第14話◆ただより高いもの

「グランさんこっちです」

 キルシェの後について食べ物の屋台が並ぶエリアにやって来た。


 昼がサンドイッチだけだったせいで、それなりに腹も減っていたので、キルシェに勧められた物をガッツリと買った。約束通りキルシェには奢りだ。キルシェと並んでベンチに座って、買って来た串焼きを頬張った。


「そういえば、さっき串焼き買った店で、こんなの貰ったんだけど?」

 ピラリと一枚の紙をキルシェに見せる。

「あー、それは商業ギルドが出店してるお店で買い物すると貰えるくじ引き券ですねー。僕もさっきお昼ご飯食べた時に貰いました。食べ終わったら、くじ引きやりに行きましょうか」

「そうしよう」


「それにしても、いっぱい食べるんですねぇ」

 何本も串焼きを手にして、口に運んでいる俺を見て、キルシェが目を丸くしている。

「これでも冒険者だからな、体が資本なんだ。それに、昼飯がサンドイッチだけだったからな、腹が減ってるんだ」

「いっぱい食べれると、食べたい物あれもこれも食べれて羨ましいかも」

 確かに、屋台で売ってる串焼きはボリュームがあるので女性だと二、三本で満足して、種類多く食べるのはきつそうだ。

「まだ、手つけてない奴あるけど、少しずつ食べるかい? 残った奴は俺食うから、それなら色々食べれるだろう?」

「……え? だだだだ大丈夫!! 自分の分だけで、おなかいっぱいなったので!! それにグランさんお腹空いてるんでしょ? 僕を気にせず食べてください」

「そうか? もっと早く分けて食べればいいって気づけば、キルシェも色々食べれたのにな」

「いえいえいえいえいえ、また次の五日市で食べますから」


 そんな他愛のない話をしながら、屋台で買った串焼きを全て食べ終わって、くじ引き会場へ向かった。




 バザーも終盤に近付いており、くじ引きの会場には景品は、ほとんど残っていなかった。

「まだ、特賞は残ってますね」

「いや、あれはちょっと……」

 確かに特賞は残っていたが……。



 ぶらーん。


 と、保冷効果のある魔道具に吊るされているのは、二メートルを超える魔物の肉の塊。

 血抜きと内臓を処理がされ毛皮が剥がされた、ブラックバッファローと呼ばれる水牛の魔物が、特賞としてくじ引き会場のド真ん中に吊るされていた。

 ブラックバッファローは成獣になると、雄の大きな個体で五メートルを超えるので、ここにあるのは幼獣の物だろう。

 いや、でもこれは当たっても困るのではないだろうか。血抜きと内臓の処理はされてるとは言え解体するのも手間がかかる。というか、原型を留めてる状態で皮が剝がされてるので、なかなかグロい。


「どうせ特賞なんて当たらないから」

 フラグではない。


 確かにフラグなんてなかった。

 俺はくじ引きの箱から白い玉を引いて、無事に粗品のお菓子を貰った。



「あ……」

 くじ引きの箱から手を引き抜いたキルシェの手には、金色の玉が握られていた。


「おーめでとうーーーござーーいまーす!!!!」


 カランカランカランカランカラン!!!!!!!


「大当たりーー!! 特賞のブラックバッファローの肉一頭分でーーーすーーーー!!!」


 くじ引き会場の役員の男性が、カランカランと大きなベルを派手にならすと、まわりから「おおーーーーーッ!」と声が上がった。

「え……あの……これどうしたら……?」

「いや、俺に聞かれても……当たったのはキルシェだから」


「これ、家まで運んでもらえるんですかね? っていうか解体とかは?」

「運送、解体は合わせて、大銀貨三枚で承りまーす!」

 役員の男性がニコニコと笑顔で答えた。


 結構いい値段だ。


「えぇ~、高くないですか?」

「自力で持って帰ればお金かかりませんよ?」

 商業ギルドの役員は、張り付けたような胡散臭い笑顔だ。


 もしかして運賃と解体料で、景品代補うつもりなのでは!?

 たしかブラックバッファローは、冒険者ギルドに持ち込むと、成獣で大銀貨五枚~金貨一枚だ。幼獣で小さい事と食用処理で毛皮がはがされて、内臓が抜かれるのでその部分の値段を考えると、大銀貨三枚くらいの価値だと思われる。


「解体はやろうと思えば自分でも……いや、でもこれだけ大きいとうちの馬で引けるかな……」

 キルシェがブツブツと考え込んでる。

「もうすぐ閉場なので、それまでに取りに来られなければ、当選は無効になりますよー」

「運賃かかって解体の手間まであるなら、別になんの得も……」


 なるほど、そういうことか。

 高い運賃と解体料を吹っ掛けることで、特賞がこの時間まで残ってたのか。運賃と解体料払わせれば、トントンになるし。屋台のおまけで配ってたくじとはいえ、なんかセコい。


「キルシェ。持って帰るなら、俺が担いで店まで持って行こう」


「「エッ????」」


 キルシェとくじ引き会場の役員の声がハモった。

「ついでに解体もするぞ」

「え? そんなグランさんの手煩わせてまで欲しい物でもないし」

「もちろんただとは言わない。腰からケツの辺りの肉と舌が欲しい」


 なんとなく、くじ引きの仕組みが気に入らなかったので、役員の男の思惑通りになりたくなかった。ついでに、前世の記憶に残っている、お気に入りだった牛肉の部位を貰えるなら、まあ多少の力仕事も悪くない。


「じゃあ、そのブラックバッファロー降ろしていいかな?」

「担いで行くって、人間が持ち上げれる重さじゃないですよ!!」

 役員の男が慌ててるのを見てほくそ笑む。

「鍛えてるので問題ない」

 身体強化のスキルを発動して、吊るされてるブラックバッファローを降ろして、肩の上に乗せて担ぎ上げた。


「じゃあ、キルシェ。店まで送って行くよ」

「あ、はい。よ、よろしくお願いします」


 固まってるくじ引き会場の役員の男を尻目に、キルシェと並んで彼女の家へ向かって歩き始めた。







「あの……めちゃくちゃ目立ってるんですが……」

「そりゃあな」


 帰り道、巨大なブラックバッファローを担いで歩く俺とキルシェは、町の人々の視線に晒されていた。

 収納のスキルはレアすぎて人前であまり使いたくないし、マジックバッグも結構な希少品なので、このサイズがしまえるマジックバッグを持っていることを、商業ギルドの連中には知られたくないので、担ぐという選択をした。


 収納スキルにしろ大容量のマジックバッグにしろ、商人にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。大容量の収納スキルなんて持っている事を知られると、囲い込みと勧誘が非常にめんどくさくなるし、下手したら貴族にまで絡まれる。

 マジックバッグに至っては、力尽くで奪おうとする輩もいるので、あまり他人に知られたくない。

 収納スキルのカモフラージュの為にマジックバッグを使っているが、あまり大きな物を出し入れするところを見られないように気を使っている。


「それにしても『ただより高いものはない』とはよく言ったもんですね」

「まったくだ。そのわりにはガバガバだったがな。身体強化のスキル持ちか、大きめのマジックバッグがあれば持ち帰れるからな」

「ピエモンみたいな田舎に、大容量のマジックバッグ持ってる一般人なんてまずいませんよ。冒険者の人達だって高ランクの人なんて、たまたま通り掛かった人くらいしかいないから、ブラックバッファローを軽々と持ち上げるような、身体強化持ちなんて滅多にいませんよ」

「そういえば冒険者ギルドでも、高ランクがいなくて依頼滞ってるって言ってたな」

「でしょうね。あまり強い魔物が近くにいないってだけで、たまに近くで強い魔物が出たって話も聞きますからね」

「そういう時はどうしてるんだ?」

「領主様が騎士団を派遣してくれるのを待つか、大きな町の冒険者ギルドに依頼するとかですね。幸い、僕が生まれてからは、大きな被害があるような魔物が出たって話はないみたいですが」

「大きな森が近くにあるし、そこが緩衝地帯になって、強い魔物が人里まで来ないのかもしれないな。森があれば、そこには野生動物もいるから食糧にも困らないしな。魔物も馬鹿じゃないから、むやみに人間に手を出せば、しっぺ返しくらうと知っているからな」



 とりとめのない話をしているうちに、キルシェの家ことパッセロ商店が見えるとこまで来た。

「あれ?お客さんかな?」

 店の入り口付近に大柄な男が三人立ち止まってる。


「こんにちは~。うちのお店に御用でしたら、どうぞ中に入ってくださ~い」

 キルシェが男たちに声を掛けると、男たちがこちらを振り返ってその一人と目が合った、というかガン見された。

 そら、こんなデカイ物担いでたらなー。営業の邪魔しない場所に降ろさせて貰って、解体してしまおう。


「キルシェ、これどこに置けばいい? こんなん持ってここいると邪魔になりそうだから、邪魔にならない場所で解体しとくよ」

「あ、じゃあ裏庭に案内します」

「えっと、お店の人?」

 キルシェにブラックバッファローを降ろす場所を聞いていると、男の一人がキルシェに声を掛けた。

「はい、ちょっと荷物置いて来るので、御用でしたら中入っててください。たぶん姉が店番してると思うので」

「あ、あぁ……こちらの御仁は?」

「あ、こちらは色々お世話になってる冒険者の方で、よくしてもらってるんです」

「そ、そうか」

「すまない、ちょっと急用を思い出したから俺帰るわ」

 男の一人が足早に去って行った。

「んと……あ、財布忘れた! また来ることにする!」

「え? ちょ? じゃ、そういうことで!」

 残った二人も続けざまに走り去って行った。


「もしかして俺、営業妨害した?」

「いえ、そんな事はないと……何だったんでしょう?」


 男たちが去って行った方を見ながら、キルシェと二人首を傾げた。


 その時、カランカランとドアベルの音がして中からアリシアが出て来た。

「あら、キルシェお帰りなさい。五日市どうだった? まぁ、グランさんもご一緒……きゃあああああああああああ!!」

 ブラックバッファローを担いでいたので、アリシアを驚かせてしまったようだ。

 ブラックバッファローの顔怖いもんな。

 毛皮も剥がされて結構グロいから、女性には厳しいビジュアルだよな。悪い事した。


「驚かせてすまない。キルシェがバザーのくじ引きで、ブラックバッファローの肉まるごと一頭分当てたから、運んで来たんだ」

「グランさんすごいよね。こんなでっかいの持ち上げちゃうんだもん」

「えぇ……そうね、びっくりしました」

 アリシアがドン引きしたような表情で、グロい肉の塊を直視しないように視線を彷徨わせている。

 ほんと、すまんかった。



「アリシアさん! 大丈夫ですか!? ってうわあああああああああああああ!!」

 突然、建物の陰から飛び出して来た見覚えのある男が、こちらを見て叫び声をあげて尻もちをついた。

「あら、ロベルトさん? 大丈夫ですか?」

 あぁ、商業ギルドの人か。

「ち、近くを通り掛かったら、アリシアさんの悲鳴が聞こえたので……」

「それは失礼いたしました。グランさんが担いでる牛を見てびっくりして声を上げてしまいました」

「は、はぁ、そうでしたか……強盗とかではなかったんですね……」

「えぇ。強盗がどうかしたんですか?」

「い、いえ、今日は五日市で町の外から来てる人もいるので、商業ギルドとしても見回りをしてたのですよ」

「それはご苦労さまです」

「今なら、強盗入られてもグランさんがやっつけてくれそう」

「ん? 申し訳ないが、対人はあんまり得意じゃないんだ。せいぜい、訓練されてない盗賊数人程度くらいにしか、対応出来ないと思う」

 キルシェの言葉に、ブラックバッファローを担いだまま首を傾げる。

「ははははは……それは頼もしいですね。それでは私は見回りに戻りますね」

 そう言ってロベルトは小走りで去って行った。


「商業ギルドも大変だなー。見回りなんて、低ランクの冒険者に任せればいいのに」

「そうですねー、わざわざ五日市で忙しい日に、商業ギルドが見回りに人員割くなんて、珍しい事もあるものです。あ、荷物持たせっぱなしですみません、すぐ裏庭案内しますね」

「ああ、頼む」


 クジ引き会場の商業ギルドのやり口はセコイと思ったけど、こうやって真面目に町の見回りをしてる職員もいるんだな、と感心しつつ、キルシェに案内されて、パッセロ商店の裏庭に向かった。

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