第13話◆五日市

 ピエモンの町で毎月"五"の付く日に行われるバザー"五日市"。

 今日はその五日市の日だ。


 この世界の一年は前世と同じ十二ヵ月に分かれていて、ひと月が三十日なので一年は三六〇日。一週間は六日なのでひと月は丁度五週間になる。


 今日は五日市で露店を出す為に朝からピエモンに来ている。申し込んだ時に貰った参加証を、現場を仕切ってる商業ギルドの役員に見せて、割り当てられた自分のスペースに行く。


 自分のスペースに着いたら、地面に厚手の布を敷いて商品を並べて、空き箱を椅子代わりにして腰を掛けた。商品が細かいアクセサリーばかりなので目立たないな。しかも並べただけだと効果もさっぱりわからない、どうしたものか。

 というか値札とか用意してなかった! そして、前世も今世も商売なんてやった事ないからどうやって売り込めばいいのかわからない!


 王都にいた頃にも何度かバザーで露店をした事があったが、王都は人も多いし知り合いもいた。王都のバザーで露店をすると、だいたい知り合いがやって来て、買って行ってくれていた。

 全く知らない場所のバザーで露店をするのは、今回が初めてだ。ものすごいアウェイ感あって心細い!!



 わかる、チラ見はしてもらえるけど、チラ見されるだけ! 売れない! 商売って難しい!!



 結局、午前中は何も売れないまま昼を過ぎて腹が減ってきたので、作って来たサンドイッチをマジックバッグから取り出して食べ始めたちょうどその時

「あ、グランさん! こんにちはー!」

 聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「五日市でお店出してたんですねー」

「やあ、キルシェ」

 手を振りながら近づいて来たキルシェに、手を上げて答えた。


「これ、グランさんが作ったんですか?」

 キルシェが商品を覗き込みながら言った。

「あぁ、付加効果も付いてるけど、どうにも需要と合わないようでな」

「グランさんアクセサリーも作れて付加効果まで付けれたんですか……。見た目も女性が好きそうなデザインだし、付加効果付きなら売れそうなのになー。どんな効果でいくらなんですか?」

「この辺の指輪とイヤリングは、気休め程度で疲れにくくなる身体強化と属性耐性アップが付いて銀貨一枚だ。こっちの辺は、荷物が軽くなる効果が付いた指輪とか聴力アップのイヤリングとかで大銀貨一枚だ」

 値段設定はよくある銀製のアクセサリーと同じくらいで、少し大きめの魔石を使っているものはその分だけ高めの値段設定にしていた。


「え? ちょ? そんな効果付いてるんですか!? で、この値段!? それもっとアピールしましょうよ!? というかちょっと安すぎ!!」

「や、そう言われてもな、まず手に取って貰えないというか、何というかこう声掛けたりとかどうも苦手で」

「なるほど、そういうことなら……」

 キルシェが口の端を上げてニヤリと笑った。


「僕を売り子として雇いませんか? これから三時間ほど銀貨三枚で! 僕が売ってみせましょう! むしろ売れ残ったら全部買い上げてうちの店で売ってもいいくらいです」

「なんだって……!? それならお願いしようかな」

 全く人が来なくて午前中だけですでに気が滅入っていたので、キルシェの提案は渡りに舟だった。しかも、売れ残ったら買い上げてもいいなんて。


「じゃあまず、値段と性能分かるようにしないと、それと安すぎな物は少し値段上げましょう」

「十分この値段で利益あるし、今までずっと売れなかったのに、値上げしたらもっと売れないのでは!?」

「いいえ、ちゃんと性能が伝われば売れるはずです。それに物の価値に対して正しい値段を付けるのは、その物の価値に、そして作り手に対する評価と敬意なのです。売るために安くすればいい、というわけではないのですよ」

 いつになく強い口調で、キルシェが拳を握りなら熱弁する。


「商売の事に疎いからよくわからないのだが、材料費だけではなく、その物の価値に対して値段を付けろと言うことか?」

「そうそう、価値があれば需要も上がり高くても売れるし、価値がなければ需要がなくて、値段も下がるんです。価値のある物に材料費だけ見て、見合った値段を付けないのは、その物とそれを作った人に対する冒涜だと僕は思うのです」

 キルシェの気迫がすごい。Bランクの冒険者の俺が気圧されている。


「では、さっそくやりますか!」

 キルシェはポケットから紙とペンを取り出し、商品を鑑定してこちらに性能の確認をしながら、サラサラと値段と説明を書いていく。そして紙を器用に折り曲げて商品の側にわかりやすく置いた。

 キルシェが設定した値段は俺が提示したものより高めなので、普通のアクセサリーの相場より高い。

 キルシェは自信満々だが、材料費も安いし、細工もほぼ素人みたいなもんだし、付加効果も簡単なものなので、やはり高めだと売れないのではと不安になってくる。


 不安な思いと同時に、キルシェの商人としての仕事ぶりにも興味があった。
















 二時間後、売り物が無くなった俺達は露店の後片付けをしていた。

「ふっふっふっ、やっぱり全部売れちゃいましたね! 僕の目に狂いはなかった!」

 キルシェがドヤ顔で胸を張っていて、何だか可愛い。

「さすがだな、助かったよ、ありがとう。俺だけだときっと売れなかったよ」


 あれほど見向きもされなかった俺の露店が、キルシェに売り子を任せてから二時間足らずで売る物が無くなってしまった。

 本業の商人の売り子に少しは期待していたが、こうもあっさりと売り切ってしまうとは思わなかった。


「いえいえ、お客さんに商品の性能さえ伝われば、買って貰える物ばかりだったから」

 その、伝える事ができなくて午前中ずっと、閑古鳥が鳴きまくってたわけだが。


 人と話すのは苦手ではないが、得意というわけでもないし、こちらから積極的にいく方でもない。

 見知らぬ人が一瞬足を止めた隙に声を掛けて、売り込みをするというのは俺には少しハードルが高かったようだ。


 通りかかって足を止めて商品を見る人に迷いなく声を掛けて、見事に売り込んでいくキルシェの姿はさすが商人と言った感じだった。

 小さな町の地元商店の娘だけあって、キルシェの顔見知りも通りかかる事が多く、それも流れるような会話で捕まえていた。商人としての知識や経験もあるのだろうが、本人の人当たりの良さも、商人としての資質を大きく底上げしてるのだろう。


 今回はキルシェに頼る事になったが、次回は自力で売れるように頑張ろうとこっそりと決意した。


「ところでグランさん、売り物にあった荷物が軽くなる指輪って、また作れたりしますか?」

「あぁ、魔法銀と土の魔石しか使ってないから、いつでも作れるよ」

「もしよかったら、二つほど売って欲しいです」

「わかった、次回のポーション納品の時までに作って一緒に渡すよ。だいたいのサイズはわかるかな?」

「はい、僕とねーちゃんのなので。父さんがお店出れないので、どうしても男手がなくて力仕事もやらないといけないので、荷物が軽くなるなら楽になるかなって思って」

「なるほど。それじゃあ、身体強化も同時に付与しておこうか?」

「お願いします! それとグランさんさえよければ、アクセサリーをうちのお店で売りませんか? 前に委託販売したいと言ってましたよね?うちとしては委託じゃなくて買い上げでもいいです」

「うーん……そうだなぁ……、魅力的な話だけど、アクセサリーはしばらく五日市の露店でやろうかな」

 今日の午前中のリベンジをしたい。キルシェの売り方を見れたので、次回は自力で売ってみたいと思った。


「そうですか、それなら仕方ないですね」

「そうだ、今日手伝ってくれたお礼に何か奢ろう」

「え? いいんですか? じゃあお言葉にあまえて!」

「俺はピエモンの町に詳しくないから、キルシェの好きなとこで頼む」

「そういうことなら、まだバザーやってるのでバザー見て回りながら、食べ物区画でおいしそうな物探しましょう」








「へー、ずいぶんいろんな物売ってるんだなぁ」

「ですです、バザーの日は他の町からも行商来ますからね。掘り出し物も結構あるんですよ」

「掘り出し物!」


 というわけで、キルシェに案内してもらい、バザーを見て回っている。

 掘り出し物探しは前世でも好きだった記憶が残っている。もちろん今でも好きだ。

 バザーももう終盤になっているが、まだ何か掘り出し物が残っているかもしれない、そう思うと急に楽しくなってきた。


「そういえば、今日は店の方はいいのか?」

「はい、五日市みたいな大きいバザーのある日は、お客さんも少ないので、お店はねーちゃんに任せてます。それにこういう市を見て回るのも仕事のうちなんで」




 ぶらぶらとキルシェと共にバザーの露店を見て回る。

 特にこれと言った掘り出し物は見つけられないが、日ごろ見慣れない物も並んでいるので見ているだけでも楽しい。やっぱり、そうそう掘り出し物なんてないなと思い始めた頃……。



「これは……」


 様々な異国の物を置いている露店にそれはあった。

 今世ではなく、前世の記憶に残っている懐かしさを感じる商品が並べられた露店を見つけて、その露店を思わず見入ってしまった。


 この国に住む者から見ると、異国の物にしか見えないそれらは、前世の記憶がある俺にはとても懐かしい物だった。


「どうだい兄さん? 遠い国の品だよ」

 いかにも旅の商人といった風の中年の男性が店主のようだ。


「これはどこの国の物だ?」

「ずーっと東の方にある国の物らしいが、俺も隣国の港町で仕入れただけだから、詳しい事はよくわからないんだ。めぼしい物は売れちまったんだが、まだ少しは珍しい物は残ってるよ」


 思わず手に取ったのは、横に長い木製の四角い枠の中に、複数の珠を串刺しにした細い木の棒が、等間隔に何列も並んではまっている品。

 細い木の棒に串刺しにされた珠は、上段に一個、下段に四個という風に区切られており、持ち上げれば串刺しにされた珠が動いて、ジャラジャラと音がする。


「ソロバンだ」

「兄さん、これを知ってるのかい?」

「ああ、本で読んだことあるんだ」

 前世の記憶とは言えないので、そこは適当なことを言って誤魔化しておく。

「楽器かと思って買ってみたけど、どうにも売れなくてなぁ。安くしとくからどうだい?」

「よし、買おう。それと、そっちの瓶に入ってる黒い液体も東の国の物かい?」


 この露店の隅っこに置かれている、黒い液体の入った瓶を指さした。


「そうだよ、これも売れ残りなんだけど、安くするからどうだい? 豆から作った調味料らしいけど、匂いが独特で売れなくてね」

「ちょっと、嗅いでみていいかな?」

「いいけど、結構臭いよ?」


 そう言って、店主が瓶の蓋を開けると、独特の臭いが瓶から漂い出して来た。

「それも、買おう。その黒い液体は、それだけしかないのか? あるなら、あるだけ欲しいのだが?」

「やー、これだけしかないんだ」

「そうか。この黒い液体は、東の方に行くと手にはいるのかな?」

「シランドル王国の東の方にあるオーバロって港町で、たまたま来てた遠くの島国の商人から買ったんだ」

 シランドルはこの国の東側にある隣国だ。

「なるほど、ありがとう。それと東の国の物で、麦に似てるけど、麦ではない穀物とかないかな?」

「穀物はないなぁ……オーバロまで行けばもしかしたらあるかもしれないが。そうだ、同じ商人から仕入れた酒ならあるぞ」

「何!? それは透明で匂いが結構きついやつか?」

「あぁ、そうだ。少し高いけどどうだい?」

 店主が取り出してきた酒は俺が予想していた物だった。

 おそらく、俺が欲しいと言った穀物から、作った酒だと思われることから、その穀物――"米"があるという事は、確実になった。

「よっし、これも買った!」

「まいど!」


 米が無かったのは残念だが、ソロバンと黒い液体こと「醤油」と米酒を購入して、代金に情報量分の色を付けてお金を渡すと、店主がオマケだと言ってでっかい種をくれた。ソロバンと醤油や酒を仕入れた商人から貰った物だそうだ。


【ショウユ】

レアリティ:E

品質:普通

原材料:ソジャ豆/小麦/塩/他

料理に用いる

穀物を原材料とした調味料

塩分多め


【ササ酒】

レアリティ:D

品質;普通

原材料:米/水

飲用、料理に用いる

米と綺麗な水から作られた醸造酒

酒精は強めで独特の臭いがある


 鑑定してみると、俺の前世の記憶にある物に間違いないようだった。

 聞いた事のない豆の名前が見えたので、これは前世の記憶にある、醤油の原料の"大豆"に近い豆なのだろう。

 酒の方も、米から作った酒を"ささ"と言うこともあった記憶があるので、おそらく間違いないだろう。

 それにしても、"ササ"という名前から、なんとなく俺と同じ世界を知ってる者の気配を感じないでもない。

 今世でも時折、前世の記憶を彷彿とさせる物に出会う事があるので、きっと俺と同じように、俺がいた世界の記憶がある者がいる、またはいたのだろうと思っている。


 それは置いといて、東の方に前世で暮らしていた国「ニホン」にあった食材に近い食材があるかもしれないということがわかった。

 今までも前世の記憶にある「ニホン」物を探した事はあったが、芳しい結果は得られなかった。ここに来てわずかながら情報を得る事が出来たので、少し遠出になりそうだが一度赴いてみたい。


 「ニホン」という国の住民はどこまでも食に貪欲だった。俺もまたその記憶が残っているので、やはり懐かしい味を求めてしまうのだ。

 もし俺と同じく「ニホン」の記憶を持ったまま、この世界で生きている者がいれば、いつか会うことがあるのだろうか?




 そんなことを考えて少しぼーっとしていたら、キルシェが先ほど買った物に興味を持っているようだった。

「グランさん、よかったらさっき買った物、何か教えて貰っていいですか?」

「ん? ソロバンとショウユか? あとササ酒か」

「はい、見た事ない物だったので、何に使うのかなって」

「なるほど、こっちの珠がジャラジャラ付いてるのは"ソロバン"って言って計算をする道具だ」

「へー、こんなので計算できるんですか?」

「ああ、単純なわりに桁数多い計算するのに便利だから使い方教えてもいいぞ。ソロバンは職人に頼めば作って貰えるかもしれない、ダメなら俺が作ってみよう」

「作るって……グランさん器用すぎでは……。計算楽になるなら、商人としてはぜひ覚えたいので、使い方教えて欲しいです」


 細かい作業になるけど、時間かければきっとソロバンを作れると思う。クリエイトロードさんと器用貧乏さんが、何とかしてくれると信じてる。


「で、こっちの黒い液体が"ショウユ"って言って豆を原料にした調味料だ。独特の臭いがあるけど美味い。それでこっちの酒は、コメと言う穀物から作った酒だ。酒精は強いがそのまま飲むだけじゃなく、料理にも使える」

「こんな真っ黒なのに美味しいんですね……っていうかグランさん物知りだなぁ」

「冒険者とかやってると色んなとこ行くからな」

「冒険者だからですか……色んなとこ行った事あるのは、うらやましいかも。僕は店の仕入れで近くの町に行く程度なので、いつか遠くの町にも行ってみたいですね。商人としても色々見てみたいな」

「じゃあ、その時は俺が護衛しようか」


「……え?」


「遠く行くなら、護衛は必須だろ? ここら辺はわりと安全だが場所によってはこないだみたいな魔物がゴロゴロいるからな。こう見えても一応冒険者だから俺が護ってやるよ」

「え!? え? は、はい! そ、その時はお願いします、あ、そういえばあっちに食べ物の屋台があります!行きましょう!」


 急に速足で歩き出したキルシェを慌てて追いかけた。なんだ、そんなおなか空いてたのか、買い物してる間待たせて悪かったなぁ。


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