第3話
進化後、俺の素敵ボディは、二メートルぐらいに育った。
少し太くなった幹の部分に不気味な三つの洞があり、それが目と口に見え、ないでもない。細く枝分かれしていた根っこは太く二股に分かれた形になっていて、足に見え、なくもない。
今の俺はさっきまでの姿よりは人間っぽい形に近づいている。
って、人間っぽいは言いすぎで、どう控えめに見ても木の妖怪とかそういう系だ。
人型になることに狂おしいほどの希望をもっていた俺は、不気味すぎる自分の姿に正直がっかりしている。
少しだけ森精を選ばなかったことを後悔……いや、後悔はないな、うん……次の進化でもっとましな姿になれる可能性に期待しようじゃないか。
【レベルアップに適した場所へ案内します】
おお、すてーたすさん、ありがとう。俺が不甲斐ないばっかりに……。
耳寄り情報をくれたすてーたすさんの指示に従って俺はがむしゃらに森の中を進む。土の中に根っこを突っ込むことさえも出来ない軟弱な俺は、すてーたすさんの示した方向へ進むしかない。
ただ、すてーたすさんの案内で進む道は巨大蜘蛛(もちろん三十センチ)の巣が多く、俺の顔にやたらと引っかかってくる。
そんな不幸に連続で遭遇していると、ふと、すてーたすさんが故意にそういう方向へ導いているのではないかと、疑いの気持ちが湧いてきてしまう。
いやいや、まさか。こんなに俺のために頑張ってくれているすてーたすさんを疑うなんて、俺ってなんて駄目なやつなんだ……。
【恐怖耐性が上がれば土に足を突っ込むことも可能になります】
す、すてーたすさんっ!?
すてーたすさんと悲しい心のすれ違いを経験した俺だったが、長い移動の末にようやく、日の光を反射してきらめく川に辿りつくことが出来た。
すごいっ、川だっ、水だっ、なんかすごくおいしそうっ!
俺は早速根っこでその水をチャプチャプしてみた。
ふぉぉ、すっごい満たされる。
根っこから吸い上げた栄養たっぷりな水が体中に染み渡っていき、俺はうっとりと時間を忘れた。
身体の中から溢れるようなパワーを感じる。
今の俺、最強かもしれない。なんかビーム的な何かとか気功的な何かが出せそうな……。
ん?
なんかスキルが生えたけど、うるおい素肌?
強そうにみえないスキルだけど……えっと、なんだそれ?
【お肌がウルウルツヤツヤになります】
あ、そう……。
誰得かはわからないが、スキル効果で木肌が心なし艶っとした俺は、水を根っこで吸い上げつつ、全身にしっかり太陽光を浴びて、ここで次の進化を目指すことにした。蜘蛛の巣にはもう近寄らないのだ。
それからしつこいほどに、俺は川辺から離れることなく過ごした。
その間に今まで知らなかった発見もあった。
知ってるか?
蛍って活動するの夜だけかと思ったら、昼もブンブン飛び回っているんだ。それも昼蛍は光らない奴で、夜蛍は光る奴、なんと種類が違う。
まぁ、種類が違うと言っても三十センチもある蛍はどちらも普通にキモイし、無駄に集団で飛び回るあいつらに、俺は毎度ギャン泣きだったが。
ん? どうやって泣くかって? 俺なんと、物理的に泣けた。
空ろな木の洞からドバドバ涙が出る上に、抑えようもない『おぅおぅ』と言う不気味な声が漏れるんだから、蛍なんかよりも俺自身の見た目のほうが、よっぽど恐ろしかったにちがいないとは思っている。
でも、どういう仕組みかわからないけど涙腺や声帯が存在していることは人間に一歩近づいたような気がするので素直に喜びたいと思う。
さて、虫に関する無駄知識を増やしつつ、虫に脅える毎日を送っていた俺の中身はやっぱり平和ボケした日本人で、心のどこかで俺は生命の危機なんてあるわけがないと高を括っていた。
そんな俺はこの森での最大の恐怖に出会うことになる。
それはポッテリとした茶色くて楕円形の身体から、ヌルヌルとした触手を生やした見たこともない不気味な奴で、やっぱり三十センチサイズだった。
【ジストゥマ、いわゆる
その異様な見た目に恐れおののく俺に、すてーたすさんが教えてくれたが、そいつはどうやら寄生虫らしい。
触手からいい匂いを発して宿主を誘き寄せて、自分を捕食させて寄生するらしいのだが、何故か俺に向かってその触手を振り回してくる。
え、いや、おまえなんか食べないよっ?
てか、すっごいキモイっ、あっちいけっ、しっしっ!
いつも通り、俺はおぅおぅと泣きながら、虫から逃れるべく必死に走っていた。
「ギュォッ、ギュォォッ!」
うぉっ、なんだなんだ?
虫を振り切ろうと全力で走る俺だが、突然甲高い鳴き声が響き渡ると共に何かがすごいスピードで突っ込んできた。
それは三メートルはある巨大な鳥で、俺が驚いて硬直しているうちにジストゥマをパクリと一飲みすると、こちらをギロリと睨みつけてきた。
【モズツグミ、非常に凶悪な鳥です】
ひぃっ、俺も喰われちゃうっ!
蛇ににらまれたカエルならぬ、鳥ににらまれた木な俺は、身動き一つ取れない状態のまま、本当にヤバイ時には涙も引っ込むんだな、とどうでもいいことを考えていた。鳥は勝ち誇った余裕たっぷりな態度で俺に迫ってきている。
そんな俺の目の前で、鳥の様子が突然おかしくなり始めた。
「ギョ、ギョ? ギ……ギィッ…………ギギ、ピヨー、ピヨッ」
鳥はビクビクッとその巨体を揺らすとヨタヨタとふらつき、少し首を傾げたような格好でピタリと動作を止めた。そして突然下手糞なヒヨコの物真似のような声で、不気味に鳴きだした。
そして見覚えのある触手が、目の部分をグチョッと突き破って飛び出す悪夢のような光景をみた俺は、死に物狂いで駆け出したのだ。
【モズツグミにジストゥマが寄生しました。危険です危険です危険です】
すてーたすさんの警告後、触手を目から生やした鳥は執拗に俺を追いかけ始めた。首がカクカクと不気味に動き、時折全身がビックンビックン跳ねる。怖すぎて死にそう。
でも、寄生された影響で鳥の動きは鈍くなっているし、定期的に立ち止まってはフンを垂れているおかげで、俺はなんとか逃げ続けられている。
【あの糞にはジストゥマの卵が含まれていて、口に入ると体内で孵化し、そのまま寄生されてしまいます。食べないで下さい】
食べないよっ!
なんとか鳥の視線から逃れた俺は、普通の木のフリをして身を潜めた。動きさえしなければ、俺は本当にただの木でしかないのだから。
「ぴよー、ぴよっぴよっ」
あれから数日経つが、恨めしそうな鳴き声は、今も遠くから聞こえていた。
宿主の鳥を馬鹿にするようなその鳴き声は、本当に不気味で気が滅入る。
平坦な低い声でわざとらしく下手糞に鳴くそれからは、獲物を怯えさせて愉しむ悪辣な意思と高い知能が感じられて、聞こえて来るたびに心底震え上がるしかない。
結局俺は、鳴き声が聞こえなくなってからもかなり長い間、身動き一つとれないまま惨めに過ごした。
しばらくしてようやく、いつもどおりの生活を送り始めた俺は、今まで怖くてまともに見ることさえも出来なかった虫達の中に明らかに様子のおかしな奴がいることに気づく。
俺に飛びついてこようとする、そのバッタの節の部分からは見覚えのある触手が、ニョロリとうごめいていた。
恐怖体験を経て、慎重さを覚えた俺は、普通の木のフリをしながら、着実にレベルアップを図ることにした。
俺が大声で泣いていたのが、鳥を招き寄せた原因だろうと、どんなものを見ても泣くのを極力堪える努力も覚えた。
そうして多少時間はかかったが、俺はようやくその日を迎えることが出来た。
【進化できます。進化先を選んで下さい】
樹人 レベル20(進化先を選んで下さい▼)
【スキル】
恐怖耐性12 歩行13 うるおい素肌4
ううーん、なんか命がけの攻防があった割には代わり映えのしないステータスだな。
【攻防ではなく逃亡です】
あ、はい……。
さて、今回の進化先はこちら。
【進化先】
木魂(樹女鬼。餌は男の血肉と負の感情。存在として最強)
精霊樹人(歩く木の最上位精霊。養分は森の恵みと魔素。存在として最弱)
悪意を感じる……。
今までの俺ならありえなかったのに今回はかなり進化先で悩んでしまう。
元日本人的思考を持っている俺は、普通に考えれば人間の敵であろう木魂を選ぶ訳が無い。だけど現在の俺はどう考えてもやばい存在の木魂に猛烈に惹かれている。
よ、よし、深呼吸してみよう。
気持ちを落ち着けてリラックスすればきっと、最適な答えに辿り着く。
しっかりじっくり内容を確認するのだ。
女の鬼で餌が血肉、負の感情、うん…………駄目だっ!
ちょっとした恐怖体験でおかしくなってたかもしれないが、今回だって俺は間違えない。
一度、木魂に進化したとしても、その次の進化でさらっと戻ってこれそうな、イージーな空気を感じない訳でもないが、俺の勘が告げている。一度やばい方を選んでしまったらきっと俺は本質から変わってしまう。そうなってしまえば引き返すことなど出来ない。
まぁ、なんだかんだ言いながら相変わらず精霊樹人をタップ出来ずにいる俺は、最強という麻薬のような言葉にグラついている訳だが……。
木魂なんて人類の敵だ。最強だけど。
今回も迷う余地なく、そう迷う余地なんて欠片もなく、精霊樹人を選択するんだ。最弱だけど。
ためらうな俺っ。
気を強くもつんだ。木だけにっ!
精霊樹人 レベル1(レベル30で進化)
【スキル】
恐怖耐性12 歩行13 うるおい素肌4
やったぞ……うん、やっちゃった。
いやいや、何落ち込んでいるんだよ。
錯乱して漏らした痛い発言により、何かを無くした俺は、精神的ダメージと共に手が滑って木魂を選びそうになったりもしたが、ちゃんと精霊樹人を選択できている。
後悔なんて……ない。
そう、なにより俺は今ようやく待ち望んでいた変化を迎えていた。
現在の俺は、身長百八十センチメートルを超える長身で、頭のちっちゃいほっそりモデル体型の人型だ。腰ぐらいまで伸びている髪の色は、光を発しているような薄緑、現実離れした綺麗に整っている顔や妖精種特有の少し長くて尖っている耳の形も、今までとは別の意味で人間離れしているが、とりあえず普通(?)の男性型だ。最弱なだけにすごく弱そうな見た目だが、気にしてはいけない。
さらに魔素を養分とすることが可能になった俺は、森を彷徨わなくても街中で十分生きていけるだろう。だから最弱だろうが気にすることなんてないのだ。
ただ、ずっと目を逸らしていた事実に、俺はそろそろ目を向けなければならない。俺には一つだけ街に行くために必要な物が足りていない。
俺、全裸だった……。
開放感溢れる
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