第16話◆閑話:器の小さい男の実らない片思い

 僕の住むピエモンという田舎町にある、パッセロ商店という日用雑貨屋には、アリシアという名の美女がいる。店主パッセロの二人の娘のうちの姉の方だ。

 ピエモンの田舎町に置いておくのはもったいないような美人で、そして何より服の上からでもわかる、はちきれんばかりの豊満な胸がすばらしい。

 商業ギルドの職員の僕は、仕事でパッセロ商店を訪れる度にいつも思う。


 彼女のバストを……いや、彼女を僕のものにしたい。


 彼女は普段は店の経理を担当しており、店頭にはいつも両親と妹がおり、彼女はあまり店頭には出てこない。

 時折、事務手続きで父親と一緒に、商業ギルドを訪れた時に彼女と会話をする機会があるくらいだ。


 そこで僕は思いついた。

 父親が店に出れなくなれば、彼女が店に出るようになり、店を訪れれば彼女に会えるのでないかと。


 だから僕は、彼女の父親を商談と称し何度も食事に誘い、その度に遅効性の毒を盛った。

 毒と言っても致死性の物ではなく、血液の循環が悪くなり、貧血症状が出るだけの薬だ。蓄積型の毒なので、一度体内に蓄積されてしまえば、解毒ポーションを複数回飲まないと毒は消えない。

 魔法で治療しない限りは、毒という事もバレにくい。医者に診せても、田舎町の医者では、ただの重い貧血としか判断しないだろう。


 幸いな事に、ピエモンの町で唯一の薬師が店を閉じた為、現在ピエモンでポーションを扱う店は、他の町からポーションを仕入れているパッセロ商店だけになっている。

 そのせいでポーションの買い付けが間に合ってないようなので、そこに付け込んで仕入先の斡旋という話をすれば、アリシアの父のパッセロを食事に誘うことなど簡単だった。


 こうした僕の計画は実を結び、店主パッセロは病床に臥すことになり、母親はその看病に付きっ切りで、店はアリシアと妹のキルシェだけで回すようになっていた。


 見舞いという口実で少量の毒を含ませた、病人でも食べやすい食品を差し入れている。その足で店にも顔を出し、いたわる風をして、アリシアと話をするようになった。

 週に一度、妹のキルシェが他の町に仕入れに行くので、その時は店がアリシア一人になるので、手伝いと称して入り浸れる。


 そして、ポーションの仕入れ先を紹介するという名目で、遠くの町の大きな商会の商談に誘った。

 中々色よい返事は貰えないが、ピエモンの町のポーション不足で、仕入れが追いついてないので、粘ってるうちに首を縦に振ってくれるはずだ。


 冒険者ギルドが独自のルートでポーションを取り扱っているが、そのほとんどは冒険者に流れるので、冒険者ギルドから一般市場には流す事はあまりない。

 他の商店がポーションを扱うという話もあるが、商業ギルドからの仕入れ先の斡旋は、適当に話をうやむやにして先送りにしている。


 どうせ小さな町なので、ポーションが少々不足しても、そこまで大きな問題にはならないはずだ。

 僕の計画は完璧なはずだった。




 なのに、あのよくわからない男が現れてから、おかしなことになり始めた。




 ある日、開店前のパッセロ商会を訪れると、真っ赤な髪をした、やや細身ながら筋肉質な冒険者風の男がいた。

 腰に重そうな長剣を挿し、ベルトにはチャラチャラと、ポシェットや小刀や投擲用の武器が吊り下げられている。

 ライトアーマーを着こなすその男は、装備の上からでも鍛えられた体だということが窺がい知れた。

 そして、顔もいい。十人いたら九人は、イケメンと言うだろうと思われる、万人受けしそうな整った顔立ちをしていた。

 

 しかもその男、ただの冒険者かと思えば、新たなポーションの取引先だという。

 カウンターに並べられた大量のポーションが目に入ったので、その一つを秘かに鑑定してみれば、特上品質と見える。

 たまたまかと思い、他の物を鑑定してみるが、やはり特上品質だった。特上品質のポーションをこの数揃えられれば、ポーションの品不足はさしあたり解決するだろう。


 高品質のポーションを売ってもらえる事になったと、ニコニコと語るアリシアを見て大きなショックを受け、そしてアリシアと会話している間終始無言だったその男に、得体の知れない威圧感を感じ、そそくさと店から撤退することになった。


 上手くいきかけた矢先に突如現れた邪魔者にイラつくと同時に、会話を交わしたわけでもないのに、男としての完全敗北感に苛まれた。




 まさか、アリシアはああいう筋肉質な男が好きなのか!?

 確かにあの赤毛男、筋肉質ではあるが、それでいてすらりとした高身長で、冒険者独特のむさ苦しさはなかった。

 高身長で、顔も良くて、細マッチョってズルくないか!? 何か一つくらい、僕に分けて欲しい。


 細身とは言え、僕から見たらあんなゴリラみたいなマッチョマンに、正面からケンカ売って勝てるわけもない。どうしたものか。

 かと言って、僕も細身で筋肉質な細マッチョ系男子を目指そう……というのは、小柄な自分には無理な話だ。

 ちなみに、ゴリラとは童話によく出て来る、筋肉の塊のようなマッチョな、筋肉を司る妖精だ。


 いや、待て。アリシアが強くて逞しい男が好きなのなら、そういう男を演じればいいのだ。




 ピエモンの町では毎月五の付く日に、"五日市"と呼ばれるバザーが開催される。この日は町の外から行商人もやって来るので、人の出入りも多い。

 五日市のある日は、アリシアの妹キルシェが五日市には毎回市場調査に行っているのと、あの赤毛細マッチョゴリラ野郎――グランという名前らしい――は五日市に売り手として参加してるという事は調査済みだ。

 つまり、この日は店にアリシア一人だけだ。



 僕は兼ねてからの計画を実行する事にした。



 簡単な計画だ。

 五日市の日は、ピエモン以外から来たよそ者が多くいる。

 ピエモンの住人ではない破落戸を金で雇い、アリシアしかいないパッセロ商店で悪い客を演じてもらう。アリシアが困っているところに僕が助けに入って、かっこよくて頼りになるところを見せる。

 もちろん、その悪い客は僕が金で雇った連中なので、僕が現れたところで適当に退散してもらう。完璧な計画だ。


 店の正面から見えない位置に身を潜め、店内から雇った男の声が聞こえて来るのを待った。

 あらかじめ打ち合わせて、タイミングを見計らって男が外に聞こえるほどの声で怒鳴り散らし、それを合図にそこで僕が助けに入るという手筈だ。


 しかし、店の横の路地に隠れている僕の耳に入ったのは、アリシアの悲鳴だった。予定とは違うが、たぶん男達がやりすぎたのだろう。

 アリシアを助けるべく僕は路地から店の前へと飛び出した。



「アリシアさん! 大丈夫ですか!? ってうわあああああああああああああ!!」



 しかし路地から飛び出した目の前にあった、皮が剥がされ剥き身となりながら、まだ原型を留めてる巨大な動物の肉の塊に驚き、悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。


 ちょっと、漏れた気がする。


 あれ? あの肉の塊、今朝職場で同じような肉を見た気がする。

 魔物の肉を丸々一匹、バザーのくじ引きの目玉賞品にするとか何とかと、バザーの担当者が言ってた気がする。

 解体費用と運送料を、当選者負担にすれば、収支はトントンむしろプラスになるとか何とか、セコイことを言ってたのを覚えている。



「あら、ロベルトさん? 大丈夫ですか?」

 アリシアのおっとりとした声に顔を上げると、目の前にはあの赤毛ゴリラが、巨大な牛らしき動物の肉の塊を担いで立っていた。

 どう考えても普通の人間が担げる大きさではない物を、その男は軽々と担いでいた。

 やっぱりあの肉見覚えあるけど……まさか……ね?


「ち、近くを通り掛かったら、アリシアさんの悲鳴が聞こえたので……」

 驚きと恐怖で、呼吸困難になりそうになりながら、息も絶え絶えで答えた。

「それは失礼いたしました。グランさんが担いでる牛を見てびっくりして声を上げてしまいました」

「は、はぁ、そうでしたか……強盗とかではなかったんですね……」

「えぇ、強盗がどうかしたんですか?」

 周りを見回すと、僕が雇った男達の姿は見えない。


「い、いえ、今日は五日市で町の外から来てる人もいるので、商業ギルドとしても見回りをしてたのですよ」

 不自然にならないように答えて立ち上がった。

「それはご苦労さまです」

「今なら、強盗入られてもグランさんがやっつけてくれそう」

「ん? 申し訳ないが、対人はあんまり得意じゃないんだ。せいぜい、訓練されてない盗賊数人程度くらいにしか、対応出来ないと思う」

 巨大な肉の塊を担いだまま、コテンと首を傾げる男に戦慄する。何なんだこのゴリラ。


「ははははは……それは頼もしいですね。それでは私は見回りに戻りますね」

 内股は湿って気持ち悪いし、このとんでも筋肉男から一刻も早く離れたいし、僕は走ってその場を離れた。






 くそ! くそ! くそ! なんで!! 僕の方が先にアリシアを好きになったのに!!!

 後から出て来て何なんだあの男! ちょっと顔が良くて、ちょっと筋肉質で、ちょっと特上ポーション作れるだけじゃないか!!

 絶対に! ぜええええええったいにアリシアは渡さないよ!!!


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