第27話◆閑話:チート魔法使いと無自覚規格外男
神がこの世の生き物に与える加護の事を"ギフト"という。
全ての生き物がギフトを授かっているわけでなく、むしろギフトを授かっている者の方が少数だ。
ギフトを授かった者は、授かってない者より遥かに優れた能力を持っている事が多い。
一つでもギフトを授かっていれば他人より突出し、ギフトを授かっていると知られれば周りからは、羨望の目で見られる。
それと同時に嫉妬や欲望の目にも晒される。
一つでも授かっているだけでも珍しいと言われるギフトを、俺は二つ授かっていた。
実家はいわゆる高貴な一族で、父はその当主だったが、実母は妾で魔女だったと聞く。
実の母は俺が物心ついた頃にはすでに居らず、父親がひっそり持っている姿絵と、古くからいる使用人の話を聞いた程度でしか知らない。
上に兄が二人、下に弟と妹が一人ずつ、兄二人は正室の子で弟と妹は側室の子だ。
正室からは疎まれていたが、側室と兄弟達との仲は悪くなかった。特に一番上の兄は鬱陶しいくらいに、何かと気にかけてくれていた。
魔力の高い者を多く輩出している家系だが、その中でも俺は母親が魔女だったからか、突出して高い魔力を持っていた。
兄弟の中でも突出して一番に高い魔力、そして教会で鑑定された際に発覚した二つのギフトと、それに紐づく多くのスキル、更にはレアスキル以上に希少な"ユニークスキル"という、個人特有のスキルまで顕現させてしまったせいで、正室からはたいそう睨まれた。
もちろん兄を差し置いて、父の後継になろうなど思った事は無かった。
だが周りの大人達には、そうは思っていない者もいた。勝手に俺を持ち上げ、勝手な話を俺や家族に吹き込んで煽り、俺の力を支配下に置こうとする者が多くいた。また、義母を始めとした、兄を跡取りに推す者達からは、殺意にも近い悪意を向けられ続けていた。
十歳になる頃には、兄弟と側室の義母以外の人間と関わる事が苦痛になっていた。そして、その状況をどっちつかずで、見て見ぬ振りをする父にも嫌気がさしていた。
そんな状況がずっと続き、自分の意思に関係なく兄弟と争う事になるのを避けたかったのと、正室とその周辺から向けられる悪意、俺に媚びへつらい支配下に置こうとする連中も嫌気が差した事もあって、冒険者ギルドに登録できる歳の十二歳になってすぐに出奔した。
幸い、魔力を持つ裕福な王侯貴族は、幼少の頃から家庭教師を付けて魔法と学問を学ぶ風習があった為、すでに魔物を狩れる程度の魔法は習得し、学問も一般人が成人前に通う学校の卒業レベル程度は習得していた。
さらに二つのギフトも魔法使いとして、冒険者として生き延びる事に適した物だった。
こうして俺は家名を捨てて、"アベル"と名乗り冒険者となった。
最初のうちは平民の生活に慣れずに苦労もしたが、今思えば長兄がこっそり見張りをつけていたのだろう。野垂れ死にすることもなく、冒険者としてやっていけるようになった。
冒険者になって二年ほどした頃に、風変りな子供と出会った。
かつての俺と同じく、十二歳で冒険者になった子供だった。十二歳だというのに、妙に要領の良い平民の子供。
どうみても田舎出身の平民なのに、識字率の低いこの国で文字も書け、大人顔負けの話術で周りの大人たちにあっさりと馴染み、ぽんぽんと効率良く依頼をこなして、ランクを上げていく不思議な子供だった。
だから俺は、俺の持つ固有スキルを使って、彼のスキルとギフトを覗いた。
俺が授かっているギフトは二つ。
一つは"黄金の棺"という魔法に特化したギフトだ。大雑把に言うと、基本六属性こと火水風土光闇の魔法の適性と、魔力と魔力制御に関するギフトだ。
もう一つが"森羅万象"、時と空間と知識に関するギフトだ。
このギフトの恩恵で俺は"究理眼"という魔眼系のユニークスキルを持っている。このスキルは"鑑定"スキルの上位スキルで、通常の鑑定スキルに加え、命ある者に対しても職業やギフトやスキルを見る事が出来るスキルだ。
そしてその精度は、通常の鑑定スキルより遥かに高い。
この究理眼でその子供を見た時、彼のちぐはぐさを見る事になった。
職業に"勇者"と書いてあるにも関わらず、ギフトに戦闘系の物がなく、"クリエイトロード"といういかにも職人のようなギフトがある。そして"器用貧乏"と"エクスプローラー"という下位汎用系と上位サバイバル系らしきギフト、更には"転生開花"という意味不明なギフトも見える。
そして、この"転生開花"というギフトは、俺の究理眼でもどういうギフトかまでは見る事が出来なかった。
なんだこのむちゃくちゃなギフトは!? ていうか"勇者"ってどういうこと!?
それがその子供ことグランの第一印象だった。
一つ持ってるだけでも珍しいと言われるギフトを四つも持っている。
"勇者"という職もかなり珍しい。鑑定で知る事の出来る"職業"というのは実際に就いている職ではなく、その者の適性のあるスキルに紐づいている。
例えば"魔法使い"なら魔法に関するスキルに適性を持っているし、"戦士"ならなんかしらの武器に関するスキルに適性があり、"商人"なら商売に関するスキルに適性がある。
その適性あるスキルの組み合わせで、時々特殊な"職業"が表示される者がいる。"勇者"もその一つだ。
"勇者"は複数の武器のスキルと魔法スキルに高い適性を持ち、なおかつ高い魔力を持っている者に、ごく稀に見られる職業だ。
この職業の者はほとんどが、極めて戦闘に特化した、オールラウンドな才能の持ち主だと聞く。そして何より、"勇者"という職業の者は、スキルには現れない、高いカリスマ性を持ち、無意識のうちに他人を惹きつけると言う。
そして、彼もその"勇者"という職業の特性である"万能"を裏付けるように、多くのスキルを発現させていた。
しかしそのスキルを見て、俺は再び違和感を覚えた。
発現しているスキルのほとんどが"コモンスキル"と呼ばれる、後天的に誰もが習得できるようなスキルばかりだった。
一部にレアなスキルも確認したが、それも稀少ではあるが所持者はそれなりにいるスキルばかりで、ユニークスキルは、俺の究理眼で見える範囲では見当たらなかった。
他人より突出した才能を見せる者の多くは、ユニークスキルを所持してる者が多い。
俺の一族にもユニークスキルの所持者は複数いる。しかし、そのユニークスキルを所持してる彼らに、ギフトを複数所持してる者はいなかった。
四つのギフトを持つほどの加護がありながら、ユニークスキルを所持していないという、違和感に興味を持ってしまった。
興味をそそられこちらから近づいて、共に行動するようになった。付き合ううちに彼の特異さを知る事になった。
思えばすでにこの時点で"勇者"という職業の者が持つと言う、特有のカリスマ性に捕まってしまっていたのかもしれない。
本人曰く、魔力はあるのに魔法が使えない。
え? "勇者"って武器にも魔法にも適性あるんじゃないの? もしかして魔法の使い方を、習う機会がなかったの?
魔力があっても魔法が使えないというので、"勇者"という職業の事もあり、単なる魔法についての勉強不足かと思いきや、魔力を魔法として外部で具現化する為の魔力回路がない事が発覚した。
そりゃ、魔法使えないよ。珍しくはあるが時々そういう者もいる。
もしかしたら魔法の適性自体はあるのかもしれないが、使う手段がないのでスキルとして顕現してないのかもしれない。
そして、田舎出身で世間知らずだと思えば、聞いたこともないような知識を持っている。欲や悪意に無頓着な子供かと思えば、時折大人のような計算高さを見せる。田舎出身の平民の子供なのに、相手を見て丁寧な態度や言い回しも使いこなす。子供特有の無鉄砲さがあると思えば、大人のような落ち着きを見せる時もある。
「ちぐはぐ」という言葉を体現したような子供だった。
それなのに、何より自己評価が低いというか、価値観がすこしずれている。自分のギフトの価値を理解しきれてないのか、時々とんでもないスキルの使い方を、無防備に人前で見せる事がある。
放っておけば、そのうち大人の悪意と欲望の為に利用されかねない。
かつて実家にいた頃の自分を思い出して、思わず世話を焼くようになるまでそう時間はかからなかった。
他人にギフトがばれないように、鑑定阻害の効果がある魔道具を着けさせ、魔法が使えなくても魔力があるなら使える魔術を教え、レアスキルを他人にばらさないように釘を刺しまくった。
本人の性格がギフトに引きずられるのか、はたまた性格に見合ったギフトを授かるのかわからないが、ギフトとそれを持つ者の性質は関連性が高い事が多い。
俺も知識に関するギフト"森羅万象"のせいで、興味を持った物にとことん執着する傾向がある。
知らない事を知りたいという欲求が非常に強い。それが人に向けられるのは初めてだったが、俺のスキルで見れないギフトを持ち、不可解な行動の多いこの男に、興味を持つのは当然だったのかもしれない。
そうやって世話を焼いているうちに、すっかりグランと親しくなっていた。
しかし気が付けば、世話を焼いているつもりが、いつの間にかグランの作る料理に餌付けされるという事態になっていた。
冒険者の出先での食事事情は悲惨だ。
味なんてあってないような保存食や、現地調達の植物や魔物の肉、食事はただ腹を満たす為の行為だ。塩や砂糖、香辛料といった調味料は市場に並ぶが、平民にとっては高価な物だ。
冒険者が稼ぎがいいと言っても、調味料は高い。それに食に金をかけるくらいなら、装備に金をかけるのが普通なのだが……。
携帯食がまずい、現地調達で調理するにしても調味料を使いたい。
そう言って携帯食をやめて、宿屋の調理場を借りて弁当を用意したり、生活費削ってまで調味料を買い占めたり、可食素材を優先して引き取ったりと、食に対して並々ならぬ執着を見せたのがグランだった。
そこで、彼の異常性を確信することになる。
ユニークスキルを持たない彼が持つ、一見すればコモンスキルとレアスキルの、異常性を思い知らされるまで、そう時間はかからなかった。
収納系のスキルや空間魔法と言った、大量の物をコンパクトにしまっておけるスキルや魔法を使える者は、珍しくはあるがそれなりに存在する。
俺自身も空間魔法を使えるので荷物の持ち運びには困らない方だ。スキルや魔法がなくても、高価だが空間魔法が付与されたマジックバッグという魔道具も存在している。
だがグラン、お前の収納スキルはおかしい。
普通は、巨大なトレントが何匹も丸ごととか入らないし、収納した物も緩やかだが時間経過で劣化する。
収納した物が時間経過しないのはまだわかる、だが、任意で経過時間の加速と減速ができるとか聞いた事がない。空間魔法と時間魔法の併用で可能かもしれないが、どれだけ高度な技術なんだという話だ。
しかも、そのスキルで何をしたって?
出先で温かい食事がしたい?
シチューを鍋ごと出すな!! だからと言って、皿に盛った状態で出すならいいと言うわけでない!!
「みんなの分もあるよ?」
じゃないが!?
いや、食べるけどさ。
そうじゃなくて、その収納スキル普通じゃないからね?
ほら! ダンジョンの奥地でいきなり温かい料理出して、匂いテロとかするから、変な奴らに目付けられてる!! 仲間にして欲しそうにこっちを見ている!!!
行く先々で何も考えずに、知らない奴を餌付けしてるんじゃねぇ!! というか、何だその料理!? そんな料理見たことも聞いたこともないぞ!!
……これでも冒険者になる前は、上流階級の生活で、平民より食については詳しいはずなんだが!?
ていうか、俺もすでに餌付けされてるんだけど!?
え? 塩が欲しいから海に行きたい?
海水から塩を作る?
海水をスキルで分解する? 分解スキルって組み立ててある物を、バラバラにするスキルだよね? え? 構成してる素材単位まで分解できる? 何それ便利過ぎない? や、便利だけど、そうじゃなくて、その性能おかしくない??
ていうかどんだけ塩作るつもり?
え? 待って、なんだこの真っ白でサラサラの塩は!?
「純粋な塩は真っ白なんだよ」
ドヤァ……じゃねぇ!!
海水から作る塩ってもっとこう汚い色だし、えぐみのある味だよね!? 平民というか山奥の田舎出身って言ってなかった? 何でそんな真っ白でサラサラな高品質の塩を知っているの!? ていうか君、海に来たのはじめてじゃないっけ?
「塩売って儲けれないかな?」
は? やめろ、その品質の物を大量に市場に流されると市場が混乱するし、間違いなく商業ギルドや、めんどくさい貴族に目付けられるから、収納スキルでしまっておこうね?
え? 新しい調味料作るから卵に浄化魔法掛けろって? ふーん、マヨネーズ? なんだこの癖になる味は!? これ絶対流行るというか中毒者出るぞ? え、ギルド長が何でもマヨネーズかけるマンになったって? てか、いつの間にギルドの職員まで餌付けしてたの!?
そういえば、ちゃんと商業ギルドいってレシピ登録した? え? こんな材料単純な物誰でも作れるだろ? って? ねーよ!!
さっさと、商業ギルド行って登録してこい!!
唐揚げ? 何これレモン汁にもマヨネーズにも合うね? でも、食べすぎるとちょっと胸やけするから、レモネードとか欲しくなるね。
ん? レモネードにこの白い粉入れて飲んでみろって? 塩から作った魔法の粉!? 何それ? え? 何これシュワシュワプチプチするけど? どういう事???
これもちゃんと商業ギルドでレシピ登録して来て?
ていうかホントその知識どこで得たの!?
それだけではない、魔力を具現化する魔力回路のない者でも使える魔術や、アイテムに魔力を付与する方法を教えてみれば、すぐにコツを掴んで様々な効果が付与されたアクセサリーを作り始めた。
器用だな、これがクリエイトロードのギフトの恩恵か。
と感心してたのは最初のうちだけで、よく見ると非常に小さなアクセサリーに複数の効果を付与している。
待って、それおかしいから? 複数付与とか職人芸だからね? っていうか付与する効果の大きさや個数で、土台になる物のサイズ大きくなるからね? 指輪サイズに三つも四つも効果付けるとかおかしいからね? わかってる?
その知識も発想もどこから来るのか…。
いや、そんな事よりこれだけの人材、変な貴族や組織に目付けられると、囲われるどころか監禁されるレベルだぞ!?
ましてやギフトが四つもある。今のところ、怪しい奴は俺がそれとなく追い払っているが、いつか面倒な連中に嗅ぎつけられないとも限らない。
いっそ、実家を頼るか?
いや、あそこも正室の周りの連中がきな臭い。
グランの突飛な行動に振り回されつつ、そのような事を思い始めた頃にはグランと出会って三年程過ぎていた。
そんな折、父が病で倒れその後を長兄が継ぐことになり、一度戻って来いと強引に呼び戻された。
長兄には、俺がまだ子供の頃に正室やその周りの連中の悪意や、俺を利用しようとした大人達から、表立って守ってもらった恩もあって断れなかった。
父と正室は療養という名目で、王都から離れた地方の領地へと隠居することになり、父の後は長兄が継ぎ、他の兄弟もそれに協力的だった。
俺を疎む正室は遠くに追い払ったので、再び家名を名乗らないかと兄に提案されたが、気楽な冒険者生活の方が性に合うと、このまま冒険者として生活すると告げた。
その時、兄から一つの提案をされた。
グランの保護と監視である。
時々突飛な行動を起こすグランの事はすでに兄の耳にも入っており、その職業もギフトも兄の知る所にあった。
早い段階で鑑定阻害の魔道具を持たせたつもりだったが、手遅れだったのかそれ以上のスキルで鑑定されてしまったのか。
兄以外の貴族にも、すでに知られている可能性もある。いつどこで強欲な貴族や商人に絡まれるかわかったもんじゃない。
ならば、信用のおける身内の庇護下に、置いた方が安全である。
規格外の力には強力な後ろ盾が必要だと兄は言う。
それは、俺もグランも同じことだと。"力"では抗えない事もある。権力で守ることができる事もある。
そう兄に押し切られ、グランを監視する事となり、同時に再び家名を名乗る事を許された。
しかし普段は"冒険者アベル"であり続けるという許可ももぎ取って、再び市井へと戻りグランと共に行動することなった。
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