第18話◆閑話:君のいない街

「は? 部屋を引き払った? それはいつの話だ?」

「そうさね、もう一月……うーんもうちょっと前かね? いい子だったから、ずっといて欲しかったんだけどねぇ……」

 そう言って頬に手を当て、首を傾けるのは、知り合いの若手の冒険者の男が常宿にしていた宿屋の女将だ。


 それなりに付き合いの長かったBランクの冒険者の男が、しばらく冒険者ギルドに姿を見せてない事に気付いたのは、つい最近の事だ。

 冒険者なので、長期間の依頼で拠点にしている町に帰って来ない事はよくあるのだが、その男を知ってる者に尋ねても誰も行方を知らないし、冒険者ギルドで依頼を受けて旅立った様子もなかった。

 もしやどこかで事故や事件に巻き込まれたのではと、その男の常宿を訪ねれば一月以上前に部屋を引き払ったという。


 奴の姿を最後に見たのは、十日間のダンジョンアタックを共にして、パーティーを解散した時だ。

 それが約一月半前になるので、あのダンジョンアタックの後すぐに、王都から姿を消した事になる。

 あの後、他の依頼で暫く王都から離れていたので、気づくのに時間がかかった。



 かれこれ五年以上、王都を拠点として活動していた奴が、周りに何も言わず突然姿を消した理由。

 最後にパーティーを組んだのは、時期的におそらく俺達のパーティーだ。

 あの時、もしくはあの後、奴が姿をくらます原因になるような事があったのだろうか。


 パーティーを解散した後に、正式にパーティーメンバーにならないかと誘った。

 Bランクながら、広い視野と柔軟な思考と戦闘スタイル、そして戦闘以外にも索敵やパーティーのコンディション管理なども器用にこなし、人当たりもよい優秀な若手冒険者で、今後も更にのびしろが期待が出来る男だった。


 ダンジョンアタックの折には、臨時でパーティーに入れた少年が当初は奴に反発があったようだが、本人も気にしてないようだし、最終的には懐かれていたようなので、気に掛けるだけにしていたが……やはり気にしていたのか!?

 それとも、パーティーの正式メンバーに誘ったのがめんどくさがられたのか? いや、これは以前から何度か勧誘してたよな? 全部断られてたけど!!! あれ? もしかしてウザがられた??? そんな風な感じしなかったけど? これでも空気は読める方だと自信はあったのだが……。確かに自由人な男だから、何度も勧誘したのはまずかったのかもしれない。

 いや、普段からパーティー組んだ時に、毎度毎度あれやこれやと、雑用丸投げして任せっぱなしだったのがまずかったか!?


 え? もしかして俺が原因だったりする???


「あの子いると食材融通してくれたり、食堂で出すメニュー一緒に考えてくれたりして、すごく助かってたんだけどねぇ。またそのうち戻ってこないかしら」

「お、おう、そうだな。グランならそのうちふらっと戻ってくるかもしれないな……!!」

 残念そうな表情で首をひねる宿屋の女将に、別れの挨拶をしてその場を後にする。



 この女将も然り、この町でグランに関わった者からの、グランの人気は高い。

 冒険者ギルドの連中なんか、グランの一介の冒険者とは思えない料理の腕前に、ほぼ餌付けされている。そして、グランが姿を見せなくなって、食事事情の悪くなった冒険者ギルドは葬式会場状態だ。

 その原因を作ったのが俺だとしたら……バレたら間違いなく干されるし、俺だってそろそろグランの飯食いたい。


 しかし、この状況は非常にまずい。 


 更に何がまずいって、自称"グランの親友"のアイツが、そろそろ長期の依頼から、王都に戻って来る。

 そいつが不在の間、時々グランの様子を見とくように言い渡されてたけど、結果はこの有様だ。


 グランは無自覚だが、希少性の高い有用なスキルを複数持っている。故にそれを利用しようと近づいてくる奴もいる。グランが冒険者になった頃からの付き合いで、事情を知っている俺や、自称親友のアイツがそれとなく周りを牽制していた。

 まぁ、冒険者になりたての頃と違ってグランも子供じゃないから、俺達がどうこうしなくても自衛には問題ないと思うのだが……。


 問題は自称親友のアイツの、グランに対する執着心だ。

 グランの行方がわからなくなったって知ったらどうなることか。もし、その原因が俺だったら……。

 あー……俺もちょっと行方くらまそうかなぁ……パーティーで長期遠征でも行ってこようかなぁ……めんどくさいんだよ、アイツ。


 よし! 逃げよう!! いや、逃げるんじゃない、ちょっと遠征だ!!! そういえば、王都から遠く離れた辺境伯領で新しくダンジョン見つかってたな!? 新しいダンジョンに稼ぎに行くのも悪くないな!? ついでにグラン探しもしよう!!!


 グランが行った先で、冒険者ギルドの依頼を受けているとしたら、冒険者ギルドの役員ならグランの行先を知る事は可能だろうが、個人情報だから、そちらから情報を得るのは無理だろう。



 そんな事を考えていると、背後から俺の名を呼ぶ声で足を止めた。


「やぁドリー、探したよ」


 それは、今、一番聞きたくない声だった。


 錆びついた重い扉を開けるような音がしそうなほどの、ゆっくりとした速度で声の主を振り返り返事をした。

「お、おう、帰って来てたのか」

「今朝戻って来て、ついさっき解放されたところだよ」

 百人中百人が確実に美形と言うだろうほどの、美丈夫魔導士が、満面の笑みをこちらに向けている。


 よくグランとつるんでいた、というかグランに執着している、自称グランの親友のAランクの魔導士。

 元はうちのパーティーのメンバーだが、最近は指名依頼を受けて長期で王都から離れる事が多くなり、一時的にパーティーを抜けていた。

 グランが行方不明にならなければ、帰還後はパーティーに復帰の予定だったが、この様子だとグランを見つけるまでは、そうはいかないだろう。 


「ところでグランは? ここに来る前に冒険者ギルドに寄ったら、最近見かけないって聞いたけど?」

 奴の笑みが更に深くなった。

「あぁ、うん。俺もつい最近まで王都離れてて、グランにはしばらく会ってない」

「へぇ? グランが最後にパーティー組んだのドリーんとこだったって聞いたけど? 何かあったの?」

 俺と同じAランクだが、俺より冒険者歴の短い魔導師の笑顔の威圧に気圧されそうになる。

「特にトラブルは無かったかな?」

「ふーん? パーティー組んだ時に無茶振りしたとか、無理にパーティー誘ったとかない???」

「あぁ、いつものようにポーター役と飯の世話は任せたけど、無茶振りはしてない。正式にパーティーに入らないか誘ってみたが、今回も断られた」

「なるほど、まぁいいや」

 笑顔の圧力が少し緩んでホッとする。

「グランの行先に心当たりあるのか?」

「全然? でもたぶんすぐ見つかるよ」

 ニッコリと邪悪ともいえる笑みが浮かぶ。

「そ、そうか……見つかったらよろしく伝えといてくれ」

「覚えてたらね。じゃあちょっとグラン探しに行ってくるね? パーティーに復帰はグラン見つかった後でいいよね?」

「あぁ、もちろんだ」

 疑問形だが、否定は許されないオーラが出まくっているし、俺もグランの行方は気になるところなので、今すぐ復帰しろなんて言えない。




「ふふ、俺がいない間にどっか行っちゃうなんて、グランはホントひどいなぁ……でも、逃がさないよ」



 去り際にそう呟いたのが聞こえた。

 グランもめんどくさい奴に好かれたな……と思いつつ、変につついて藪から蛇は出したくないので、ふわふわとした足取りで立ち去る奴の後姿を、黙って見送った。

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