チャプター1-5

 

「おい! 止まれ止まれ! そこ二人!」

「げ……」

 

 眼鏡の英語教師、学年主任の相田あいだみつるは般若のような顔をしながらホールのソファから立ち上がり、自動ドアを潜った直ぐの場所で賢三と小太郎を止める。

 

「幾ら、今が夏休みの期間だからって────」

 

 スンとした顔で賢三と小太郎は満の話を右から左に聞き流す。

 

「相田センセ……」

「はい?」

 

 どうやら他の教師も居たようだ。

 

「今はまだ夏休み期間ですし、犯罪を起こした訳でもないですから、その辺りで。バスタオルを借りてきますので……相田センセ。戻っていただいて大丈夫ですよ」

 

 ニコニコと仏のような笑みを浮かべた恰幅のいい社会科教師の小田牧おだまききよしが満を部屋に戻るように促し、カウンターから二枚のバスタオルを借りて入り口に立っている二人に渡してきた。

 

「随分とやんちゃしましたね……」

「あ、あはは、すみません」

 

 賢三は白色のバスタオルで頭をガシガシと拭く。隣を見れば渡されたタオルで小太郎が首の辺りを拭っていた。

 

「私もとやかく言いたくはありませんが……あまり迷惑をかけませんように。ホテルなのである程度は大丈夫だと思いますが」

「ああ、はい。ホント、すみませんハイ」

 

 居心地の悪さを感じて賢三が謝る。

 小太郎も何となく察したのかペコリと頭を下げた。

 

「ていうか、先生たちってこれから部屋でお酒飲んだりするんですか?」

 

 小太郎は何が気になったのか突然に質問をぶつけた。

 

「……多分ですけど、相田センセが率先してやりますね」

 

 ストレスが多いんですよ。

 聖はそう言って苦笑いする。

 

「小田牧先生はやらないんですか?」

「……まあ、僕は一人でしっとりとの方が好きなので。と言う訳ですので、何かあったら保険の林道センセか、お酒が飲めない熊谷くまがいセンセにお願いしますね。熊谷センセは205号室ですので、基本的に男子は熊谷センセに、女子は林道センセですから」

 

 大きな体を揺らしながら聖はエレベーターに向かって歩いて行ってしまう。

 

「あー……早く風呂入ろうぜ」

 

 小太郎の声に顔を向けて素っ気ない返事をひとつだけ。

 

「そうすっか」

 

 何にせよ、こんなに気色の悪いものを何時迄も身に纏っている趣味は二人にはない。

 エレベーターに乗り込んだ瞬間に狭い密閉空間に磯の香りが漂った。

 

「臭ぇ……」

「これ、他の人が乗ってきたら明らかに俺ら迷惑な客だよ────」

 

 ポーン。

 エレベーターが止まり、アナウンスが流れた。

 部屋まではあともう一つ上なのだが。

 

「────な?」

「失礼するわよー……って、臭っ! 磯臭い!」

「あー、悪い悪い」

「あれ、喜多と柏木? 何でアンタら濡れてんの?」

「……海ではしゃいだんだよ」

 

 小太郎がため息を吐きながら説明すると、馬鹿にするような呆れ顔をみせる。

 

「へー……」

「んで、お前は風呂か?」

「そう! 結構良いお風呂らしいのよね。あんまり誰かと一緒にお風呂に入りたい訳じゃないから……こうして時間を見計らってた訳」

 

 ポーン。

 

「あ、じゃねー」

 

 エレベーターが止まり、扉が開くと彼女はさっさと出て風呂に向かって早足で歩いて行ってしまった。

 

「あいつ、相変わらずだな」

「……俺はあんま知らんけどな」

 

 小太郎の方が彼女に関しては知っている事が多いようだ。

 

「結構、一人が好きらしいんだよ。話すのが嫌いって訳じゃないらしいんだけどな」

 

 ただ、群れるのが嫌いなんだと。

 語る小太郎に「そう言う人種も居るのか」と神妙な面持ちを浮かべて顎を摩る。

 ジョリ。

 少し、髭が伸びた気がしないでもない。

 

「俺には分からない感覚だな。常に長谷部が俺の近くに居た訳だから……それが当たり前になってて、離れると寂しさもあるし」

「俺はお前の惚気話を聞きたい訳じゃねぇんだよ。で、風呂上がったらUNOやる?」

「参加者は?」

「現状、部屋のメンバーだけだけどな……」

「しかもそれ予定じゃねぇか。八時回ってるけど居るとも限らんし」

「……二人でやるか?」

「そもそも、こんだけ早くホテルに戻る予定ないんだよ、普通はさ」

 

 実質、夏休みという訳なのだから。

 戻ってくる時間に関しては規則があるとはいえ、厳密に守らなければならない時間は定められていない。

 

「馬鹿やったな、ホント」

「マジで馬鹿だよな、喜多」

「元はと言えばお前……いや、俺か?」

 

 海に誘って、水をかけられたとは言えタックルを当てて、先に海に倒したのは賢三だ。問題を考えてみれば八割は賢三が原因であると言っても過言ではない。

 

「まあ、良いや。うん、気にしてねーよ喜多」

「だよな。お前は男がデカいよ、UNO柏木」

「え、何それ。めっちゃ良いじゃん、UNO柏木」

「UNOって言葉の意味知ってるか?」

「スペイン語で一番って事だろ?」

「番は付かねーんだよ」

 

 ポーン。

 エレベーターが彼らの部屋のある階層で止まった。

 

「んじゃ、着替えとタオル持って、ここな」

 

 四人一部屋を与えられているのだが。

 

「ん? 何でお前こっちくんだよ?」

「……柏木、お前部屋番号は?」

「四〇七」

「俺もなんだよ」

「マジかー」

 

 小太郎も賢三も驚いてはいるが、嫌がっている訳ではない。

 

「まあ、退屈しないし、お前とで良かったよ、喜多。てな訳で、風呂上がったら枕投げか?」

「やんねーよ。深夜はテレビアニメ見て過ごすのが俺のルーティンなの」

「夜更かしか? だからお前チビなんだろ」

「黙れ、平均。大して変わんねーんだよ」

「五センチは大した差ですけどねぇ?」

 

 賢三がカードをかざして部屋の鍵を開けて、扉を押す。

 

「窓から海見えんのが良いよな。リゾートって感じで」

 

 しみじみと賢三が呟けば「ああ」と素直な答えが返ってくる。鞄から着替えを取り出して濡れないように持ち抱えて、二人は部屋を出た。

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クリアーブルー ヘイ @Hei767

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