第36話◆二つ名付きの冒険者達
「ホント、あんな大規模な空間魔法二つ同時に使えって無茶振りだよねー? どんだけ魔力食うと思ってるの? まぁちょっと余裕あったから、へばってるグラン安全な場所まで引き寄せたし? それ合わせて空間魔法三つ同時展開って俺すごくない? 褒めていいよ? しかも二回も広範囲攻撃されたしー? これはもう、ランドタートルのフルコースでいいよね?」
ランドタートルが完全に沈黙したのを確認して、地上に降りて来たアベルが前髪を掻き上げながら言った。
足元にはコロコロと空になった、マナハイポーションの瓶がいくつも転がっている。ポイ捨て良くない。
「はい、全力で作らせていただきます」
別につつがなく終わっても、ランドタートルのフルコースになってたと思う。
今回のランドタートルはどう考えても、アベル抜きでは倒せなかったので何も反論は無い。
むしろ作戦がアベルのチート魔法ありきの作戦だった。
ランドタートルは物理攻撃に対しても強く、魔法に対しても高い耐性を持っている。しかも、アダマンタイト交じりとなると、高火力の物理攻撃も、高位の魔法もほとんど受け付けなくなる。普通に攻略するとしたら、高ランクの冒険者相当の者を集めて柔らかい部位を狙って、長時間の持久戦に持ち込むしかないような相手である。
だが、そんなランドタートルも生き物である事には変わりない。そして、生き物が生きていく為に必要な物、それは空気だ。
アベルはランドタートルの周りを空間魔法で周囲から隔離して、その中の空気を外に転移させたのだ。
素材に傷がつかずに確実に仕留められて完璧な作戦。空気抜いたから、ちょっと目玉とか口から色々飛び出してるけど気にしない。
というわけで、ランドタートルはほぼ無傷の状態で死体となって地面に伏している。俺の鑑定スキルでも見れるようになっているので完全に死んでいるようだ。
この戦法を提案した時、この方法ならほとんどの生物は倒せるんじゃないかと思ったが、アベル曰く発動にも時間かかるし、魔力も馬鹿喰いするし、隔離してる空間から出て来られたら意味がないと言われた。動きが遅いランドタートルだから、通用する戦法とのこと。
【ランドタートル】
ランク:A+
状態:新鮮
属性:土
ウロボタイト、ヒスイ輝石を主食としていたランドタートル
低質のアダマンタイトをわずかに含んでいる
食用可
よっし、ちゃんと食用可能だ!!
十メートル級のランドタートルの巨体を包囲するような魔法を使うとなると、膨大な魔力が動くことになる。ランドタートルに気付かれてアベルが攻撃されてしまえば、大がかりな魔法を使うのが困難になってくる。また、隔離した空間の外に出られても意味がなくなる。
そこでランドタートルの気をそらしつつ、なおかつアベルの魔法が発動してから抵抗できない体勢にしておくのが俺の役目だった。
酔い覚ましのポーションが効いてきて、グリーンドレイクの血液から作った身体強化ポーションの、ポーション酔いからも醒めてきてなんとか立ち上がる事ができた。
口の中を水ですすいで、その後、水を大量にガブ飲みした。低級の竜種でも竜の血液を薄めないでポーションにするのはやめよう。
「あーそういえば、ランドタートルしまっといてくれ。俺が収納持ちなの非公開だし」
「あぁ、もちろんだ。それよりグラン、ランドタートル無力化する方法って、身体強化でひっくり返せるサイズじゃなかったら、分解スキルで地面を崩して穴に嵌めるんじゃなかったの?」
あー…。
当初の予定では、小さめのランドタートルを身体強化ごり押しでひっくり返すか、それがダメなら足元の地面を分解スキルで崩して、穴に嵌めて動けなくする予定だった。
その予定だったんだけど、思ったよりランドタートルがでかかった。この時点でごり押しでひっくり返す選択肢は消えた。
そして重力操作系の魔法まで使ってきた。どう考えてもSランク級の個体だ。
そして、この大きさのランドタートルを嵌めるくらいの穴を、分解スキルで作ろうと思うと時間がかかるし、分解スキルの魔力消費が少ないと言えどそのサイズになると、流石にかなりの魔力を消費する。
それだけの魔力が動けば、隠密スキルで気配を消していても、ランドタートルも反応してくるはずだ。ランドタートルは息切れしてるように見えたが、万が一でももう一度重力操作の魔法を使われるのは非常に怖い。追い詰められた魔物は何をするかわからない。
分解スキルで足元を崩してる最中、または崩し終った直後に再び重力操作の魔法を使われると逃げきれない可能性が高かった。
先程は身体強化のポーションとスキルを併用して、大重力下の噴火攻撃をなんとかかわしたが、もう一度やられると全て躱し切れるか微妙だった。あんなん絶対に当たりたくない。普通に死ねる。
それに、仕切り直しとなると、先ほどのように弓で奇襲も出来ないし、ランドタートルがアベルに気付く可能性もある。
重力操作の魔法を見た時、分解スキルで足元を崩すのは時間がかかりすぎるので、やめる事にした。
だったら別の方法で穴を空けてしまえばいい。
そう思って、ランドタートルの腹の下に爆弾ポーションを投げ込んだ。
爆発の衝撃でランドタートルもひっくり返るだろう。素材に傷がつきそうだけど、仕方がない。
それに、派手に爆発させておけば、失敗してもランドタートルもアベルより俺に気を取られるはずだ。
とにかく、アベルがフリーの状態で魔法を使えるようにしなければならなかった。
そして、爆弾ポーションは予想通りに爆発をしてくれて、ランドタートルは完全にひっくり返らなかったものの、抉れた地面に嵌ってくれた。
予想外だったのが、爆風で飛んでくる小石が痛かったのと、グリーンドレイクの身体強化のポーションのリバウンドが、思ったよりキツかったことだ。やっぱ身体強化系のポーションは、むやみに使いたくない。
「弓で初手取るとは聞いてたし、昨夜なんか部屋に籠ってやってたのも気づいてたけど、なんだか予想以上にエグい弓が出て来たし、最後の爆発の正体も気になるし、何でそんなポーション酔いしてるのかも気になるから、改めてお話聞かせてね?」
さすが魔法使いというかなんというか、後方からよく状況見てるな。
「防具全部火力系の付与にして、火力特化の弓使って、体にものすごく優しくない身体強化ポーションと、使いどころに困っていた爆弾ポーション使っただけかな?」
「だけ、じゃないが? まぁその話は改めてゆっくり聞くからね。とりあえずあの亀回収して、警備の奴ら適当にあしらって帰るよ」
今回はアベルに教えてなかったポーション使ったし、装備も頑張った自覚あるので、後でアベルに根掘り葉掘り聞かれるのは仕方ないな。
って、あああああーーーアベルに言われて思い出した。
この後、調査中に
大丈夫、初手こちらからおもくそ弓アタックぶちこんだのはバレないように、しっかりと隠密スキルも使ってたし、矢にも視覚阻害の付与しっかり付けてたし、バレてないバレてない。
アベルが空間魔法で倒したランドタートルを丸ごと収納したので、視界からランドタートルの巨体が消えて見通しが良くなった。
遠巻きに、見張りの兵士や足止めをされていた人達の姿がみえる。突然暴れ始め、そして倒れた後に突然消えたランドタートルに戸惑い騒めいてる気配が、離れていても伝わってくる。
さて、言い訳の時間だ。
とりあえず自分達が来たピエモン方面にいる兵士の方へ向かうと、向こうからも複数の兵士がこちらへやって来た。
「おい、何があった!? 何故、ランドタートルが消えた!?」
「出来るだけ近づいて、ランドタートルの材質を調べようとしたら、近づきすぎて隠密スキル見破られてしまって暴れ始めちゃって。いや、ホント俺のスキル不足っす。それで逃げれるような距離じゃなくてやばかったけど、A級冒険者の彼が何とか倒してくれて、事なきを得たみたいな? いや、ホント死ぬかと思いましたよ!!」
自分でばらまいた爆弾ポーションの爆風で、装備が程よく埃と傷まみれ、髪の毛もぼさぼさになってるので、たぶんそれなりに説得力があるはず。そしてA級冒険者のアベルが倒したことを強調した。
ついでに、あんだけ派手に爆発させたから、爆発で倒したと思われてるかもしれない。それなら、余計な説明の手間も省けて丁度いい。
「ランドタートルの死体は彼が空間魔法で収納しました」
「収納だと!? あの大きさをか?」
「あぁ、ランドタートルは俺が倒して、死体も俺が収納したよ。王都の冒険者ギルド所属のAランクのアベルだ」
アベルが取り出した金色のギルドカードがキランっと光る。
「Aランクで空間魔法持ちだと!? 魔導士か? ランドタートルは魔法効きにくいと聞いたが?」
「効きにくいだけで効かないわけじゃないよ」
うん、魔法で倒した事には変わりないから、アベルは嘘は言ってない。
兵士と話していると、遠くから馬が駆ける音が、複数近づいて来ているのが聞こえた。
「この辺りでランドタートルが街道を封鎖してると報告を受けて、ソーリスから来た調査隊だ。街道が破壊されてはいるが、そのような魔物の姿が確認できないのはどういうことか、説明できる者はいるか?」
見るからに「騎士!」という風貌の一団が、馬上からこちらを見下ろしながらやって来た。後ろには冒険者のパーティらしき者達を従えている。
ソーリスってたしかピエモンのあるソートレル子爵領の領都だったよな? ということは、領主様から派遣されて来た、騎士隊と冒険者ギルド合同の調査隊ということかな?
ここで鉢合わせするとかタイミングが悪いのか、それともランドタートル片づけた後でよかったと言うべきか。たぶん、後者だな。下手に共闘になって、騎士団と獲物の所有権で揉めるのはめんどくさすぎる。
チラリとアベルに視線を送ると、頷いたので後はアベルに丸投げしていいという事だろう。それにしてもまた同じ説明をしないといけない事になりそうだな。アベルも少しめんどくさそうな顔をして、現れた騎士達に状況を話し始めた。
「状況は俺が説明しよう。俺はAランクのアベルで一緒にいるのがBランクのグランだ。ピエモンの冒険者ギルドで調査を請け負って来たのだが、突然ランドタートルが暴れ始めたので、応戦して倒して死体は邪魔だから空間魔法で撤去したよ」
「倒しただと!? しかもピエモンにAランクとBランクの冒険者がいただと?」
リーダーだと思しき騎士が、にわかには信じがたいと言った表情で、アベルに詰め寄った。
「たまたまピエモンにいただけだよ」
「しかしランドタートルを空間魔法で撤去するなど信じがたいが? そもそも空間魔法の使い手が稀少すぎてこんな田舎にいるはずが……」
「何? 疑ってるの? ここでランドタートル出していいなら出すけど?」
騎士の言葉に、剣呑な空気が流れ始めかけた時、騎士の後ろから甲高い女性の声がした。
「あーーーー!! もしかして王都ギルドの白夜の魔導士のアベル様!?」
騎士団の後ろにいた小柄な女性の冒険者がアベルを指さして声を上げた。というか、なんだそのだっさい二つ名。プププ。
見ればアベルも、ものすごく微妙な顔をしている。
「なんだ知り合いか?」
リーダーっぽい騎士が冒険者の女性の声に反応した。
「いえいえいえ、違います。知り合いとかじゃないですけどその人……その方は王都周辺で、とても有名な大魔導士様ですよ!!」
まぁ、アベルは有名だろうなぁ。見た目もいいし、実力もあるし、王都にいた頃から指名依頼も多かったし、女にもめちゃくちゃもててたし。王都のギルドに出入りしてる奴らだと、アベルを知らない奴なんてほぼいなかったし。それにしてもこんな田舎の地まで、アベルの名声届いてるのか。さすがイケメンチート野郎。
しかし、だっさい二つ名だな。ププププ。
「一緒にいるのはもしかして紅蓮の猛獣使いのグラン様では!?」
「は?」
「プッ」
なんだそれ? 俺のことか!? 名前はあってるけど全く以て猛獣使いでもないどころか、ペットすら飼った事ない。
というか隣でアベルが吹き出した後、肩を震わせている。うっせぇぞ。
「確かに俺の名前はグランだけど、猛獣使いではなくて、ただの物理で殴る系の脳筋だけど?」
「やっぱりグラン様ですよね!? 王都のギルドの屈強な冒険者の方々はじめギルドの職員、町の衛兵まで次々と餌付けする姿は、猛獣を飼いならして手玉に取る飼育員のようだと噂の!!」
な ん だ そ れ は ! ?
確かに王都のギルドにいた頃は、作りすぎた料理お裾分けしてたし、町の巡回してる下級の兵士とは、仲良くしといた方が色々と融通利くので賄賂ではないけど、顔見知りの兵士にはたまに差し入れくらいしてたけど……。
いや、それよりその妙な二つ名はやめて欲しい、というかどこでどう広まってるんだ!? しかもアベルの視線が、なんだか生温いのは気のせいか!?
「彼らは著名な冒険者なのか?」
「はい! 王都では結構有名な方々で、ファンクラブもありますし、お二方ともドラゴンスレイヤーの称号お持ちと聞いたことあります」
ファンクラブとかあんのか……さすがだな、アベル。
ちなみにドラゴンスレイヤーとは、Sランク以上の竜種の討伐履歴のある者に、冒険者ギルドから送られる称号だ。冒険者ギルドからドラゴンスレイヤーに認定されると、ギルドカードの裏側にそれを証明する紋章が刻まれる。
まぁ、俺の場合アベルの所属していたパーティに金魚の糞をして、おこぼれで貰ったドラゴンスレイヤーの称号なのだが。
「ドラゴンスレイヤーというのは本当か?」
「グラン共々本当だよ」
アベルが騎士にギルドカードの裏側を見せたので、俺もギルドカードを出して裏側を見せる。
ギルドカードの裏側には、Sランク以上の魔物の討伐履歴が記載される事になってる。ただし、証拠品と揃えて申請した分だけなので、記載されてない物もあるのが普通だ。アベルのギルドカードの裏側を見た騎士の表情が強張ってるのが見えた。
まともに申請してたら、アベルのギルドカードの裏側記載しきれなくて溢れてそうだな。
「な、なるほど。あいわかった。ランドタートルは君達が始末して、もうここら一帯はその脅威はないということだな」
「そういうことになるね」
「では、そういうことを領主様に報告しておこう。後日改めてギルド経由で詳しい報告書と、討伐証明を領主様の元へ届けてくれ。受理され次第報奨金の支払いが行われるはずだ」
「了解した。ではピエモンに戻って詳しい報告は、ギルド経由でさせてもらうよ」
「よろしく頼む、今回は速やかな討伐感謝する」
拍子抜けするくらいあっさり話がついた。
たまにあれこれと難癖をつけてくるめんどくさい騎士や貴族もいるのだが、ソートレル子爵領の騎士はまともな人でよかった。逆にここまであっさりだと、肉欲しさにちょっとズルい事をしたので、罪悪感が湧いて来る。
まぁ、騎士団で討伐隊組むより、冒険者が手早く処理した方が予算的にも安上がりだしなぁ。倒した方に素材を引き取る権利があると言っても、ランドタートル程度の素材だとミスリルとかオリハルコンクラスじゃないと、騎士団で討伐隊を組んで派遣するより冒険者ギルドに依頼した方が安く上がりそうだ。
「ちなみに、ランドタートルの材質は何だったか分かるか?」
「純度は低いがアダマンタイトと、ヒスイ輝石かな? ロック鳥が運んで来たって聞いたけど、この辺りだと南に岩山や荒野があるから、その辺にランドタートルの生息域があるんじゃないかな?」
アベルの言葉に、騎士のリーダーの眉毛がぴくりと動く。
「なるほど、領主様にはそのように伝えておこう。情報感謝する」
「いえいえ」
いつもの胡散臭いスマイルでアベルが返事をした。
ランドタートルは倒した俺らが引き取る代わりに、ランドタートルがどこから運ばれて来たか推測を伝える。つまり、ランドタートルが食料としていた鉱石があると思われる場所だ。
調査のはずみでランドタートルを倒してしまったという事にはなっているが、領都から派遣されて来た調査隊は無駄足になってしまったとも言えなくもないので、ランドタートルはこっちで引き取る代わりに、新たな資源の可能性のある場所を伝えて、彼らの面子を保ってもらえば後々に残す遺恨が少なくて済む。
もともと、調査と言いつつ討伐するつもりで来てたので少し後ろ暗いとこもあるし、アベルのギルドカードを見られたので調査なしで討伐出来たのではと追及されてもおかしくない。よって、これで追及なしにしてくれよって意味でもある。
「あ、アベル様! グラン様! 記念に握手してください!」
俺達の事を知っていた、小柄な女性の冒険者が別れ際に握手を求めてきた。記念ってなんだ記念って。
「君のおかげで話が楽にまとまったよありがとう」
「またどこかで会うことがあったらよろしく頼むよ」
彼女がきっかけで話もスムーズに終わったのはよかった。しかし妙な二つ名を付けられている事を知った。
「えへへ~、ありがとうございます! 帰ったらファンクラブのみんなに自慢して会誌にも投稿すんだ」
会誌まであるのかよ! おそるべしアベルファンクラブ!!
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