第20話◆胃袋を掴むと簡単には離れない

「来ちゃった☆」


「うわああああああああああああああ……」



 朝食タイムの突然の訪問者に、思わず心の叫びが口から漏れた。

 とてもよく、見知った顔。

 冒険者になってから何度も同じパーティーで行動をし、お互いよく知った仲で、俺が王都を離れる前まで交流があったAランクの冒険者。


 決して仲が悪いわけではない、むしろ良い方だ……が、クセのありすぎる性格でくっっっっっっっっそめんどくさい。

 故に、思わず心の叫び声が、口から漏れた。


「行先も教えないで突然いなくなるってひどくなぁ~い?」

 目の前の美丈夫の少し嫌味なキラキラ笑顔が眩しい。


 どっからどう見ても、誰が見ても文句のない美形。細身だけど俺よりも高い身長に長い足。キラッキラの眩しい銀色のさらさらミディアムロングヘア。百人中九十九人、いや千人中九九九人は美形というだろう、というくらいの美形。


 あー、何この美男子? なんか見てるだけでイラッ☆とくるんですけどぉ~? いやまぁ、ただの僻みなんですけどね!!


 そして目の前のこの男、魔導士である。

 そう! 俺が全く使えない魔法をホイホイと使う。しかも、なぁ~にが六属性魔法全部使えますだぁ? え? 他にもレア属性の魔法使えるって?

 キィーーーーーーーッ! くやしっ!! 何だよこのチート野郎! 爆発しろ!!



「やぁ、アベル。何か用かい?」

 笑顔が引き攣るのを感じがなら、できるだけ動揺を隠して目の前の男に尋ねた。


 この目の前の超美形魔導士の男、名をアベルと言う。

 本人曰く、末端貴族の妾腹の子らしいが、詳しい事は俺もよく知らない。

 俺が冒険者になってすぐ知り合い、それから腐れ縁でずっと付き合いがある。

 俺が魔力があっても魔法を使えないのは、魔力を外に放出する回路がないのが原因だと、教えてくれたのもコイツだ。魔法が使えない代わりにと、魔術や身体強化や魔力付与を教えてくれたのもコイツだ。

 とまぁ恩はいっぱいある。


 その上コイツ、六属性魔法にレア属性魔法ってだけでもチートなのに"究理眼"とかいう、鑑定スキル系のユニークスキルを持っている。

 ユニークスキルとは、過去に例のない、もしくは極めて少ない、個人特有のスキルのことである。


 俺が持ってる収納スキルもレアスキルと言われる希少性のあるスキルだが、俺以外にも収納スキルを所有してる者は多くはないが、それなりに存在はする。

 個人特有のスキルことユニークスキルとは、レアスキルとは比較にならないほど稀少なスキルの事である。


 アベルの"究理眼"は鑑定スキルの上位スキルという、とてつもなく有用なスキルである。この男、色々チートすぎてズルイ。

 アベルの持つ"究理眼"というユニークスキルは、通常の鑑定スキルより更に詳細に、なおかつ生きている者も対象になる、鑑定系の上位スキルだと聞いている。

 "眼"というその名の通り、眼を通して見た物に効果を発揮するスキルで、魔眼の一種らしい。

 つまり俺の持っているギフト及びスキル、そして職業全てばれている。


 そしてこのチート野郎に、何故だかわからないけど、粘着質な程に好かれてる。

 男に好かれても嬉しくないちゅーの! ていうか俺より背高くて、俺より顔がいい奴が一緒にいると、俺がモテないんだよ!!

 もちろん、俺のそんな僻みを気にすような奴ではない。


「ご飯食べに来た」

「うちは定食屋じゃねぇ!!!!」

 そんな爽やかな笑顔で迷いなく言われても困る。



「あそっかー、せっかくグランが欲しがりそうな物見つけたんだけどなぁ?」

「え?」

 アベルがシュッと、何もない空間から大きな麻袋を取り出して、ドサリと床に置いた。

 こいつはスキルの収納スキルではなく空間魔法という魔法で、俺の収納スキルとほぼ同等の事ができる。収納スキルの魔法バージョンみたいなもんだ。

 ちなみにこの空間魔法を鞄に付与した物が、マジックバッグになる。


「これは!?」

 アベルが取り出した袋の中身を見て言葉を失う。

「これってグランが探してやつだよねー?」

 袋の中には小さな白い粒がギッシリ詰まっていた。


 思わず鑑定した。



【コメ】

レアリティ:E

品質:普通

効果:なし

料理に用いる

このまま食べても美味しくない




「おま……っ! これどこで手に入れた!?」

「俺さ、朝ごはんまだなんだよね?」

「朝ごはんなら、ちょうど出来上がったとこだ。遠慮せず食べて行ってくれ」

 テノヒラクルー。

「さっすがぁ~! じゃあご馳走になろうかな」

「どうぞどうぞ」


 俺の朝ごはん? そんなものくれてやる! アベルの持って来た麻袋の中身――"米"をどこで手に入れたかを、聞き出す事の方が重要だ。






「で、コメ……その麻袋の中身はどこで手に入れたんだ?」

 自分の朝飯をアベルに取られてしまったので、自分の分の生ハムサンドを作って紅茶を淹れ、テーブルにアベルと向かい合って座った。

「あぁ、ダンジョンで拾ったんだよね」

「は? ダンジョン?」

「うん、宝箱開けたらその麻袋ごと入ってた。鑑定したら食べれるみたいだし、前にグランが探してるって言ってた白い粒の穀物ってコレのことかなって」




 ダンジョンとは、迷宮とも呼ばれ何階層にも連なり中には魔物が多く棲み付いているというか、中で延々と発生している場所だ。

 ダンジョンは、高濃度の魔力が具現化することにより成されていると言われているが、詳しいことは解明されてない。

 その形状は洞窟のようであったり、建築物であったり、森林や山や海といった一見自然の地形だったりする。しかし、その多くが広大な空間魔法が働いており、外見と内部の広さは一致しない。

 そして、ダンジョンの領域に踏み込んでしまえば、その外部とは全く異なる生態系となっており、階層に分かれている構造のダンジョンでは、階層ごとに全く違う環境及び生態系になっている事が多い。

 つまり、外見はただの洞窟でも中に入ってみると、建物の中のような風景だったり、突然海や森林があったりするのだ。


 そんなダンジョンの中には、様々な生物が棲みついており、そのほとんどがダンジョン内部の高濃度の魔力が具現化した物だと言われている。

 どうしてそんな事が起こるのは未だ解明されてない。

 "神の箱庭"だとか"悪魔のおままごと"だとか、御伽話風に言われる事もあるが、内部の不思議構造や現象を目の当たりにすると、あながち間違ってないのではないかと思えてくる。



 そして、どういう仕組みなのか、ダンジョンの内部は資源や魔物が枯渇することなく湧いてくる。危険ではあるが、資源を豊富に得られる場所なのだ。

 また、ダンジョンには時折宝箱があり、貴重な素材や装備が手に入ることがある。

 どうしてそんな事が起こるのかは解明されてないが、これもダンジョン内の高濃度の魔力が具現化したした物だと言われている。


 ダンジョンの内部は何階層にも連なってる事が多く、区切りの階層の最終地点には"フロアボス"と呼ばれる門番的な役割の強力な魔物がいる事がある。そのフロアボスの中でも、ダンジョンの最深部にあたる階層のボスは特に強く、そのダンジョンの主的な存在となっている。

 そして、それらを倒すと、稀少な物品を得られる事が多い。


 こういったダンジョンは世界各地にあり、未だ発見されてないものも多くあると言われている。時には何の前兆なく、いきなりダンジョンが出現することもある。

 そんな、突然ダンジョンが発生したら、そのうち世界中がダンジョンだらけになるのでは? と思うかもしれないが、ダンジョンの発生自体そう頻繁に起こることではないし、ダンジョンにも寿命がある。

 その寿命は、発生から数日で消えるものから、何百年と存在しているものまでと幅がある。

 ダンジョンを形成している魔力が不足してくると、ダンジョンは崩壊を始め、寿命を迎えると言われている。

 寿命を迎えたダンジョンは、その内部にかかっている空間魔法が消え、ダンジョン内部で生成されたもの以外は、外部に放り出されると聞いているが、実際その場に立ち会った事はないのでよく知らない。というか、そんな場面に、あまり立ち合いたくない。


 ともあれ、ダンジョンに入り、資源や魔物の素材を集めて金を稼いだり、最深部を目指したりするのは冒険者の醍醐味でもある。

 かくいう俺もダンジョンの探索は好きな方である。



 余談だが、ダンジョンの内部は、そこに生まれた生物たちで独自の生態系が築かれており、延々と魔物が発生するといっても、魔物同士の食物連鎖である程度のバランスが取られているようで、魔物が発生しすぎて溢れるということはあまりない。

 しかしごく稀に、何らかの要因でその生態系のバランスが崩れ、魔物が大発生してしまいダンジョンから溢れ出して来ることもある。

 それは"スタンピード"と呼ばれ、一度発生してしまうと周囲に甚大な被害を及ぼす。


 そうならないように、ダンジョン内部の様子をある程度把握して、魔物が増えすぎれば間引くのは、ダンジョンがある地域の治世者と冒険者ギルドの役目でもある。


「ちなみにそこのダンジョン、宝箱の中身がほとんど食材だった。資源も食材関連だし、魔物も食用可能な奴らばっかりだったな」

「なんだ、その夢のようなダンジョンは!?」

「岩塩やら香辛料が採れるうえに、下層には海の階層あるから塩の産出も多い。ただ海の階層があるせいで、船持ち込まないと先に進めなくて、そこで攻略止まってる」

 食材だらけのダンジョンで、海まであると聞いて、心がぴょんぴょんと躍りはじめる。

 海があるという事は魚も捕れるという事だ。しかも、この食材だらけのダンジョンの傾向から言って、海の魔物も食用可能だろう。


「アベルなら空間魔法で、船持って行けるんじゃねーの?」

「不可能ではないけど、海に大型の魔物がいるから、半端な船だと沈められる。今後、港作る計画もあるらしいけど、物資の運搬やら建設のコストで揉めてて話が進まないらしい。どうせ食材ばっかりのダンジョンだから、この先も食材しかないんじゃないかって」

「は? 食材重要だろ? 生きてる間にどんだけ飯食うと思ってんの? 偉い人はそれがわからないの?」

 思わず声を荒げてしまった。


 食材しか?

 生き物は、食料がないと生きていけないのに、何を言っているのだ。


「いや、そこまで食に執着する奴のほうが珍しいだろ」

「それで、そのダンジョンどこにあるんだ?」

「行きたい? こっから東の辺だよ。オルタ・ポタニコの町の近くだよ」

「オルタ辺境伯領かー、そんな遠くないな」

「行く? 転移魔法でビューーンって行けるよ」

「いや、まだいいかな。せっかくここの生活にも慣れて来たところだから、今のうちに生活基盤整えときたいんだ」


 行きたいのはやまやまだが、キルシェのとこのポーションも作らないといけないし、五日市もあるし、ハムとかベーコンとかチーズとか作りたいし、畑も作りたいし……ん? のんびり暮らすつもりが、思ったよりスケジュール詰まってないか?


「ちぇ、せっかくグランとダンジョン行けると思ったのに」

「食材ダンジョンとか興味あるから、落ち着いたら行くと思う。ところでそのコメ……あ、その白い穀物コメって言うんだけど売ってくれないか?」

 そうだ重要なこと忘れるとこだった。


 俺の言葉にアベルが目を細めて口の端を上げた。

 あ、この表情、なんかろくでもない事考えてる。


「ちょっと王都離れてる間に、グランいなくなってたもんなぁ~。このダンジョン行ったのも、ちょうどその時だったんだよね~。あれだけ一緒にパーティー組んでたのに、黙っていつの間にかいなくなってたもんなぁ……ホントひどいよね~」

「…………」

「行先も全く聞いてなかったし~」


 ん? んんんんん??


「ちょっと待った! なんで俺んちわかったんだ!?」

 そうだ、落ち着いてから連絡しようと思って、誰にも行先教えないでこっそり王都離れたはずなのに、どうして……。

 ギルドの活動拠点はピエモンに変更したけど、ギルドは基本的に個人情報は漏らさないはずだし。


「あぁー、グランのマジックバッグに空間魔法付与したの俺じゃん? それ、グランしか使えない仕様になってるじゃん? その付与した時に、ついでにどんくさいグランがバッグ無くしても大丈夫なように、どこにあるか位置情報わかるようにしておいたんだ。それ追っかけて来たみたいな」

「親切ぶってさらっと、ストーカー機能付けてんじゃねーよ」

 ていうか、どんくさいとか失敬だな。

「だって、グランの飯食えないのやだもん」

「やだもん、じゃないが」

「えー、でもこれのおかげでコメ届けれたんだよ?」

「うぐっ……と、とりあえずコメを売って欲しい」

「コメなら、あげるよ。どうせ俺料理できないし」

「まじかよ!お前やっぱいい奴だな!」


 手のひらクルッ!

 元ニホン人にとって米は重要なのだ。


「コメはあげるから、ご飯食べに来るね。もう場所覚えたから転移魔法で、ピュンピュン飛んでこれるから」

 貴重で、高度な、転移魔法を、飯屋に行くような気軽さで使うのはどうかと思う。というか、うちは飯屋じゃねえ!

「結局、飯かよ!」

「まぁまぁ、たまに食材持って来るからさ」

「くっ! そういうことなら……ここ山だから魚が欲しい」

「しょうがないなぁ」

 くっそ、上手く丸め込まれた気がする。



「あ、ついでに空いてる部屋あったら貸して欲しいな? どうせ転移魔法で帰って来れるから、グランんち住んでいいよね?」

「は?」




 こうして、色気もへったくれもない男の同居人が増えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る