第34話◆依頼前交渉

 冒険者ギルドの建物の中に入ると、先日立ち寄った時にもいた受付のお姉さんに、ピエモンの兵士が詰め寄っていた。


「だから、うちに登録してる冒険者にA+の魔物の対応出来る冒険者は、いないんですって!」

「DランクCランクの冒険者ならいるだろう? 緊急依頼として討伐隊に参加させろ!」

「そのランク帯でA+の魔物の討伐は無理ですよ! それにA+ランクの魔物に、いきなり討伐隊をぶつけるのは危険すぎます、まずは調査隊を派遣してから、個体の強さの目測を立てるのが先です」

「それだと時間がかかりすぎる! 何日も東の街道を封鎖することになると、領都からの物流が止まって、町の物資が不足してしまう」

「しかし、A+の魔物になると、討伐隊を派遣しても倒せるとは限らないし、人的被害も出るかもしれないんですよ! あーもう! こんな日にギルド長が休みだなんて!」

「ランドタートルは鈍重な魔物なんだろう? 兵団と冒険者の合同で討伐隊を結成して、数でゴリ押せば何とかなるだろう。倒せそうなら倒して、もし無理なら引けばいいだろう?」



 いやいや無理だろう。この町の兵士の強さがどのくらいのものかは知らないけど、高ランクの魔物討伐に慣れてない者で数集めても、ランドタートルのような高位の魔法を使う魔物相手だと、範囲魔法で一掃されて壊滅するのがオチだろう。動きが遅いと言ってもA+ランクの魔物には違いない。

 Cランクくらいまでの魔物なら、それより少しくらい低いランクの冒険者でも、数を固めて数で押せば討伐も可能だが、上位ランクと言われるBランクを超える魔物が相手となると、力量の足りてない者ばかり数を集めたところで、まとめて蹴散らされてしまうのがオチだろう。


 まぁ、こんな田舎で、普段まず出る事のないランドタートルが、突然現れて街道に居座ってるとなると、治安を守る兵士の方も混乱するわな。しかも実際に見た事のない者にとっては、高ランクの魔物の強さなんてわからないだろうし。でも、無茶振りしてる事にはかわりないのだが。


 魔物の強さは、冒険者ギルドのランク同様F~Sでランク分けされているが、上位に行くにつれ+や-の表記が加わりより細かくなる。

 それはCランクまではランクの違いでの強さの変化が緩やかなのに対し、Bランク以上は一ランクあがる毎に強さが跳ね上がり、同じ種の魔物でも個体差が激しく、危険度が高いからである。Aランク以上になればその強さの振れ幅も、上下一ランクの余裕を見ておいた方がよい。

 ちなみにA+とはSランクに近いAランクという事である。

 ランドタートルは、食料としている岩石の成分がその個体に表れるという特性上、個体差が激しい。強度の弱い鉱石を主食としてる個体ならばBランク程度の強さの事もあるし、アダマンタイトやミスリルといった高強度、高魔力耐性の鉱石を取り込んでいる個体だと、Sランク級の強さでもおかしくない。伝説の鉱石と言われるオリハルコンなど取り込もう物ならSランクの上位になるかもしれない。

 俺がダンジョンで倒したというランドタートルは、銅や鉄成分多めだったのでランクとしてはB~A-くらいの、装備さえあればそんなに苦戦しない個体だった。


 とまぁ、A+の魔物の討伐にDかCランクの冒険者を出せと言ってるのは、相当な無茶振りなのだが、公側がギルドに無茶振りするのは、緊急事態が起こるとわりとどこのギルドでも見かける光景である。

 かといって、戦力揃えずにごり押しても解決できるとは限らないのだが、街道を塞がれてるとなると物流も止まるし、運の悪いことにピエモンの所属するソートレル子爵領の領都は、塞がれる街道の東側なので、領主からの騎士団が派遣されるまでに時間がかかると予想される。

 その間、町から遠くない位置にA+の魔物が居座ってるとなると、町の安全を預かる兵団としても混乱するだろう。

 しかも、運が悪い事にギルド長は休みの日だったようだ。ギルド長に連絡が取れて、出勤してくるまでには時間も要するだろうから、しばらく混乱は続きそうだ。


 気持ちも事情もわかるのだが、やはり公とギルドの間でいいように利用されるのは癪なだし、面倒事にはかかわりたくないし、必要以上に目立ちたくない。


 ぶっちゃけ、ここでランドタートル討伐を単独で請け負うと、どうしようもなく目立ってしまう。そうなるとピエモンの冒険者ギルド所属になっている俺のとこに指名で依頼がくる可能性が高くなる。それは、俺のスローライフ計画にとって邪魔でしかない。


 そこで俺よりランクが高い、Aランク冒険者のアベルだ。

 奴が主導で倒したことにすれば目立つのはアベル、ランクも高い、顔もいい、王都では冒険者としてそこそこに名前も知れていた。しかもの所属は王都の冒険者ギルドのままだから、ピエモンのギルドから積極的に接触すると王都のギルドと摩擦の原因になりかねないので、後日、ピエモンの人手不足でアベルに依頼が行く事もない。

 つまり、アベルにランドタートルを倒してもらって、アベルを風よけにするのが丁度よい。


「そのランドタートル、調査依頼出すなら俺達にやらせて貰えないかな?」

 前世で身に着けた営業スマイルで受付のお姉さんに話しかける。


 さぁ、交渉開始だ。


「つい最近、王都のギルドからピエモンのギルドに拠点移したBランクのグランって言うんだけど、討伐は無理でも調査なら行けるけどどうかな? 聞いたところまだ調査隊すら出してないみたいだけど?」

 鎖を通して首に吊るしてる、銀色のギルドカードを服の中から出して、ギルドの受付嬢の前にかざした。

「あ、覚えてます覚えてます! 先日、所属の移転手続きに来られた方ですよね?」

「そうそう、たまたま通りかかったんだけどランドタートル? A+だよな? 俺Bランクだから、単独討伐はギルド側からも許可出しにくいだろ?」


 冒険者の保身は自己責任といえど、明らかに高ランクの依頼を低ランクの冒険者に行かせて、人的損害が出た場合ギルド側の評価も悪くなる。故にギルド側も、高ランクの依頼を出す場合慎重になる。

 しかも俺の場合、Bランクとは言えピエモンで依頼を全く受けておらず、実績がないのでギルド側も俺の実力を全く知らないので、高ランクの依頼を出しにくいのだ。

 A+の魔物の討伐となるとAランクの冒険者PT相当の依頼になるのが普通だが、調査だけになると無理に戦闘をしなくていいので、依頼の難易度は少し下がる。ランドタートルなら動きが遅いので、調査だけならBランクの冒険者にとっては比較的安全な方だ。


「ランドタートルの討伐経験は小型の鉄系なら有りだ。ついでにちょうど一緒に、王都ギルドの所属のAランクの友人がいる。彼は上位の鑑定持ちだからランドタートルを構成してる鉱物も、わかる、かも、しれない」

「Aランクのアベルだ」

 チラリとアベルに視線を送ると、金色のギルドカードを取り出してギルド嬢に見せた。

「Aランクの方ですか!?」

「AランクとBランクの冒険者だと!? それならランドタートルの討伐が可能なのでは!? ピエモンの兵団と合同で討伐隊を組んで」


 ほら来た。

 ギルドの受付嬢を話してるところに、ピエモンの兵士が割り込んできた。明らかにこちらの戦力を期待して、手柄に便乗しようとしている。

 ぶっちゃけ、普通のランドタートルなら少々大きくても、アベルと二人でそう苦労することも無く倒せる。怖いのは特殊な鉱石を取り込んだ個体だった場合。

 物理も魔法も効きにくいとなると、討伐難易度が跳ね上がる。その場合、依頼の失敗というリスクもついてくるわけで、冒険者ギルドの依頼を失敗するとペナルティとして違約金が発生する。

 上位の魔物と相対する時は、できるだけマイナス要素を無くしておくのが基本だ。

 違約金も嫌だが、命も大事だし、痛いのも嫌だ。


 冒険者的にはペナルティも違約金も重度の負傷も避けたい。

 冒険者ギルドとしても、高ランクの依頼で人的被害を出して、ギルドの評判に傷を付けなくない。

 依頼主としても、高ランクの魔物討伐ではよくある、想定外の強さや行動で人的被害を出すことで、賠償金の発生や請け負う冒険者が減り、依頼料を上げなければならなくなる事態を避けたい。

 その為、高ランクの魔物の討伐依頼はほとんどの場合、一度事前調査を行い、より正確な魔物の強さと、周辺状況を把握してから討伐を始めるのが普通だ。


 が、その調査の部分の費用と時間をケチって、いきなり討伐依頼を出してくるケースは少なくない。強力な魔物が少ない地域ほどよくある。

「ランドタートルとか個体によって強さの差が激しすぎるから、調査なしでいきなり討伐なら依頼はお断りかな?」

「な……っ! では、街道封鎖の事もあるし、緊急依頼としてBランク以上の者を招集という形で」

 緊急依頼とは、統治者やそれに属する機関が、緊急性のある依頼に強制的に冒険者を参加させる事の出来るシステムだ。

 魔物の大量発生時や、今回のような想定外の魔物の出現に使われることが多い。


「俺はピエモンのギルドの所属だからその招集の対象にはなるけど、アベルは王都のギルド所属だから強制力ないよ? しかも俺BランクだからA+の討伐に強制招集は断ることも可能だし、実際に討伐は断るって言ってるからな? ランク差の危険度から言って、強制招集で討伐失敗した時の責任は招集掛けた側になるけど、ピエモンの兵団の予算でBランク冒険者の損失の賠償金払えるのか?」


 そりゃそうだ、敵の強さが跳ね上がるBランク以上の討伐依頼を、討伐対象のランク以下の者に強制的にやらせるのは死刑宣告に等しい。

 そう言った冒険者側のリスクが大きい依頼を、強制的に依頼した場合に発生した冒険者側の損失は、依頼主側に賠償が発生する。


 Bランク以上の冒険者は上級冒険者と言われ、Cランク以下とは比較にならないほどの厳しい審査とランクアップ試験がある。それ故にBランク以上の冒険者と、Cランク以下の冒険者の間にはちょっとした壁がある。

 そんな現役のBランクの冒険者が死亡、もしくは冒険者を継続不能になるような事があれば、その賠償額は存外高額である。

 それに、アベルもの、王都の冒険者ギルド所属の冒険者なので、ピエモンの冒険者ギルド経由の強制招集はランクが足りていても、本人の意思で拒否できる。


 冒険者の保身は自己責任ではあるが、こういった強引な依頼の強制については、冒険者側が一方的に不利にならないようなシステムになっている。 


「で、どうする? 調査なら引き受けるけど? いきなり討伐行けっていうなら、御縁が無かったということで」

 ニッコリと営業スマイルをピエモンの兵士に送る。

「数いれば討伐可能って言うならやってみるといいんじゃないかな? ランドタートルに攻撃が通せる者が、集まるっていうならね? 俺はそんなわりに合わない依頼は、冒険者として依頼を断る権利を行使するけどね」

「ランドタートルに傷を付けれる技量の者がそうそういるわけないだろ! だからこうしてギルドに依頼してるんだろ!!」

「わかってんじゃねーか。ランドタートルに攻撃通せない奴が何人集まっても、ランドタートルは倒せないんだよ」

 威圧を込めて兵士を睨むと、兵士は息を飲んで一歩後ろに下がった。


 そーだよ、ランドタートルにダメージを与えるだけの技量がない者が、大勢でごり押しても意味が無いんだよ。そんな奴らをぞろぞろ引率して、奴らの手柄に貢献して報酬もそいつらと分ける事になるのは

 勝手に魔物の範囲攻撃に巻き込まれて、何もできないまま壊滅状態になって、それを救援する手間を増やされるとか、こっちの攻撃動線上うろちょろして邪魔されるとか、役に立たないどころかマイナス要素になる。

 通常のランドタートルですら攻撃が通せるかわからない者を連れて行って、万が一稀少鉱石系のランドタートルと戦闘になればこちらまで危なくなる。

 そんなリスク抱えたお守して、報酬はこっちと兵団で折半とかない。


「と、とりあえず、調査という形で依頼でいいでしょうか?」

 空気を読んだ、ギルドの受付のお姉さんが声を震わせながら聞いてきた。

「あぁ、ランドタートルは個体によってB~Sって幅があるからね。出来るだけ近くまで行って個体の材質確認してくるよ」

「は、はい! でも自身の安全優先でお願いします! Aランクの魔物調査ですから、Bランク依頼相当の報酬で」

 調査の依頼料は、場所と日数にもよるがだいたいは、討伐対象の魔物のランクのワンランク下の依頼相当になるのが相場だ。

「了解。ところで領主様の方からは騎士団とか派遣されるのかな?」

「はい。伝令はもう出てると思うのですが、ランドタートルが落ちて来たというのが今日の昼を過ぎた頃らしいので、領都まで距離を考えると、あちらの調査隊の到着は早くても明日以降かと。騎士団の本隊の現場到着となると、おそらく明後日以降になると思います。ランドタートルの性質次第で、他の町のギルドから高ランクの冒険者の招集をかける事になると思うので、場合によっては討伐隊の派遣に一週間近くかかると思います。その時は討伐隊に参加してもらってもよろしいですか?」

「なるほど、あいわかった。調査後に討伐隊を派遣するようならその時は参加するよ。では、準備して明日の早朝に現地に調査に向かうとするよ」

「くれぐれも無理のないように、安全第一でお願いします」

「あぁ、無理がない程度にみるよ」

 その結果戦闘になって、倒してしまうかもしれないが、それはそれで報酬が調査から討伐に変わるだけだ。


 ギルドの受付のお姉さんから、調査依頼の書類を受け取って冒険者ギルドを後にして、キルシェを送るためにパッセロ商店へと向かった。

「ほえー、グランさんって交渉事得意なんですか?」

「んあ? どうした?」

 冒険者ギルドにいる間、後ろで話を聞いていたキルシェが、パッセロ商店に向かう道中で聞いてきた。

「冒険者ギルドの事はよくわからないんですけど、要するにピエモンの兵士側が冒険者ギルドと合同で、ランドタートルの討伐に向かおうとしてたのが、グランさんとアベルさんで調査に行く事になったんですよね?」

「あぁ、そうだな」

「この場合、調査の時にもし不慮の事故で、ランドタートルと戦闘になって倒してしまった場合はどうなるんですか?」

 キルシェの質問に、アベルと顔を見合わせて笑みが零れる。さすが商人、交渉事には慣れてるという事か。

「うっかり倒した時は、"調査"の報酬が"討伐"の報酬に切り替わるだけだ。そして倒した魔物の素材は倒した者で山分けになるか、冒険者ギルドが買い上げて配分になるんだ。つまりな、倒せるなら少人数で倒した方が素材がいっぱい貰えてお得なんだ」

「今回請け負ったのはあくまで調査で討伐じゃないよ? 調査だからね? 無理な戦闘は避けるのが調査だよ? 無理な戦闘はね?」

 アベルがわざとらしい口調でニコニコと笑っている。


 普通のランドタートルなら問題なく討伐できる自信はあるが、調査として受けたのは、万が一という事がある。耐性の高い鉱石を取り込んだランドタートルで、こちらの攻撃が全く効かないことも想定して、依頼を失敗をしない為に保険の調査としての依頼だ。

「で、グラン、勝算は?」

「うーーーーん、フルオリハルコン装甲とかミスリルとか純度の高いアダマンタイトみたいなので、こっちの攻撃を範囲で完全無効とかじゃない限り、倒せるんじゃないかなぁ……アベル次第」

「え? 俺? アイツ魔法効かないから俺ほとんど役に立たないよ」

「魔法は効かなくても、魔法で倒せるんだよ。まぁ今夜しっかり準備して、その時に作戦話すよ」


 だってあんなん、殴り合うなんてめんどくさいもーん。

 そんなん、アベルに丸投げするに決まってる。


 そして、この戦いが終わったら、ランドタートル料理フルコースを食べるんだ。




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