第21話◆持つべきものはチートモ

 俺が買い取った元農場の物件は、複数の世帯で住んでいたようで母屋は大きくて部屋数も多く、同居人が一人増えること自体は何も問題はなかった。


 同居人が一人増えること自体は。



「うわ……なんだこれは……」

「うん? 殺風景だったから模様替えしといたよ」


 午前中のうちに、先日森を散策した時に手に入れた素材の整理と、ハムやベーコンの仕込みを終わらせて、昼食の準備をしようと母屋に戻ってキッチンへ向かうと、キッチンと隣接した食堂がすっかり様変わりしていた。

 もとは古ぼけた四人掛けのテーブルと椅子が置いてあっただけだが、いつの間にか大きなテーブルに取り換えられ、その上には高そうなテーブルクロスが掛けられていた。そして窓にはカーテンが、棚も床も壁もピカピカになって、そしていつの間にか置かれた見知らぬ食器棚には小綺麗な食器が並べられていた。ついでにどっから持って来たのかわからないが、観葉植物まで飾られて、ちょっといい商家の食堂みたいになっていた。


「どっから持って来たんだこれ……」

「うん? 前に盗賊団の根城つぶした時の戦利品かな? 表向きは商人のふりしてる奴らで、羽振りもいい連中だったからごっそり貰って来たけど、収納空間の場所食うし、使いみちなくて困ってたんだよね」

「曰く付きじゃねーか!!!」

「グランちあまりに汚いからついでに浄化の魔法掛けて、劣化防止の停滞の魔法もかけといたよ」

「うるせぇ! お前みたいに魔法で何でもできると思うなよ!」

「何でもできないよ、食事はつくれないし。あ、リビングも模様替えしといたから」

「ありがたいけど、なんか悔しい!」

「お礼の気持ちはご飯で」

「あー、はいはい」


「米炊くからちょっと時間かかるけどいいか?」

「うん、いいよ。コメって俺が持って来たやつだよね? タクって何?」

 あー、そうかコメがないから、"炊く"が伝わらないよなぁ。

「煮るとはちょっと違うけど、水で煮込むコメの調理法かな?」

「グランってさ、たまに聞いた事もないような事知ってるよね? どこで知ったの?」


 アベルの金色の目が、まっすぐこちらを見つめて来る。

 こいつ、素なのかわざとなのか、鋭いとこついて来るんだよなぁ。


「んー、昔世話になった行商人に教えてもらった」

「へー、どこの国の商人だったの?」

 適当にごまかそうとしたら、更に突っ込まれてとてもやりにくい。

「東の方っぽかったけど、それっきりだしよくわからないな」

「ふーん」

 前世の記憶ありますとか言えねーだろ。


 前世の記憶――この世界とは全く文化レベルの違う世界の知識。その知識は、今こうして日常生活レベルで便利になる程度の使い方しかしてないが、その気になれば武器や薬物と言った軍事利用から、産業や経済、行政などの政治利用も出来る物だと思ってる。


 毒にも薬にもなる。


 この世は善意だけで成り立ってるわけではない。

 この世界にない知識を保有してる事がバレると、富や地位に結び付く可能性もあるが、色々と面倒事や危険も増えるだろう。それを加味して、前世の記憶については他人に知られないように生きて来た。

 時々ボロが出そうなこともあるが、これからもそのつもりだ。


 アベルの事は信用しているし、今までも色々と世話になって来たので、アベルに前世の記憶の事を知られても、悪いような事にはならないと思うが、探求心の塊のようなアベルが前世の世界について興味を持たないわけがない。

 つまり、根掘り葉掘り聞かれるのが、めんどくさいだけとも言う。


「とりあえず昼飯の支度するから、一時間ちょいくらい時間つぶしててくれ」

「ほーい」

 納得してない顔のアベルを、何とかかわしてキッチンに向かった。



 昼ごはんはグレートボアの肉でカツ丼を作るつもりだ。

 過去にアベルと共に行動してた時に、何度かトンカツを振舞った事があり、トンカツは奴のお気に入りだった。

 せっかく米を手に入れ醤油もあるのでカツ丼にすることにした。


 出汁は、この世界には昆布に似た海藻が存在しているので、昆布っぽい出汁だ。

 アベルが言っていた、食材ダンジョンの海エリアで、カツオっぽい食材が手に入らないか期待している。カツオとは言わずマグロやブリも欲しいし、イカタコやエビカニも欲しいし、海藻類も欲しい。



 そんなことを考えながら、米が炊き上がる時間に合わせてカツ丼の準備を始める。

 家のすぐ傍を流れている小川のほとりに、セリ科の植物――前世でミツバと呼ばれてた植物が自生しているのを、必要分摘んで綺麗に洗って水を切り、親指の爪くらいの長さに切っておく。

 タマネギは薄切りに。


 昆布もどきの出汁を煮出しながら、その間にトンカツを作り始める。

 使う肉はロースこと肩の辺りの肉。軽く叩いて、塩コショウを両面に振りかける。


 小麦粉と卵、昨日大量に作ったパン粉を順番に肉に付けていく。

 熱した油に肉を入れるとジュワアアアアアっと音がして、それだけで食欲が刺激される。

 表面がキツネ色になるまでじんわりと揚げて、肉に火が通ったら油から引き上げて、油切り。


 前世の記憶にある、キッチンペーパーが欲しいとこだがそんなものはない。

 油がよく切れたら、親指より太いくらいの幅に切る。


 あーもう、切ってる時のサックサクの手ごたえが、空腹を更に煽って来やがる。


 丼用の手鍋などないので、フライパンに水と出汁、醤油、砂糖、先日作ったイッヒ酒ことミリンもどきを入れて、タマネギを加えてタマネギがしんなりするまで煮る。タマネギがしんなりしたらカツと溶き卵を入れて蓋をして約三十秒蒸す。


 炊きあがった米を器によそって……ってしまった!! ドンブリがない!!! これは致命的すぎる!!!

 仕方ないので深めのスープ皿に米をよそって、その上にカツ丼の具を乗せてミツバを添えて完成!!


 余った出汁に醤油と五日市で買ったササ酒をちょこっと足して煮立たせて、ミツバを入れてお吸い物に。こちらもお椀がないのでスープ用のマグカップを代用した。



 完成したカツ丼とミツバのお吸い物を食堂に持って行くと、ちょうどアベルがドアを開けて食堂に入って来た。

「ちょうど出来上がったとこだ」

「そろそろかなって思ってた。待ってる間にちょっと散歩して来たら、食材になりそうな物拾ったから食事の後で出すよ。家賃替わりに貰ってくれ」

「マジかー、ありがたい。ま、とりあえず飯にしようぜ」

「これはー? トンカツ? トンカツだよね? トンカツが乗ってるの? 下のはコメってやつ?」

「そうそう、カツ丼って言うんだ、とりあえず食べてみてくれ」

「言われなくても頂くさ」


 アベルにはフォークとスプーンを渡して、自分は普段から使っている箸を使う。箸が自分用のしかないし、アベルは箸が使えないと思うのでフォークとスプーンだ。


「カツに卵を絡めながらコメと一緒に食べるんだ。器を手に持って食べた方が食べやすいぞ」

サクサクとトロトロの二つの食感と、醤油と出汁の懐かしい味がたまらない。

「器を手に持つのか?ふぉ……っ! あっつ……!!サゥサフ……んぁぃ」

「食べながらしゃべるな」

 こいつお貴族様って言ってなかったっけか。

 ハフハフ言いながら、アベルがフォークでカツ丼を掻き込んでいる姿は、とてもじゃないが貴族っぽくない。


「……んっ。不思議な味付けだね初めての味だ、でもすごく美味しい。しょっぱいのともまた違うし、ほんのりした甘味もあって癖になりそう。トンカツのサクサクと卵のトロトロの食感もいいね。そしてコメってやつも初めて食べたけどこれも不思議な食感だ。それにこの透明なスープもさっぱりしてて、味の濃い物の口直しに丁度いい」

「口に合ったようで何より」

「それにしてもこの味付けどうなってるんだ?まったく知らない味だ」

「これはショウユっていう異国の調味料使ったんだ。たまたま露店で見つけたんだけど、どうやら東の方の国の物っぽい事以外詳しくはわからないんだ。量もあんまりないし、使い切ったら終わりかなぁ。それまでにまた手に入ればいいけど」


 チラッ


「なんだって? あとどれくらい残ってるんだ!? 東ってシランドルか?」


 よし、釣れた。


「ショウユは中くらいの瓶一本分しかないかな。シランドルの東の方の町で外国の商人から買ったって聞いたが、そこから先はわからない。心当たりはないか?」

「シランドルの東か……かなり遠いな。あっちの方は遠すぎてうちの……うーん」

「ちなみに、おそらくコメもショウユと同じ国の物だと思う。コメもショウユも安定して手に入ればもっと色々作れるんだけどなぁ……あとコメから作った酒とか、ミソっていう調味料もあるんだけどそれもあればもっと料理のレパートリー増えるんだけどなぁ……」


 チラッチラッ


「何!? 他にもまだ作れる料理あるのか?」

「そりゃ、同じ素材でも調味料と調理方法で、全く違う料理になるからな。はー、ショウユもコメもミソもいっぱいあれば、この国では食べれない料理いっぱい作れるんだけどなぁ」


 チラッチラッチラッ


「ぐぬぬぬぬぬ……シランドルの東か……」

「オーバロって町に来る、異国の商船に乗ってた商人から買ったって聞いた」

「オーバロってシランドルの東端じゃないか……そこまで行けばそのショウユとコメが……うーん、しかし遠い、いや待て一度オーバロまで行けば次からは転移使えるし……道中も転移魔法使えば……」


 なんか、食い物の為にレア魔法を使い倒そうとしてるのが聞こえるが、煽ったのは俺だ。

 だって、米も醤油もあわよくば味噌もいっぱい欲しいんだもん。


「そのショウユとコメと、ミソか? それがあれば他にも色々料理が作れるんだな?」

「あぁ、任せろ。レシピは知ってても、今までずっと材料が見つけられなくて作れなかった物が、いっぱいあるんだ」

「仕方ない、すぐにというわけにはいかないが、オーバロに一度行ってみよう」


 フィィィィィィィィィッシュ!!!!!


 釣れた!!!!


「やったー、さっすがアベル!」

「その代わり、コメとショウユとミソを手に入れたら、わかってるんだろうな?」

「はい! 誠心誠意おいしい料理作らせていただきます!!」

 俺も食べたいしな!!!


 やっぱ持つべき物は、チート級の魔法が使える友だわ。


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