耳と口

息を吸う。喉に刺さる。

夜はあっという間に冬を纏い、町の表面を撫ぜていく。


マフラーもしてきてよかったかもしれない。

ファスナーを限界まで上げて縮こまる。

みやこさ〜ん、聞こえてます〜?」

「うん、聞こえてる」

イヤフォンからの声に応える。

ビデオ通話はオフにしてスマホはポケットに突っ込んだ。


佳奈かなとの電話の最中にふと思い立ち、夜道を散歩することにしたのだ。

「外、寒くないですか?部屋ん中でよくないですか?」

「寒いよそりゃ、夜だもん。こんな御時世だし少しは運動もしておかないと」

「夜道は危険ですよぉ」

「人気のないところにはいかないよ、安心して」

イヤフォンの奥の方から、金属の擦れる音が響く。窓を開けているようだ。

うっすらと聞こえる町の声は、私を包むそれと雰囲気を異にしている。


「うっわさんむい風吹いてるしっ」

「無理に付き合わなくていいよ、こっちは好きでやってるんだから」

「いやいや、先輩と同じ空を眺めるためですから。このくらいやってやりますよ」

「ガラス越しでも月は見えるでしょ、大島さんの部屋からだったらさ」

返事の代わりに、んぐ、と喉を絞ったような音がした。

意地悪だったかもしれないけど、こういうやりとりは楽しめるうちに楽しんでおくに限る、と思う。


「ほら、離れていても同じ空の下で同じ空気を吸っているんだって思えば、より近くに感じられるじゃないですか、その、京さんを」

「さっきまで普通に言えてたのになんで急に照れてんの」

「意識するとなんだかむず痒くなっちゃっヒクシュッ!」

遠慮のないくしゃみが響いて耳が痛い。

「せめて厚着はしてね」

「はい〜」

ずびずびと鼻を啜る音がする。こっちは恥ずかしくないのか。


冬のアスファルトを踏む感触はどこか寂しい。

こぼれた小石の転がる音が、薄く遠くへ消えていく。


「なんか今日の月、大きいですね」

「私、まだ見えてないや」

「早くしてくださいよ、風邪引いちゃいますよ、私が」


代わりに彼女の息遣い。

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