グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~

えりまし圭多

第一章

第1話◆冒険者のお仕事

「悪ぃ! グラン一匹漏れた! そっちに行く!」


 離れた場所から聞こえて来たパーティーメンバーが叫ぶ声に、床に転がっている魔物の死体から素材を回収する作業を中断して、声が聞こえた方を振り向いた。


「グオオオオオオオオ!!!」


 咆哮を上げながらこちらに向かってくるのは、大きな赤いトカゲのような姿をした手負いのサラマンダー。

 急所から少し外れた場所に大きな切り傷があり、そこから血を吹き出しながら爆走しているところを見ると、パーティーの誰かが仕留めそびれたのが逃げて来たのだろう。たまたまその先に、俺がいたという状況のようだ。


 このままだと、床に転がっている素材を回収しきれていない魔物の死体と一緒に、俺も轢かれてしまう。そうなると、せっかくの素材が傷ついて価値が下がってしまうので、それは困る。


 俺はあわてて床に転がっている魔物死体をまるごと"収納"スキルで回収して、"身体強化"のスキルを発動させ突っ込んできたサラマンダーをひょいっと横に躱した。

 同時に横を通り過ぎるサラマンダーの腋に剣を突き刺し、サラマンダーの勢いに押し負けないように踏ん張る。サラマンダーの腋に突き刺した剣は、サラマンダー自身の突進の勢いで、そのまま脇腹を引き裂いて、そこから大量の血液と内臓が飛び出した。


「おっと」


 サラマンダーの内臓も大事な素材だ。剣をサラマンダーの脇腹から引いて、飛び出してる内臓を左手で掴んで右手の剣で体から切り離し、そのまま収納スキルで回収した。

 そして、腹を切り裂かれたサラマンダーは俺の横を完全に通り過ぎた辺りで、ズシンと音を立てて倒れた。

 


 サラマンダーが絶命していることを確認して、サラマンダーが走って来た方向を見やると、パーティーのメンバー達が次々に現れる魔物の群れを、効率よくサクサクと殲滅してしているのが見えた。







 ここはとあるダンジョンの中、その中でもとりわけ魔物の数が多いエリア。

 その場所で魔物を狩っている冒険者のパーティーに、欠員補充の為に臨時に雇われて、雑用係兼荷物持ちとして俺は参加している。


 ダンジョンは高濃度の魔力が具現化して形成された空間で、ダンジョン内で死んだ生命体は、時間の経過と共にダンジョンの持つ魔力により分解されて消えていく。そうなる前に、倒した魔物から有用な素材を抜き取り、回収するのが俺の役目だ。



「グランー!! こっちもあらかた片付いたから、こっちの回収も頼むー!!」

「はいよー!」


 数が減ってきた魔物を捌きながら、パーティーリーダーの大剣使いの男が声を上げた。俺はそれに答えて、点々と床に落ちている魔物から、手早く価値のある部位を抜き取って、回収していく作業を再開した。









「Aランクのパーティーともなると、荷物持ちもポーターじゃなくてBランクの冒険者なんすねー」


 俺と同じくパーティーの欠員補充で参加している、片手剣使いがこちらを見ながら言った。

 まだあどけなさが残る少年だが、Cランクの冒険者だ。機動力を生かしたスタイルで瞬間火力は俺よりも高く、魔法も使いこなせる将来有望株だ。

 彼とは、同じパーティーになるのは、今回が初めてだ。


「むしろグランは戦力で、荷物持ちはついでだよ。グランがいれば、パーティーにポーターが不要になるってことだ」

 そう答えたのは、このAランクのパーティーのリーダーの大剣使いの男。

 Aランクの冒険者で、俺が冒険者になった頃からの知り合いの一人だ。

 魔法は苦手らしいが、鍛えられた肉体と、物理攻撃に特化したスキル持ちのとんでも火力で、このパーティーのメインアタッカーだ。


 ちなみにポーターと言うのは、荷物持ち専門の冒険者の事だ。

 持ち込む物資や戦利品が多くなりがちなダンジョンアタックや、町から離れた場所への遠征などは、荷物持ちに特化したスキルや魔道具を持つ冒険者を雇う事が多い。

 戦闘能力が低いが荷運びの能力に特化した低ランクの冒険者を、戦闘要員のパーティーメンバーとは別に安価で雇うのが一般的だ。


 今回の俺の場合は、そう言ったポーターとして雇われたのではなく、荷物持ちを兼ねた戦闘要員としてパーティーに参加している……はずなのだが、俺以外のパーティーメンバーが強すぎて、ほとんど戦闘に参加してない。というか、参加するまでもなく敵が溶けているので、ひたすら回収役という状況だ。

 なんというか、戦闘面ではほぼ空気である。報酬はパーティー全員で稼ぎを頭割りなので、自分でもなんだか申し訳ない気はしてる。


「えー? でもグランさんほとんど戦わないで回収ばっかじゃないすか?」

 うん、全くその通りだから反論のしようがないな。


「流れ弾の飛んでくる乱戦中でも、ほぼとりこぼしなく素材回収できるのがグランの強みなのさ。なんならサラマンダーに体当たりされたくらいなら、涼しい顔してポーション飲んで勝手にリカバリーするしなぁ? 高ランクの魔物のでる狩場でも、グランなら安心して連れまわせる、戦闘スキルの低いポーターだとこうはいかないしな? 結果、低ランクのポーター雇うより、グラン入れる方が稼げるし快適ってこった」


 いや、サラマンダーに体当たりされるのは、結構痛いので全力で避けるけど? ポーションももったいないしな。それに、高ランクの魔物の出る狩場を連れまわされたら、完全に火力不足で置物状態だ。



 ダンジョン内に設けられている人工的なセーフティエリアで、パーティーのメンバーがそんな話をしているのを聞き流しながら、今夜一晩過ごす為の準備を進める。

 今回のダンジョンアタックは十日間ほどの予定で、その間ダンジョン内で寝泊まりする事になる。それが俺がこのパーティーに、雑用係として呼ばれた理由だ。そして今日はその初日だ。


「グーラーンー、おなかすいたー、ご飯まだー?」

「もうすぐ出来るからちょっと待ってくれ」

 浄化の魔法で戦闘時の汚れを落とした女魔法使いが、携帯コンロで食事の準備をしている俺の所にやってきた。


「肉がいい肉がー! さっきのサラマンダーの肉で何か作ってよ」

「あれはまだ血抜きも何もしてないからダメだ。別の肉用意してるからそっちで我慢してくれ」


 肉好きの彼女は、このパーティーの正規のメンバーだ。見た目は華奢でかわいい女性だが、これまたとんでも火力の魔法使いだ。


「俺も肉がいいなー。魚も捨てがたいけど、今日は肉の気分だな? あと甘い物も食べたい」

 魔法使いに続いてやってきたのは、棍棒使いの男。この男も正規のパーティーメンバーで、そこそこ付き合いは長い気心の知れた相手だ。


 ヒョロっとした体型に似合わず、防御系と攻撃系のスキルをバランス良く持っていて、パーティーのタンク兼火力を担っている。魔力はそこまで多くないが、回復魔法と補助魔法も得意な、鈍器系魔法戦士だ。


「はいはい、デザートもちゃんとあるから、テーブルと食器の用意頼む」

 収納スキルで収めていた、簡易テーブルと椅子のセット、そして食器を取り出して、魔法戦士の男に渡す。

「出た! グランの何でも出て来る不思議マジックバッグ!!」


 マジックバッグじゃなくて収納スキルなんだけどね。

 収納スキルはレアスキルらしいので、普段は"マジックバッグ"という、見た目より多くの物を収納できる魔道具を、使っているという事にしている。その為、いつもダミー用に、ポーチ型のマジッグバッグを、持ち歩いている。

 俺の収納のスキルについては、一部の人にしか教えてない。このパーティーだと、俺が冒険者を始めた頃からの付き合いの、パーティーリーダーが知っているだけだ。


 収納スキルは魔物からの戦利品を回収するだけではなく、日帰りできない行程に必要な多くの物資の持ち込みにも役に立つ。

 特化した戦闘スキルがないが、俺の収納スキルは、収納した物が劣化しないというちょっと便利な機能がある。その為、戦闘要員兼補佐役として、今回のように知り合いのパーティーに駆り出される事が時々ある。


 なお、表向きは「時間停止機能のある、特大容量のマジックバッグ持ち。このバッグは所有者登録してある魔道具だから、俺にしか使えないよ」という事にしてある。

 時間停止可能な収納スキルは、珍しいスキルで悪用もできるスキルだ。

 よろしくない連中に目を付けられるから内緒にしとけと、冒険者になったばかりの頃に、面倒を見てくれた人達に散々言われて、当時お世話になった人達以外には基本的に秘密にしている。



 魔法戦士の男に、テーブルのセッティングを任せている間、俺は食事の準備をする。

 今日、魔物から回収した肉はまだ使えないので、持ち込んだ肉を使う。

 肉を細かく潰し、みじん切りにして炒めたタマネギと、卵とパン粉を混ぜて、塩と胡椒そしてナツメグで簡単に味を付けて捏ねた。

 それを、手のひら程度の大きさの楕円形に丸めて焼いて、挽肉のステーキだ。仕上げにトマトから作ったソースをかけて、収納からクレソンを取り出して横に添えればメインディッシュは完成。


 それに加えて、あらかじめ作って収納スキルに鍋ごとしまっておいた、野菜たっぷりの出来立てミネストローネを、バターロールと一緒にセッティングされたテーブルの上に並べると、匂いに釣られて大剣使いの男と片手剣使いの少年がやってきた。


「お、肉か? やっぱ働いた後は肉だよなぁ!」

 大剣使いの男がテーブルに着き、カトラリーを手に取る。


「たくさん焼いてるから、好きなだけおかわりしてくれ」

「えぇ……ダンジョンの中なのに携帯食じゃない……Aランクのパーティーは飯も豪華なのか……」

「Aランクのパーティーが云々と言うより、グランをパーティーに入れると、オプションで飯が豪華になる。そんな事より、お前も座って飯食え」

 大剣使いの男に促され、テーブルの前でブツブツ言っていた片手剣使いの少年も、椅子に腰を下ろし食事に手を付け始めた。


 少年の言う通り、依頼中の冒険者の食事は手軽な携帯保存食の事が多い。そしてこれが、ほとんどが乾物の類であまりおいしくない。乾物なので水で戻したり、スープにしたりと、結局は食べるまでに多少の手間がかかってしまう。


 だったら、収納スキルで食材と携帯できる調理器具を持ち込んで、簡単な料理した方がよくない? 簡単な物ならそんなに手間もかからないし? そもそも収納スキルの中なら劣化しないし? どうせ食べるならまずい物は嫌だし? そんな感じで出先で料理するようになって、パーティーを組んだ折にメンバーにも振舞っていたら、それを買われてこうしてパーティーに誘われる事も増えた。


 うん、わかる。どうせ食べるなら美味しい物の方がいいよね? それに乾物ばっかり長く続くと、体にも良くないしね。


「え? 何これ? 俺が普段行ってる飯屋の料理より美味いんだけど!?」

「だろ? グランがパーティーにいると美味い飯が付いて来る」

 褒められて嬉しくなったので、収納に入れていたオヤツ用のアップルパイを、取り出してテーブルに並べた。


「くっ……そんな、食い物で懐柔なんかされないんだからな! 俺は成長期の真っ最中でお腹が減るから、いっぱい食べるだけだからな! 飯は美味いし感謝もするけど、こんなことで絆されたりしないからな!」


 なんだ、この少年ツンデレ君か。

 おおよそダンジョンでの食事の光景には見えない、晩餐の様子にほっこりした。



 Bランクというそこそこ高いランクの冒険者でありながら、戦闘面ではなく雑用係としてパーティーに参加する時には、初見のメンバーから辛辣な言葉を投げられる事も少なくない。

 実際、火力に特化してるわけでもなく、かといって防御に特化してるわけでもないので、戦闘力重視のパーティーに付いて行くのはしんどい。汎用というか凡庸というか、全体的に平均よりちょっと上の器用貧乏と言ったところだ。


 それでも、このパーティーのリーダーのように、この汎用さを便利とか快適とかと言って、買ってくれてる人もいるのは、本当にありがたい事だと思っている。

 それでも戦闘に特化した彼らが、ちょっぴり……いやかなり羨ましい。




 そこそこ戦えて、雑用もこなせる便利なBランク冒険者――それが俺の冒険者としての立ち位置だ。

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