第26話◆そこに材料があればとりあえず試してみたくなるのが生産者
前世の記憶では金属は高温で融解する物という認識であったが、今世の世界に存在する魔力を帯びている金属は、魔力を大量に通す事によって粘土のように柔らかくなり、加工することができる。
もちろん高温でも融解するのだが、魔力を多く含む金属ほど融点が高くなり、それに見合った施設や技術が必要になる為、魔力を帯びた金属の加工は、魔力を使って加工することが一般的である。
ただし、ドワーフやモールといった、一部の鍛冶や金属加工に特化した種族は、魔力による加工と高熱による加工の併用を好み、彼ら独特の加工技術や固有のスキルを有している。
というわけで、無駄に魔力がありあまる人間の俺は、その魔力に物を言わせて金属を加工している派だ。
(アベルに貰った)グリーンドレイクの肉とロック鳥の肉と交換にモールに貰った鉱石の中に、魔法鉄とギブ鉱という鉱石があったので、貰ったその夜にちょっとお試しに加工してみることにした。
そうちょっとお試しのつもりだった。
チュンチュン♪
あれ? おかしいな? なんで外が明るいし鳥が鳴いているんだ?
そして、どうして、朝まで寝ずにこんな物を作ってしまったのだ!?
いや、こんな物ってわけでもなく、いずれ作ろうとは思っていた、だけど別に徹夜してまで今日作らないといけない物でもなかった。
やり始めたら、何となく楽しくなって、キリのいいとこまで、もうちょっと、あとちょっと、これで完成だからついでに。
気付いたら朝チュンである。
それで何を作ったかと言うと――水蒸気蒸留器。
貰ったのが魔法鉄だけだったら作らなかった。魔法鉄にギブ鉱という鉱石を混ぜると、鉄よりも強度は下がるが熱伝導率の良い、調理器具向きの合金が出来上がる。
当初はここでやめとくつもりだったんだ。
ちょっと試しに圧力鍋でも作るかってなったんだよ……おかしい、気づいたら鍋から管を生やした蒸留器が出来ていた。
どうしてこうなった?
水蒸気蒸留器とは、雑把に言うと沸点の高い物を水と一緒に蒸留して、水の蒸気圧を利用して低い沸点で蒸留して取り出すという器具だ。
いやほら、前世の記憶にちょーーっと残ってて、あると便利かなーって?
何に使うかって?
植物を水蒸気蒸留すると精油と芳香蒸留水という液体に分離する。前世の世界で、ハマってる女子が結構いた、エッセンシャルオイルとフローラルウォーターってやつだ。
なんかこう、金の臭いがするな、って思ったら思わず作ってしまった。
いやほら、薬草の加工もほとんどが、すり潰す、煮る、煎じるだから、もしかしたらポーション作りにも活用できないかなって? ついでに蒸留酒作るのにも使えるよな?
蒸留の技術自体は今世でも確立されており、ウイスキーやブランデーと言った蒸留酒は存在している。ただやはり、庶民にはちょっと手の出しづらい値段だったりする。
香油は存在するが、絞りだしたり、漬け込んだりして作られた物ばかりだ。もしかしたら水蒸気蒸留で精油や芳香蒸留水を作るのは、あまり主流じゃないのかもしれない、ならば小金が稼げないかと思ってついやってしまった。
まぁ、そんな思惑と深夜テンションで作ってしまったのだ。
後悔はしていない。
「ふああああああああああああ……」
「ずいぶん眠そうだね? 昨夜遅かったの?」
「遅かったつか、気づいたら朝だった」
朝食を食卓に並べながら、大きなあくびを連発する俺にアベルが言った。
「何かやってたの?」
「あぁ、薬草の加工とか酒の蒸留に使えないかなって、蒸留器作ってた」
「蒸留器って強い酒作るのに使うやつ?」
「そうそう、酒強く作ったり、植物から油抜き出したりする道具」
「へー、グランの分解のスキルで油だけ取り出すのとは違うの?」
「え?」
不思議そうにコテンと首を傾げるアベルの言葉に、一瞬思考が止まった。
「え? グランの分解のスキルなら、そういう分解もできるよね?」
「うん、できるよ」
「あれで、油分だけ取り出せないの? 前に海行った時に、分解スキルで海水から塩作ってたよね?」
「あああああああああああああああ……そうか、植物も物理的に分解するんじゃなくて、構成してる物質で分解したら油だけ取り出せるのか……」
「え? もしかして忘れてた?」
「べ、べべべ別にそういうわけでは……!! そうだ、植物を蒸留すると精油と植物の成分を含んだ蒸留水、芳香蒸留水が作れるんだ!! 分解スキルでやると芳香蒸留水は作れないから!! 芳香蒸留水は美容にいいんだ!! きっと世の中のお姉さま方に需要があるはずなんだ!!」
自分に言い訳するように、思わず早口で捲し立てた。
完全に失念していた。深夜テンションで作ったせいで、完全にすっぽ抜けてた。
俺の分解スキルは、ただバラバラに分解するだけではなく、その物を構成してる物質が分かれば物質毎に分解できるのだ。自分が知っている物質に限られるというのは、分解スキルが使用者の持つ知識とイメージに大きく依存してるからだ。
はぁーーーー、完全にやらかした。
でも芳香蒸留水は分解スキルだと作れないし、きっと使い道あるはずだし。
蒸留器作るの楽しかったし、おかげで"細工"のスキルも成長してると思うし、無駄ではなかったはずだ。たぶん。それに、芳香蒸留水の類を見かけたことはないない。
俺が知らないだけですでにあるかもしれないが、どちらにせよ精油と芳香蒸留水を自作できるようになったので、色々と試したい事も思いついた。
「よくわからないけど植物から蒸留して油抜き出すの? 絞るのとは違うんでしょ?」
「うん、絞るほど油が含まれてない植物からも油抜き出せるし、純度も高い。食用じゃなくて香料とか薬用向けかな?」
「へー、そんなことよく思いついたね?」
「へあ!? 以前本で読んだんだ、そういう道具で薬草からも油取り出せるって」
「なるほどー? グランって料理もだけど、結構物知りだよね」
「あぁ、こう見えてもインテリ系だしな!!」
アベルから何だか生暖かい視線を感じたが、前世の知識で何となく覚えてて、作ってみましたとか言えないし。
うっかり徹夜をしてしまったが、パッセロ商店にポーションを納品する日が迫っているので、今日はポーションを作らないといけない。
パッセロ商店にポーションを納品した翌日は五日市もあるので、それ用の商品も作らないといけないので何だかんだで忙しい。
アベルが出かけた後、キッチンを片付け掃除洗濯を済ませて、日課のブラックバッファロー解体を済ませてポーション作りに。
未解体のブラックバッファローの残りも減ってきて、あと二、三日でこの解体作業から解放されそうだ。というか、ブラックバッファロー群れ一つ分の肉を消費するのにどんだけ時間かかるんだ。
そういえば、ブラックバッファローの胃袋がいっぱいあるのでチーズを作るのも悪くないな。
そんなことより、ポーションと五日市で売るアクセサリーを、先に作らないといけないのだが。
やっぱり、スローライフって思ったより忙しいな!!!
蒸留器を使った、精油と芳香蒸留水をポーションに試してみたいところだが、納品日も近いので今回はいつも通りに作ったのを納品することにしよう。
……と、思っていたのが、せっかく作ったので試してみたくなって、ちょっとだけ……ちょっとだけだから!
そうだ、これは蒸留器の試運転だ。
体力回復効果のあるニュン草で試してみたところ無事に、精油と芳香蒸留水に分離した。
ちなみにこのニュン草という薬草、とにかく生命力も繁殖力も強く、他の背の低い植物を駆逐する勢いで増殖するので、刈っても刈っても次々と生えてくる。
うちの裏の森にもすごい勢いで茂っていたのでごっそり持って帰って来た。
スーとした爽やかな香りで、茶葉としても人気がある。また、弱い覚醒作用もあり、眠気醒ましの効果もある。
精油の取れた量は想像してたより少なかったが、ニュン草は物量でごりおせるので頑張れば、手間はかかるが量は作れそうだ。
このニュン草から作った芳香蒸留水を使って、ニュン草と同じく体力回復効果のあるロックパイソンの心臓を、陽輝石の粉と一緒に煮込んでポーションにしてみた。
【リフレッシュハイポーション+】
レアリティ:C
品質:特上
効果:体力回復B
高い疲労回復効果と覚醒作用
※ただし精神的疲労は回復しない
副作用なし
鑑定してみたらだいたい、予想通りの効果のポーションだった。特上品質に仕上がってて良かった。
リフレッシュハイポーションの横に「+」が付いているのは、メイン効果以外にも効果があるという意味だ。この場合、覚醒作用がそれにあたる。
つまり、体力が回復して目が覚めるという事だ。
徹夜明けでダルさも眠さも最高潮なので、自分で飲んでみて、疲労と眠気から解放されることを確認した。
ステータスを開いて使用前と使用後の疲労度の数値も確認したが、数値的にも回復していたので成功だろう。あとは副作用に表記されてない、大きなデメリットがなければ問題なく出荷できる。
疲労回復に覚醒効果のポーションとか、忙しい役人とかギルドの職員とかには需要ありそうだけど、ピエモンみたいなのんびりした田舎町では、いまいち需要なさそうだなぁ。
というか、この効果は慢性的に働きすぎてる人が常用しそうなので、前世の記憶が警鐘を鳴らしている。精神的疲労は回復しないとあるので、使いすぎはダメな気がする。
帰って来たアベルに話したら「没収」と言いながら全部買い上げられてしまった。
まぁ、アベルならA級冒険者で休みなく依頼こなして疲労も溜まりそうな生活だし、有効的に活用してついでに試作品の感想聞かせて貰えるならそれでいいか。
あまり量が採れない精油の方は、そのままでは濃すぎて刺激が強すぎるので、薄めてから使う。スーとした爽やかな香りで、肌につけると清涼感で、気分のリフレッシュ効果が強い。
ニュン草の疲労回復効果も精油に受け継がれているので、馬油や炎症回復効果のある薬草と調合して、筋肉疲労回復の軟膏にしてみた。
翌朝、洗顔用の水にこのニュン草の精油を二、三滴垂らした物を用意しておいたら、目覚ましに良かったのかアベルがえらくお気に入ってた。そして、筋肉疲労の軟膏と共にニュン草の精油の入った小瓶を買ってくれた。
芳香蒸留水の方は、ポーションを作るのに使い切ってしまったと言うと、また作っとくようにほぼ命令口調で言われた上に、他の植物でも作って効果を教えてくれとか言われてやることが増えた。
ポーションも作らないといけないし、五日市の為の商品も作らないといけないし、そういえば雨降っても外で食事できるようにテラスも作らないといけないし、モール達との取引の用意もしないといけないし、俺は忙しいんだぞ!!!!!
やっぱりスローライフって忙しい。
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