第15話◆肉の焼き方は宗教戦争

「すっごい!そんなすいすい解体できちゃうなんて!」

 俺がブラックバッファローを解体する作業を、キルシェが目を丸くして覗き込んでいる。血も内臓も抜いてあるとは言え、結構グロいと思うのだが、まったく動じないのがさすが商人といったところか。



 解体して、肉を部位ごとに分けていく。

 "ランプ"と"イチボ"と"タン"は俺が貰う。骨と尻尾もいらないと言われたのでありがたく頂くことにした。

 解体と運び賃に、ちゃっかりおいしい部位を指定したのだ。内臓が抜かれているので、ホルモン系がないのが残念だ。


「ほえええええー。舌とか尻尾とかも食べれるんですか? 骨も何か素材になるんですか?」

「舌は歯ごたえが独特で、あっさりしてて煮ても焼いてもおいしいぞ。尻尾は煮込んでスープに、骨は煮込んだ汁をスープに使うと美味しいし、調合素材にもなるし、魔力付与にも使えるんだ」

「へー、グランさん料理も詳しいんですね」

「冒険者だから野宿も多いし、食べれる物なら魔物でも何でも食べないといけない時もあるし、その場で食用にすることも多いから自然と覚えるんだよ」

 前世の知識も多少はあるが、冒険者として生活してるうちに、色々と出来るようになった事は多い。そして、魔物の肉は美味い物が多い。


「部位ごとに分けておいたよ」

「うわーすっごい量」

「そりゃ、小さい個体とは言え、ブラックバッファローまるまる一匹だからな」

「この量になると、保存にも困るなぁ……傷む前に食べるか、売るかしないと」

「燻製にすると日持ちするし、酒のつまみにも、冒険者の保存食にも需要あるぞ」

「なるほど、そうすることにします。ところでグランさん、よかったら夕飯うちでどうですか? せっかくお肉もいっぱいあるので、ついでにそのまま泊って貰っても」

「そういうことなら、お邪魔しようかな」

「やった! ステーキにしましょう! ステーキに!」

「それなら、この部位だな」

 前足の付け根と首の中間辺りの肉を指差した。

「この辺の部位は、牛があまり動かさない部分の肉で柔らかく、一頭から取れる量もすごく少ない。そうだ、さっきバザーで買った調味料を使おう」

「あの黒い液体ですか?」

「そうそう、スライスしたニンニクと一緒に焼くと美味いんだ。キッチン貸してくれたら俺が焼くよ?」

「いいのですか? お願いします!」

「もちろん」


 前世の習慣なのか食には少し拘りがある、せっかく懐かしい調味料も手に入れて肉もあるので、自ら料理することは何ら抵抗はない。




 ジュワアアアアアアアアアアッ!


 しっかりと熱したフライパンにバターを落とすと、溶けたところから泡が立った。

 弱火にして焦がさないようにバターを溶かしたら、スライスしたニンニクを入れる。

 ニンニクに火が通って来ると、バターとニンニクの混ざり合った香りがキッチンに広がって、空腹感を煽られる。

 そして、このバターとスライスニンニクを、一旦フライパンから別の容器へと移す。


 空いたフライパンは洗わないで、そのまま肉を焼くのに使う。

 分厚く切ったブラックバッファローの肉を包丁の背で軽く叩いて、何ヶ所か切込みを入れておく。

 焼く直前に塩と胡椒を両面に振りかけ、熱いままの先ほどのフライパンの上に乗せ、強火で綺麗に焼き色が付いて肉汁が出るくらい焼き、裏返して再び同じように表面に焼き色が付く程度に焼く。

 その後、火を弱火にして、もうしばらく焼く。俺は、弱火にした後の焼きの時間で、肉の焼き加減を調整している。

 焼き加減の好みは人それぞれだが、俺はレアからミディアムレアくらいが好きだ。


 最後に、先ほどのバターとニンニクをフライパンに戻し、バザーで買ったショウユを足して、弱火のまま煮るようにさっと絡めると完成だ。

 熱した鉄皿があればよかったのだが、そんな物はないので、普通の陶器の白い皿に焼き上がった肉を乗せた。


 キルシェが用意した、スープとサラダと一緒にテーブルに並べて、食事の準備は完了。





「ふああああああああ……お肉柔らかいいいいいーーー! そして、香りも味も香ばしいーーー!!」

「ブラックバッファローの肉って、こんなに柔らかいのですね。もっと筋張ってて、硬いものだと思ってました」

 キルシェとアリシアにはとても喜んでもらえたようだ。

 肉の焼き方や焼き加減は、奥が深いし、人によって拘り方も違う。拘れば、肉の焼き方で宗教戦争が始まっても、おかしくないほどだと思っている。

 プロの料理人には遠く及ばないが、俺の焼いた肉が二人の口に合ってよかった。



「父さんが元気だったら、父さんにも食べさせてあげたかったなー」

 キルシェがポツリと漏らした。


 キルシェ達の母のマリンさんにはステーキを用意したのだが、父のパッセロさんは体調を崩して臥せっており、消化の良い物しか喉を通らないということで、ステーキは無理だった。

 うーん、昨日拾ったユニコーンの角がかなり万能な薬の素材になるけど、ユニコーンの角はかなり上位の素材だから、俺には扱える自信ないんだよなぁ。


「それにしてもこの黒い調味料、ショウユでしたっけ? 独特の匂いだと思ってたけど、火を通すとすごく食欲をそそる、香りになるんですね。ニンニクとすごくよく合います」

「そうそう、わりと何にでもあう万能調味料なんだ。遠い国の物らしくて中々売ってなくてね」

「作り方とか材料はわからないんですか?」

「うーん、知ってる事は知ってるけど、すごく手間かかって難しいから、作れる気がしないんだよなぁ……それに、材料になる豆も、見かけた事がないんだよなぁ」

「そうですか。これが出回ると料理に革命起こりそうなのに」

 どうやらキルシェはショウユが気に入ったようだ。


「商人仲間とか商業ギルドにも聞いて探してみようかなー」

「王都にいた頃に、商業ギルドと冒険者ギルドに頼んで探してもらった事あるんだけど、その時は全く見つからなかったんだよね。今日はホント偶然、というか運がよかったのかも」

「東の方で作ってるんですよね」

「っぽいな。とはいえシランドル王国の東の端の方っていったら、ここから山越えしてシランドル横断しないといけないから、片道一ヵ月はかかるだろうなぁ。さらにその先にどこかの国からの輸入品って話だし、探しに行くと相当長旅になるな」

「ふえええー長期間グランさんいないと、またポーション不足になってしまう」

「行くとしても、当分先かな。家も買ったばっかりだし、しばらくのんびりしたいし」

「よかったー。ショウユは気になるけど、グランさんがいなくなると、またポーションの仕入れ先を探さないといけなくなっちゃいます」


 醤油が見つかったのは、予想外だったんだよなぁ。冒険者として各地を放浪してた時は、全くみつからなかったのに。

 探しに行きたいのはやまやまだけど、遠すぎなんだよなぁ。シランドルの商人とどうにか繋がりが持てたらもしかしたら……。もしくは、遠距離の転移魔法が使える魔導士を頼るか。


 ふと、王都にいた頃の冒険者仲間の魔導士の顔を思い出した。


 アイツだけは……ないな。



 うん、この話はまた今度考えよう。




 食事のあとは、キルシェとアリシアに、ソロバンの使い方を教えて、その後風呂を貰って休んだ。





 翌朝、朝食をご馳走になったお礼に開店作業を手伝ってから、パッセロ商店を後にして自宅へと帰った。

 キルシェとアリシアに、荷物が軽くなる指輪とソロバンを作る約束をしたので、次のポーションの納品の時に一緒に持って行けるように用意しておかないといけない。


 店の開店作業が力仕事が多いので、女性二人だと辛いだろうから指輪に一緒に身体強化をつけて、ついでに守りの効果もつけてみるかー。

 そうそう、もしもの時の為に護身用にちょっとした威嚇程度の反撃効果も、付けておいてもいいかもしれない。


 アクセサリーに付ける付加効果考えるのはとても楽しい。

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