第4話

 川辺でスーハーチャプチャプと空気と水と太陽光から養分を摂取しながら、ああでもないこうでもないと考えること数時間、ようやく俺は分かりきった当たり前な結論に達した。



 このままでは街に入れない。



 うん、控えめに言って、いや、控えめじゃなくても、俺変態。

 おまわりさん呼ばれちゃうやつ。


【呼ばれるのは衛兵です】


 ああ、うん、そっか……衛兵か……。

 そ知らぬ顔で歩いていけば、意外と誰も気にしないんじゃないかと、ちょっと前まで割りと本気で考えていた俺、ちょっと頭おかしかった、反省反省。

 あ、そうだ。恥ずかしそうな顔して両手で股間を隠しながら、モジモジして歩いたらみんな視線そらしてくれ――いやいや、もしかしたらこれどうぞ、って親切な人が服をくれたり……おおおっ、いけそうな気がっ!


【モジモジしても衛兵を呼ばれます】


 ……ああ、うんうん、そうだね……。

 とりあえずなんとか股間だけでも隠せないかなぁ。

 服、いや、せめてパンツだけでも落ちて……ないよなぁ。

 何か股間を隠せそうなもの、隠せそうなもの……。

 葉っぱ、葉っぱ?

 お、おお、いいかも。

 さて、ここで俺の優秀な脳みそがすごい閃きをみせた。

 さすが俺。サスオレ。

 まずは今現在の俺の種族名を思い出してみよう。

 歩く木の最上位精霊の精霊樹人である俺の見てくれは、普通(?)の兄さんかもしれないが、その本質は歩く木なのだ。

 何が言いたいかといえば、俺は体内に大事に収納されている冬芽ちゃんの存在を思い出したのだ。

 冬の間せっせと可愛がってきた冬芽ちゃんだが、俺はこれを気合を入れることによって、体の任意の場所から生やすことが出来る。


【葉っぱは二枚です】


 よしよし、二段構えの装甲を備えることになると、すてーたすさんも言ってるし、御託ばかり並べていてもしょうがない。ここは、実際にやってみようじゃないか。


「よっし、やるぞー」


 あ、そうそう、今の美声、俺の声。

 いや、美声って自分で言うなよって俺も思うけどさ。

 ようやく声が出せるようになったと思ったら、本当にびっくりするような素敵ボイスだったのだからしょうがない。まぁ、どうせ今の俺人外の美形だし。

 無口に慣れすぎた俺はこうして、独り言で声慣らしをしなければならないのだ。


「んー、むぅっ、ふむぅーっ!」


 早速俺は、下っ腹あたりに感じる魔力を、ムニムニッと掴み出すイメージで、必死に力んだが、結構長い時間頑張って唸り続けても、なかなか目的の物は出てこない。


「うーん、これ、結構疲れる…………」


 格好としては如何なものかと思ったが、その後、一番力が込めやすいうんこ座りで二十分も力んでいた俺。何を出そうとしているのかも定かではなくなったその時、手ごたえは突然やってきた。


 おおお、なんかっ、本当っに、これはっ、何かでるぅっ!


「ふぉぉっ、くる。きちゃうっ!」

 

 よくわからない込み上げる何かに翻弄された俺は、さらにバタバタとのた打ち回りながら叫ぶ。

 叫び声やら仕草が若干女子っぽいというか、キモ、いや、アレだったのは美形だから許されるはず。


 ポニュッ


 まぬけな音と共に俺の股間から、艶々とした細い枝が生え、その枝の先にはちょろりと二枚の若葉を伴った白い花の蕾が揺れていた。


 あ、うん、これ、俺でもわかる見た目がアウトなやつ。



 精霊樹人 レベル2(レベル30で進化)

 【スキル】

 恐怖耐性12 歩行13 うるおい素肌5 変化1






「う、ぐすっ」


 俺は足を川の水に突っ込んだまま、ぐったり寝転び、目から涙をたらす。


「ひっく、ぐすんっ」


 ひどい、ひどすぎる。

 なんていうか、この股間から枝生やした姿がまぬけすぎてひどい……。


【かわいいです】


「ファッ? あれ? 何か幻聴が聴こえたような……」


【その枝とてもかわいいです】


「え、え? すてーたすさん、ど、どうしたの?」


【枝がかわいいという事実を述べております】


「えっと、それならこれで街に行けるかな?」


【それは論外です】


「……あ、うん」


 しょんぼりしていた俺だったが、このままではいけないと立ち上がる。

 裸の変態のやばい見た目を、更にパワーアップしてしまっている上に、妙にまぬけな負の象徴でしかない、股間で揺れる枝――いや、かわいいかわいい冬芽ちゃんを移動する作業に、早速取り掛かったのだ。

 生やした時と違って、集中すると割りと簡単に体の表面を冬芽ちゃんがズリズリ移動していく。

 あれ、でも、これってもとは股間から……いやいやそんな些細なことは考えてはいけない。

 冬芽ちゃんを頭の天辺に移動し終えた俺は、満足の溜息を零す。

 別に体内に引っ込めることも可能だが、せっかく出したものだしかわいいし、俺って木なんだぜと主張する部分があってもいいと思う。いやいや、すてーたすさんにかわいいと言われたからとかではないったらないのだ。

 頭上で葉っぱが風に揺れるのを感じながら、落ち着きを取り戻した俺は、何より頼りになるすてーたすさんに駄目元で聞いてみた。


「すてーたすさん、服を手に入れる方法を知っていたりする?」


【服がどうしても欲しいのですか】


「も、もちろん。服がないと街に行けないし……」


 質問に質問を返すすてーたすさんの様子が、いつもとは違うことに戸惑いつつ、何故か俺の胸はドキドキした。


このまま森私と二人きりで過ごすのも楽しいですよ】


 な、なんか不穏な副音声が聞こえた気が……。


「いや、俺……森とか自然より街中が好きっていうか……」


【……次で最終進化です。今より高次の存在となれば物質創造も可能となるでしょう】


「ふぁっ? 物質創造っ? えっと、もしかして服が作れたり?」


【作れます】


「そ、そっか! 次の俺ってすごいなっ。ありがとう、すてーたすさんがいてくれてよかったっ!」


【はい、あなたには私がいないと駄目ですね】


「そういえば、すてーたすさん、なんだか優しいね」


 今までになく、俺に気遣ってくれる意思を強く感じるすてーたすさんの優しい声に、俺の心は単純に浮き立つ。


【はい、美形は得です】


「え、び、美形? まさか、見た目で対応が変わったりするの?」


【見た目は大事です】


「……あ、はい」


 欲望に素直すぎるすてーたすさんとの、付き合い方が分からなくなってしまった俺は、しばらく無言でチャプチャプスーハーすることにした。






 さて、ようやく手に入れた人型の身体だしと、いろいろ試してみることにした。

 かなり華奢だけど体つきからして男寄りな現在の俺だけど、悲しいことにつるつるの股間をみるに、無性という限りなくファンタジーな存在であることはお察しだ。そこだけ見れば男としては退化したと言えなくもないが、この体は普通の人間とは比べ物にならない充実した機能がついているだろう。

 不要なはずの、汗と唾液と血液を備えている体は、かなり高いレベルで人間に擬態しているといえるが、人間の記憶がある俺からすると今の体には植物独特の触覚や五感がプラスされていて、そのへんにどうしようもない違和感というか優れたものを感じずにはいられない。性能の確認と共にそういう感覚にも慣れていく必要がある。

 とりあえず金色の目がすごく硬い金属のように見えたので、ついついプスッと指を刺してみた。痛くないけどなんだか心が痛んだ。もうしない。

 この目はちゃんとときおり瞬きもしていてそこから人間的な視界も広がっているけれど、眼の色が薄いせいか光に弱く視力が低い。以前から持っていた天からの視点を使うので不便はないけれど、この役にたたない眼はただの飾りなのだろうか。謎だ。

 味覚はどうだろうと水をすくって恐る恐る口にしてみると、あり得ない位すごく美味しかった。味ももちろんだが、より深く生命の輝きみたいなものまで感じ取れてなんとも素晴らしい。

 その後の俺は、おいしそうな木の実はもちろんのこと、何でも口に入れてしまう悪癖を身につけてしまうのだが、それはこの体のせいであって、俺の食い意地が張っているわけではないはずだ。

 耳はなんとピルピルと動いた。俺の人外感と異世界感がグッと増して少し感動した。

 さらに柔らかな頬をムニムニしたり、スベスベな触り心地の体をあちこち擦ったり、全身をペタペタ撫で繰り回す。

 なんだろう、気持ち良いしすごく癒される。


【ぐふっ、そこを揉んで摘んで捏ねて見せてください】


「え……す、すてーたすさん、今キモイおっさんみたいな汚声を出さなかった?」


 えっと、聞き間違え?

 いや、でも、すっごいはっきりと聞こえ――。


【かなちゃんと呼んでくれてもかまいませんよ】


「え、まじ?」


 単純な俺は秒で先ほどの出来事を綺麗に忘れ去る。

 うん、あんな汚声は聞こえなかった。

 俺は振り返らない男なのだ。


【私は今日からあなたのかなちゃんです】


「か、かなちゃんっ!」


 前世含めてずっと植物系男子で――てか、今や正真正銘の植物っぽい何かになってしまっているけど――ネットでしか女の子とまともに喋ったこともなかった俺だけど、かなちゃんとは上手くやっていける気がする。



「俺、かなちゃんについていくよっ」

















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