第12話◆変態に掛ける慈悲はない
世の中には魔法が使える人と、魔法が使えない人がいる。
そして魔法が使えない人は、魔力があるのに魔法が使えない人と、魔力がほとんどないもしくは全くない人の二種類ある。
ちなみに俺は魔力があるが魔法が使えない系だ。
魔法とは、魔力を目に見える形に具現化したものだ。
魔法には魔導と魔術とあり、自分の魔力をイメージから直接具現化させ魔法を使うことを魔導といい、魔法陣や詠唱を使って魔力を具現化させる魔法を使うことを魔術という。
同じ魔法でも魔導として発動するより、魔術として発動したほうが魔力の消費は抑えられる。しかし、魔法陣や詠唱などの予備動作を必要とせず魔法を発動できる魔導は、魔術の上位互換というのが世間一般の認識だ。
ただし、己の魔力だけでは具現が難しい上位の魔法を、詠唱や魔法陣を併用して使うことは少なくない。
一般的に魔法とは魔導を指す事が多い。
しかし実際には少し違う。イメージと、魔力に余裕があれば、魔術の知識がなくても魔法は使える。逆に知識がなければ魔術で魔法は使えない。
この魔術というやつ、知識さえあれば、魔法が使えなくても魔力がある者なら一部扱う事ができる。そして、魔石を動力源に使えば、魔力がない者でも魔法と同等の効果を再現することが出来る。
魔力を蓄積できる素材に、魔法陣や文言を書き込み魔力を与える事で、その素材に相応の効果を与える事を付与という。
これらの技術で作られた道具は魔道具と呼ばれ、攻撃的な物から守りの要になる物、人々の生活にも関わる日用品まで幅広く存在している。
俺の場合、魔力はあるのだが、魔力を外部に具現化させる魔力回路がないらしい。
故に、魔術として魔法陣や詠唱を使っても、魔法として魔力を具現化することが出来ない。しかし、触れている物には魔力を流す事ができるので、魔力を使った付与や、物の加工、身体の強化などはできる。
俺の持ってるスキルにも魔力を消費する物が多いので、魔法が使えないからといって魔力があることが無駄なわけではない。
しかしその魔力を使うスキルも、俺自身もしくは俺の触れた物に対して発動するものばかりである。
俺のような魔力があっても、魔法を使えないという人は案外少ない。魔力を持つほとんどの者が、どんなに細くても魔力を具現化させる魔力回路を持っている。
その証拠に、"生活魔法"と呼ばれるわずかにしか魔力を消費しない簡単な魔法は、広く人々の間でも使われ生活に浸透している。
もちろん、俺はその生活魔法すら使えない。
前世の記憶を思い出して、自分のステータスが見れるようになった時に、自分の職業に"勇者"って見えた時は、きっと勇者しか使えないすごい魔法が使えるようになるんだって、ものすごく期待したよ!?
でも、いくら勉強して練習しても全然魔法が使えなくて、諦めつつも、もしかしたらってちょっと期待もしてた。
しかしその原因は魔力を具現化する回路がないからで、いくら練習しても魔法は使えるようにはならないって、知り合いの魔導士にハッキリ言われた時はちょっと、いや、すごく落ち込んでやさぐれもした。
まぁ、無いものは無いでいつまでもやさぐれてても仕方ない。
それに、付与を使って色々な物を作るのは、性に合って楽しいし、付与やスキルに魔力使いまくっても、そうそう枯渇することがないくらい魔力があるので、魔法に未練はあるけど今はそれでよしと思ってる。
「ふんふんふん~♪」
鼻歌を歌いながら、魔法銀と呼ばれる魔力を帯びた銀を、魔力を加えながらグネグネと変形させて指輪の形にして行く。そして、その土台が柔らかいうちに、細工用の針でささっと魔法陣を書き込んだ後小さな土の魔石をはめ込む。
「できた! 名付けて、重力の指輪!」
指輪が触れた物の重量を、ちょっとだけ軽くする効果のある指輪だ。
魔法銀の指輪に魔法陣を刻み、重力操作の効果を付与して、土の魔石がその動力源になっている。非力な女性向けのアクセサリーで、魔石が動力源なので魔力がなくても効果は発動する。
【シルバーリング】
レアリティ:E
品質:マスターグレード
素材:魔法銀/魔石(土)
状態:良好
耐久:14
魔石魔力:9/9
<付与効果>
重量軽減 Lv1
重量軽減効果が付与された魔法銀製の指輪。
鑑定してみると品質はマスターグレード──つまり高品質だ。
装備品のグレードはノーマルグレード、ハイグレード、マスターグレードと、品質によって分類されるのが一般的で、後者になるほど品質は高い。同じ素材の装備品でも、品質が高いほど性能は良くなり、高い付与効果を付けやすくなり、さらに耐久も高くなる。
"付与"とは魔力を蓄積できる素材で作った物に、後付けで効果を付ける事だ。
簡単な効果なら、付けたい効果に適応した素材に、効果をイメージしながら相性のいい属性の魔力を込めるだけでいい。どの程度の効果が付与が出来るかは、製作者の"付与"のスキルに依存する。
複雑な効果の付与や、制作者の技量を上回るような付与は、魔術のスキルで魔法陣やそれに類する文言を付与対象に刻む必要がある。
魔法陣や文言と併用することにより、付与の効率が上がり使用時の燃費も良くなるので、簡単な付与でも付与スキルだけで付与するよりも、魔術スキルと併用して付与するのが普通だ。
明日はピエモンで、五の付く日に開かれるバザー「五日市」の日だ。そして、今日は五日市に参加する為の売り物を作っている。
特殊な効果を付与したアクセサリー作りは、わりと好きなので楽しんで作業をしている。アクセサリーを作るのも楽しいし、あれこれ効果を付けるのも楽しい。たまにやりすぎて方向性が迷子になることもある。
ピエモンでどのような物に需要があるのか、いまいちわからないので、今回は様子見を兼ねて、思いついた物を作っている。
魔力を帯びた糸で織られた布に、氷属性で冷却効果を付与した「ひんやりハンカチ」
イヤリングに風属性の魔石を嵌め込んで、音の感知能力アップを付与した「聴力アップのイヤリング」
光属性の魔石をあしらって、幻惑効果を付与した肌がちょっとだけ白く見える「美白のサークレット」
などを始め、気休め程度の属性耐性や身体強化効果を付与したアクセサリーを、商品として用意した。
ピエモンのバザーは初めて参加するので、どれくらい売れるかもわからないのでそんなに数は作らない事にした。売れ残ったら、キルシェとアリシアにあげよう。
商品作りが一段落したところで昼食を簡単に済ませて、気分転換に午後は森へ散策へ行く事にした。
途中で休憩のとれる場所があれば、そこでおやつタイムを取るのも悪くないと、サンドイッチを作って収納空間に収めておいた。
自宅のすぐそばの森は、かなり広大だ。俺の家のある辺りは広大な森の入口付近である。
奥の方は、地元の住人も、冒険者もあまり踏み込まないようで、何があるかさっぱり情報がない。
昔は、うちよりも少し奥の辺りまで開拓され農場もあったらしいが、たいした産業もないピエモン周辺から景気のいい大きな町に引っ越す者が増え、町から離れた場所は高齢化が進み後を継ぐ者もおらず、一時は開拓されていた土地も人手不足で放置されて、再び森に飲まれてしまったらしい。
その証拠に森に入ってしばらく進むと、元は農場だったと思われる建物や柵の残骸が、木々に飲まれながらも点在している。
あまり強い魔物もおらず、冒険者としての稼ぎも微妙な場所ではあるが、植物系の素材は豊富だ。
高価な素材はないが、森の中で採取できる薬草の品質は、森の外のものより良い物が多い。ポーションには向かないが、薬の元になる薬草も多く生えているので、散策しながら摘んでおく。
時々現れる魔物や獣も倒して収納スキルで回収。収納空間に延々突っ込めるので、あっても困らない。
いつか何かで使うかもしれないから、とりあえず拾っておくに越したことはない。
片付けが出来ない人間の考え方なのは自覚はあるが、今は収める場所もあるしでついつい残しておいてしまう。まぁ、そのおかげで家の改装の素材には困らなかったので悪い事ではないと思っている。
森の奥へと進んでいると、急に森が開け小さな湖に出た。
そして、その湖のほとりで水を飲んでいる白馬が目に入る。
水辺にいる野生の白馬は、十中八九魔物である。
これ、冒険者の基本。
白馬がこちらの気配に気づいて顔を上げて目が合った。その額には1メートルほどの黒っぽい角が一本生えている。
ユニコーンという魔物だ。
見た目は美しい白馬のようだが、とんでもなく凶暴だ。そして馬の癖に、人型の種族の処女が好きだという性癖の持ち主だ。
処女には媚びるが、それ以外に対しては激しい敵意を剥き出しにして、長い角で串刺しにしようとしてくる。強い部類の魔物ではあるが、対処方法を知っていたら、あまり苦労もなく撃退できる種の魔物だ。
目の前にいるユニコーンも、例に漏れず敵意を剥き出しにして角を突き出して、こちらへ突進してきた。
腰に下げてた剣を抜き身体強化のスキルを発動して、突進をひょいっと横に避け、すれ違いざまに根本から角を切り落とした。
ユニコーンは額の角を失うと、再び角が生えてくるまでただの白馬になってしまう。
俺に角を切り落とされたユニコーンは、驚いた表情をした後、悲しそうな表情になり森の中へと逃げるように消えて行った。
魔物がいる森の中、目立つ白色のただの馬として頑張って生き延びてくれ。
それにしても、あまり強い魔物がいない森だと思っていたがユニコーンなんか棲んでいたのか。切り落とされて地面に転がっているユニコーンの角を回収して鑑定をする。
【ユニコーンの角】
レアリティ:S+
品質:特上
属性:聖/闇
効果:精神防御S/状態異常回復S+/浄化S+
調合、細工、付与等に用いる
高い状態異常耐性と浄化作用を持つ素材
ユニコーンの角は、高位の状態回復のポーションの材料や万能薬の材料にもなるし、特殊効果を付与した装備に加工することもできるとても優秀で高額で取引される素材である。
品質も特上だしちょっと近所を散策のつもりが運がいい。ホクホクした気分で、回収したユニコーンの角を収納の中に放り込んだ。
お高い素材も手に入って、ちょっと景色もいい場所なので、ここらでおやつ休憩にしよう。保温効果のある水筒を取り出して、コップに紅茶を入れて、手ごろな石の上に腰を下ろし、収納空間から昼に作ったサンドイッチを取り出した。
さて、食べよう……としたところで間近に気配を感じて横を向くと真っ白い大きなカモシカのような生き物が、俺の真横に座っていた。
「ふおっ!?」
めちゃめちゃびっくりした!!
てか、こんな間近に接近されるまで全く気配に気づかなかった!? 攻撃されなかったから良かったものの、おやつの準備に夢中でこんな大きな生き物が真横にくるまで気づかないなど、冒険者としてまだまだ未熟だということか。
黒くて長い立派な角を持った真っ白い大きなカモシカは、何をするでもなく真横に座っている。足を折って座り込んでいるのに目線は、石の上に座ってる俺と同じくらいの高さである。デカイ、おそらく獣ではなく魔物なのだろうが、敵意はなさそうに感じる。
そして、その至近距離で見られると非常に食べにくい。
「食うか?」
サンドイッチをカモシカの前に差し出した。ちなみにサンドイッチの中身は、レタスと鹿肉で作ったハムである。
共食いに近いような気もするが、そのカモシカは気にする様子もなくサンドイッチにパクりとかぶりつき、もしゃもしゃと満足気に食べ始めた上に、食べ終わると催促するように鼻を鳴らした。
仕方なく残りのサンドイッチも渡すと嬉しそうにたいらげた。
くっそ、俺のおやつが。
サンドイッチをカモシカに取られてしまったので、収納空間から安い板チョコレートを取り出してかじり始めた。ついでに、収納空間から深めの皿とミルクを取り出してカモシカの前においてやる。
余談だがこの世界のチョコレートは前世のチョコレートに比べて酸味が強く舌触りも悪い。つまるとこ、製造過程の技術が前世に比べて圧倒的に低いということだ。
その上、砂糖が割高の為、平民向けの菓子は砂糖控えめである為に、チョコレートもあまり甘くない。しかし、チョコレートの原材料であるこの世界のカカオは、気付け作用が強い為チョコレートは冒険者の携帯食として好まれる。
カモシカがミルクをたいらげた後、チョコレートに興味を示したので仕方なしに残ってるチョコレートを渡した。食い意地はりすぎだろ。前世の記憶で、修学旅行先にいた観光客慣れしまくった、図々しい鹿を思い出した。
というか動物にチョコレートはダメな気がするけど、魔物だからセーフなのか??? いや魔物じゃなくても、野生動物に餌付けしたらだめだよな!? くそ! つぶらな瞳で、こっちを見るんじゃねえ!!
野生動物にはエサをやらない方がよかったのかもしれないが、こうも近くで催促されるとついあげてしまう。なんだかんだで、前世では動物好きだったのが今でも時折出て来る。
「もう、ないぞ」
そう言って、残った紅茶をすすっていると、カモシカが立ち上がり頭を地面に何度かこすりつけた。
ポロン。
カモシカの頭に生えていた二本の黒い立派な角が根元から折れて地面に転がった。
「え? ちょ? お前、角折れて大丈夫なのか?ポーション使うか?」
びっくりして思わずマジックパッグからポーションを取り出そうとした。
魔物のいる森の中で生きている以上、これだけ大きければこいつ自身も魔物だと思うが、カモシカにとって角は重要な武器のはずだ。
それを失うと、生存率も変わってくるだろう。
え? さっきのユニコーン? 先に攻撃してきたのは奴だから知らん。ついでに処女好きとかいう、変態ロリコンエロオヤジみたいな性癖だし、情けはない。
ポーションを使おうとしたら、白いカモシカはぶるんぶるんと頭をふって、短く鳴いた。するとカモシカの角のあったあたりが、ポワァっと白く光り、立派な角がニョキっと生えて来た。
そして、カモシカはもう一度短く鳴いて、折れた角を残してそのまま森の方へと去って行った。
「なんだったんだ、あのカモシカ。森の主か何かか?」
カモシカの残した二本の角を拾い上げ鑑定スキルを使ってみる。
【羚羊(シャモア)の角】
レアリティ:S
品質:上
属性:聖/土/水/光
効果:毒耐性S/麻痺耐性S/浄化/土・水・光耐性
調合、細工、付与等に用いる
高い浄化作用と土、水、光耐性を持つシャモアの角。毒と麻痺にも耐性がある。
カモシカかと思ったらシャモアだった。えらく立派な角を置いて行ったけど……やはり森の主かなんかだったのだろうか。
羚羊系の魔物は角は優秀なポーション素材になる。おやつのお礼かな? 有り難く頂いておこう。
ちょっと散策のつもりが、優秀な素材が立て続けに手に入ったし、薬草や食材も確保できたので大満足だ。
おやつタイムを終えた俺は、今日はここで自宅へと引き返すことにした。
結構広い森だし、奥の方にはもしかすると強い魔物もいるかもしれないので、そのうち泊りがけでもっと奥まで探索してみよう。
もしかすると何か珍しい素材に出会えるかもしれない。
すこし、わくわくした思いを残しながら帰路に就いた。
さて、明日はバザー初参加だ、こちらも楽しみだ。
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