第28話◆閑話:無自覚規格外男と振り回される男

 グランと知り合ってから六年ほど過ぎた頃、俺は国からの指名依頼で、王都から離れた場所に新しく見つかった、ダンジョンの調査に行かされる事になった。

 新しく見つかったダンジョンの調査に参加できる条件が、Aランク以上の冒険者だった為にグランはこの依頼に参加していなかった。

 Aランク以上の冒険者の数は少なく、国からの指名依頼となれば、断ることは難しく俺は強制参加みたいなものだった。


 最近グランも自分のスキルの特異性を多少は理解したのか、あまり突飛な行動をすることもなく、露骨におかしな連中が近づいてくる事も減り、グラン自身もそういった者の対処に慣れてきていた。

 実家から監視しろと言われてはいるものの以前ほどでもなく、お互い自分優先で別行動をすることも増えつつあって、油断していたのがまずかった。



 俺がダンジョンの調査で王都を離れていた間に、グランは王都から姿を消していた。



 良からぬ事件にでも巻き込まれたのかと冷たい汗が出たが、どうやらそんな事ではなく、実家の力を借りて調べてみると、王都から離れた田舎町に家を買った事がわかった。


 どういうことなの?


 家を買うような素振り、全くなかったよね?


 何か王都を出て行かなければいけないような事でもあったのだろうか?


 何か悩み事でもあったのだろうか?


 冒険者ギルドの知人に聞いても、詳しい事情を知る者どころか、行先を知っている者すらいなかった。

 ちなみにグランがいなくなった王都の冒険者ギルドは、餌付けの主がいなくなって葬式会場のようだった。


「長年の夢を叶える時が来た」


 そう言っていたのをギルド長が聞いていたくらいだ。



 あ、これいつもの病気だ。



 六年間グランと付き合って分かった事がある、縛られる物がない彼は、思いついた事をすぐに行動に移す。

 今までも、何度となく思い付きで飛び出して行くことがあった。


 以前から、冒険者に飽きたら田舎に引っ込んでのんびりしたい、と頻繁に言っていたのを思い出した。

 彼にはそれを実行できるギフトとスキルがある。

 そして彼と共に行動してたからこそ知っている、彼の収集癖――頭おかしい仕様の収納スキルに物を言わせて、素材を貯めまくっている。

 彼の性格から考えて、きっと思いつくままにそれらを加工して使うことだろう。


 まずい。


 グランの常識は、この世の非常識。


 とんでもない物を作って、行った先で騒ぎを起こすこと待ったなし!!

 うっかり、兄の政敵に利用されようものなら、俺が兄に怒られる、それは勘弁してほしい。



 追いかけなければ!!



 幸いにも、以前収納スキルの隠蔽用にと渡したアイテムバッグに、現在位置がわかる機能を仕込んでいた。

 離れ過ぎていれば精度は落ちるが、近くまで行けばだいたいの場所まで絞り込める。



 は?



 なんで、広大な未開の森で有名な、アルテューマの森にいるの!?

 政治に関わる貴族の間ではわりと有名な話だけど、あそこは確か当時の領主が森の守護者と、不可侵条約を何百年も前に結んでる場所だよね????


 そんな場所で何やってるの!?!?


 田舎に引っ込みたいって、田舎どころか未開の森だよね???


 グランに限って森の守護者相手にやらかすような事は無いと信じたいけど……あああああーーー嫌な予感がするううううう。






 グランがいると思しきアルテューマの森に一番近い町――ピエモンへと急いで向かった。

 ピエモンに近づくにつれ、グランの正確な居場所もわかるようになり、森の中ではなく森の入口付近に住んでいるらしいことが伺えた。


 だが、安心は出来ない。

 あの素材集め好きの自由人の事だ、未開の森が近所にあるとなると、喜び勇んで散策してるはずだ。

 しかも、なまじ強い。

 冒険者ギルドのランクはBに甘んじているが、あの突飛な行動なしに真面目に高難易度の依頼をこなしていれば、とっくにAランクに昇格していたはずだ。


 王都の冒険者ギルド時代に、稼ぎのいい緊急性のある高ランクの依頼を蹴って、ひたすら本能の赴くままに思い付きで、自分の集めたい素材が手に入る場所の依頼ばかりこなしていたグランを思い出して頭痛がしてきた。

 いや、そのせいで知らぬ者からは変わり者扱いされ、Bランク止まりなので貴族からの指名依頼もほとんどなく、目を付けられることも無かったと思えば良かったのか。




 ピエモンに到着した俺は、とりあえずピエモンの町の様子を見てからグランの家を訪ねる事にした。

 ピエモンはグランのいる場所から一番近い町だ。奴が王都から離れてすでに一ヵ月は過ぎてる、すでにこの町で何かしらやらかしてる可能性は高い。


 まず向かったのは冒険者ギルドだった。

 掲示板に貼り出されてる依頼を見ると、Cランク以上の依頼が請け負う者がおらず、放置されているようだ。

 高ランクの冒険者の少ない、小規模な町の冒険者ギルドではよくある光景だ。

 貼り出されている高ランクの依頼を見ると、護衛や輸送の長期契約型の依頼が多い。


 グランが避ける系の依頼だな。

 グランは、拘束時間の長い護衛や輸送系の依頼を、あまり好まない。依頼主の許可なしに、持ち場を離れて狩りが出来ないからだ。

 討伐や収集系の依頼なら、依頼さえ完了すればほぼ自由なので気分で道草を食える。そういった依頼をグランは好む。

 ここの冒険者ギルドの依頼は、討伐系もゴブリンやオークが多く、グランが素材として魅かれそうな物がなかった。


 これは、冒険者ギルドには近寄ってなさそうだな。

 それとなくギルドの受付嬢に尋ねると、最近ふらりと現れたBランクの冒険者がいたが、それっきりだと言う。

 どうやら、グランは冒険者ギルドに足は運んだものの、特に目立つような事はしてないようで、ほっとして冒険者ギルドの建物を出た。


 だが、油断はできない。奴の無自覚は俺の予想の遥か斜め上を行く。

 とりあえず、今夜はピエモンに一泊して、酒場で噂話でも聞いてみることにしよう。

 そう思いつつ、程よい宿を探して町の中を歩いていると、商店の前で馬車を止めて荷物を降ろしている小柄な少年……いや、少年のように見える少女が目についた。


 ほっそりとした小柄な少女が、大きな積荷をひょいひょいと荷台から降ろしている光景に、違和感を覚えた。


 違和感の原因はすぐに分かった。

 田舎町の子供が身に着けるには、ちょっとばかし豪華な指輪が、左手の中指に光っているのが見えた。

 複数の小さな魔石がキラキラと光って魔力を発しているのがわかる。


 鑑定するまでもない気がしたが、確信を得る為に鑑定をした。


【シルバーリング?】

品質:マスターグレード

素材:魔法銀?/魔石(土)/魔石(水)/魔石(炎)/魔石(風)/他

状態:良好

耐久:14

魔石魔力12/12


<付与効果>

重量軽減 レベル2

筋力強化 レベル2

体力強化 レベル2

自動防壁・水 レベル1

攻・スタン(雷) レベル1

耐性上昇・(炎/水/風/土) レベル1

制作者不明の魔法銀?製の指輪


 六つも効果が付与されたシルバーリングとか、正直コメントに困る。

 というか何でシルバーリングが疑問形なの!? 魔法銀に何を混ぜたら、指輪サイズで六つも付与が出来るようになるんだ!?


 魔法銀製の小さな指輪に六つも効果付与するとか、普通はやらない、というかやろうと思わない。

 土台の魔力に対する容量が足らなくて、付与途中で砕け散ってもおかしくない。

 容量ギリギリの付与をしようとすると、付与中の些細な魔力の乱れで土台が壊れてしまうので、高度な魔力操作技術を要求される。その上無理な付与をすると、耐久が下がり完成してもすぐ壊れてしまうのだが、少女がはめている指輪は、鑑定では普通の魔法銀製の品と変わらない耐久だ。


 制作者は隠蔽されてるようで見れないが、こんな物作る奴は一人しか思いつかない。グランの作ったと思しき指輪をつけているという事は、彼女かこの店はグランと接点があるのか。

 店の看板には「パッセロ商店」と書いてあった。ちょっと、中を覗いて行こう……はぁ、嫌な予感がする。


「いらっしゃいませ」

 中に入ると、落ち着いた雰囲気の巨乳美人が店番をしていた。そして、彼女の指にも、店の前で荷を降ろしていた少女がはめていた物と同じ指輪が、光っていた。


 うん、間違いなくグランがこの店に出入りしてるよね?

 わかる、アイツ年上の巨乳好きだもん。鼻の下伸ばして、出入りしてるのが想像できるわ。


 店内を見渡せば、カウンターの後ろの棚に並べられているポーションが目についた。

 ……見える! 見えるぞぉ!!! 品質に特上と言うポーションの鑑定結果が!!!!

 鑑定結果に心の中でため息をつきながら、ヒーリングポーションとリフレッシュポーションを購入して店を出た。


 宿を決めて、近くの酒場で夕食を摂りながら、噂話に耳を傾けた。

 バザーの日に、巨大な牛の魔物を担いで町を闊歩していた男がいたとか何とか。

 その日のバザーで、魔道具を安く売ってる露店があったとか何とか。

 パッセロ商店のポーションの品質がいきなり良くなったとか。そのパッセロ商店が破落戸に狙われたが、事なきを得たとか。




 ……グランが絡んでそうな気配しかしない。






 翌朝、以前グランに渡したアイテムバッグに付けておいた追跡機能を頼りに、グランが居ると思われる場所を目指した。

 ピエモンの町から街道を逸れて北の森――アルテューマの森方面へ歩く事二時間ほど。

 ピエモンから離れ森に近づき、道が悪くなり木々も増えて来た辺りで、森の木々に飲まれそうな場所にある古びた農場らしき建物と柵が見えた。


 近づくと、家屋は古びているが、柵はつい最近に人の手が入ったような真新しい物だった。


 ……エンシェントトレントの材木だよな? これ。


 ため息をつきながら、グランに渡したアイテムバッグの位置を確認すると、目の前の家屋の中である。


「みーつけた」


 さて、どうしてくれようか。

 一言も相談なしにいきなりこんな辺境に家を構えてた事に、小言くらい言いたいところだが、とりあえず久しぶりにグランの手料理が食べたいと思う辺り、すっかり餌付けされている。

 何か、意趣返しくらいしてもいいだろう。そう思いながら敷地に足を踏み入れ、母屋らしき家屋のドアをノックした。

 ゆっくりとドアが開いて、中から見知った顔が覗いた。


「来ちゃった☆」










 押しかけて来たことに少々ごねられたが、そんなこともあろうかと用意しておいた手土産の食材と、先日調査に参加した食材だらけのダンジョンの話で懐柔して、グランの家に部屋を借りる事に成功した。

 ついでに、置いて行かれた意趣返しに、解体作業のめんどくさそうな魔物を押し付けておいた。食しても美味しい魔物なので一石二鳥だ。


 グランの料理は相変わらず俺の知らない美味い料理だった。

 食材ダンジョンで手に入れたコメという食材を使った料理は、何やら東の方の料理らしいが、どこで知ったのか問い詰めたが、いつものようにはぐらかされた。

 


 しかし、美味い。

 ショウユという調味料の味付けがなんとも癖になる。何? 在庫があまりない?

 東の隣国シランドルの東の端のオーバロまで行けば手に入るかもしれない?

 実家の力借りるにしてもかなり遠いな、というか俺が単身で行く方が手っ取り早そうだな。


 ショウユにコメか……この国にはない食材だ。

 グランの事だ、これらを使った料理のレシピをいくつも知っているのだろう。そしてそれを、気軽にその辺で振舞って、レシピまで教えてしまうとこまで予想できる。

 これだけ独特で癖になる味わいと香りだ、世間に知られるようになれば瞬く間に広まって、食文化に革命が起こるかもしれない。

 そうなると、それに伴って東との交易も増える事に利権も絡んできそうだ。早めに先手を打っておいた方がいいかもしれないな。実家案件になりそうだな、これは。


 ともあれ、自分もこの東方の食材を使った料理には興味があるので、オーバロまで赴いてもいい。それに転移魔法を使えば、いつでも戻って来れる。



 取り急ぎ、実家の兄にグラン発見と近況の報告と、東方との交易の状況を確認して、グランの家に戻って来たその直後に、予想の遥か斜め上を行く出来事が起こった。



 グランの家はアルテューマの森のすぐそばにある。

 そのアルティーマの森は古来より人間の侵入を拒み、深部には多くの魔物や獣が棲み付いており、森の住人と地元民の間では古くからの不可侵の契りが守られている。


 グランの住む家は、その森の入口付近――魔物達の領域と人間の領域の間の緩衝地帯にあたる森の入口の辺りにあった。

 その為、グランの家から近い場所にも魔物の気配が多い。

 グランの家の周りは、魔物避け効果のあるエンシェントトレントの材木で作られた柵で囲まれていたが、それだけでは心もとなく思い、かなり強力な魔物避け効果を含んだ侵入者防止の結界を張っておいた。

 これで内側から開けなければ俺とグラン以外は出入りできない。

 俺の魔法を破れるくらいの魔法スキルを持ってる者なら、むりやり侵入できるだろうが、その辺にいる魔物や人間くらいなら柵を越える事も、門を開ける事もできないはずだ。



 なのにどうして? どうして、カモシカみたいなまぬけ面した魔物が、目の前で普通に一緒に飯食ってるんですか!?!?!?もう、意味わかんないよ!!!!!

 俺、これでもAランクの魔導士なんだけど!? 魔法系のギフト盛り盛りの俺が張った結界は、Aランクくらいの魔物になら、破られるような結界じゃないんだけど!?


 ねぇ? どうして!?


 しかもそのカモシカ、目が合ったら、鼻で笑ったよね???? なんかその太々しい態度むかつくけど、Sランク以上の魔物だよね??? グランの言う通り森の主だよね???? むしろ魔物とか森の主通り越して神格持ちだよね??? 俺の究理眼が弾かれるんだけど????

 てゆーか、何でそんなの普通に餌付けしちゃってんの???? しかも、食材まで貰ってるの!?!? どうしてそうなったの!?!?


 それはそうと、このショウユ味の唐揚げ美味しいね? うん、絶対ショウユってやつ見つけてくるよ。

 ところでそのシャモア? え? シカでいいじゃん? だいたいシカでしょ? 

 で、そいつの持って来たマツタケってやつめちゃくちゃ香りもいいし、ショウユとレモンと相性も良くてお酒がすすむんだけど? すごく貴族に人気出そうな食材だよね?

 シカがドヤ顔してるのがなんか癪だな?

 いいだろう、ならば俺もグランが喜びそうな食材調達して来てやるよ!!! 覚えとけ、このシカ野郎!!!





 グランの無自覚暴走はそれだけではなかった。


 ポポの花から疲労感がなくなる身体強化ポーション作れるって? 副作用が効果切れたあとの倦怠感と毒性だって? それもう麻薬に近いよね? ポポの花ってその辺にいっぱい咲いてるアレだよね?

 あ、ポポの花のお茶、苦いけどしばらくしたらまた飲みたくなる味だね? 眠気醒ましの効果があるの? へー、城勤めの文官とかに需要ありそう。そうそう、めんどくさがらずに商業ギルドにレシピ登録忘れずにしとくんだよ?


 え? 徹夜で蒸留器? 作った? お酒でも造るつもりなの? 水蒸気を利用して植物を精油とそれ以外に分離する魔道具? なるほどわからん。それって、スキルの分解じゃだめなの?


 芳香蒸留水? ふーん、美容にいいの? 貴婦人方に需要あるならお金の臭いするね? ところで、よくそんな魔道具思いついたね? ホントどこからその発想と知識きてるの? あ、またはぐらかされた。


 そしてその日の夜、グランによってまたとんでもポーションが作られていた。


 没収!!!!

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