の主の方を見た。

 ていうか油使ってるし、家の中だし、ここで魔法使ってほしくないし、荒事は嫌なんだけど。





 視線の先には、見知らぬ真っ白な髪の男が立っていた。


 



 どちら様!?!?!?!?!?

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