第7話◆怪獣対決

 なんだ、あれは?


 街道のど真ん中で砂埃を上げて絡み合ってる、二匹の巨大な生物を目視した。近づくにつれ、それが巨大な猪と蛇だとわかる。


「グレートボアとロックパイソンか」


 二匹の巨獣はどうやら戦いの真っ最中のようだ。

 魔物同士が縄張り争いで戦うというのはよくあることだ。おそらく近くの森にいたのが、戦ってるうちに街道まで移動して来てしまったのだろう。


 とは言えこんなところで、戦われては通行の邪魔だ。どちらも魔物素材としての価値もあるし、肉は食用にもなるので、ここは漁夫らせて頂くことにしよう。


 グレートボアは約三メートル弱、ロックパイソンは全長七メートルくらいはありそうだ。


 ロックパイソンは長い体でグレートボアを絞め上げようとしているが、グレートボアはその巨体と怪力で、巻き付こうとしているロックパイソンを引きずりながら、勢いをつけて付近の岩や木に体当たりしている。


 このまま戦い続けられると、グレートボアの毛皮やロックパイソンの皮といった外皮素材が、傷ついて価値が下がってしまうのでさっさと倒してしまおう。グレートボアもロックパイソンもCランク程度の魔物なのであまり強くない。


 剣を抜いて身体強化のスキルを発動し、二匹の魔物が戦っているところに乱入した。

 勢いをつけて高く飛び上がり、ロックパイソンの首を狙って体重をのせ剣を振り下ろす。その名の通り、岩のように固いロックパイソンの表皮を、容易く切り裂いてスッパリとその首を切り落とした。

 さすが、硬さと切れ味に定評のある、アダマンタイトの剣だ。


 今まで体に巻き付いてたロックパイソンから解放されたグレートボアが、乱入者である俺の方に意識を向ける前に、スッパリとグレートボアの首もはねた。何が起こったのか理解できないような表情のまま、グレートボアの首が地面に転がった。


 剣を軽く振るって、刃についた血液を振るい落とし、布を取り出して汚れを拭って鞘へと収めた。

 そして、地面に転がっているロックパイソンとグレートボアの死体を、収納スキルで回収したところで、街道の脇で道から外れ脱輪して傾いている幌付きの馬車に気付いた。


 あちゃー、誰か戦ってたのか? 収納スキルを使うところを見られたかもしれない。まぁ、ちょっとでっかいマジックバッグと言ってごまかそう。

 それより、誰か先に戦ってた人がいたとなると、こっちが横殴りしたことになるからめんどくさいな?


 周りを見渡すが、ぱっと見人影はない。

 道から外れ、段差に車輪がはまって傾いた幌馬車と、足を怪我して動けない様子の馬が路肩で立ち往生してるだけだ。


 馬車は魔物二匹の戦いに巻き込まれたようだ。

 倒れた馬車から投げ出されたのか、それとも逃げたのか。ロックパイソンに丸のみされた可能性もないとは言えない。

 とりあえず馬車の持ち主を探すことにした。


 町の外で、魔物や野盗に襲われ運悪く全滅した現場を発見した際、そこに残されてる遺品は発見者が回収して、自分の物にして問題ないとされている。

 野盗に襲われた場合、価値のある物はほぼ残ってない事が多い上に、持ち主を探して返却するのも手間がかかるからである。


 ただ、町に近い場合は身元が判明する可能性も高く、後のトラブルを回避する為に、町を警備してる騎士団や冒険者ギルドに届けて、可能なら遺族に引き渡すこともある。その場合、あらぬ疑いを掛けられる事例もあり、どちらにせよ面倒である。

 面倒さを感じながらも、馬車の持ち主が生きているなら、この状況で放置していくのも、後ろ髪引かれるので馬車の周りを探してみる事にした。


 幸い御者らしき人物は、すぐに見つかった。

 道から外れ傾いた馬車の御者台から投げ出されたのか、道から外れた草むらの中に小柄な少年が倒れていた。

 気を失っているが、生きている。顔と腕に擦り傷や、地面に落ちた時出来たと思われる打ち身の痣は見えるが、特に大きな外傷もないようだ。

 抱き上げて、馬車の近くまで運んで、収納からマントを取り出して地面に敷いて、その上に寝かせた。


 荷台の荷物を見た感じ、商人だろうか。脱輪して傾いた衝撃で荷崩れを起こして、荷台の中に荷物が散乱しており、破損している物もある。


 時間は夕刻近くなので、このままここにいたら日が暮れてしまう。とりあえず、足を怪我している馬のところに行き、馬を落ち着かせながら、いったん馬を馬車から外し、傷口にポーションをかけた。

 賢い馬で助かった。馬は手当されてるのがわかるのか大人しくされるがままになっている。

 収納から桶と水の魔石を取り出して、桶の中に水の魔石で水を注ぎ、それに体力を回復するポーションを加えて馬に与えた。


 馬が水を飲んでいる間に、脱輪して傾いてる馬車を、身体強化のスキルを使って持ち上げて道に戻した。道端に寝かせていた御者らしき少年を馬車の荷台に乗せ、馬を馬車につなぎなおす。脱輪していた馬車の車輪も、特に壊れてる様子もなく普通に走れそうだ。


 他に、近くに人がいないか探してみたがいないようだ。少年はまだ目を覚まさない。太陽は西の山にかかり、空はオレンジ色になり始めている。


 どうしたものか。


 商人のようなので、商業ギルドに連れていけば、このまま目を覚まさなくても、身元はわかるかもしれない。日暮れまでには家に帰りたかったけど仕方ないな。


「お前、馬車を引けるか?」

 別に返事を期待したわけでもないが、馬に話かけるとブルルンと元気よく首を振った。どうやら、馬車を引いてくれるようだ。


 御者台に座って手綱を握り馬車でピエモンの町へと引き返し、町の入口に近づいた頃、荷馬車から甲高い声が聞こえて来た。

「うわああああああああああ!!」


 馬車を道の端に寄せて止めて、御者台から中を覗くと、少年が目を覚ましていた。

「お、起きたか?」


「うわあああああ!! 商品があああああ!! え? ていうか誰? そういえばでっかい魔物が!」

「おちつけ、魔物は倒した。荷物は馬車が傾いて荷崩れしていた。とりあえず陽が暮れそうなのでピエモンの町に向かっている。あと、俺は通りすがりのただの人だ」

「え? あ? 通りすがりのただの人…? ってあのでっかい魔物倒したの!?」

「ああ、グレートボアもロックパイソンもデカイだけでそう強くない魔物だからな、ところでとりあえずピエモンに向かってるが問題ないか?」

「あ、はい。ピエモンの町に帰る途中だったので。えっと、助けてくれた? んですよね?」

「あぁ、ちょうど通りかかったからな」

「ありがとうございます! ……っ、あいたたたたたたっ!」

 少年が立ち上がろうとして、膝を曲げて悲鳴を上げた。


「馬車が傾いて、投げ出されたようだったから、その時に怪我したのだろう。ヒーリングポーションだ、使うといい」

 ポーチからポーションを取り出して少年に渡した。

「えぇ? ポーション? あ、ありがとうございます」


 ポーションとは、魔力が含まれ即効性のある、魔法薬の事を指し、多くの種類がある。飲むタイプが主流だが外傷には直接かけても効果は出る。

 傷を回復する物、魔力を回復する物、体力を回復する物、毒消しや麻痺回復などの治療用から、衝撃を加えると爆発する物や強く発光する物、煙を出す物のような攻撃的な物まで多くの種類がある。


 高価な物になると重傷に値する負傷も治すことができ、世の中にはエリクサーと呼ばれる、欠損クラスの負傷すら治せるというポーションもあるらしい。

 ポーションの効果は、素材と合成する時に込める魔力、そして製作者のスキルによって品質に差があり、効果が高い物ほど値段も高くなる。


「動けそうか?」

「はい、すみません、すっかりお世話になってしまって」

 ポーションを飲んで回復した少年が、立ち上がってペコリと頭を下げた。


「僕、キルシェって言います。ピエモンの町で両親の店を手伝ってます。お礼がしたいので、このままお店まで一緒に来て貰えませんか? ポーションのお代も払いたいので」

「たいした事してないからお礼なんていらないよ。ポーションも家の周りに生えてる薬草で作ったやつだし」

「え? ポーション作れるんですか? っていうか家の周りに生えてる薬草!?」

うちの周りの森、薬草豊富なんだよねぇ……ポーション作り放題。


「ああ、うん。初歩的なポーションなら作れるよ」

「あの! やっぱりこのままお店に来て下さい! お礼もしたいし、商売の話もしたいです!お願いします!」


 その後も、子供とは思えないものすごい迫力で迫られ、結局根負けしてキルシェの両親が営んでいるという店まで行く事になった。



 空の色は夕暮れ色から夜の色にグラデーションを始めていた。



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