第2話◆思い立ったが吉日
ダンジョンは基本的に奥に行くほど、出現する魔物は強くなる。
このパーティーでダンジョンに入ってから、今日で十日目――つまり帰還予定の日だ。
ダンジョンには、そのダンジョンを管理する国もしくは領主、冒険者ギルドが、きりのよい階層ごとに帰還用の魔法陣を設置している。
今日の狩りを終えたらその帰還用の魔法陣で、ダンジョンから引き上げる予定だ。
そして今、今日最後の戦闘になると思われる、大型の魔物とその取り巻きとの戦いの真っ最中だ。
ゴーゴンという鉄の牛の魔物の群れが、この階層のボス的存在のようだ。
その中でもひときわ大きな図体に、立派な角を生やした雄の個体が、この群れのボスだと思われる。
鉄の牛と言っても、鉄なのは表皮部分だけで、中身は普通に牛肉である。ちなみに少し歯ごたえのある食感だが、脂身が多くてわりと美味しい。
高熱の蒸気ブレスや石化効果のあるブレスを、口から吐き出して来る事もあるが、石化ブレスは一度当たったくらいでは、皮膚がパリパリと固くなる程度で、放っておいても自然治癒するのであまり脅威ではない。
だが石化ガスを吸い込んでしまうと、気管や肺はダメージを受けるので、気を付けなければいけない。また、何度も重ねて当たってしまうと、その部分は石になってしまう。そうなると、石化回復効果のあるポーションか、治癒魔法でないと治せないので、少々厄介になって来る。
どちらかというと、石化ガスより高熱蒸気のブレスの方が脅威で、無防備な状態で喰らうと重度の火傷を負う事になる。
ゴーゴンの群れは二十頭ほどで、数が多く死角からブレスや突進が脅威だ。
乱戦になると危険なので、タンク役の鈍器使い君がボスを一人で相手して隔離しているうちに、他のメンバーで先に取り巻きのゴーゴンを倒しきって、最後にボスを倒すという戦法だ。
今回は俺も戦闘要員として、取り巻きのゴーゴンの殲滅に参加しているのだが、他のメンバーがほぼ一撃で一頭を仕留めるのに対して、俺は二発かかる。
鉄の部分が表皮だけとは言え硬いのだ。
その為、先に足を折り、鉄に覆われてない腹の部分から心臓を突き刺してとどめを刺している。これを複数のゴーゴンの攻撃を躱しながらとなると、時間がかかってしまう。だが、討ち漏らしはしたくないので、この戦法になる。
こういう場面だと、自分に火力特化のスキルがないのが悔しい。
「グラン! 数が減ってきたから回収にまわっていいぞ!」
取り巻きがほとんどいなくなったあたりで、リーダーが俺に指示を出す。
俺と言えば、ゴーゴンの突進やらブレスをヒィヒィ言いながら躱して、漸く三頭目にとどめを刺したとこだった。周りを見るともうわずかしか取り巻きのゴーゴンは残っていなかった。
うん、これ俺が殲滅遅い分だよな?
俺は、火力要員でパーティーに呼ばれているわけではないとわかってても、へこむし申し訳ない気持ちになる。
「了解!」
返事をしたちょうどその時、片手剣使いの少年君の剣が、ゴーゴンの鉄の表皮に弾かれて折れるのが見えた。
咄嗟に、強酸の液体が入った瓶を取り出して、そのゴーゴンの顔面に向けて投げつける。そしてゴーゴンが怯んだ隙に、自分の使っていた剣を少年に向かって放った。
「俺はもう回収に回るから、その剣使え!」
アダマンタイト製の剣なので魔法とは相性は悪いが、鉄よりも遥かに硬いのでゴーゴンの装甲に負ける事はないはずだ。
「助かる!」
少し躊躇したものの少年は、俺の剣を振るって、目の前のゴーゴンの首をすっぱりと斬り落とした。
同じ武器でも、俺だとあんな綺麗に斬り落とせないんだよなぁ、へこむー!
剣を渡してしまったし、回収に回っていいとのことなので、得物をアダマンタイト製の解体用の短刀に替えて、転がっているゴーゴンから素材を回収する作業に入った。
取り巻きのゴーゴンは全て殲滅され、少し離れたところでパーティーのメンバー達が、ボスのゴーゴンと戦っている。決着がつくまでそう時間はかからないだろう。
戦力外の自分に少し複雑な気持ちになりながら、俺はいつものように黙々と素材を回収した。
十日間のダンジョン引きこもり生活を終え、拠点である王都の冒険者ギルドに帰還後、今回の稼ぎを分配して解散になったのは、陽も沈みかけ、空が茜色になった頃だった。
さすが、ダンジョン慣れしているAランクのパーティーだけあって、稼ぎも相当な物で分配にも時間を食われた。
メンバーに合わせた役割分担を振り分け、無理なく効率よく稼ぐパーティーだったおかげで、まるで自分が機械の歯車の一つになったように、自分に割り当てられた仕事を淡々とこなす十日間だった。
パーティーメンバーの特徴を把握して、適材適所で役割を振り分け、効率的にメンバーを使える優秀なパーティーリーダーの見事な手腕だ。
効率良すぎて、完全に脳死作業状態で、気が緩みそうになるのが、怖いくらいの十日間だった。
自分の仕事だけしていればいい、というのは楽だけど、これに慣れたら怖いな。そんな、感覚を覚えた。
彼のパーティーに参加した時は毎回こんな感じだ。強いのは俺じゃなくて、他のメンバー。勘違いしないように、と強く思う。
「グランさん!」
冒険者ギルドの建物を出た所で、パーティーを組んでいた片手剣使いの少年に声を掛けられた。
「色々失礼な事言ってすみませんでした! そして、ありがとうございました」
ガバっと目の前で頭下げられる。
「お、おう?」
何か言われたっけ?
「俺もはやくグランさんと同じBランクになれるようがんばります!」
「おう、無理はするなよ? 優先することは命大事にだ」
「はい! 後、ご飯美味しかったです! また機会あったらパーティー組んで下さい!」
「ああ、また機会あったらよろしくな」
「きっと追いつきますから! じゃ!」
そう言い残して、少年は手を振って走り去っていった。
なんだ? デレ期か?
それに追いつくもなんも、俺よりつえーじゃん? ランクもすぐ追い抜かれそうだし?
「懐かれた……つか、餌付けしちまったかー」
少年の背中を見送っていた俺に、大剣使いの男が声を掛けた。
「ダンジョン産のサラマンダーのステーキ美味かったしな」
「そうじゃなくて……まぁサラマンダー美味かったな。ところでグラン、俺達のパーティーに正式に入る気ないか? 俺達のパーティーならそれなりの後ろ盾と実績もある。グランのスキル狙いのめんどくさい連中からも守れるし、悪くないと思うが?」
「ごめん、ありがたい誘いだけど遠慮しとくよ」
高ランクのパーティーに所属するメリットは大きい。権力者や大きい商会と繋がりのあるパーティーなら、その後ろ盾で守られる事になるので、有用なスキル持ちの冒険者は、後ろ盾のあるパーティーに入っておいた方が面倒事に巻き込まれにくい。
その反面、後ろ盾になっている権力者や商会からの"お願い"が断りにくく、しがらみも増える。
「やっぱダメかー? グラン仲間にして数か月単位で、ダンジョン籠ってみたいところなんだけどなぁ?」
「勘弁してくれ、ちゃんとベッドで寝たいし、風呂も入りたい」
ダンジョン籠るのは嫌いじゃないが、月単位はさすがに勘弁してほしい。
「まぁ、仕方ないか。また誘うからその時はよろしく頼む」
「あぁ、また呼んでくれ」
そう言って、手を振って冒険者ギルドの前を離れた。
「パーティーかぁ……嫌いではないんだけどなぁ」
無意識に独り言が漏れた。
むしろ、他人と協力するのは嫌いじゃないし、仲間と難易度の高いダンジョンや依頼を達成した時の、達成感を共有できるのは好きだ。
だけど、それと同様に自分のペースで、自分の好きなように、気ままに依頼を消化して、ダンジョンを探索するのも好きだ。
決まったパーティーに正式に所属してしまえば、そのパーティーの活動中心の生活になってしまう。今回お世話になったような高ランクのパーティーなら、長期間のダンジョンアタックで拘束される期間も長い。
采配に長けたリーダーの元、強いパーティーに混ざって与えられた役割をこなし、効率良く報酬を得られる生活は魅力的だ。
しかしやはり心のどこかで、Bランクから伸び悩んでる自分の火力の無さに引け目がある。
自分なりの仕事はしているつもりでも、強すぎる人材に囲まれた時の劣等感は、ジワリと心に来る。
冒険者になって六年。トントンとランクが上がってスタートダッシュは快調だった。
最初は同年代の冒険者より頭一つ抜けていたが、気づいたら平均辺りに収まって、そこから伸び悩んでる。
向いてないのか、潮時なのか。
そんな事を思いつつ、だらだらと依頼をこなし、時折知り合いのパーティーに参加する日々が続いている。
あー、やだやだ、せっかくいい稼ぎだったんだし、気分転換に普段行かない場所にでも行ってみるのも、悪くないかもしれない。
そんな事を考えていた俺の目に映ったのは、たまたま通りかかった不動産ギルドの掲示板に張り出されていた広告だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます