第38話◆異世界スッポン料理
最初にランドタートルを食べようと思ったきっかけは、前世の記憶だった。
ランドタートルの肝は薬調合の材料になるのだが、その効果が前世の記憶にあった"スッポン"と呼ばれる、亀に似た高級食材と似ていたのがきっかけだった。
ランドタートルの肝には強い強壮作用と興奮作用がある。前世の記憶にある"スッポン"も食すると、それに近い効果があると言われていた記憶があった。それでランドタートルの肉を鑑定してみれば"食用可"と見えた。血液も鑑定してみたが、こちらも食用可だった。
まぁでも、そのまま生食はちょっと怖いので、肉はしっかり火を通して、血液は酒精の強い酒で割って飲んでみたのだが……・
その結果、前世のスッポンどころの効果ではなかった。
魔力を含む食材は、料理に使うと効果はポーションほど高くないにしろ、身体に影響する効果がある物が多い。
以前ダンジョン内で小型のランドタートルと出くわして倒して、その時に試食してみたのだが、肉の方は体感としては、僅かに体力を回復して疲労感が軽減されたかな程度の効果だった。
血液の方は酒と混ぜて飲む為、ダンジョンで飲まないで帰還後に試飲してみたところ、とんでもなく強い強壮作用と興奮作用のせいで、"大人のお店"に駆け込む羽目になった。ダンジョン内で試飲しなくてよかったよ、ホント。
そういうお店のお世話になるのは、前世と今世通して初体験だった。背に腹は代えられなかったんだよ。
ちなみにその時の血液の残りは、そっち系にお悩みがある方が、高値でお買い上げになってくれた。
今回はその時の失敗を繰り返さない為に、ランドタートルの血液は少な目にして、ワインで割る事にした。ワインだと酒精が弱いので、ランドタートルの血液は浄化の魔道具でしっかり浄化しておいた。
余談だが、この国はお酒には特に年齢制限がない。成人扱いの基準が十五歳なので、それくらいの歳になるとお酒を飲むようになる者が増えて来る。
そーだよ! 俺もまだピチピチの十八歳だよ!! 前世でいた国だと未成年扱いの歳だよ!!
この世界では、肉や魚や卵を生で食べることに馴染みがない。運搬技術や衛生管理、保存技術が前世ほど水準が高くないから仕方ない。
むしろ前世で俺が住んでた国の人間が、生食好きすぎだったのだろう。
しかし、前世の記憶がある俺は、時々生食が恋しくなる。浄化魔法があれば殺菌消毒が出来るので、生食も出来ない事は無い。まぁ、俺は魔法が使えないから、浄化魔法ももちろん使えないんだけどね。
最初のうちはアベルに頼んで浄化してもらっていたのだが、毎度頼むのも悪いので、食品を浄化する魔道具を購入して、今はそれを使う事が多い。
ただし、あまり強力に浄化すると味や食感や風味が悪くなったりするのと、魔力が含まれる食材の持つ効果が弱くなったり、無くなったりするので、何でも浄化すればおいしく生食できるわけではない。美味しくなければ、わざわざ浄化して生食なんてする意味がない。
今日の夕食はアベルに、ランドタートルのフルコースと約束していたので、できるだけ色々な調理法で皿数を増やしてみた。
フルコースと言ってもそこまで本格的なものではなく、あくまで庶民感覚の味付けとメニューだし、俺も一緒に食べるので、レストランのコース料理のように順番に出すのではなく、ずらりとテーブルに全部並べてやった。
テーブルマナー? 平民の俺がそんなもの知るわけがない。
"郷に入っては郷に従え"と言う前世のことわざに出来るだけ従って生活しようと思うのだが、前世の記憶の影響でどうしても"箸"がない生活が耐えられず、普段の食事にはフォークとナイフより箸を使う事が多い。そんな俺の影響で、ここに住むようになってから、物珍しさもあり、アベルも箸を使うようになった。
というわけで、今日のメニューだとフォークとナイフより箸の方が食べやすいと思い、フォークとナイフとは別に箸を用意している。鍋のスープを掬う用に木製のレンゲも用意してある。スプーンで鍋は食べにくいかなって。
「ふああああ……これまたすごいね。これ全部ランドタートルなんだよね?」
いつものように屋外に設置されたテーブルの上に、ずらりと並んだランドタートル料理を見て、アベルが目をキラキラさせている。
その横ではシャモアが、興味深そうに料理を凝視しながら、鼻をヒクヒクさせている。
うちの夕食はほぼ毎晩シャモアがやってくるので、庭にテーブルを出して夜空の下でのディナーだ。彼?はでっかいから、サイズ的に家の中入るのちょっと厳しいんだよね……。
雨の季節や雪の季節になる前に、屋根付きでシャモアも一緒に食事が出来る場所を作っておきたいところだ。
用意したメニューは、ランドタートルの唐揚げ、刺し身、熱湯に肉をさっとくぐらせてして冷水に晒した湯引き、肉と砂糖と醤油とショウガで煮た甘辛煮、甲羅の縁の部分のゼラチン質の部分――エンペラとキノコのビネガー和え、口直し用のスープ、そしてスッポン鍋ならぬランドタートル鍋。
一つの鍋に入れた料理を全員でつつくという食べ方などこの国にはないので、小型の鍋を一人に一つ用意して、携帯用のコンロの上に乗せて、それぞれの前に置いてある。他のメニューを食べてるうちに煮える予定だ、もちろん最後には米を入れて雑炊にする。
前世の記憶をひっくりかえして、スッポン料理の記憶を引っ張り出して来て頑張って作ってみたが、あまり時間もなかったので明後日キルシェ達が来る時に更に本気を出すつもりだ。
「こっちの鍋はまだ出来てないと思うからまだ開けないで、先に他の物から食べててくれ。けどその前に、食前酒があるけどどうする?」
「それはもしかしてランドタートルの血?」
ガラス製の小型のポットに入った赤い液体こと、ランドタートルの血液を見たアベルがぎょっとした表情になる。
まぁ、生食文化ない国だと当然の反応だよね、生食文化あった前世でも生血はあまり馴染のある食材ではなかったしね。
「浄化済みだし、ワインで割って飲むから多分大丈夫だよ。ちょっと強壮作用とか興奮作用が強いから、お酒とか果汁で割って薄めにして飲むんだ。美容にもいいし、栄養価も高いんだ」
「グランが言うなら大丈夫なんだろう、頂こうかな」
大丈夫だけど、飲みすぎると男として大変な事になるかもしれない。まぁアベルとシャモアなら大丈夫だろう。
「ワインで割るなら、このワインを使おう。そのうちグランに、赤ワインに合う料理を作って貰おうと思って、実家からこっそり持って来たんだ」
そう言ってアベルが、いかにも高そうな赤ワインを空間魔法で取り出した。
アベルの実家ってお貴族様だよなぁ……きっと庶民の飲むワインと桁が一つも二つも違いそう。
本人は末端貴族の出身だって言ってたけど、見た目のせいもあってすごく高貴な人オーラ出てるんだよなぁ。平民の俺なんかよりずっと金持ちなんだろうなぁ。ていうかアベルが金持ちなの、日ごろの行いや装備品見てると何となく察するし。
食前酒用の小さなグラスにランドタートルの血液を少量注いで、それをアベルが持ち出して来た赤ワインで割って、それぞれの席の前に置いた。シャモアの分は飲みやすいように少し口の大き目のグラスだ。
血液の割合が多いと血生臭くなって飲みにくくなるので、ランドタートルの血の量は少な目だ。というか血液の量増やすと、後で大変なことになって、間違いなくアベルに説教される未来が来る。
消毒の意味も兼ねてお酒で割るので、度数の高い蒸留酒が理想なのだが、今回は魔道具で一度浄化を掛けているので、飲みやすさを優先してワインで割る事にした。
「かんぱーーーい」
アベルと軽くグラスをぶつけて、ランドタートルの血のワイン割りをいっきに飲み干した。血液なのでやや癖はあるけど、高価なワインで割ったのもあって口当たりはかなりいい。香りの強いワインだったので、血液の生臭さもそこまで気にならない。
もう一杯飲みたくなるけど、あまりランドタートルの血液を飲みすぎると後で大変なことになるから自重した。
食前酒を飲み終わったら早速料理を摘み始めた。
最初はあっさりしたランドタートルの湯引きから。醤油とレモン風味のドレッシングがかけてある。
前世の記憶にある"和風"の味付けにしたいところなのだが、どうしても揃わない食材や調味料があるので、それに近い物を代用して味付けをしている。薄くスライスしてさっと湯にくぐらせたランドタートルの肉はあっさりした味で、酸味のある爽やかなドレッシングがとてもよく合う。
小鉢ほどの小さな皿に少量だけなので、ペロリと平らげて次の皿へ。
「へー、ランドタートルって独特の食感だけど、結構さっぱりした味なんだね。もっと臭くて脂っこくて固い肉だと思ってた。鶏肉に近い感じなのかな? でも鶏肉よりかなりプリプリしてて歯ごたえもある……食感は竜種に近いけど味は鶏とか兎系ってところ?」
俺と同じく、湯引きから食べ始めたアベルが、初めて食べるランドタートルの感想を口にした。
「うんー、そんな感じかな? 食感はワニ系とかバジリスクに近い感じだけど、バジリスクより全然食べやすい」
「ワニは分かるけどバジリスクも食べたの……」
「うん、食用可って見えたからつい……。でもあれ毒抜き大変で、毒抜きしてるうちにどうしても劣化して、あんまり美味しくならなかった。もしかして、調理方法知っている料理人だったら、美味しく食べれるのかもしれない」
「いやいや、そこまでしてあの毒トカゲ食べたいって思わないでしょ?」
「うんまぁ……でも美味しく食べれるなら食べてみたいなって」
バジリスクとは、体中に毒を持つ竜種に近いオオトカゲの一種なのだが、鑑定したら毒抜き後食用可と見えたので色々試したのだが、なかなかうまく毒が抜けなくて、毒を抜き終わる頃には鮮度が落ちて、生臭さだけが残って非常に食べにくかった。解毒の魔法で肉の毒抜きを頼んでみた事もあったのだが、これもバジリスク自身が持つ魔力と干渉して、毒は消えたもののパッサパサでとても食感の悪い仕上がりになって、結局諦めたのだ。
「ランドタートルはわりと淡泊な感じするけど、かなり強い滋養強壮効果のある食材だよ」
「へー、ポーションにしないとそういう効果は、あまり強く出ない物だと思ってた」
「さすがにポーションほどじゃないけど、食べすぎると夜になっても目が冴えてるかも」
わりと洒落にならない可能性があるけど、フルコースを所望したのはアベルだし、俺も食べたかったしね。
湯引きを平らげて次の皿は、ランドタートルのモモ肉の御造りこと、お刺身にした。皿の上に氷を敷いて、その上に刺し身を盛り付けてあって、ワサビ醤油をつけて食べる。ワサビは以前、シャモアが手土産に持って来てくれた、山菜やハーブの中に混ざっていた。肉はそのまま生食はちょっと抵抗あったので、魔道具による浄化をしてある。
「それ生肉だよね!? 生で行っちゃうの? このあいだも魚を生で食べてたよね? なんなの? グランは野生の肉食獣かなんかなの?」
ランドタートルの刺し身を迷いなく食べ始めた俺を見てアベルが声を上げた。アベルは俺に付き合って色々食べたけど、やっぱり生食はまだ抵抗があるようだ。というか、野生の肉食獣だなんて失敬だな。
「刺し身は新鮮な獲物の醍醐味だからね?」
「サシミ?」
あー、刺し身って通じないか。
「肉や魚を生でこんな感じにスライスする食べ方の事」
「へー、どこ地方の食べ方? グランほんとに色んな料理知ってるよね」
「あ、あぁ。これもショウユ使うから、コメとかショウユの産地の方の料理じゃないかな? 昔、旅の商人に見せて貰った本に載ってたんだ」
あぶない、うっかり藪から蛇が顔出した。
「ちゃんと、新鮮な肉だし魔道具で浄化したし、解体する時にも気を使ったし、ワサビは殺菌作用あるから大丈夫のはず。部位はモモの肉だよ、見た目ほどクセも臭みもないしぷりぷりしてて美味しいよ。気になるなら鑑定してみてくれ、毒性はないはずだ」
「鑑定すると食べた時の楽しみが減る気がするから、グランの料理は先に鑑定しない事にしてるの!」
などと料理する側的には嬉しい事言ってくれてるけど、もし俺が毒盛ったらやばいだろ。いや、盛らないけど。というか俺にだってミスはあるから、あまり信用しすぎないで欲しい。
アベルが恐る恐るモモ肉にワサビ醤油を付けて、口に運んでゆっくりと咀嚼して目を見開いた。
よっし、イイ反応!!
「ほうー……、もっと魚とか蛇みたいに生臭いかと思ったけど、ずいぶんあっさりしてるね。これなら生でも普通に食べれそうな気がする」
アベルとそんな話をしているうちに、シャモアもペロリと湯引きと刺し身を平らげていた。ホントなんでも食うなこのシャモア。
「これ、唐揚げだよね?」
そして唐揚げ大好きなアベルが、ランドタートルの唐揚げに手を付け始めた。シャモアも唐揚げが好きそうだったので唐揚げは多めに作ってある。
「唐揚げ食べるとエール欲しくなるな? ちょっとエール取って来るよ」
前世の記憶に残ってる、唐揚げとよく合うビールという酒の記憶のせいで、唐揚げを食べるとビールに似ているエールが欲しくなる。
「エール? せっかく開けたんだからこのワイン全部飲んじゃお?」
席を立とうとしたらアベルに止められた。いや、そのワインお高いんでしょ?
「えぇ……そんな高そうなワインもったいない」
どう見ても庶民が飲むような酒じゃないオーラが出てる。鑑定するときっと後悔しそうなので鑑定はしてない。
「大丈夫だよ、長男の寝酒の一本やそこら持ち出したとこでバレないし」
お貴族のお兄様のお酒だったのね……。
アベルがワイングラスにワインを注ぎ始めたので、素直にアベルの持って来たワインを飲むことにした。
「ランドタートルの血のワイン割り、少し癖はあったけどイイ感じだったから、まだあるなら飲みたいな」
あれは、効果が強いので食前酒分しかポットに入れてこなかったのだが、アベルが気に入ってしまったようだ。
「あれはー……飲みすぎると大変なことになるから、食前酒くらいの量でやめといた方が……」
「え、どういうこと?」
「えっと……強壮効果と興奮効果あるって言ったじゃん? つまりアレ。媚薬みたいに精神に作用はしないけど、飲みすぎると男性の場合、下半身元気になりすぎて収拾つかなくなるみたいな?」
食事中なので、それとなーく緩やかな表現で説明する。
「はぁ????」
「や、食前に出したのはかなり薄めてるから、たぶん大丈夫! 普通に疲れにくくなるとか、疲労感が緩和されるとか、それくらいだと思うよ」
「うん、まぁ飲む前に鑑定しなかった俺も悪いからな。わかった。グランがそう言うなら、今は食事の席だし深くは追及しないよ。でも明日ゆっくりその話聞くからね? 血以外の部位は大丈夫なの? 事と次第によってはランドタートルが狩りつくされる事になる危険がある話かもしれないからね」
「うん、たぶん他の部位は料理なら滋養強壮効果くらいで効果もそんな強くないよ。血だけ飛び抜けて効果が高い」
アベルの持って来たワインはすごく美味しいけど、やっぱりランドタートル料理の味付けが前世の記憶に頼ってしまったので、前世で暮らしていた国の酒が欲しくなってくる。
醤油と一緒に手に入れたササ酒はまだ残っているが、この先入手の見通しが不明なので、料理用に温存しておきたい。
「これもランドタートル? どこの肉?」
アベルが食べているのはランドタートルのエンペラを湯がいて、シャモアが持って来てくれたきのこと合わせて、白ワインビネガーで和えた物。
「それはエンペラって言って、ランドタートルの甲羅の縁の辺りのゼラチン質の部分だよ」
「すごいプルプルしてて不思議な食感だ」
「なんでも、その部分は美容にいいとかなんとか」
「へぇ、女性が喜びそうな食材だね。こっちの煮物はショウユで味付けしてあるのかな? 香ばしい辛さと甘みが程好い。最近グランのせいで、ショウユ味の物を食べると米が欲しくなって困る」
次にアベルが口にしたのは、ランドタートルの肉を醤油とショウガと砂糖で甘辛く煮た物だ。この手の煮物を食べると米が欲しくなるのは仕方ない。実は米は用意してあるのだが、このあと米を味わって貰いたいメニューがあってまだ出してない。
そうこうしてるうちに、携帯コンロで温めていた小鍋の蓋が、コトコトと吹き始めた。
「そろそろ、出来たかな? もうコンロの火力弱くして鍋の蓋取っていいよ」
鍋の蓋を取ると、もあって湯気が上がった。
中身はランドタートルの肉とシャモアが持って来てくれたキノコと、ブランラパと言う前世の白菜に似た野菜を、海藻とキノコの出汁で煮た物だ。シャモアのとこの鍋の蓋は俺が取ってやる。
「これを食べる前に、スープで口直ししてから食べるといいよ」
と口直し用に用意していたスープを勧めた。アベルとシャモアがスープを飲んでる間に、鍋の具を浸して食べる為に用意した、醤油をビネガーで割ってレモン汁を絞った物を、器に入れて差し出す。
「鍋の中身はこれを付けて食べてね」
「これはスープかい?」
あ、そっか、この国に"鍋"なんて料理ないから、スープっぽい物に見えるよね。
「スープとはちょっと違って、具を取ってこっちの器に取り分けて食べるんだ。好みで用意したタレに浸して食べてみてくれ。フォークよりハシの方が食べやすいと思うよ」
「なるほど、確かにハシのが取りやすいな。スープはこの深いスプーンで掬えばいいんだな」
「うん、でも後でスープ再利用するメニューがあるから全部は飲まないでくれ」
「何? まだ追加あるのか? わかった、スープは残しておくよ」
スッポン――じゃなくてランドタートル――と言えばやっぱり鍋だ。
お肉プルプルで癖は少ない、スープはさっぱり上品だけど、海藻とキノコの出汁にランドタートルの肉の味が溶けだして、イイ感じにしっかりとした味わいになってて「鍋!!」って感じに仕上がっている。土鍋じゃなくて鉄鍋なのが少し残念なのだが。
「こういう風に鍋から直接掬って食べるのもまた斬新だね。シンプルな味付けなのに食感といい味といいクセになる。ワインとも結構相性いいね」
確かにアベルの言う通り、意外と赤ワインに結構合うな。
「ねぇグラン、これスープ全部飲んだらダメ?」
「この後そのスープ使うって言っただろ? 全部じゃなくていいから半分くらい残しといて」
アベルは鍋のスープが気に入ったようで上目遣いで訴えるが、この後に鍋の醍醐味があるからスープは残しておかなければダメだ。
「えー、この後何があるの? もうそれいっちゃおうよ?」
せっかちな奴だな!! と思ったらシャモアもフンフンと鼻息を荒くしながらこっちを見ている。
まぁ具はほとんど食べ終わってるみたいだし、締めの雑炊タイムにするか。
「わかったよ、じゃあこのスープの中にコメいれるよ」
用意していた、炊き上がった米をスープが残っているそれぞれの鍋に入れて、最後に卵を割ってポトンと鍋の中に落して蓋をする。
「このままコンロを中火にしてちょっと待ってて」
鍋の締めは、やっぱり雑炊に限る。米が見つかってホントによかった。うどんも捨てがたいけどやっぱ米だよな!!
中身が煮えてコトコトと蓋が揺れ始めたので蓋を空ける。
「スプーンで卵を崩して、一度混ぜて小さい器にとりながら食べるんだ。熱いから火傷に気を付けて」
シャモアの分は食べやすいように浅い器によそってやる。動物って熱い食べ物平気なんだろうか、いや魔物っぽいから大丈夫か?
「なるほど、スープの中にコメを入れてふやかして食べるのか……あっつぅ!!!」
「熱いって言っただろ、冷ましながら食べるんだよ。冷ますつっても間違っても氷魔法とか使うなよ?」
「わかってるよ! はふぅ……スープがコメに染み込んでて美味しいし、くずれた半熟卵がいいアクセントになってるふああああ……」
アベルが表情を崩してはふはふ言いながら、鍋の後の雑炊をすすっている。その顔もイケメンなので何だかちょっと悔しい。
「寒い季節に食べたい料理だね、寒くなる頃にまたランドタートル狩に行こう。きっと近場にランドタートルの生息地あるよね?」
確かに鍋とか雑炊は寒い季節のほうが食べ甲斐がある。それにしても、そんなにランドタートル料理気に入ったのか。
「ランドタートルの生態ってよく知らないけど、寒い時期って冬眠とかしないのかな?」
「あー、どうなんだろう? ランドタートルの出現報告あるダンジョン調べておくかー、そっちなら確実だよね?」
「どんだけランドタートル食べたいんだ」
「美味しい物を食べたいと思うのは人間の正しい欲求でしょ」
「お、そうだな?」
「あ、お肉余ってるよね? 今度は唐揚げいっぱい作って欲しい。やっぱ唐揚げだよね、唐揚げなら毎日でも食べれる」
「唐揚げ好きすぎだろー、ショウユ味はショウユの残り減って来たから、近いうち打ち止めになりそうだけど塩味なら作れるよ」
そう、元々そんな量多く買えたわけでもないので、醤油の残りが心もとなくなってきたのだ。
昨日の五日市では、前にいた東方から来たという商人には会えなかったし、東方の商品を取り扱ってる露店も見つからなかった。米はまだあるけど、いつかは無くなるから、なんとか入手先を見つけたい。
「ショウユかー、コメと合わせて知り合いの商人に聞いてみるよ。まとまって時間取れる時に東に行ってみるから、お弁当よろしく。それともグランも一緒に行く?」
「すごくありがたい。一緒に行って実際に自分で探してみるのもいいなぁ……でもキルシェんとこの店に、ポーションを持って行かないといけないからな。一か月分くらいまとめて納品していいか確認してみるかな」
「まぁ、いざとなったら途中で転移魔法で一回戻って来てもいいしね」
「うん、でもせっかく遠くまで行くなら、その土地の物いっぱい見て回りたいしな」
こうしてアベルと東の方へ行く計画を立てつつ、今日のランドタートルパーティーは終わった。
出した料理を全て平らげ解散後、片づけも終わった頃に、そりゃあもう般若みたいな顔したアベルに、突然引っ掴まれて小綺麗な服に着替えさせられ、転移魔法で王都に拉致られて、夜の町を引きずり回される事になったのはまた別の話。
そして、シャモア君は大丈夫だったのだろうか……という疑問が残った。
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