第2話

 ステータスの内容は、びっくりするほどしょぼかったけど、とりあえず分かったことがある。

 俺、木じゃなかったっ!


【こだまです】


 なるほどなるほど、木霊と書いてこだまって読むのか。田中さん物知りだなぁ。

 こだまといえばあれか、山とかでやっほーっていうと返ってくるやつだよね?


【森の精霊の一種です】


 ふぉぉっ、精霊ですってっ!

 俺、精霊っ!

 そこで俺は気づく。俺の田中さんは、こんなに明瞭に喋ったことがあっただろうか?


【ステータス補助機能です】


 …………ふぁっ?


 えっと、君、すてーたすさん?

 田中さんじゃなくて?


【あなたの妄想が作り出した田中さんは存在していません】


 …………あ、はい。

 俺はとりあえず、しょんぼりすることにした。




 いや、いや、いや、いや、いや、いやっ!

 しょんぼりしている場合じゃない!

 お、お、お、俺っ、復活だぁっ!

 だってさ、田中さんと違ってすてーたすさんは本当に喋ってくれるんだよっ!

 もう、寂しくなんてないんだから!

 きゃっほーいっ!


 俺はその時、間違いなくときめいていた。なんかドキドキしてるし、周囲がきらめいて見える。

 そして俺は、甘酸っぱい初恋を思い出す。

 相変わらず、自分の名前さえも思い出せないのに、ネットで出会った可愛いあの子の名前はすぐに脳裏に浮かぶ不思議。

 今時珍しく奥ゆかしい子でボイスチャットさえも恥かしがるので、文字だけのお付き合いだったカラオケが大好きなあの子の名前は――。


 あ、あ、あのっ、すてーたすさん、かなちゃんって呼んでもいいですか?


【私はステータス補助機能です】


 ……あ、うん。






 ようやく少し落ち着いた俺は、いろいろ確認することにした。

 今現在の俺の姿――うん、あまり変化はなく相変わらずのヒョロヒョロとしたスマートボディで、先ほどまでとの違いと言えば、根っこが抜けた状態で器用に立っているところだ。

 ときおり根っこがニョロニョロ動く。これが歩行スキルの効果か。


 ふはぁ……、なんかすごい、か、い、ほ、う、か、んっ!

 動けることがとにかく嬉しくて、根っこの先で無意味に小石をツンツンして転がしたり、根っこの先でズルズルと線を引きながら歩いたりしてテンション高く彷徨う俺は一人夢中で遊ぶ。

 いまだに俺の体の上を、何かが這った感触を思い出すと怖気がたつが、それが切っ掛けで恐怖耐性と歩行スキルが生えたと思えばラッキーだ。


 あ、うーん、ラッキーと言うにはあまりにも抵抗が……いや、でも、土からにょっきり生えているだけの立場から脱却できたのは普通に嬉しいだろう。

 それに、重要な情報もゲットできた。


 進化、そう俺、進化出来るんだ。

 ステータスにはレベル十で進化とある。


 孤独から精神を病んでいた俺を、救ってくれたすてーたすさんには悪いんだけど、僕が今一番欲しているのは、ずばり人間の話し相手だ。もちろんすてーたすさんは、大事な大事な今現在の俺にとっての唯一ではあるけれど、男というものはそういう生き物なんだ。理解してくれ、すてーたすさん。


【私はステータス補助機能です】


 う、うんうん、そうだね……。

 すてーたすさんからの謎の重圧に耐えつつ、俺の言いたいことが何かというと、話し相手を得るためにもまずこの見た目をなんとかする必要があるということ。

 俺の読んでいた異世界物の小説では、たいていの人外さん達は進化すると人化できるようになったり、そこそこ人間受けの良い見てくれになれたりするはずなのだ。


【木から変化した精霊の進化先は、ほぼ人族と変わりない姿形となっております】


 おおぅっ、やっぱりねっ!


 俺が今やらないといけないことが、これではっきりしたわけだ。異世界定番モンスターのプヨプヨしたやつやら、緑色の子鬼を倒して、レベルを十まで上げなければならない。

 未来が開けたようで、嬉しくてしょうがない俺は、代わり映えのしないステータス画面をニヨニヨと眺めた。



 木霊 レベル2(レベル10で進化)

 【スキル】

 恐怖耐性1 歩行1



 うん、まぁ、分かってはいるけど変化無し。

 とりあえずこの恐怖耐性が生えたのはあのなにかが体の表面を這った時で、歩行が生えたのは土から引っこ抜けた時だろう。

 ニョロニョロと移動しながら俺は、ステータスについて考察を重ね――。


 ん? うぉっ!?

 いや、気づけよ俺っ!

 あがってるっ!

 いつの間にかレベルが二にっ!

 何があった?

 え、俺いつの間にかモンスター、プチッと踏み潰してた?

 え?

 えっ?

 なにこれなにこれっ!?


【レベルは土から栄養を摂取したり日光を浴びることで上がります】


 んんっ?

 栄養に日光?

 あ、あー、うん、日光ね。なるほどなるほど。

 大木に囲まれて今まで日にあたる事の出来なかった俺は、無意識のうちに日当たりの良い場所を目指して足を動かしていたらしく、今いる場所は、頭の天辺あたりにたっぷりと日の光を浴びることが可能だ。

 言われて見れば確かに、今までにないほど体の奥底からびっくりパワーが沸いてきているのが感じとれる。


 ふへへっ、俺、日光浴びてるだけで楽々レベルアップ!


 別にモンスター倒して俺tueeeして異世界最強だぜ、とかしたかった訳じゃないし――いや、ちょっとはしたかったかもだが、でもこういうイージーモードは正直大歓迎だ。

 前世の平和ボケしてた俺からすれば、実を言えばモンスターを倒す覚悟なんて微塵もなくて、血とか肉とか生々しいことへの忌避感は半端ない。さらに、今の俺に他のモンスターを倒す実力があるか、というとそれはかなり怪しいと言わざるを得ないのだから。


 ふっふー!

 俺の太陽光無双が今始まる!


 俺は一人、ニヤニヤホクホクしながら、日光に当たる角度を工夫したり、ニョロニョロともっと日当たりの良い場所を目指して、根っこ移動を続けた。






 さて、日光浴を始めてから、ずっと絶好調だった俺だが、現在早くもスランプに陥っている。


 すてーたすさん、ちょっと質問があります。


【なんでしょうか】


 七レベルになった後、全くレベルが上がらないまま太陽が二回昇りましたが……。


【土に根っこを突っ込んでください】


 ええっ、な、何故っ?


【日光のみでレベルが上がるのは初期だけです。そろそろしっかり土の中の豊富な栄養素を摂取していきましょう】


 そ、それはちょっと無理というか、無謀というか、命知らずというかぁ……。


【……それでは、小まめに移動が必要となりますが、芽吹いたばかりの植物から生気をわけてもらって下さい】


 すてーたすさんの、冷え冷えとした声に挫けそうになりつつ、俺は言われた通りに、とにかくよさげな苔や雑草を捜して歩く。


 えっと、すてーたすさん、すてーたすさん。この新芽さんなんかよさげかなと思うのですが、生気をわけてもらうってどうしたらいいのでしょうか?


【あれです。根っこの先を触れ合わせて、グッとしてニョーンとします】


 え……ぐっとしてにょーん?


 突然謎の擬音祭りに突入してしまったすてーたすさんに心が挫けそうだったが、俺はとりあえずキラキラと輝く新芽さんに根っこの先でちょんと触れてみる。


 ぐっとして? にょーん? んぐぐぐっ、ぐっ! にょーんっ!

 ふぉっ、なんかきたっ。

 正直すてーたすさんの無茶ぶりに泣きそうになっていた俺だったが出来てしまった。

 ふひょぉぉ……なんかすごくポカポカあったかいパワーがぎゅこぎゅこ吸い取れちゃうこの快感。


 その後、俺は植物さんたちとの触れ合いの為に移動しまくった。

 植物達から感じるどことなく好意的な空気に癒されつつ、俺はレベルを稼ぎまくる。

 途中、でかくてキモイ三十センチサイズの蛾に飛び掛られたり、でかくて肉食っぽい、やっぱり三十センチサイズのカマキリに威嚇されたりする不幸に遭遇したが、進化のためなら俺はどんな苦しみだって耐えられるのだ。


 あ、ちょっと言い過ぎたかもしれない。ちょびっとだけなら耐えられ――。


【進化できます。進化先を選んで下さい】


 え、進化? うぉっ! そんなことより、あそこ飛んでるの三十センチサイズのテントウムシっ。こぇぇっ!

 てか、この森の虫のサイズって全部三十センチで固定なのか?

 あああっ、まじで嫌なんだけ――。


【そんなことより、進化先を選んで下さい】


 あ、はい。


 俺はひとまず精神安定のためにも虫の見えない場所を探して静かに移動した。すてーたすさんの淡々とした言葉に込められた怒りパワーに屈したわけではない。



 木霊 レベル10(進化先を選んで下さい▼)

 【スキル】

 恐怖耐性6 歩行6



 ときめきながら開いたステータスには見慣れない三角マークが押せとばかりにチカチカと点滅していた。

 進化先を選んでってことは、この三角を視線でタップしたら進化先の候補が出てくるわけだ。

 インテリ眼鏡とかマッチョ筋肉とかダンディ髭とか、イケメンの種類を選ばせてくれるのか……?

 なんなら片目だけ違う色だったり右手に刻印とか、意味ありげな大きな傷とかさー……。

 一瞬の間に俺の脳内をいろんなタイプのイケメンが駆け巡り、夢溢れるオプションまで妄想は広がる。

 俺って、意外と煩悩に溢れてるぅ、とニヨニヨしながら、押せとばかりに点滅している三角を視線でタップした。



 【進化先】

 森精(非常に長命な森の乙女。餌は男の体液。存在として強い)

 樹人(歩く木の上位精霊。養分は森の恵み。存在として弱い)



 やばい、想像してたのと全然違うのがでた。

 これ……森精って長命で確実に人型なのは魅力的だが、性別が女で餌が男の体液ってどうなんだ?

 その乙女の通った場所には干からびた男の屍が転々と――って禍々しすぎだろう。完全に人間達から討伐対象にされるのが確定のやばい奴。

 しかし、絶対に選んじゃ駄目なやつなのに、すごいストレートに強いとか弱いとかで俺を揺さぶってきてるのが怖い。

 まぁ、それでも強さって大事だし、男をだまして死なない程度に少しだけ血を分けて貰えばいいわけで、迷いが全くない訳では――。


【体液とは血液ではなく精液です】


 俺は迷わず、樹人を選択した。

 女なんて選ぶわけがない。だって俺、男の中の男だしっ!



 樹人 レベル1(レベル20で進化)

 【スキル】

 恐怖耐性6 歩行6 














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