第22話◆胃袋を掴まれし者達

「そうそう、ご飯待ってる間にちょっとその辺散歩してたら食材っぽい物拾えたから、持って帰って来たの渡すよ。家の外で出す方がいいよね?」

 家の外って時点で、大きさのある物だということを察する。


 昼食の後片付けをして外に出た。

「まずはー」

 まず?


 一瞬視界が陰ったかと思うと、ズンッと低い音がして地面に茶色い巨大な鳥が横たわっていた。

「ロック鳥じゃねーか!! どこにいたんだよこんなもん!!」

「え? 空飛んでるの見えたから撃ち落とした」

「撃ち落とした、じゃないが」

「ちゃんと落下地点に人いないの確認したから、それにこれかなり小さい個体だし」

 ロック鳥は成体になると大きなもので百メートル近くになる。アベルが持って来たのは二十メートルほどの"ロック鳥にしては"小振りな個体だ。

 誰がこれ捌くんだよ……間違いなく俺だよ。


「ロック鳥の肉美味しいから好きなんだよねー」

 そう言ってコテンと首を傾げる仕草が、妙に様になってて悔しい。

「それじゃ、次出すよー」

「ちょっと待て! 一回ロック鳥しまうぞ!!」

 俺がロック鳥を収納空間に収めるのとほぼ同時に、今度は八メートル級のブラックバッファローが出て来た。

 先日、キルシェがクジで当てたのは幼体だったが、アベルが持って来たのは成体、しかもかなり大型の雄だった。

「十匹くらいあるんだけど全部出していい?」

「散歩ってどこまで行ってたんだ。ていうか十匹って群れ丸ごとかよ」

 解体するだけで今日が終わりそう。


 げっそりしながら、ブラックバッファローを受け取り終わった。

「これで、最後だよ」

「まだ、あんのかよ……」

「今度はそんな大きくないから」

 そう言ってアベルが出して来た物を見て絶句する。

「ドレイク……グリーンドレイクじゃねーか!!! ちっこいけど竜種なんてどこにいたんだ!!」

 ちっこいといっても、尻尾まで入れると五メートルはある。


 ドレイクは低級の竜種でグリーンドレイクはその中でも一番弱い部類ではあるが、それでも竜種なのでその辺の魔物よりかよっぽど強い、というかそうそう出くわすものではない。


「んー? ちょっと遠いけど、ピエモンだっけ? ここの近くの町から、東の方の山の麓の草原の辺にいたよ? ブラックバッファロー狩ってたら出て来たんだ」

「散歩って行動範囲じゃねーだろ!」

 むしろうちとかピエモンの町すぐ近くにいたわけじゃなくてよかったのだが。

「前にそっちの方行ったことあったから、転移魔法で移動できる範囲だし、多少はね?」

 こんのチート野郎が!!



「とりあえず、こいつら捌いとくよ。俺は食える部分だけいいから、他の素材は返すよ」

「しばらく分の家賃と食費替わりだから、全部引き取ってくれてよかったのに」

「どう考えても家賃と食費にしては多すぎるだろ」

「そっかー、じゃあ食材以外は俺が引き取るよ」

 それでも肉の量が多すぎるわけだが……まぁ収納空間に放り込んどけば、鮮度維持出来るから問題ないけど。


「それじゃ、解体任せたよー」

 ヒラヒラと手を振りながらアベルが転移魔法でどこかへ飛んで行った。

「ほんま……フリーダムすぎるだろ」





 午後からは、午前中のうちに仕込んでおいたハムとベーコンを燻す。燻し終わるまで時間がかかるのでその間に、アベルが置いて行った獲物を解体することに。


 めんどくさい奴から先に片づけよう。

 つまりあのバカでかいロック鳥だ。二十メートルにも及ぶ巨体を地面に横たえるように収納空間から取り出す。

 まずは血抜きからだが、どうやってこんなデカイ物の血抜きをするかって?

 そこは、前世でいうとこのファンタジーってやつだ。便利なマジックアイテムを使う。


「インベントリ・リスト」

 収納空間に収めてある物の一覧を眺め、とある刃物のところで目を止めた。


「あったあった、"ブラッディダガー"」


 収納空間から一振りの赤黒いダガーを取り出した。

 このブラッディダガーという短剣は、刺した相手の血液を吸い取るという特殊効果が付いているのだ。

 ぱっと見、戦闘向けの得物だが、この血を吸い取るという性質を利用して、獲物の解体の時の血抜きに利用することもできる便利な代物だ。

 ダガーという小型の武器にも関わらずその吸収力は強力で、小さな獲物や魔力耐性の低い獲物は、血液どころか水分まで吸収してしまい干からびてしまうので、血抜きに使うなら大型の獲物や魔力耐性の高い獲物にしか使えない。

 かなり強い武器の部類だが、魔物を倒す時に使うと、魔物が干からびてしまい、素材がダメになるので、俺的には戦闘でとても使いにくい。もちろん人間相手になんか、絶対使いたくない。


 ロック鳥の首の頸動脈にブラッディダガーを突き刺して、血が抜かれる間に羽を毟ることにする。ロック鳥はこれだけデカイ上に魔力耐性も高いので血抜きが完了するまでしばらくかかる。


 これだけデカければ、もちろん羽もデカイ。風切り羽は大きい物で五メートルを超える。ロック鳥の羽は見た目の大きさからは考えれないほど軽く、魔力抵抗が高い為、高級な防具素材として需要が高い。

 羽と羽毛と分けて毟ったはしから収納空間へとぽいぽい投げ込んでいく。そうしなければふわふわと軽い羽は、ちょっとした風で散らかってしまうのだ。


 三分の一くらい毟ったところで、一度ブラッディダガーを引き抜いて血抜きの具合を確認する。いい具合に血が抜けてるようなので、ブラッディダガーを収納空間に納めて、引き続き羽を毟る作業に。


 ぶっちゃけ、これだけデカいと解体するより羽を毟る方がめんどくさい。



 ロック鳥の羽を毟り終わったとこで、燻していたハムとベーコンがそろそろ時間なので、ベーコンは燻製窯から出したら冷蔵倉庫で吊るして一晩寝かせて完成。燻製が終わったハムは、大きな鍋で沸した湯の中に入れ、暫くの間加熱処理をする。



 ハムを最後の加熱処理をしてる間に、ロック鳥の解体に取り掛かった。

 そうだ、鶏ハムも作るかー、というか今夜は唐揚げだな! チキン南蛮も捨てがたいし醤油があるうちに焼き鳥も食べたい。

 そういやアベルに浄化魔法掛けさせれば、卵の生食いけるよな。次回町行った時に卵大量に買ってこよう。

 ん? 鶏ガラでスープも作っておくか。

 食材以外は返すって言ったけど、内臓は食材だよな? ポーションの材料にもなるけど食材にもなるよな?

 砂肝と心臓は譲れない。収納スキルさんあるからレバーも鮮度保てるし、美味しく頂けるよな?


 そんな事を考えながらロック鳥の解体を終えて、素材を収納空間に突っ込む頃には、陽が西の山に掛かりかけてた。

 ロック鳥の解体に半日かかったが、まだ収納空間には手つかずのブラックバッファロー複数と、グリーンドレイクが残っている。


 思い出してうんざりしながら、鍋で加熱処理していたハムを引き上げ、水気を拭き取って冷蔵倉庫に吊るす。こちらは一週間ほど寝かせる予定だ。



 さて夕飯を作るか。今夜はロック鳥の唐揚げよー。



 せっかく醤油があるので醤油味と塩味と二種類作る事にした。米も欲しくなるが、在庫に限りがあるので今日は米は我慢だ。


 唐揚げには先ほど解体したロック鳥のモモの部分の肉を使う。塩味の味付けはシンプルに塩と胡椒とニンニクとショウガ。

 醤油味の方は、ショウガとニンニクをすりおろして醤油とササ酒を加え、そこに肉をしばらく漬けて置く。


 その間に付け合わせ用のキャベツの千切りと、オニオンスープも作っておく。

 オニオンスープは、野菜の切りくずを水から三十分ほど鍋で煮詰めたところに、みじん切りにしたタマネギを煮込んで塩とコショウで味を調えただけのシンプルなスープだが、野菜のコクとタマネギの甘味がまざったあっさりとしたスープだ。唐揚げが脂っこいのでスープはあっさりめでもいいだろう。



 唐揚げは塩味の方から作っていく。

 ジャガイモで作った片栗粉を肉にまぶして、熱した油の中へ。

 そういえば昼もカツ丼だったし揚げ物続きで重かったかもしれないことに気付いたが今更である。余ったら明日の昼にでも食べればいいから多めに揚げておこう。


「ただいまー、なんかめっちゃ香ばしい匂いする! 腹減った!!」

 塩唐揚げを揚げ終わって醤油唐揚げを揚げていると、バタバタと足音をさせてアベルが戻って来た。

「おかえり、もうすぐ出来るからちょっと待ってくれ」

「うん、そういえばグランちの魔物避けの柵、魔物避けの効果低かったから、上級の魔物でも避けれるように強化しといたよ。ついでに侵入者避けも掛けといたから、俺とグラン以外は中から門開けないと柵の中に入れないようになってるよ。他に誰か侵入許可したい人いたら、門の横に認証用の魔石あるから、そこに本人情報書き込めばいいよ。俺の魔法破れる奴じゃないと入ってこれないはずだよ」

 アベルの魔法破れる奴とか、どう考えても天災級の魔物だろ。

「あぁ、この辺どうせ低級の魔物しかいないから、あれくらいで十分かなーって思ってたけど、やってくれたのなら助かる。ありがとう」

「なるほど、まぁ用心に越したことないさ」

「そういや、裏の森結構でかくてさー奥の方いったらユニコーンいたなぁ」

「まじかーユニコーンってBランクの上の方だよな、ここらへんDランク以下の魔物ばっかりで、せいぜいCランクが稀にいるくらいだと思ってたが……ん?」

「あ……待て、アベル」


 アベルと話してる中、窓の外に気配を感じてほぼ同時に二人で振り返ると、窓ガラスの向こうから見覚えのある白いシャモアの顔が覗いていた。

 臨戦態勢に入りそうなアベルを制止して窓を開ける。油を使っているのであまり火元から離れられない。


「また来たのか? 今日も飯くってくか?」

 シャモアは短く鳴いて頷いた。

「なんだアイツ? 魔物だよな? ていうか俺さっき魔物避けの強化したばっかりなんだけど?」

「魔物つか森の主的な奴じゃないかなぁ……飯分けたら来るようになったんだよなぁ」

「何!? 魔物のくせにお前の飯目的か!?」

 アベルがシャモアを睨むと、シャモアもアベルを睨み返す。

「まぁ、多めに作ってあるから、一緒に食えばいいじゃないか」

 アベルが持って来た肉だけど。

「グラン、魔物と一緒に飯食ってるの!?」

「あぁ、一人暮らしだからな。ちょうどいい話相手? みたいなもんだ」

「寂しい奴だな」

「うるせぇ!」


 それにしても、アベルの魔物避け気にしないでここまで来たという事は、このシャモア、上級の魔物より格上って言う事なのか。

 やっぱり森の主なのか!?


「外にテーブルを出すから、皿運んでくれ」

「外で食うの?」

「あぁ、コイツデカイから家の中は無理だしな」


 アベルが新しい家具を持って来て、お役御免になった元食卓を収納空間から取り出して庭に置いて、その上に料理を並べた。

「飲み物はエールでいいか? 今日の料理はエールが合うはずだ」

「グランがそういうのならエールにするよ」

 シャモアもエールでいいのか、短く鳴いて首を縦に振った。


「アベルが捕って来たロック鳥をカラアゲにしてみた。衣の色が薄い方が塩味で、色が濃い方がショウユ味だ」

 唐揚げはバイキング形式で盛り付けてあるので、キャベツと一緒に取り分けてシャモアの前においてやる。

「カラアゲか、塩味は前にも作ってくれたよな? こっちがあのショウユっていうのを使った奴か」

「そうそう、ショウユもよく合うから食べ比べてみてくれ」

 アベルには以前、共に行動していた頃に、何度か塩胡椒とニンニクとショウガだけで味付けをした、唐揚げを振舞ったことがある。その時は、結構気に入っていたようだったので、きっと醤油味も気に入ってくれるはずだ。


「いっぱいあるから遠慮なく食べてくれ」

「ロック鳥捕って来た俺に感謝していいぞ」

 アベルがフフンと鼻で笑って、シャモアに視線を投げた。

 それに対してシャモアは、目を細めてブルルンと鼻を鳴らした。

 すると空中からバサバサとキノコやハーブが落ちて来た。


「おぉ、これはロックマッシュルーム! ん? これはシイタケか? こっちはもしやマツタケ!?」

 うおおおおおおおお!! 前世の記憶にあるキノコ類があるぞ!!!

「ん? これはカラシナの種か!? マスタードが作れるじゃないか! っと……こっちはワサビか!?探しても見つからなかった物がこんなに……貰っていいのか!? ありがとう! ありがとう!!」

 シャモアの手土産に、思わずハイテンションでお礼を言うとフフンと鼻を鳴らして、チラリとアベルを見た。

「ヤギの癖に"収納"持ちだと……俺の魔物避けを抜けて入って来た事といい小癪な」

 アベルが引き攣った笑顔で、シャモアと睨み合っている。


「とりあえず、冷める前に食べようぜ」

 微妙な空気を漂わせて睨み合ってる一人と一匹の顔を見比べながら食事を勧める。


「そうだな、折角だから冷めないうちに頂こう。おぉ、これはすごいね。塩味の方は以前も食べたことあるが、こっちのショウユ味の方はなんとも香ばしい味わいだ、そして肉汁がたまらないね。グランの言う通りエールが進む」

「レモンを絞ってかけても美味いぞ」

「なるほど、うん、レモンをかけるとさっぱりしていくらでも食べれそうな気がする。塩とショウユどちらも甲乙つけがたいな。こうなるとますますショウユを探したくなるな」

「だろ?」

 アベルにはそのチート級の能力を持って、ぜひ東の果てまで行って醤油と米と味噌を見つけて来てほしい。その為には、醤油を使った料理で餌付けをしまくらねばならない。


 アベルが醤油唐揚げを絶賛してる向かい側では、シャモアがもくもくと唐揚げを食べていた。皿が空になると目で訴えるので追加を盛ってやる。


 かなりの量作ったはずの唐揚げが、あっとう間に無くなっていく。

「お前らまだ食べれるか?」

 唐揚げが無くなってしまったが、まだもう少し物足りない。

「もう少し何か欲しいところだね」

 アベルも物足りないようだ、シャモアも短くないて首を縦に振った。

「よし、じゃあシャモア君が持って来てくれた、このマツタケを焼くか、これもエールによく会うぞ」


 野営用の小型コンロを取り出して、左右にレンガを積み上げてその上に網を乗せる。

  器に溜めた水で軽く洗って、汚れを落としたマツタケの水気を拭き取り縦に切り、ササ酒を軽く振りかけて網の上へ。

 焼いてる間にレモンを八等分に切っておく。本当は前世の記憶にあるスダチという柑橘類の方がいいのだが、ないのでレモンで代用する。

 焦げ目がついてきたので醤油を垂らすと香ばしい香りが辺りに漂った。焼き上がったマツタケを箸でつまんで皿に載せてアベルとシャモアに渡す。


「ふぁーすごい香りだねこれは、森の香りというかなんというか、このキノコの香りとショウユの香りが食欲をそそる」

 さっそくアベルがマツタケを口に運び始める。

「好みでレモンを絞ってくれ、お前もレモンかけるなら俺が絞ってやるぞ」

 シャモアに尋ねると、フンフンと鼻でレモンを指すのでレモンを掛けて欲しいのだろうと思い、レモンを絞ってやって自分も松茸を味わう事にする。


 松茸は本来秋の味覚だった記憶があるが、初夏の今の時期に持って来たということは、この世界ではこの時期に生えているのか、もしくは秋に収穫してシャモアの"収納"スキルが俺と同じで時間経過がなかったのか。

 ともあれ、前世ではそう食べる事のなかった高級食材を堪能できたのはありがたい。


 松茸にエールも合うのだが、ササ酒はもっと合うのでそちらを飲みたいところだ。

 しかし、飲んでしまうと今後の料理で使うのに足りなくなりそうなので、今日のところはエールだ。

 ササ酒もアベルになんとしてでも見つけて来てもらわなければならない。


 え? 他力本願? 飯代と家賃替わりですよ? どうせ、本人もうちで食う飯には協力してくれるので、頼れる者には頼るのだ。


 こうして、二人と一匹で食卓を囲んで夜も更けていった。

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