第8話◆パッセロ商店

「俺はグラン、冒険者だ」

 出会ったばかりの、馬車の持ち主の少年に、簡単に自己紹介をした。

 冒険者と言ってしまったが、ここ一ヵ月以上冒険者ギルドの依頼を、全くこなしてないので、無職みたいなもんだけど。


「冒険者さんでしたか、なるほど、だからあんなでっかい魔物も倒しちゃえるんですね」

 キルシェと名乗った小柄な黒髪短髪の少年と、馬車の御者台に並んで座り、彼の両親が経営しているという店へと向かっている。


「冒険者さんって事は、どこかの宿に泊まってる感じですか?」

「いや、町の近くの森の中に家がある」

「え? 森の中? 森の中って魔物や獣がいっぱいいるのに!?」

「いっぱいかどうかわからないないが、多少はいるけどそんな強い奴はいないし、一応魔物避けの柵もあるから普通に住めるよ」

「そうなんですか、ポーションの材料も森で?」

「そうだな。ところでさっき言ってた商売の話ってポーション?」


 商業ギルドに登録して、何かしら商売をしようかと思っていたところなので、実のところキルシェの言っていた商売の話は少し興味がある。ピエモンでは人との繋がりが全くないので、商人と縁が出来るのは悪い事ではない。


「はい。ピエモンでずっと薬屋やってたお婆さんがもう歳で、つい最近お店畳んでしまって……それで他に薬屋がなくて、今、ピエモンはポーションが不足気味なんですよ。急遽うちで、隣の町からポーション仕入れて取り扱うようになったのですけど、輸送の手間もあって割高になるし、供給できる数も多くなくて困ってるんです」

「なるほど、それで俺からポーションを仕入れたいと?」

「できればそうさせて貰えるとたすかります。でも冒険者さんならそっちがメインだと難しいですか?」

「うーん、条件次第かな?」


 低レベルのポーションなら、家の周りに生えてる薬草で行けるし、高レベルのポーションで薬調合のスキルを育ててみるのも、おもしろそうだから、条件が良ければポーション作りするのもよさそうだ。

「ホントですか!? あ、お店にそろそろ着きます! 続きはお店で」













 キルシェの両親が経営してるという店は、ピエモンの町では比較的大きな店構えで、地元住民向けの日用品を、主に取り扱う店のようだった。


『パッセロ商店』


 という看板が軒先にぶら下がっていた。

 日も落ちて辺りは暗くなり、人通りもまばらになっており、店は閉店準備をしているようだった。




「ただいまー」


 カランカランと、ドアベルを鳴らしながら、キルシェが店のドアを開けた。


「おかえりなさい、キルシェ。遅かったわね」

 中から若い女性の声が聞こえた。


「帰る途中で魔物が街道にいたんだ」

「えぇ? そんな……怪我はなかったの? 大丈夫?」

「うん。たまたま通りかかった冒険者のグランさんに、助けてもらってなんとか帰って来れたんだ。お礼しようと思って、お店まで来てもらったんだ。グランさん、僕のねーちゃんのアリシアです」


 店の中から、長い黒髪がゆるくウェーブした、ナイスバディで優しそうな顔の、めちゃくちゃ美人な女性が出て来た。

 優しそうな鳶色のタレ目に、ぷっくりとしたツヤツヤの唇、そして色気を倍増させる艶黒子、そしてなんだそのけしからんバストは!


 つまり、大人の色気出しまくりの、ダイナマイトボディの美人である。


「はじめまして、キルシェの姉のアリシアです。妹を助けて頂いたみたいでありがとうございます」

 黒髪巨乳美人のアリシアが頭を下げると、ぽよんと揺れる胸に目がいく。俺がスケベなのではなく、これは男の本能だ。


「いえ、たまたま通りかかって魔物がいたから倒しただけなので……って、え? 妹?」

 今妹って言ったよな?


「街道沿いが安全だって言っても、女一人は危ないから、仕入れに出る時は男っぽい恰好してるんです」

 キルシェが苦笑いしながら頭を掻いた。


「グランさん中で待ってて貰っていいですか? 急いで荷物降ろしてくるよ。ねーちゃん、グランさん応接室で待ってもらってて、出来ればとーちゃんにも聞いてもらいたい話あるんだけど」

「お父さんはまだ具合悪くて起きれそうにないから、もう店じまいだし私が一緒にお話を聞くわ」

「うん、わかった。じゃあ荷物降ろしてお店閉めるから、グランさんとねーちゃんは先に応接室で待ってて」

「荷物降ろすのなら手伝うよ、女性一人で降ろすのは時間かかるだろう」


 決して、美人なアリシアの前で、いい恰好をしたかったわけではない。女の子一人に力仕事させるのは、紳士としてよろしくないと思っただけだ。決して巨乳美人の前でいい恰好をしたかったわけではない。


「じゃ、じゃあお願いします!」





 馬車から荷物を降ろして店の中に運ぶ作業など、身体強化のスキルがあれば楽なもんである。荷物を降ろし終えて店を閉め、キルシェに案内された応接室に行くと、アリシアが紅茶を用意して待っていた。


「すみません、お店の事なのに手伝っていただいて」

「いえ、冒険者なので力仕事には自信があるので」


 別にデレデレなんてしていない。男が力仕事をするのは当たり前だ。


 案内された部屋で、キルシェと向かい合ってソファーに腰を掛け、キルシェの隣にアリシアが座る。

「改めて、グランさん、今日は助けて頂いてありがとうございました」

 キルシェが丁寧に頭を下げ、一緒にアリシアさんも頭を下げる。


「妹が大変お世話になりました」

「それで、お礼の件なんですけど、金銭かもしくはお店の商品で何か気に入った物があればと」

 とキルシェに言われたものの、特にお金が欲しいとか、欲しい物とかもすぐに思いつかなくて困る。


 こういう時は素直に金銭を貰うのが無難なのだろうが、相手が商人――しかも見た感じ、この町では結構大きい店のようなので、コネクションに利用させてもらうほうがいいのではなかろうか。


「そうだな……俺はまだこっちに越してきて日が浅い、何かしら商売でもしようと思って商業ギルドに登録はしてるのだが、まだ何をするかまでは決めてないんだ」


 何か職人みたいな事したいなとは思っていたのだが、こっち来てから身の回りの整理ばかりしていて、その先を何も考えてなかったので、はっきりと何をするかまで思い至ってなかった。


「バザーで露店でもしようかと思っていたのだが、よければこちらの店の一角を貸してもらって、委託販売というのは出来ないだろうか? もちろん場所代は払う。そうだ、さっき話してたポーションでもいい」

「えぇ? むしろポーションはこっちがお願いしたいくらいで、委託ではなくて買い上げで、まとめて卸して欲しいくらいなんですけど」

「それでもかまわないよ。じゃあポーションは買い上げて貰う事にして、他に何かある時に、場所を借りて委託販売お願いするという事でいいかな」

「えぇ、むしろそれだけでいいんですか?」

「あぁ、商売なんてこれまでやった事がなかったからな。露店をやりつつ模索しようと思っていたところなんだ。冒険者と兼業のつもりだったから、軒先でも借りれるなら有り難いかなと」

「そういうことなら!」


「グランさんはポーションが作れるんですか?」

 キルシェの横で話を聞いていたアリシアさんに訊ねられた。


「ハイポーションくらいまでならいけるかな。エクストラポーションは作れなくもないが、材料が厳しいしスキル的に品質も低くなりそうなので、それならハイポーションの高品質の方がコスパが良く安定して供給できると思う」

「ハハハハハイポーションまで作れるんですか!? 薬師じゃなくてグランさん冒険者ですよね?」

 アリシアの声が裏返った。


「冒険者やってるとポーション代もバカにならないので、材料があれば自分で作ったりもするんだ」

 そのせいで勝手にスキルが上がるので、冒険者の中には本業薬師もびっくりなくらい、薬調合のスキルが高い者もいる。


「これが自作のポーションになるけど、鑑定スキルがあるなら鑑定してみてくれ。品質は悪くないはずだ」

 ポーチの中から、ポーションを数種類取り出してテーブルに並べた。


「鑑定スキルなら、私もキルシェもありますので、早速鑑定させていただきますね」


 さすが商人、鑑定スキルは普通に持っているようだ。


「ヒーリングポーションにヒーリングハイポーション、マナポーション、解毒ポーション、疲労回復に麻痺回復……どれも高品質ですね……」

「これだけ作れるなら、うちの町にいた薬屋の婆さんよりすごいっていうか、隣の町で仕入れてくるのより品質が高い」

アリシアとキルシェが顔を見合わせる。


「「うちと正式に取引してください!!」」


二人の声がハモった。


「材料の供給次第なとこもあるから、あまり大量には無理だが可能な限りで」

「強い魔物も少ない地域ですし、人口もそんな多くない町で冒険者の方も多くないので、大量ってほど需要はないですよ。普段はハイポーションより普通のポーションの方が需要多いくらいです。あとは、高齢の方が多いので疲労回復のポーションや滋養強壮の薬、蛇や虫の毒が解毒できる下級の解毒ポーション等が需要多いんです」


 アリシアがとても眩しい笑顔を向けてくる。


「キルシェ、契約書取ってきて」

「はい」


「それでは、細かい数字詰めて行きましょうか?」

 アリシアの目がキラリと光った気がする、これは商人の顔だ。



 アリシアは、お店の看板娘的なおっとり系巨乳おねーさんだと思ってたのだが、商売の話になると、前世の記憶にあるとこの、バリバリのキャリアウーマン系だった。ビシッとしたスーツのタイトスカートに、ハイヒールとか似合いそう。

 そのハイヒールに踏まれたいとかなんて事は、決して思ってないよ!!


 そんな煩悩にまみれた想像をしているうちに、ニッコリとした一見優しい笑顔でさくさくと話を進められ、気づけばがっつりと詰められた契約書が出来上がっていた。



「すっかり遅くなってしまいましたね。ご自宅は町の外なんでしたっけ。でしたら今日はうちに泊まって行ってくださいな。もちろん、夕食も用意しますのでご一緒にいかがですか?」

 笑顔に勝てなくてあっさり承諾してしまった。おそるべし、巨乳美人。




 夕食の席で、キルシェとアリシアが、彼女達の両親とその店――パッセロ商店について話してくれた。


 パッセロ商店の店主ことキルシェ達の父親のパッセロは、少し前から体調を崩して倒れ、寝込んでいるらしい。母親もその看病に手を取られ、今のところ店はキルシェとアリシアで何とか回しているそうだ。商品の仕入れも元は父親がやっていたが、父が倒れてからはキルシェがやっているということだ。


 キルシェ達の母親が、夕食前に一度顔を出しに来たが、その表情は看病疲れからか憔悴しきっていた。医者に見せても、原因がよくわからないそうだ。


 病の類は、ポーションや回復魔法で治療できないので医者に頼るしかない。

 しかし、前世の世界ほど医療技術が発展してなく、医者の数の少ないこの世界では、平民は技術の高い医者にかかる機会が少なく、原因が突き止められず治療が難航することが多い。


 上位の鑑定スキルの中には、そういった病を解析できるものもあるが、かなりのレアスキルだ。

 俺の使える"鑑定"もそうだが、キルシェやアリシアの"鑑定"も"生命活動をしていない物が対象の初歩的な鑑定とのことなので、自我のある生き物には効果がない。

 俺にはどうすることも出来ないので、はやい回復を祈るしかない。




 そんな話を聞いた翌朝、キルシェの店で売っていた調合用の大型鍋とすり鉢とポーション用の小瓶を購入して、帰路に就いた。


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