第25話◆地の中の住人
うっかり穴に嵌って、滑り落ちてしまった地下空間を探索する前に、軽く昼食にしてしまおうと、持って来たメンチカツサンドを食べ始めた。
直後、複数の小さな気配が、枝道からこちらを窺っている事に気付いた。
殺気、敵意と言った気配ではなく、観察するような視線を感じる。
まぁ、人があまり立ち入らない森の地下になら、いてもおかしくはないわな。
こちらを窺う、複数の小さな気配に、心当たりがあった。
「あーあーあー、別にお前らと争う気も縄張り荒らす気もないから、飯食ったら出ていくよ」
気配のする方を振り返りながら言った。
開けた空間から伸びる枝道の闇の中に、いくつもの赤い目がこちらを向いて光ってるのが見えた。ひそひそと何か話してる声が聞こえるが、何を話してるかまではわからない。
ただ、先ほどより更に見られてるような気がする。主に手に持ってるメンチカツサンドが。
「これはこれだけしかないが、地上の肉や野菜、果物ならあるぞ?」
枝道の奥がザワザワしているのが聞こえてくる。
「どうだ? 鉱石と交換しないか?」
そう言って俺は、手元の魔導ランプの光を小さくした。
すると、広間に空いてる枝道から、ひょこっと小さな頭がいくつも覗いたのが見えた。
俺の膝くらいまでの大きさしかない小さなモグラの獣人――モールまたはワーモールと呼ばれる、暗い地下に住む獣人だ。
このモグラの獣人達は、モグラというだけあって地面に穴を掘るのが得意で、土魔法に非常に高い適性を持っている。
彼らは地中に複雑に枝分かれしたトンネルのような住処を形成し、そこに仲間達と集まって暮らしている。明るいところが苦手で、地上には滅多に出て来ない。地下にいる虫や魔物、木の根などが彼らの主食だ。
彼らは指先が器用で、地下で採れる鉱石を使った細工や魔道具作りが得意な種族だ。モール達の作った装飾品や魔道具は、繊細で美しい為、非常に人気がある。
しかし、人間との交流が少ない種族なので、彼らの作った物はほとんど一般市場に出回る事は無い。
また、同じ地下の住人のドワーフとは仲がいいらしい。陽の光が苦手なモール達は地上に出ることがほとんどなく、地上の物資が欲しい時はドワーフを通じて入手する事が多いという話だ。
その為、彼らの生活には地上の物資が少なく、地上の物に対する興味は高い。
体が小さく臆病な種族だが、比較的温和で好奇心も強い。
そして、地下に住んでる彼らは、地下深くの珍しい鉱石の鉱脈を知っている可能性が高い。つまり、上手くすれば鉱石の取引が可能だという事だ。
ちなみに体が小さく戦闘力も低い彼らだが、彼らの棲む居住域は彼らの手先の器用さを生かした罠が多く仕掛けられており、下手に攻め込むと、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。
「甘い物はあるも?」
覗いているうちの一人が、か細い小さい声で尋ねてきた。
「俺が焼いたクッキーならあるぞ」
収納空間から、先日焼いたクッキーが入った小袋を取り出して、聞いてきたモールの方へ放る。
人間と違って収納のスキルを変に利用しようとするような種族でもないので、ここでは気にせずに収納スキルを使う。
むしろ収納スキルが使えることで、物資の運搬面の問題がない事もアピールできる。
受け取ったモールが、いそいそと袋を開いて中のクッキーを一つ取り出して、臭いをクンクンと嗅いで口の中へ運ぶ。
その表情が、パアアアアっという効果音が出そうなくらい明るくなったのを見て、ほっこりした。
そのモールの様子を見た仲間のモールが集まって来て、わちゃわちゃとクッキーの取り合いを始めたのを見て、更にほっこりする。
小動物かわいい。
暫く、クッキーを取り合う様子を眺めて、彼らが落ち着いたとこでコホンと咳払いをして言った。
「どうだい? 君らさえよければたまに地上の物資持ってくるから、地下の鉱石や植物と交換しないかい? 何を持ってくるかはリクエストにも、出来るだけ応えるけどどうかな?」
「もっ! クッキーのお礼だも」
クッキーを受け取ったモールが、拳よりちょっと小さいくらいの青灰色の鉱石を、こちらに放ってきた。
【ウロボタイト】
レアリティ:D
品質:上
属性:聖/光/土
効果:魔避け/浄化
聖、光属性と相性がいい鉱石
弱い魔除けの効果がある
受け取って鑑定すると「ウロボタイト」と出てきた。
ウロボタイトはその暗い色と相反して、光属性と聖属性の魔力と相性のいい鉱物で、お守りとしても人気がある。
「クッキーの代金にしてはちょっと高すぎるな」
収納空間から胡椒の入った小袋を取り出して、モールの方に投げてやる。
この世界では香辛料がわりと高価である。地上と交易が難しいモール族ならなおさらだろう。
「胡椒だから袋あけるとクシャミでるぞ」
「もっ!? 胡椒なんて高価な物くれるも!?」
確かに胡椒は高価ではあるが、産地まで行けば少し安めに手に入る。
以前、胡椒の産地を訪れた時に大量買いしたものが十分にあるので、多少分けたところで問題ない。
「俺は魔力付与に使える鉱石や宝石が欲しい、どうかな? そっちがよければ定期的に取引しないか?」
「欲しいも! 欲しいも! 地上の物欲しいも! 取引したいも!」
枝道から、わらわらとモール達が姿を現したのを見て、思わず心の中でガッツポーズをした。
「今日は偶然穴に嵌って、落っこちて来たから大したものないが、次からは色々持ってくるよ」
「わかったも! こっちも鉱石用意しとくも!」
「俺はグランだ、この上の森の端っこの辺りに住んでる人間だ。よろしく頼むよ」
「タルバだも!」
最初にクッキーを受け取ったモールはそう名乗った。
今日のところは手持ちにコレといった取引材料が無かったので、アベルに貰ったグリーンドレイクの肉とロック鳥の肉を分けて、代わりに鉱物系の素材をいくらか貰って、また来ると約束して帰る事にした。
次来るとしたら、次の五日市の後くらいかな?
元来た道を戻り、身体強化のスキルを使って落ちて来た穴を強引によじ登って地上に出ると、陽が西にだいぶ傾いていた。
「やっべ、はやく帰らないとアベルが帰って来る」
それにしても、森深くの獣道で人間はあまり立ち入らない場所ではあるが、身体強化なしで落ちると命に関わりそうな深さの穴だ。
あまり人間が立ち入らない場所だが、うっかり踏み込んだ者が、この穴に落ちると落下死する可能性も十分ある。
それに、もしあまりよろしくない系の人間に見つかると、モールの居住区が荒らされる可能性もある。
この辺りの事は、他人に知られないほうがいいかもしれないな。
俺としては、モールとは穏便に取引する関係でありたいんだよなぁ。
そんな事を考えて、脱出してきた穴を見つめてると、不意に後ろから首筋に生暖かい吐息が当たって変な声が出た。
「ふおっ!?」
慌てて、身体強化のスキルを発動してその場から飛びのくと、見慣れた白いシャモアが立っていた。
「何だお前か、びっくりしたじゃないか」
シャモアが短く鳴いて、目を細めてこっちをじっと見ている。
ホントこのシャモア、全く音も気配もなく唐突に現れるよなぁ……というかここで会ったのは偶然じゃないよな。
「モールの集落に……というか森の奥に、あえて他の人間が踏み込むようになるような事はしないよ。個人的に物々交換するくらいだ。アベルにくらいはそのうち話すかもしれないが、アイツなら多分お前が心配するような事はないはずだ」
俺がそう言うと、シャモアが前足を上げて地面を叩いて、短く鳴いた。
わずかに空気が揺らいで、周りの木々が穴のある獣道を隠すように茂り始めた。
やはりこのシャモアは森の主なのだろうか?
俺に対しては敵意は感じないが、やはり森を荒らすような者には立ち入られたくないのだろう。
モールが住処を構えるような場所は、鉱石を使った装飾細工や魔道具作りを得意とするモール達の必要とする鉱石の鉱脈がある可能性が高い。
それは人間にとっても価値の高い物で、人間がその鉱脈を見つけて強引に採掘を始めれば、力のないモール達は住処を追われることになるかもしれない。
モールがそこにいるという事は、モールと交易があるドワーフの住処も近くにある可能性が高い。そうするとモールだけではなく、ドワーフと対立することにもなりかねない。
あまり他の種族と争いが起きるきっかけを作りたくないし、出来れば平和に取引をして素材をスムーズに手に入れたい。
ぶっちゃけると、人間の手が入って鉱石の鉱脈に人間達の利権が絡んでくると、貴族が出張って来るのは確実で、素材を手に入れるにしても、手続きがめんどくさいだの、ぼったくられるだのあるので、このままモール達と個人単位で付き合いたいというのが本音である。
開発の旨味があまりないと思われて、全く人の手が入ってなく、ほぼ貸し切り状態で散策できるこの森のそばで、煩わしい人間のしがらみに付き合う事なくスローなライフを送りたいのだ。
「帰って飯作るかー、お前も来るだろ?」
シャモアの方を見て肩をすくめると、シャモアが頷いた。
シャモアと並んで帰宅すると、すでにアベルが帰っていたので、夕食の催促攻撃をくらう事になった。
そして今日も、いつもの二人と一匹の食卓で、一日が終わっていった。
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