第8話 豪華客船

 三週間が経った。そろそろワープフィールドを抜ける頃だった。前回のデブリの件があるため、皆は落ち着きが無かった。ワープは出てみるまで何が待ち受けているか分からない。出たとこ勝負なのだ。だがそんな皆の不安をよそに、ポラリス号はどんどんワープフィールドを突き進んでいった。

 

 ポラリス号はワープフィールドを抜けた。ニライが場所を確認する。

「ヒール空域です」

そう告げたそばから通信アンテナが信号を受信した。オレンジ色の緊急信号がパネルに点滅する。

「SOSです!」

アリッサが叫ぶ。

「何処からだ?」

「識別信号確認。どうやら旅客船の様です」

「旅客船……」

ミゲルは考え込んだ。どうするべきか?

「船長、任務を優先させるべきです」

タイガは首を振った。任務こそが最優先事項である。寄り道している場合では無い。

「こんな地球から離れた場所でSOSか。我々が行かなければ他の船が見つけてくれる確率は低い。タイガ、もし自分が同じ目に合ったらどうなんだ?」

「ポラリス号には収容スペースがありません。行っても無駄です」

「近くへ寄って、生体反応があるか確認しよう」

「船長!」

「確認のためだ」

 

 近付いてみると、その宇宙船はポラリス号より遥かに巨大だった。全長五百メートルといったところか。辺境宇宙を観光する大型豪華客船である。世の中には物好きが居るものだ。白い船体が白亜の城のように眩しい輝きを放っていた。船体の横っ腹に大きな穴が空いている。レーザー砲の跡の様だった。

「宇宙海賊にやられたかな? アリッサ、信号はまだ出てるか?」

「はい」

「タイガ、生体反応チェックだ」

「どうせ生存者なんか居る訳……」

ブツクサ言いながらタイガがモニターをチェックする。

「アッ。一人だけ反応があります!」

ミゲルはパチリと手を叩いた。

「一人か。一人だけなら収容可能だな。俺とタイガで行く。エアロックが穴に向かい合うように船を隣接しろ。アリッサ、客船へ救助に向かうと通信しろ」

「了解」

 

 ポラリス号は客船の真横に並走した。ミゲルとタイガは宇宙服を着ると、命綱を着け、被害者用の宇宙服を持ってエアロックへ向かった。エアロックを開けると、二人の体は空気に押されて客船に空いた穴へと放り出された。客船の船内は真っ暗だった。ヘルメットに着けたライトを点灯する。ここは客室の様である。穴は反対側の船の外壁まで貫通していた。二人は穴から中央の通路へ出た。

「派手にやられましたね」

「そうだな。もし相手が海賊なら、大方金目の物は運び出されただろうな」

「しかし生存者が一人だけとは」

「船体に大穴が空いているし、空気があっという間に抜けただろう。こういった大型船の場合、ブロック毎に隔壁かくへきが降りて空気の流出を防ぐだろうが、生存者はそのブロックの何処かに居るんだろう。生体反応は?」

タイガは生体反応モニターをチェックした。

「船尾近くから反応があります」

「よし、行こう」

 

 隔壁は海賊達の手によって開けられていた。穴から空気が吹き出した時に飛ばされたのか、死体の姿は少なかった。薄気味の悪い暗闇の中を二人はゆっくり進んで行く。タイガの脳裏に子供の頃、遊園地でお化け屋敷に入った記憶が甦った。もちろん今ではお化けなど信じてはいないが、人気の無い真っ暗な船内というのは不気味である。突き当たりの船尾の隔壁は閉まったままだった。

「どうしてここだけ?」

「ここは屋内プールだ。多分金目の物は無いと判断して、そのままにしたんだろう」

「開けますか?」

「生体反応は?」

「どうやらこの先です」

「開けたら、内部の空気と共に死体やら何やらが飛んでくるぞ。一つ前の隔壁を手動で下ろせるか?」

「調べてみます」

タイガは通路を戻った。通路の壁に赤い大きなボタンがある。

「開閉用のボタンがあります」

「よし、押してみろ」

「了解」

ボタンを押すと瞬時に隔壁は閉まった。

「よし、開けるぞ。色々飛んでくるだろうから、壁際に待機しろ」

ミゲルはプール前の隔壁の解放ボタンを押した。

 

 プール内に閉じ込められていた空気と共に、数人の人間と犬が一頭飛んできた。犬は吹き飛ばされて床に着地すると、ジタバタ苦しがった。

「犬!?」

「良いから宇宙服に入れろ!」

タイガは犬を抱くと宇宙服へ押し込んだ。

「生存者が犬だったとはね」

「客の連れてきた飼い犬だろうな」

「他の人間達は何で死んでたんです?」

ミゲルは死体を調べた。皆ガシガシに痩せ細っていた上に、食い荒らされていた。屋内プールの部屋の天井からは空気が供給され続けている。

「緊急用のエアーシステムは作動していたみたいだから、餓死だな。こいつはその死体を食べて生き延びていたわけだ」

「しかし……人間の方が犬より体が大きいのに、何故先に死んだんでしょう?」

「絶食というのはそれまでの訓練によって、身体が持つか持たないか決まってくる。修行僧なんかは絶食状態に慣れているから長いこと持つかも知らんが、贅沢三昧の金持ち客では無理だろう。犬の動物的生命力の方が勝ったという事さ」

ミゲルは宇宙服を抱えた。中で犬がモゾモゾと動く。

「犬とはいえ、一応生存者を救助したんだ。戻るぞ」

 

 ポラリス号に戻ったミゲルは医務室へ犬を持ち込んだ。

マムルは一通り調べたが、栄養失調気味であること以外には目立った疾患は無かった。犬は枯れ草色の毛皮に黒い瞳と鼻をして、耳はピンと立ち、尾はクルリと巻いていた。雄だった。

「何て種類だ?」

「これは柴犬だね。昔の日本の犬だよ」

「惨劇の中生き延びるとは逞しいな。新たに名前をつけよう。そうだな、ムサシでどうだ? 日本ぽいだろ。それに強そうだし」

「お好きに」

ミゲルはムサシを抱き抱えると、植物プラント室へ入った。

「その子が生存者ですか?」

「うん。そうなんだ。ムサシだよ。今日からこいつの分の餌も頼む。栄養失調気味だから、軽いものから始めてくれ」

「何をあげれば良いんです?」

「先ずはオートミールとかかな?」

「……分かりました」

ハルカはまじまじとムサシを見つめた。ムサシはハルカを見ると舌を出して笑った。愛くるしい愛玩犬とは違うが、ヤンチャそうな瞳が好ましかった。ヤナーギクは失ったが代わりに新たに仲間が増えたのである。孤独な宇宙の旅には供に犬が居るのも良いのかもしれない。それは率直に言って喜ばしい事だった。

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