麗しの最弱神の甘い根っこ~知力も体力も勇気もやる気も全てない俺にとって愛され体質は邪魔でしかない~

ほやほや神様

第1話

 気付くと俺は森の中でポツンと突っ立っていた。


 俺、どうしたんだ?

 深夜のコンビニバイトで挨拶の声が小さいし顔も気に入らないと、しつこく絡み謝罪を求めてきた客に何度も頭をさげ、謝罪文まで書かされた俺はちょっと、いや、だいぶイラついていた。さらに明け方には酔客のゲロまみれのトイレ掃除までするハメになり、イラつきはピークだったと言える。

 愚痴を零しながらすごく草臥れた状態で一人暮らしのアパートに辿り着いた俺は、ストレス発散のために大量に買い込んだ甘いコンビニスイーツを寝る前に食いまくってやろうと全部並べて、紙パックのコーヒー牛乳にストローをブッ刺した……ところまでは覚えているけど、その後のことはさっぱりだ。


 で、現状……明らかに人の手が入ってない鬱蒼と巨木の生い茂る薄暗い森の広がる光景。すげぇやばい。

 まぁ、今現在の俺の身体のほうがもっとやばいんだが……。

 記憶の糸を手繰ってみた結果と現状を見るに、俺はたぶん死んだんだと思う。

 死因はなんだろう。甘いもの食いすぎとか? ストレスで頭パーンとか?

 いまいちはっきりしない死因は置いておくとして、今はっきりしていることは残念ながら俺は人間に生まれ変われなかったということだ。


 ……枝、だよなぁ。なんかカッサカサで茶色くて、水分が不足しているっぽい。

 足、いや、根っこも土に埋まっているし……あ、いや埋まっているというより土からニョッキリと生えているというのが正解なのか?

 溜息をつきたい気持ちのまま、自分の姿を前から後ろから満遍なく確認する。

 目もないのになんで自分の全身をしっかり見れるんだろうとか、不思議ではあるけど生まれ変わってすぐの俺には分かる訳がない。


 とりあえず俺、木になってたりする?


 最後の抵抗か、しまりのない疑問形になってしまったけど、残念ながら冗談ではなくて真実だ。


 今の俺は森の中で何の変哲もない木になっている。


 どうしてこうなった? いや、そういえば……。

 寒空の下、何度見渡しても変わらない絶望的な現状を持て余していた俺は、先日の記憶をふと思い出す。


『生まれ変われるとしたら何になりたい?』


 少し前に学校で適当につるんでいる連中と交わした、暇つぶしとしてはありきたりなそんな会話――。


「えー、生まれ変わりとかめんどくせぇよ。とりあえず人間」


 だるそうにスマホから目を離すことなく、答える長髪。

 うん、お前ってそんな奴。


「百八十五センチのすっごいイケメン。あ、あと、立派な胸板」


 意外に食いつきよく、わかりやすい具体的意見を出したのは、ゴツい金髪角刈り。

 何かあったのかなこいつ……女に振られたか?


「金持ちの芸能人。あ、金髪の外人もいいな」


 眼鏡の真面目君の意見は割りと欲望にまみれていた。

 なんかイメージ変わったわ。


「今のままでいいよ。俺は俺のままがいい」


 あ、うん、俺、お前嫌い。


「「「「で? お前はどうなの?」」」」


 えぇ、俺にもその話題振るわけ?

 うーん、そうだなぁ……。


「あー、えっと、木? でいいや」


 人間になりたいって奴が多数を占める中、『木になりたい』と結構本気で答えていた俺は少し、いやかなり人間不信気味だったことは否定出来ない。


 まさかだけど、そんなことでこんなことに?

 理不尽すぎだろ。

 地面にしっかり根付いた自分の根っこをジッと見つめながら、涙を出す機能がついていない今の身体を俺はすごく残念に感じていた。


 今、すごく泣きたい……。





 木に生まれ変わったらしいということは、なんとか理解した。まぁ、こんな身体じゃどうしようもないだけなんだけど。

 前世の自分の名前とか肉親の顔とかは、薄ぼんやりとしていて、そのおかげか以前の自分への未練みたいなものは綺麗さっぱり感じることはないけど、日本人として生きた記憶や関わりのあった人間の顔や名前はかなりはっきりと思い出せた。

 今の俺は前世の記憶を持ってこうして思考出来ているけど、本当に何の変哲もない木なんだろうか、と疑問に思う。

 いや、もしかするとこの周辺の木も全部俺と同じ状況な可能性もあるのかもしれない。

 人間なら目で見える一方向しか見えないはずの視界だけど、俺は自分自身や周囲の様子を全方位見ることも感じ取ることも出来ている。

 俺が知らなかっただけで、木にはこんな不思議機能が備わっていたのだろうか。謎は深まるばかりだ。

 そもそも、ここは日本なんだろうか。

 人の手が完全に入ってない原生林というものだと思うけど、日本のどこにこんなすごい場所があるんだ?

 周囲で生い茂っているのは、葉がすっかり落ちた落葉樹のようで、かなり背が高く幹が太い。とんでもなく長い樹齢の木であることが窺える巨木ばかりで、圧倒されてしまう。

 雪が薄く降り積もっている所から今の季節が冬だとわかるが、身長約一メートル五十センチ、ほっそりスマートボディの俺は、葉っぱも全部枯れ落ちた状態で、寒空の下ポツンと佇んでいる。

 周囲を巨木に囲まれ、絡み合った枝に遮られて曇り空が少し見える程度の残念な場所で、晴れていたとしても日なんて当たらないと、俺はしょんぼりするしかない。






 衝撃の目覚めから二十回太陽が昇った。俺は特に何も変わりなく木の姿のまま毎日を送っている。

 今日も寒いし空はどんより曇っていて憂鬱だ。


 あ、どうもどうも、田中さん、今日も寒いですねぇー。


 ん? ああ、今のはさ、隣に生えている巨木の田中さん。

 彼は元サラリーマンで、ブラック企業の過酷な労働に耐え切れず三十七歳独身でお亡くなりになった人、という設定の元、俺が毎日話しかけているお隣さんだ。


 え、いや、そんな寂しいとか、病んでるとか、そんなんじゃ……いや、うん。

 俺にだってちゃんと娯楽もあるんだ。

 冷たい風がピューっと吹いて俺の細い枝が揺れるのを感じたり、たまーに田中さんに差す(低身長の俺には差さない)太陽の光を眺めて楽しんだり、俺にだって少しくらいの娯楽は、うぅっ、娯楽は、う、うぅ……、田中さぁぁんっ!


 ん、ごほんっ!


 とりあえず現在のところ冬眠中らしい俺は、暖かい間に貯蔵しておいた栄養をちまちま使いながら、春に芽吹くための冬芽に貢ぐことが唯一の仕事で、とにかく春を待ちわびている。


 そうそう、その冬芽がとにかくかわいいんだ。

 銀白色のキラキラふさふさした毛皮を被っていて、その驚異的なかわいらしさといったら!

 春になったら土の栄養をチュウチュウ吸い上げたり、太陽の光をガンガン浴びまくって――ま、まぁ、今は立地的に厳しいかもだが――背が伸びたら浴び放題だろうし、とにかく暖かくなりさえすれば、もっともっと冬芽ちゃんに貢いであげられる。ただの木でしかない俺だって、何かを分解したり何かを放出したりで、忙しくなる予定なんだ。

 ぶっちゃけ、そんな些細なことを想像しただけで興奮出来てしまうほど、孤独と暇に俺の精神は追い詰められていた。






 しっ、し、し、し、しずむゆうひ。

 ひっ、ひ、ひ、ひ、ひとりぼっち。

 ちっ、ち、ち、ち、ちっそくしそう。

 うっ、う、う、う、うまくいきができない。

 いっ、い、い、い、いきるのがつらい。

 いっ、い、い、い、いとしのぉー、きみよぉぉー、ふるきよき、おもいでぇー、やさしいあなたのぉー、ねがいよとどけぇー…………。


 はぁ、今日も寂しいし寒いし寂しいし寒い……。


 一人しりとりも、一人歌を歌うのも、一人黄昏るのも、飽きた……。

 太陽が昇る回数を数えるのも、止めてしまってから大分経つ。

 機械的に冬芽ちゃんに栄養を与えたり、毎日の日課をとりあえずこなす。ほんと、すぐに終わっちゃう日課だけどな……。

 早く春に――なったからって何が変わるんだろう。いや、寒いよりは暖かいほうが、まだましか……。

 まし、だよな?


 泣きたい。






 あ、どうもどうも、田中さん、最近暖かくなってきましたねぇ。

 なんか根っこからパワーを感じちゃったり、俺なんか春初心者っすからウッキウキですよ。

 それにしてもどれだけの年月を重ねれば、そこまでの長身になれるんでしょうねぇ――。


 今日も隣の田中さんの天辺付近に、太陽が差し込んでいるのを眺めながら、俺はペラペラと一人喋っている。

 少し前までどんよりした天気ばかりだったが、最近は爽やかな青空だったり、いけてる風がピューっと吹いたり、少し変化が感じられるようになってきた。

 ポツンと一人、人恋しさで狂いそうな日々を過ごした俺だが、ようやく少し明るく前向きな気分になってきている。

 ふんわり暖かな匂いを纏った風を体いっぱいに受け、少し蕾が綻んできたようにみえる冬芽ちゃんの変化に浮かれていたその時の俺は、自分に迫っている危機に気づくことが出来なかった。

 それは思いもしていなかった春の弊害というやつで、逃げることも出来ない俺の根元に、ひっそりと潜んでいたその小さな違和感は、緊張感無くうふうふと浮かれていた俺に、突如牙を剥いたのだ。






 ええと、突然なんだけど、俺もちょっと恐怖でぐちゃぐちゃで、グルグルで、混乱していて、自分が何言ってるんだかわかっていないんだけど…………。



 な に か が い る。



 俺のお年頃で敏感な根っこの近くで、先ほどから何かがうごめいている。

 今更な事実だがそれは寒い冬の季節、ずっと俺に寄り添うように、土に埋まっていたなにかだ。

 緑の新芽で周囲が賑やかになり始めると共に、そのなにかは活動を開始したのだろう。

 モゾリモゾリとうごめくそのゾッとする感触に、全神経を傾ける時間は、俺の精神をゴリゴリと削っていく。


 そしてとうとう俺の体の上を、なにかが這いずる感触が!


 う、ぎぃゃぁぁぁぁっ!


 俺はその瞬間、半狂乱で飛び上がった。

 いや、比喩ではなくて、なんと物理的に土から根っこを引きずり出しながら、俺は飛び上がっていた。

 そして無我夢中で根っこをニョロニョロ器用に動かし、這いずり回った後、俺はようやく我に帰る。


 あれ、これ、俺……どうなってる?






 もともと、俺の虫嫌いは周囲の理解を得られないレベルで、実物はもちろんのこと、写真であっても触れるのも見るのも駄目な、人からの共感を得にくいひどいものだった。

 昆虫図鑑など手にとることは出来ないし、テレビで出てくる虫の映像だって正視出来ず、目を逸らすしかない。

 虫を見て奇声を発する俺に大げさすぎる演技か、と心無い言葉を投げつけるデリカシーのない奴とは仲良くなれなかった。

 まぁ、何がいいたいかというと、俺は病的に虫嫌いなやつだったのだが、でもだからといってこんなことってあるのだろうか。


 おそるおそる、先ほどまで俺が生えていた場所に戻り、無残に掘り返された土を眺める。先ほど身体の上を這った虫の姿は見えなくてホッとしたが、その土に触れる勇気は俺にはない。


 俺、木、なのに歩いて――んん?

 木、だよな?

 てか……ずっと当たり前にここは地球だと思っていたけど、ここはそもそも地球なのか?

 自分の種族も立ち位置さえも分からなくなった俺は、ふと思い出す。こういう時の決まりごとがあるじゃないか。

 俺はブルブル震えながらも念じた。



 す、すてーたす、おーぷん……………………。



 な に も お こ ら な いっ!


 うわぁぁぁっ!

 はっず、恥ずかしっ。わかっていたよ、わかっていたさっ!

 でもさ、だってさ、ほらさっ。異世界とか、異世界とか、異世界とか、流行っていたしっ!

 この状況って、ほら、そーいうことかなって、思うじゃんっ!


 フォン


 !!!!!!


 取り乱し、心の中で必死になって、言い訳を叫び散らしていた俺の眼前に、かすかな音と共に、透明な画面が開いた。


 え、開いた!?

 おっそ……え、でも、開いたな?

 いや、でも、おっそいっ!

 あ、うん、でも、えっと、開いたは開いた?


 ……おっふぅ、うん、間違いなく開いてる。

 オーケー大丈夫だ、落ち着け俺。


 瞬時に落ち着きを取り戻した、冷静でクールな俺の目に映った透明な枠っていうか、窓っていうか、ステータスの内容はこちら。



 木霊 レベル1(レベル10で進化)

 【スキル】

 恐怖耐性1 歩行1



 すごくしょぼい、泣いてもいいかな。










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