あの日

あれは、今から10年ほど前のこと。


祖父母に連れられ、私と兄は水族館へ行った。

私は1週間も前から

「おばあちゃん!あと何日???」

と、毎日祖母に聞くほど楽しみにしていた。


しかし、その外出は最悪なものになった。

水族館から出たあと、駅までの道を祖母に手を引かれて歩く間も、まだ興奮がおさまらずにいた。

駅に到着し、私は

「おばあちゃん、トイレ!」

と言いながら手を離して小走りでトイレの方へと向かった。後ろから祖母が何か言うのが聞こえたが、その声がどんどん遠ざかっていくのを後ろに感じたが、止まらなかった。その日は休日ということもあり、駅は混雑していたためトイレの前にも行列ができていた。当時の私は1人で列に並ぶのは心細かったため、祖母についてきてもらおうと思い、後ろへ振り返った。


そこには自分の身長より遥かに高い、行き交う人の壁があった。


「おばあちゃん!おじいちゃん!

おにいちゃん!!!」

私の声は誰にも届かない。

周りの人は私を見て心配そうな顔をするが、それだけだ。私はさっきまでの興奮などとうに忘れ、心が不安に侵略されていくように感じた。


どこから来たのかも分からないのに、私は人をかき分けながら走った。そして、外に出た。パニックになっていた私は、さっき水族館から帰ってきた時の道を辿ってしまった。涙が溢れ出ているのにも気づかないほど必死に走った。辺りが暗くなったころ、水族館のチケット売り場の前まで来てしまった。ここが今朝来た時と同じ場所とは到底思えない。入口の扉が施錠されているところを見るともう時間は遅いのだろう。私はどうすることもできず、あてもなく彷徨った。1時間ほどが経過していただろうか。とうとう住宅街の人気のない道にしゃがみこんでしまった。

自分の靴を見て、誕生日にプレゼントしてくれた祖父母の顔が浮かんだ。その直後に、ほんの一瞬だけ、どこがで見た事のある2人の大人の顔も。私はハッとしたが、そんなことはどうでも良くなるほどに寂しい。

「だれか、、、」

涙を手で拭いながら声を漏らした。


その時、私の前に車が止まった。

顔を上げると、それは1台のタクシーだった。

深緑色をしたそのタクシーは今まで見かけたことがなかったため、、、、、

いや、違う。私はあの時、この車が私を助けてくれると、不思議と感じていた。

立ち上がって中を覗くと、後部座席には誰も乗っていなかった。運転席を確認しようとしたその時、後部座席のドアが開いた。気がついた時には乗り込んでいた。

「運転手さん!みんなの所に連れてって!」

そう言うと、タクシーはゆっくりとは走りはじめた。私は疲れていたため、眠ってしまっていた。少したって目を覚ますと、そこは駅だった。

「運転手さん、私今お金ないの。」

また泣きそうになりながら、そう言うと、

「いらないよ。」

と答えてくれた。

その声にはとても聞き覚えがあった。

ドアが開き、

その先に祖父の姿が見えた。

「ありがとうございました!」

私はそう言ってタクシーから降り、祖父の方へ走った。

「おじいちゃん!!!!」

祖父がこちらへ振り向いた。

「理沙!」

普段寡黙な祖父が、大きな声で名前を呼んでくれた。

私はまた泣いた。

祖母や兄の方へと向かう途中、さっきあったことを祖父へ話した。

「それでね、タクシーに乗って、駅までってお願いしたら、、、ん?私あの時、確かみんなの所にって、、なんで駅ってわかったんだろう?」

私が不思議がっていると、

祖父が微笑みながらこう言った。

「お前だったのか」



<<< 続く >>>


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私だけの出租車 孤阪 しゅう @kosatomo

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