第19話◆来ちゃった☆
五日市の翌週のポーションの納品の時に、ソロバンとあれこれ付与した指輪を、キルシェとアリシアに渡した。
指輪には、触れた物の重量を軽くするための土属性の重力操作の付与、腕力と体力系の身体強化、衝撃に対する自動防御の水属性のシールド防御、触れた相手に任意で電撃を流せる護身用の風と水の複合属性の付与と、付与した属性に伴う属性耐性アップ効果を付けておいた。
色々つけたせいで魔石が増えて少し派手になってしまったが、キルシェもアリシアも喜んでくれたのでよしとしよう。キルシェは一人で隣の町まで仕入れに行ってるというので、これくらいの効果は盛っておいても良いと思う。
代金に結構な額を渡されそうになったが、欲しい物があったのでそれを割引して貰うことで解決した。
欲しい物と言うのは、畑を耕す為の農具で、質の良い物を取り寄せて貰うことにして、届き次第引き取りに来ることになった。
魔法が使えたら土魔法とかでドーーンとまとめて耕せるだろうけど、残念ながら魔法なんてものは使えない。
いいんだ、自力で耕したほうが「スローライフ!」って感じするし、別に魔法が使えないのは悔しくないし。
そういえば、こないだの五日市の時に、醤油とかを売ってくれた商人に貰ったよくわからない種は敷地の隅っこに植えておいた。
鑑定したら「リュネの種」と見えたが、全く知らない植物なので、何が生えてくるかは、生えてくるまでわからない。
そんなわけで、来週のポーション納品の日までは特に用事もないので、自宅で保存の利く食品の仕込みでもしようと思う。
せっかく、燻製窯作ったので使ってみたいじゃん?
収納空間の中に先日の、血抜き済みグレートボアがまだ残っとるじゃろ?
そうだ、生ハムを作ろう!!
作業は場所を取るので、倉庫の一階のキッチンが今日の作業場だ。
収納空間から、先日血抜きして解体したグレートボアの後ろ足こと骨の付いたままのモモ肉を両足分取り出して、調理台に乗せて大量の塩に胡椒と少しの砂糖、あとは細かく刻んだハーブ類を混ぜて擦り込む。
この作業中に、肉の繊維の中に残っている血液を、肉の上から抑えてしっかりと押し出しておく。
この状態で十日から半月寝かせて、肉の内部の水分を減らさないといけない。本来なら時間がかかる所だが、そこは収納スキルさんに助けてもらう。
時間経過を加速させた収納空間に、しっかりと塩をまぶして擦り込んだ骨付きのモモ肉の塊二つを投げ込んで、このまま時間経過の処理が終了するまで待つ。
その間に、燻製に使う木材を準備する。準備すると言っても、これも収納スキル頼りなのだが。
収納にストックしているよく乾燥した木の板を取り出し分解のスキルでチップ状にして燻製窯にセットしておく。
時間経過処理が終わって、無事に塩漬けになったグレートボアのモモ肉を取り出して表面の塩分を洗い流して、水を張った樽に入れて塩抜き処理。ちゃんとハーブの香りもついて、出来上がりが今から楽しみだ。
この塩抜きもまた一日掛かりなので助けて収納スキル先生!!!
樽ごと、時間経過を加速させて収納空間に突っ込んで塩抜きをする。便利すぎるぞ収納スキル!!!
塩抜きが終わったら今度は乾燥。
樽から肉を引き上げて、布で水分を拭き取って、再び時間経過が加速されている収納空間へ入れて軽く乾燥。なんかもう、収納スキルが便利過ぎて、前世の記憶にあるレンジでチンみたいな感覚になってきてるぞ。
表面の無駄な水分が飛んだら、燻製窯に入れて五時間ほど燻す。これは収納スキルでは何ともならないので終わるまでそっと放置。
グレートボアのモモ肉を燻してる間に夕飯を作ろう。
昨日のブラックバッファローの舌ことタンを、赤ワインとトマトで煮込んでビーフシチューもどきにするつもりだ。
用意する物は、ブラックバッファローのタン、魔の森で採って来たキノコ類、タマネギ、ニンニク、トマト、赤ワイン。それにバターと塩、胡椒、そして月桂樹の葉だ。
ブラックバッファローのタンを二センチ角くらいに切って、すりおろしたタマネギに漬けて十五分くらい放置。その間にお湯を沸かしておく。
十五分経ったら沸騰したお湯にブラックバッファローのタンを入れて茹ですぎないようにささっと茹でる。茹で終わったら、塩と胡椒を振って馴染ませておく。
肉に塩コショウをなじませてる間に、深めの鍋にバターをたっぷり敷いて、みじん切りにしたタマネギを、飴色になるまで弱火でじわじわと炒める。
タマネギが茶色くなったら、ブラックバッファローのタンを漬けていたすりおろしたタマネギと、すりおろしたニンニクを加えて、更に乱切りにしたトマトを加えて潰しながら加熱する。
トマトがしんなりしてきたら、赤ワインを加えてひと煮立ち。
その間にフライパンで、塩コショウをなじませたブラックバッファローのタンに、軽く焦げ目を付けておく。
焦げ目がついたブラックバッファローのタンと、スライスしたキノコ類を、先ほどの鍋に一緒に入れその上に月桂樹の葉を一枚、後は蓋をして焦がさないように弱火でじっくり煮込むだけ。
ホントはブイヨンとかドミグラスソースとかあったらいいけど、そんなものはない。
そのうちスープやソース類も作ってストックしておこうと思う。その為の保存用鍋とか瓶も、用意しておかないといけないな。
ん?生ハムは燻製中、ブラックバッファローのタンシチューは煮込み中で、手が空いてしまった。両方とも時々様子見る程度でいいので待ってる間が退屈だ。
何かいい時間つぶしはないかと考えて、収納空間に突っ込んだまま眠ってる保存食用の硬いパンを取り出して、おろし器でガリガリと削ってパン粉を作り始めた。
暫く遠出する予定もないし、というか収納スキルのおかげで保存食じゃなくてもいいし、この際収納に入ってる硬いパン全部、パン粉にしてしまおう。
分解スキルで分解すればいいんじゃないかって? それじゃあ暇つぶしにならないんだよおおお。
くっそ固いパンをおろし器でガリガリ削るのは、結構力必要だからね?
これは筋トレ、そう筋トレなんだ、余った時間でパン粉を作りながら、筋肉を鍛えているんだ。
結果。
パン粉が凄い量になった。
なんでそんなに硬いパンを溜めてたのか……駆け出し冒険者で節約生活だった頃に、売れ残りが安いからってつい買っちゃって、収納空間に投げ込んでるうちに溜まってたんだよね。そのうちトンカツでも作ろう。
それでもまだ時間があるので、クッキーを焼いてみる。
クッキーが焼き上がる頃には、ビーフシチューもどきも程よくトロトロになったので火を止めて、燻製中の生ハムの様子見に。
生ハムも程よく燻されていたので、一本は時間を加速させた収納空間に入れて短時間で熟成させることにして、もう一本は先日作った冷蔵倉庫の中に吊るして自然に熟成させる事にした。
いやホント、収納スキル便利すぎ。
冷蔵倉庫結構広いから、ハムとかベーコン作ってぶらんぶらんとぶら下げておくのも悪くないな。あぁ、チーズとかもずらっと並べてみたい。
何かこう、保存の利く物ずらっと並べるの好きなんだよね。
生ハムを倉庫にぶら下げて倉庫から出ると、ドアを開けたすぐ目の前に巨大なカモシカが立っていた。
「うおっ!?」
カモシカじゃない、こないだのシャモアじゃないか!?
何でうちにいるんだ!?!?
魔物よけの柵は、強い魔物には効かないのは分かるけど、侵入者検知の魔道具にすら引っからかなかったぞ!? もしかしてコイツかなり上位の魔物なのか!?
いや、そんなことよりなんでそんな奴が、うちに何の用だ!?
唐突にシャモアが高い声で鳴くと、空中からドサドサと植物が落ちて来た。
なんだと!? こいつ収納スキル持ってんのか!?
落ちて来た植物を鑑定スキルで見てみると、この辺りでは採れない温暖な地域原産の香辛料の類だった。
クミン、コリアンダー、カルダモン、ターメリック、ピメンタ、カイエンペッパー等、前世の記憶にもある香辛料だ。
「何?これくれるの?」
問うとシャモアは短く鳴いて返事をして、鼻をスンスンと鳴らした。
「交換に飯を食わせろってことかな?」
再びシャモアが短く鳴いた。
まさか、飯をたかりに来たのか!?
こないだ森でサンドイッチを分けてやったので、人間の飯がお気に召したのだろうか?
今日は、生ハム作ったりビーフシチュー作ったりで煙と匂いもくもくさせてたからなぁ、匂いに釣られてうちまで来たのか。まぁ、一人で飯食うのも味気ないし、この辺りで採れないハーブと引き換えなら、夕飯お裾分けくらい何てこともない。
「じゃあ、準備するからちょっと待ってな」
庭にテーブルとイスを持ち出して、さっき作ったビーフシチューもどきを温めなおして皿によそった。
ピエモンの町で買って来たパンを籠に盛ってテーブルに並べる。シャモアはでかいのでテーブルの上に並べるくらいの高さでちょうどいいようだ。
準備が終わるまでシャモアは大人しくテーブルの横で待っていた。俺はその向かいに腰を掛ける。
「いただきます」
前世の記憶が戻ってから癖でついついやってしまうのだが、それをみてシャモアが首をかしげる。
「あぁ、昔住んでた国の習慣だから気にしないでくれ。食材になった命への感謝とか、材料の生産者とか料理人とか食への感謝みたいなもんだ」
シャモアは不思議そうな顔をした後、短く鳴いてビーフシチューもどきを食べ始めた。
つい、温めてしまったけど熱いものは平気だったのだろうか……うん、平気そうだな。俺の心配を他所に、シャモアはガツガツとビーフシチューもどきを食べていた。どうやらお気に召したようだ。
「おかわりもあるから遠慮なく食っていいぞ」
いつも自宅では一人で食べているので、相手が魔物とは言え食卓に他に誰かいるのは悪くない。そして、一人と一匹によってビーフシチューもどきは完食された。
「食後のワイン飲む?」
シチューの皿を片付けながらシャモアに問うと、短く鳴いて首を縦に振った。不格好だが深い皿にワインを注いでシャモアの前に置いて、自分のもグラスに注ぐ。
「つまみも出すからちょっと待ってろよ」
熟成の為に、時間を加速させた収納空間に入れていた生ハムを取り出すと、見事に原木になっていた。
「はじめてにしては見た目は上手く出来てるな。問題は中身だが」
収納空間の中はカビたり腐ったりの心配はないと思うのだが、前世の記憶だけを頼りに作った物なのでやはり不安である。
包丁で表面を切り落とすと、中から赤味が露出する。それを薄く切ってそれぞれの皿に並べて、収納空間に保存してたチーズを添えて出す。
「さぁ、味はどうかな?」
「生ハムだー!」
生ハムの味がするぞーーー!!!
はじめての生ハムが、ちゃんと生ハムの味がして感動している。そして生ハムとチーズでワインが滾る。
見ればシャモアもむしゃむしゃと生ハムとチーズを食べながら、ワインを飲んでいるのできっと口には合ったのだろう。
ワインを一本空けたところで、一人と一匹の夕餉はおひらきとなった。
帰り際に、先ほど焼いたクッキーを袋に入れて、シャモアに持たせてやった。シャモアは機嫌よさそうに鳴いて、少しばかり千鳥足で森へと帰っていった。
すっかり餌付けしてしまったようなので、また現れそうな気がする。
後片付けをしながら、またあのシャモアが来てもいいように、屋外にもテーブルと椅子を用意して屋根も付けておこうと思った。
それにしても、おそらく上位の魔物だと思うが何者なのだろうか? やっぱり、森の主とかなのだろうか? まぁ、敵意もないようだし、飲み仲間かお茶仲間だと思っておけばいいのかもしれない。
そんな事を考えながら母屋に戻り、風呂を済ませベッドに入った。
翌朝、昨日の生ハムをレタスと一緒にパンにはさんで、ベーコンエッグを作り、紅茶を淹れて、さぁ朝ごはんだと思ったところで、敷地の侵入者感知の魔道具が反応した。
外を確認に出ようと玄関まで行ったところで、ドアを叩く音がした。
こんなとこに来客だなんて誰だろう? 昨日のシャモアか?
不思議に思いながらドアを開けると
「来ちゃった☆」
すごく見知った顔がドアの前に立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます