第24話◆黒くて苦いやつ

 前世の記憶にある黒くて苦い飲み物。


 前世ではあれを毎朝仕事前に飲むのが習慣だった。飲むとなんとなくシャキッとするというか、目が冴えるというか、眠気が気持ち緩くなるみたいな。


 子供の頃は大人はどうしてこんな苦い物を飲むのかわからなかったが、大人になるといつの間にか飲むようになり、気づいたら習慣化して、朝とは言わず仕事の合間にもよく飲んでいた記憶がある。

 最初の頃は砂糖やミルクをたっぷり入れていたが、歳を取るともにその量は徐々に減っていき、最終的に砂糖もミルクも入れず、その黒くて苦い飲み物を飲んでいた。

 思えば中毒性のある飲み物だったのかもしれない。


 そんな黒くて苦い飲み物を、今世でもたまに飲みたくなる時があるのだが、今世ではまだそれを見つけられない。

 だが似たような飲み物を、前世の記憶をひっくり返して作ることはできた。

 味と見た目は似ているが成分は全く違う物だ。むしろ前世では、その黒くて苦い飲み物より体にいいと言われていて、その黒くて苦い飲み物の代わりに飲んでる人もいた。



「うわ、何それ? 薬草茶? すごい色だね」

 朝食の席で、俺のマグカップに入っている真っ黒な液体を見て、アベルが少し引いた。

「うん、ポポの花の根を煎じて作ったお茶だよ。飲むと頭がすっきりするというか、軽い覚醒効果と体力回復効果があるから、朝飲むと寝起きの気だるさが無くなるんだ」

「へー? ポポの花って、あのどこにでも生えてる黄色い花だよね? 花が散ると綿毛になるやつ」

「そうそう、あんなどこにでもある草だけど、ちょっとだけ魔力を含んでるからポーションの材料にもなるんだ」

「そうなの? ポポの花がポーションの材料になるとか初耳だ」


 ポーションの材料は、作成者によってまちまちだ。

 材料ではなく効果でポーションの質と種類が分けられる。もちろん、基本になるメジャーなレシピはあるが、季節や地域によって材料となる素材の入手量が違うので、性質が似ている他の素材を代用することで、レシピが制作者によって変わるのは普通だ。

 何を代用するかは、製作者の経験と知識が物を言うところだ。

 ポーションの質は製作者の腕前でも上下するので、材料面とも合わせて同じランクのポーションでも、製作者によっても効果量に差が出て来る。

 故に、ポーションは鑑定スキルによって品質を保証されたものが、市場に出されるのが一般的だ。


「ちょっと苦みあるけど飲んでみるか?」

「あぁ、頂こう」

 黒くて苦い飲み物ことコーヒーを、前世で初めて飲んだ時の記憶を思い出して、心の中で少しほくそ笑んで、アベルにコーヒーの類似品を淹れてやる。ちなみにポポの花とは前世でいうとこのタンポポに似た植物だ。

 つまり、このコーヒーの類似品というのは、タンポポコーヒーというやつだ。

 そしてアベルは甘党だ。


「にっが……っ! グランよくこんなの平気な顔して飲めるな」

「慣れだよ慣れ、ミルクと砂糖入れると飲みやすくなるけど入れるか?」

「そうするよ」

 一口のんで眉間にしわを寄せるアベルの顔を見て、予想通りの反応でちょっと楽しかった。


「ミルクと砂糖入れたらだいぶ飲みやすくなるね……しかしやっぱり苦みが……」

「まぁ、ポポの花自体が強い苦みあるからね」

「でもこの苦みのせいか、たしかにスッキリするね。よくポポの花をお茶にするなんて思いついたね? ポポの花はポーションにしたら、体力回復ポーションになるのかい?」


 どこでポポの花がお茶になる事を知ったのか突っ込まれると非常に困るので、さりげなくその部分は飛ばしてポポの花のポーションについて話した。

「んー? それがさ、そう思ってポーションにしたことあるんだけど、ポポの花って元々含有魔力が少なすぎてポーションにあんまり向いてないんだ。だから他の体力回復系の素材を一緒に混ぜて、触媒に陽輝石と輝銀石の粉末を入れてみたらさ、なんか体力回復どころか身体強化みたいな効果出ちゃってさ」

「は?」


 身体強化効果のあるポーションは非常に珍しい、その反面ほとんどの物が何かしらのデメリットが付いている。

 偶然俺が作ったこのポポの花のポーションもそうだった。


 効果が一時的でデメリットもあると言えど、一時的に身体能力を上げることができる身体強化系のポーションは人気がある。

 そして鑑定スキルかそれに準ずる物が無ければ、ポーションの詳細――デメリットを正確に知るのは難しい。

 それを利用して、デメリットをはっきりと伝えず身体強化系のポーションを売っている店もある。

 デメリットの大半は使用後に何かしらの反動が来る物だが、中には中毒性が強く麻薬に近い物すらあるので、身体強化のポーションは使用を誤ると危険なポーションなのだ。


「一時的に疲労感が全くなくなるみたいな効果なんだが、効果切れたあとの倦怠感やばい。体力の前借りって感じの効果かな。あと輝銀石使ってるから、短時間で飲みすぎると毒性も出て来るはずだから、ポーションとしては欠陥品だ。ポポの花抜くとただの体力回復ポーションになるから、身体強化効果つかドーピング効果あるのは、ポポの花でほぼ間違いない。おそらく輝銀石を混ぜて強制的に魔力量増やして混ぜたから、ポポの花の体力回復効果が体力ドーピング効果に変化したのかなって思ってる」

「その辺に生えてる雑草からそんな物作れるのはまずいだろ。デメリットを最小限しか説明しないで、身体強化ポーションだと言って売ることもできるからな」

「そう思ってこの話をしたのはアベルが初めてだよ。ポポの花なんて魔力の内包量少なすぎて普通ポーションの材料にしようなんて思わないからな。どうにか使い道ないかと思ったけど、輝銀石を入れなかったらポポの草自体には体力回復と解毒効果がちょっとあるだけの草だから、せいぜい酔い覚ましのポーションになるくらいだったよ」


 前世の知識がなかったら、ポポの花なんてただの雑草だと思ってスルーしていたと思う。どうしてもコーヒーが飲みたくて、タンポポコーヒーを思い出してポポの花で作ってみたら、微弱ながら体力回復効果があったので、ポーションの材料にならないかと試した結果がその欠陥ポーションである。


「酔い覚ましのポーションなら使い道ありそうだが……しかしこんな身近な植物に、ドーピング効果があるとは」

「ポーションの材料なんて、気が付かないだけで身近にあるもんさ」


 子供の頃から薬草集めをしていたので、身近な薬草や毒草には詳しい方だが、意識して探してみるとポーションの材料にならない物の方が珍しいのではないかというくらい、身近な場所に魔力を含んだ植物は溢れている。

 魔力を蓄積できる植物でなければポーションの材料にはならないのだが、微量ながら魔力を蓄積できる植物は意外と多い。ポポの花もそうだが、魔力の蓄積量が少なすぎてポーションの材料として認知されてないのだ。



 朝食が終わるとアベルは王都の冒険者ギルドで受けている仕事の消化へ向かい、俺は毎日のノルマにすると決めたブラックバッファローの解体を済ませた後、ポーション素材の確保の為に近所の森へ入る事にした。














 今日は、薬草を摘みながら時々遭遇する魔物を撃退しつつ、先日ユニコーンとシャモアに会った湖よりさらに奥まで来ていた。

 自宅のすぐ裏の森が薬草の宝庫で、そんな強い魔物もいないなんて素晴らしい。

 こんな平和な狩場が町の近くにあるのにほとんど人の手が入ってないのは、ピエモンが高齢化がすすみつつある町で冒険者も少ないからなのだろう。


 近所の狩場としては丁度よくても、わざわざ遠方からくるほどの狩場でもないし、魔物を狩るならピエモンの南の平原や森か東の山岳部の方が、実入りの多い魔物が多くて冒険者に人気なのかもしれない。


 手ごたえのない魔物ばかりで少しばかり気が緩んでいたのかもしれない。

 "察知"のスキルで魔物の気配には気を配っていたが、"探索"スキルは時々地形を確認する程度にしか使っていなかった。

 そのせいで文字通り足元が疎かになっていた。



「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 そして、俺は今、地面に空いていた人がすっぽり嵌るくらいの穴に滑り落ちている。


 垂直落下に近いがどこまで深いんだこの穴は!?


 身体強化のスキルを発動して、腰から抜いた短剣を穴の壁に突き刺して落下を止める。

 上を見れば、そんなに広い穴ではないので、壁に手をついて登ろうと思えば登れない事もない。

 魔道ランプを取り出して下を照らして覗き込むと、床が見えたのでそのまま下まで滑り降りてみる事にした。


 察知と探索のスキルを使って、周りに気を配りながら下まで降りると、人が立って余裕で通れるほどの穴が横に延び、その先に進むとは開けた空間になっていた。

 その開けた空間から別の横穴が何個も伸びており、その先にはいくつも生物の気配を、察知のスキルで感じ取った。


「蟻の巣にしては蟻の姿が見えないな……魔力も薄いからダンジョンというわけでもなさそうだ」

 独り言を漏らしながら戻るか進むか考える。


 蟻系の魔物の巣なら巣の内部は蟻で犇めいてるはずなので、その姿がないとなると蟻ではないはずだ。仮に蟻だとしたら、個々は弱い物の数との勝負になるので、危険すぎる。蟻じゃないとするとワーム系かそれともただの地下洞窟か……。


 察知スキルで魔物の気配を探るが、何かが複数いるようだがそう強そうな気配はない。探索のスキルで回りの様子を伺う限りこの地下の空間はかなりこまごまと枝分かれして広がっているようだ。


「ちょっとだけ様子を見るか……その前に」

 よし、弁当食べよう。

 ここなら広いし何か飛び出して来ても対応できる。狭い場所に入る前に食事と休憩だ。


 壁から離れて腰を下ろし、収納空間から昨夜の残りのメンチカツで作った、メンチカツサンドを頬張り始めたとこで、枝道からこちらを伺う気配を察知した。


 ゆっくりメシを食わせてくれと心の中でため息をつきつつ、視線を感じる方を振り返った。


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