チャプター1-3

「ただいまー……って、あれ?」

 

 日も沈み時、ホテルの入り口で美海と別れて、何の気もなしにホテルに入ると既に集会は終わったのかアキラが待っていた。

 

「ようやく帰ってきたわね。ほら、長谷部さんが待っててくれたわよ」

「もう、集会終わったんですか?」

「ええ、そうみたいね。でもさっき来たばっかりだから」

 

 思った以上に早く終わった様だ。

 六時からでも待たされると思っていたのだが、予想は外れたようだ。

 

「大丈夫か?」

「船酔い? もう、すっかりな」

 

 アキラの質問に賢三は大した事でもないような返答をする。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 姫乃が言うと、二人も彼女の後に付いて歩きエレベーターに乗り込んだ。食事会場は二階の様だ。

 

「うわっ、すっげー良い匂い」

 

 食事はビュッフェ形式ではなく既にテーブルに置かれている物を食べるようだ。とは言っても、量が少ないわけがない。

 他の生徒が食べているのを見たところ、サザエやホタテ、他にも赤魚の煮付けなどもあるようで、海鮮物に富んだ島国という事に間違いはないようだ。

 

「こっちだよー、長谷部ちゃん。……帰ってきたんだ、喜多」

「んだよ、歓迎されてないみたいだな」

 

 二人は席につくと、賢三の方へと有栖は不満げな視線を向け続ける。

 

「歓迎してないんだよ!」

「こいつ、可愛くないな。おい、この小学生の教育、お前の担当だろ早瀬」

 

 正面に座った青年に眉根をひそめながら文句を垂れるが我関せずと言った様子だ。

 

「……アリス。コイツがいくらクズでも今は飯の時間だ。あと、ケンゾウ。お前はあんまりアリスを揶揄うな」

「おお……悪い悪い。飯が不味くなるってか?」

 

 そういうことだ。

 燐は肯定の返事を返しながら黙々と食べ物を口に運ぶ。

 

「そういや、お前も俺のこと名前で呼んでたな。忘れてたわ」

「……何のことだよ」

「でも、お前男だし、どうでも良いか。真也クンみたいな可愛げが無いし」

「誰だよ、ソイツ」

 

 説明もしていないのだから分かるはずもない。ただ、彼が一人で語っているだけ。

 

「あれ? 珍しいな、喜多」

「おん? 何が?」

「名前呼びだよ、名前呼び」

「そうか?」

 

 アキラに指摘されて考えてみれば確かに名前呼びは珍しかったかもしれない。自分の事を名前で呼んでくる燐にすらしていなかったのだから。

 とは言え、呼び方など余り気にする事でもないだろう。

 

「まー、どうでも良くない?」

「んー、じゃあオレのことアキラって呼ぶ気には……」

「長谷部で困る事ある?」

「ないな」

 

 有栖は気に食わないと言うような目で賢三の事を睨みつけていた。

 

「て言うか、お前ホテルの外で何やってたんだよ」

「えー……まあ、別に。色々」

「良いじゃんか、教えろよ」

「美海チャンに島の案内してもらいながら、ホテルの周りをうろちょろしてた。あ、美海チャンてのは日焼け肌の可愛い女の子でね」

「…………」

 

 アキラの顔は険しくなるが、話した事で興が乗り出したのか賢三の口は止まらない。

 冷えたお茶の入ったグラスを口に傾けつつ、燐は様子を窺っていた。

 

「他にもさっき言った真也クンとかにも会ってね。同じグループになれたら良いなって」

「……そうかよ」

「あれ、長谷部。もしかしてイライラしてる?」

「別にイライラしてねぇよ」

「してるじゃん」

「してねぇって!」

 

 怒鳴り声を上げられて仕舞えば賢三も言い返せない。こうなってはアキラが落ち着くのを待つ他ないと、結論づけてアキラから視線を逸らして目の前の料理に意識を向けた。

 

「なあ、なんかしたか俺?」

「自分で考えろよ」

 

 賢三が燐に尋ねるも素っ気ない態度を取られ、どうしたものかと視線を彷徨わせれば馬鹿にする様な笑顔を見せる有栖が目に入る。

 

「……ご馳走さん」

「え、早くね? 俺と一緒に来たよね?」

 

 箸を置いて賢三の言葉に反応も見せずにさっさと出て行ってしまう。

 

「あ、じゃあ私も行くね。じゃーね、早瀬」

「おう」

 

 残されたのは男子二人。

 燐と賢三だけだ。

 

「なー、早瀬」

「んだよ」

「アキラって呼んだ方良いのかな?」

「……さあな。そんな特別なモンでもないだろ」

「だよなー。俺はちょっと名前で呼ばれると新鮮な感じするけど。別にさー、自然な方で良くない?」

 

 呼びやすい方で構わないだろう。

 人の名前なんて相手によって変えるものだ。燐の呼び方にしたって、早瀬と呼んだ方が賢三にとってはしっくり来たという話なだけだ。

 

「俺の方が折れるべきなのかな……」

「…………まあ、好きに悩めよ。俺は見てるだけだから」

「うーむ……じゃ、保留」

「んだ、そりゃ」

「だって、ご機嫌取りとか思われたくないし」

 

 下手に出たら出たでプライドは安くないという話にもなりそうだ。

 

「なあ、俺サザエの食い方あんま知らんのだけど……」

「しゃーねーな。ちょい貸せ」

「おー……センキュー。良い嫁さんなるよ、早瀬クンは」

「誰が嫁だ、誰が」

「それともあれか。毎日、林田の面倒見てっからか?」

「…………毎日ではねぇよ」

 

 面倒を見ている事自体は否定しない様で、賢三も失笑する。

 

「ちょっとだけ言っとくが、アリスもアキラも女なんだからな?」

「そりゃあそーだろ。逆に女以外の何だってんだよ」

 

 本当の意味でこの言葉の意味を賢三が理解しているのかどうかは怪しい。

 彼が分かっていると言ったところで誰が証明するというのか。

 

「……それでケンゾウ。この後の話、聞いてるか?」

「へ?」

 

 ────自由時間らしいぞ。

 

 

 

 

 

「なるへそ。飯食べたら、一応夏休みって名目だから就寝時間まで好きにして良いと。学校にしてはさいっこうの待遇だな」

 

 すっかり暗くなった島の空。

 星は向こうよりも綺麗に見える。

 

「あ、喜多! UNOやらん?」

「やんねーわ」

「マジか」

「柏木。お前、それしか言えんのか?」

「いや、他の奴も誘ったら流石に島見てくるって言い出して」

「二人きりでUNOするつもりだったのか?」

「え? なんか悪い?」

 

 自由時間をUNOで潰すとは愚かな話だ。

 いや、どの道飽きるだろうが。

 

「なあ、柏木。ちょっと海行かね?」

「んー……オッケー。アキラは誘わなくていいのか?」

「今はちょっとな」

 

 賢三は居心地が悪い様な感覚がして、足元の石を軽く蹴り飛ばす。

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