第4話 卒業旅行

 夜、自室で旅行パンフレットを眺めながら、コネクト・ミーを立ち上げた。


 現在の俺:卒業旅行どこがいいと思う?

 過去&未来の俺:沖縄

 現在の俺:さすが俺。息ピッタリ。

 未来の俺:冬にしては暖かいし、飯も上手いしね

 現在の俺:ソーキそば、ゴーヤチャンプルなどなど

 過去の俺:修学旅行は沖縄の予定。今から楽しみ

 現在の俺:そう言えばそうやったな。一つ苦い思い出を思い出す……

 過去の俺:え、何かあったの

 未来の俺:お楽しみに

 現在の俺:お楽しみだ

 過去の俺:嫌な予感しかしないんだけど……

 現在の俺:人は噛み潰した苦虫の数だけ成長するのだ

 過去の俺:やべー、なんか行きたくなくなってきた

 未来の俺:ちんすこうが待ってるぞ!

 現在の俺:いや、紅芋タルト一択だろ!

 未来の俺:いやいや、どう考えてもちんすこうが最強でしょ!

 現在の俺:紅芋タルト!

 未来の俺:ちんすこう!

 過去の俺:二人とも俺なのに……。味覚が歳とともに変わるというのは本当だったのか

 現在の俺:お前はどっちなんだ!

 未来の俺:ちんすこうだろ!

 現在の俺:いやいやいや、紅芋タルトに違いない

 過去の俺:そもそも、どっちも食べたことがありません

 現在&未来の俺:そりゃそうか


 翌日の朝ご飯の時間に、俺は家族の前で卒業旅行の話を持ち出した。

「今のところ沖縄を考えてる」

「旅費は自腹ね」

 母さんが即答する。

「俺にバイトしろと」

「いえす」

「父さんも同意見?」

 確かに財布のひもは母さんが握っているが、大黒柱である父さんが旅費を出すのをオーケーすれば出してもらえるだろう。

「何事も経験だ。支払い期日に間に合わなかったら貸してやるから、バイトしてみなさい」

 オー・マイ・ガー。折角の休みなのに、バイトをすることになりそうだ。

 待て、考えろ俺。別に沖縄にこだわる必要はない。もっと近い場所にすれば費用は抑えられる。いやー、しかし……。

 俺は中学の卒業旅行で食べた紅芋タルトの味を思い出す。濃厚で上品な紅芋の甘さが口いっぱいに広がる、何個食べても飽きることのない、至福の時間。

 やっぱり、沖縄だな。

 沖縄一択だ。

 ならば、次に考えなければならないのは、バイト先だ。効率的に稼げるところにしないと、マジで休みがバイトと沖縄旅行だけで終わっちまう。あるいは、父さんから後払いも可って言われたし、いっそのこと短期じゃなくて大学が始まってからも続けられるバイトをするのもありかもな。

 どうしようかなと思っていると、「兄貴、うちの友達がカテキョー探してたよ。その子もK大目指してるって。K大合格生の兄貴ならオーケーしてもらえるかもよ」と薫が耳寄りな情報をくれた。

 家庭教師はありだな。時給は高いし、大学生になってからも続けられそうだ。

「その子に連絡頼んだ」

「ラジャ―」

 薫は箸を持った手と反対の手で携帯を操作する。器用なことに箸の動きは止まらず、皿の上のトマトがどんどん薫の口に放り込まれていく。行儀の悪さを気にする人間はうちにはいなかった。

「親に訊いたらオーケー出たってさ」

 早! まさに即断即決。

「ちなみに時給は?」

「今度家に来て話そうって。そのときに時給とか週何日にするかとか決めましょうってさ」

 俺の面接も兼ねてるってことかな。まあ、そりゃそうか。いくら薫の兄とはいえ、向こうからすれば他人も同然。一度会ってちゃんと話をしたいってなるだろうな。

「オーケー。俺は基本暇だからいつでもいいって伝えといて」

「明日はどうって」

「いける」

「明日の十時に決定! その子の家の場所はあとで兄貴に教えるね」

「サンキュー」

 バイト先すんなり決まりそうでラッキー。

 そういや、なんでバイトの話になったんだっけ?

 ああ、そうそう、沖縄だ、沖縄。卒業旅行の資金集めだ。

「お土産何がいい?」

「「「海ぶどう」」」

 さすがは家族。息ピッタリであった。

 ちなみに――俺は海ぶどうが嫌いだ。

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