第2話
あの一件に関して上司には報告しなかった。何故だか同僚も黙ってくれていた。同僚との関係が少しこじれた気がする以外には特に変化はないのかもしれない、そう思っていた。しかし、この超情報化社会において隠し通せることなどそう多くはない。そして、僕と同僚は上司に呼び出された。
「ジェームズとパトリック、よく来て切れた。さて、これに心当たりはあるかな?」
椅子に深々と腰掛けた上司が、PCの画面を指さした。そこには昨日の野次馬の一人が撮影したであろう一部始終が流れていた。信じられない程の再生数だった。手振れの激しい映像には同僚が男を地面に強く抑えつけている様が鮮明に映っており、それを僕が引きはがすところで終了していた。高評価と低評価が拮抗している。僕の行動に対する高評価か、同僚の行動に対する低評価か。しかし、不自然に感じたのが動画のタイトルだった。それは『白人警官が無実の黒人に暴行する』というものだった。僕の見る限り抑えつけられている男は黒人ではなかった。肌は明るかったのだ。それは当時も動画上でも同じだ。
「私はその男に脅かされていたんです」
同僚は淡々とした口調で告げた。それは白人警官が黒人に対して暴力をなしたときの決まり文句だ。ということはあの男は黒人なのだろうか。確かによくよく見てみるとフードに隠れた顔の彫りは浅いかもしれない。
「なら、仕方ない部分はある。それはそうとして問題は君の方だ」
上司は僕の目をじっと見つめた。その刺すような鋭さに目を逸らすことはできなかった。
「まずは報告の義務を怠ったことだ。まあ、これは二人の問題でもあるが。そして君は何故パトリックをどかしたんだね」
「わからない・・・・・・」
「もし、男が苦しそうな演技をしていて、武器を隠し持っていたらどうする。君は仲間を危険に晒したんだぞ。しかも相手は黒人だ」
分かっている。全く持って正論だ。
「私は男が白人に見えたんです。だから・・・・・・」
だから何というのか。もし相手が黒人だと知っていたら自分は見逃したのだろうか。上司はため息をつくと口を開いた。
「相手の人種は関係ない。一応な。君も警察学校でさんざん見たはずだ、武器を取り上げられて集団にリンチされる警官の映像を。それを少しでも覚えているのなら反省することだ」
反論はできなかった。同僚のパトリックも沈黙を貫いている。上司は椅子にかけなおすと少し声のトーンを上げた。
「とは言うものの状況が状況だ。このご時世に暴行の様子がSNSで拡散されてしまっては世間的な体裁を気にする必要もある。君の行動は警察官としては褒められるものではないが、だからと言って "黒人暴行" を防いだ君をクビにすれば世間から大バッシングだ。しかもパトリック、君の行動を正当化するのもマズい。と言うことで二人には一定期間休職してもらうことにする。復帰に関してはまた後日連絡する」
言いたい事を言い終えると上司は僕と同僚を手を振って追いやった。同僚の方を横目で見てみると、彼は苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。同僚はどんな気持ちなのだろうか。ただ一つ言えるのは僕に対していい感情は持っていないということだ。
「この後、昼飯でもどうだ?」
同僚が言った。小さな声だった。
「ああ、いいぜ」
僕は平静を装って明るく返した。
その後署を出て、行きつけのハンバーガーショップへと向かう途中に白人とすれ違った。しかし、白人ではない。髪の毛が縮れている。しかし肌は白い。僕はおそろしくなって同僚に話しかけた。
「今すれ違った人、って白人か?」
すると同僚は不機嫌そうに、それでも驚いたように答えてくれた。
「どう見たって黒人だろ。何言ってんだ?」
目をこすっても変わらない、この街から黒人が消えていた。肌の色だけだ変わっていた。髪の色、顔の形は全く変わらない。自分の目がいかれちまったのだろうか。同僚はふっと鼻を鳴らした。
「さっきも言ってたけど、お前、黒と白の区別すらつかなくなったのか? あいつらが白く見えるなんてな」
久々に同僚が笑うのを見た気がする。しかし気分は良くない。自分の目がおかしくなったのか、それとも頭がおかしくなったのか、それとも世界がおかしくなったのか。少なくとも世界は今の段階では正常なように見えた。同僚と一緒に店に入る。カウンターにいる従業員も肌の色は薄かった。しかし、顔の形からして彼女はヒスパニック系だということは容易に理解できた。
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