チャプター1-2

「おーおー、ガキどもが遊んでんなぁ」

「この時間は学校も終わってるし……」

「あっちは?」

 

 公園で遊び回る子供達の他に、ベンチに座り込んでいる中学生程の少年の姿も見える。

 

「さあ?」

「ちょっと声かけてくるね」

 

 公園の中に入って行って、ベンチの方へと迷わずに進み、背後に立つ。

 

「へー、こう言う女がタイプなんかー。良い趣味してるね。俺も嫌いじゃない」

 

 賢三が覗き込んだ先には思春期男子が求めてやまない、所謂成人向け雑誌と言うものだ。

 

「いやいや、田中たなか蔦子つたこは皆んな好きだって……」

 

 齧り付くように見ていた少年二人の内の一人が対して気にした様子も見せずに答えていたように思ったが、実際は気が付いていなかっただけだ。

 無防備にも程がある。

 

「良いよなぁ、胸もデカいしグラビアも色んな雑誌で載ってる。でも、俺としてはもうちょい胸ちっちゃい方がいいかな」

「……誰?」

 

 怪訝そうな顔をしながら賢三の顔を見て端的に尋ねてくる。

 

「喜多賢三。ほら、聞いてないか? 他所様から客が来るって」

「あー、そう言えば校長が言ってたな」

 

 思い当たる事はあったようだ。

 

「あれ、でも学校で来るんですよね?」

「あー、何か今、集会とかしてるみたいだけど、俺は欠席でさ。まあ、乗り物酔いがひどくてなぁ」

 

 ひょい、と少年が手に持っていた雑誌を取り上げる。

 

「ほーほー、へー……。ま、俺が持ってても宝の持ち腐れってな。返すわ」

 

 ホテル泊まりといえど別に一人で泊まるわけでもない。夜中に使う事など出来るわけもないだろう。

 

「で、君たちは?」

「俺は辰巳たつみ龍馬りょうま。んで、こっちが────」

 

 親指で指すと、ぺこりとお辞儀をする。

 

「あは、蔵部くらべ真也しんやです。よろしくお願いします、喜多賢三さん」

 

 ニコニコとした顔を見せつけてくるが、何とも言えないような胡散臭さが醸し出されている。中学生の持つ雰囲気ではない。

 

「で、喜多さん、何で僕らに声かけたんですか?」

「暇だったから?」

「暇で見ず知らずの中学生に声掛けるか?」

 

 龍馬はどこか不服そうな表情をしているが、真也はポーカーフェイスというべきか一定の笑みを絶やさない。

 

「なあ、龍馬クン」

「んあ?」

「こいつ、ずっとニッコニコなんだけど……ワライダケでも食べたのか?」

 

 ぷっ。

 何て吹き出すような音がして笑い声を爆発させたのは龍馬だった。

 

「だぁっはっはっは! だから拾いもんには気をつけろって言ってたのにな!」

「……龍馬、うるさい」

「うわっ、え? 怒ってる時も笑ってんじゃん」

 

 どうなってんだろ。

 賢三が観察するように顔を近づけて、じぃっと音が出そうなほどに見る。いや、観るという方が適切か。

 

「ちょ、顔近いですよ」

 

 思った以上に少女よりな、それも整った顔立ちのせいで存外純朴な少年にとってはハードルが高い。

 

「あ、目ね。うんうん、目は口ほどに物を言うって言うけど、お前アレだな。表情には表れにくいけど目見れば一発だ」

 

 今はそう。

 人差し指を立てて。

 

「照れてるな?」

「別に、照れてませんけど?」

 

 ニヤリと笑って「嘘つき」なんて言ってやれば、彼の動揺がよく見える。

 

「ほらー、目見れば一瞬だぞ」

 

 じっと視線を合わせ続けていると真也は目を逸らした。

 

「何やってるんですか、賢三さん」

「あ、美海チャン。いやー、この子面白いんだよ!」

 

 真也の隣に立ち賢三は彼の肩に腕を組むが、顔をあげようとはしない。

 

「目が素直でかわいーんだよ」

「……そうなんですか?」

 

 流石に恥ずかしいと言う思いが強かったのかすぐ近くの龍馬の手首を掴んで真也は顔を見せないように歩き去ってしまった。

 

「あれ? 俺、なんかやっちゃった?」

「中学生くらいの歳って、子供扱いされたくないんじゃないですか?」

「あー、そう言うアレか」

 

 わからないこともない。

 正直、賢三も周囲からの評価に対して思うことが無いわけでもない。だから、可愛げのないような口調や振る舞いをしている。

 だから、あの胡散臭いような笑みも彼なりの大人に見せる方法だったのかもしれない。

 うんうんと、腕を組み数度深く頷く。

 

「……取り敢えず、不用意なことすると面倒な事になりますよ?」

「え? やっぱり、何かやらかしてた?」

「いえ、知らなくてもいいことだと思いますけど。あと勝手な妄想なので」

「えー、もしかして俺って妄想の中で……、美海チャンってば思ったよりヤラシー」

「…………ほら、行きましょうよ」

「え、ちょっと否定してよ。冗談なんだけど」

 

 もしかしたら。

 流石に有り得ないだろう。

 美海が目の前の賢三の顔を見上げれば、一概に否定できないのだから何とも言えなくなってしまう。

 

「美海チャンって、この後予定とかないの?」

「無いですよ」

「そっかー。うーん……まあ、同じグループになれると良いね」

「そうですね」

「後は真也クンと龍馬クン。あの坊主頭はちょっと遠慮するけど」

 

 多分、突っかかってくるだろうし。

 などとため息を吐けば、美海も同様で納得するかのような表情を浮かべた。

 

「さっきの子達、気に入ったんですか?」

「特に真也クンがね。龍馬クンも素直だけど、目合わせると真也クン、可愛い反応するんだよねぇ」

 

 だから悪戯とかしたくなるタイプなんだよ。何て賢三が口角を上げて言えば、美海も彼が性質タチの悪い人だと察したようだ。

 

「長谷部とかにも紹介してやりたいよ。多分、アイツなら気にいるだろうし」

「長谷部?」

「ん、俺の幼馴染なんだよ。長谷部アキラ。俺のこと、ずーっと苗字で呼ぶからさ、俺もアイツのこと苗字で呼んでんの」

 

 まあ、他の奴らも変わんないんだけどさ。

 などと言って笑えば、美海も少しだけ嬉しいような気がしてくる。

 

「思い返して見れば、賢三って呼んでくれたのってそんな多くないしな。そう言う意味じゃ美海チャンみたいな人、久しぶりかな」

「そうなんですか」

「割と新鮮な感じだ」

 

 名前の呼ばれ方一つでおかしな話ではあるが。

 

「まあ、長谷部のことに関しては俺の悪戯心みたいな物なんだよ。どっちかが折れれば終わる話なんだけどさ」

「……頑固なんですね」

「呼び慣れちゃったってのもある、お互いにさ。家族がいる場面で会うなんて事もあるのにさ」

 

 相手の名前の呼び方は変えずに、他の人の言い方を変えるのだ。お互いに。

 

「好きなんですか?」

「好きだよ」

 

 臆面もなく彼はけろりとした様子で言葉を吐き出す。

 

「幼馴染って、実際は中々良好な関係築けないらしいけど俺は上手くやってると思うな」

 

 だから、嫌いにならない。

 喧嘩しても仲直りできる。

 友達よりも仲のいい存在。ただ、親友と言えるかどうかという話では、そこまで密であるとは言い切れない。

 

「美海チャンは?」

「幼馴染って……学校のクラスメイトは大体幼馴染みたいなものですから」

「あ、そっか。じゃあ純粋な友達って初めてか……」

「え……と、賢三さんが、ですか?」

「嫌か?」

「嫌じゃないです」

「ん、じゃあ宜しくな。この島の初友達ってやつ。お前にとっては何の関係もなかった初めての友達って奴」

 

 差し出した手が握り返されるのを待っていれば、美海もぎゅっと掴む。

 

「賢三さん、手冷たいですね」

「あー、ホテル出る前まで保冷剤持ってたからなー」

「気持ちいいですね」

 

 初めて美海の笑顔を見たかもしれない。もしかしたら今日一番、賢三にとっては価値のあるものだったかもしれない。まだ青い空、影は差さず彼女の笑顔がはっきりと見えた。

 

「いやー、美海チャンの手柔らかいなぁ」

「ちょ、離してくれません?」

「あれ……セクハラなのかな、コレって」

 

 素直な感想を述べただけだと言うのに、世間は許してくれないのだろう。

 

「そうだ、美海チャン。この島ってさ駄菓子屋とかあったりする?」

「有りますよ。まだ開いてますし、今から行きます? 結構近くですし」

「うん! 行こう! いやー、行ってみたかったんだよ」

 

 中々、行ける距離にはなかったのだ。

 駄菓子屋を目的に長い距離を休日に出歩くような気分にもなれなかったが、こうして近くにあると言うなら行ってみたいと考えるのも仕方ないだろう。

 

「昔ながらの駄菓子屋って奴にさ」

 

 

 

 

 

 

「……らっしゃい」

 

 外装はいい。

 昔ながらと言った感じだ。

 ただ、中で待っていた店員は長い金髪を後ろで結わえた胸の大きな女性。口にはタバコの様な物を咥えている。

 

「何だ、ガキじゃねぇのか」

「お姉……さん、だとっ……?」

 

 予想と違う。

 ここはもっとこう、優しそうなお婆さまがカウンターにいるものだという先入観。

 

「しかも勤務中なのにタバコ吸ってるし」

「タバコじゃねぇ。んちゅ……そう言うお菓子なんだよ。食べるかい?」

 

 先程、口から取り出したココアシガレットをカウンターに肘をつきながら差し出してくる。

 

「あ、それなら貰いますよー」

「やんねーよ、バーカ。金払いな」

 

 ケラケラと笑いながら、ひょいと右腕を下げた。

 

「で、何だ。美海も来たのかい?」

「久しぶり」

「おう。値引きはしねーぞ?」

「いいよ、別に」

 

 知り合いの様で軽い言葉のキャッチボール。賢三も既に切り替えていたのか駄菓子を物色している。

 

「おおー、ゲームもあるなぁ……」

「やるかい?」

「いや、それはまた今度で。駄菓子を一つか二つ……」

 

 この後に夕食も控えているのだから余り買いすぎるわけにも行かないだろう。

 

「きなこ棒とかどうだ? 美味いぞ」

「あ、じゃあそれ二本」

「あいよー、二〇円な」

 

 小銭を二枚。

 

「ねえ、うめさん」

「うん?」

「今年の清涼祭、何やるの?」

「わたあめよ、わたあめ。コスパ良いんだわな」

 

 賢三が楽しんでいる間に二人は会話をするが、そこまで長い話にもならない。

 

「ほら、サービスはしねえけど何か買ってけよ、美海」

「じゃあ、私は飴かな」

「一〇円な」

 

 きなこ棒を食べ終わった賢三は当たりがなかった事を確認してから携帯電話を取り出すと、時刻は一七時四七分を示している。

 

「あー、美海チャン。俺、そろそろホテル戻らんと」

「あ、そんな時間ですか?」

「うん、もう五〇分なるし」

「もう帰るのかい? また来なよ、客なら歓迎さ。ご来店、ありがとうね」

 

 彼女は相変わらず、どこか気だるそうで、ニヒルな笑みを浮かべて賢三達を見送った。

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