四節 カールの思惑
ジョーはその夜、眠ることが出来なかった。
どうしても昼に見た光景を忘れることが出来なかったのだ。
涙が流れだし、必要以上に眼が潤わされる。
脳が、本能が、恐怖という信号を絶え間なく発信する。明日を生き延びるため、反省と研鑽を促す。
気晴らしにジョーが砦内を歩いていると、ある一室から光が漏れているのを認める。
廊下の至る所に燭台が設置されているが、通常この時間に部屋に明かりを灯したりはしない。
気になったジョーはその扉に近づき、聞き耳を立てた。
「トーマス君、君には失望したよ。何だあれは、あんなのが勇者だとでもいうのか」
「そう言わないでください、カール殿。あいつは本質的に戦士ではないんです」
聞こえてきたのは聞き覚えのある声。
話の内容が自分のことであるとジョーが悟ると、興味はますます湧いてくる。
「ふん、戦士でないというのなら、あのMWだけを使えばいいのだ。あのような少年には宝の持ち腐れだろう」
「あいつ以外には動かせんのです。それができるなら、俺たちで使っています」
「どうだかな。嘘を言ってるんじゃあないのかね? 君はどうも詰めの甘いところがあるからな」
ジョーは身震いする。
実際嘘なのだから、本格的に調べられてしまえば判明してしまうかもしれない。そうなれば、ろくな未来は待っていないだろう。
今更ながらに、彼は薄氷の上を歩くがごとくぎりぎりの状況にあることを察知する。
「俺たちでも調べました。嘘は言ってないと思います」
「聞き出せばよかろう。多少荒いことをしてでもな」
「正気ですか!? 今ジョーを失えば皇国は終わる! 代わりがいないんだ!」
トーマスは必死にカールを引き留めているようだ。
その様子は、激しくなった物音からも想像できる。
「君もリチャード様も……それに陛下もどうかしている。あのような子供に期待するなど――」
「実力は貴方の師匠が保証している! それでも信じようとはしないのか!」
「……あの方も老いたということか。まあいい、今後は勝手に出てくれなければそれでいいのだからな」
靴が床を叩き、扉に近づいてくる音が聞こえると、ジョーは急いで近くの曲がり角まで逃げる。
幸い二人はジョーとは反対の方向へと歩いて行った。
「……どいつもこいつも……自分勝手言って……!」
ジョーの呟きは、誰にも聞かれていない。
――――――
――次の日の昼
その日の朝は珍しく襲撃がなかった。
大勢の兵士たちがひしめく食堂では、「勇者の活躍によって大打撃を受けたからだ」という噂で持ちきりである。
それを聞いていたジョーだが、悪い気はしなかった。昨日の夜の話を聞いた後では尚更だろう。
幸か不幸かジョーの顔は殆ど知れ渡っていなかったため、特に詰め寄られることもない。
久方ぶりの忙しくない昼食が食べられることに喜びながら、ジョーは配膳された盆を手に、空いている席を探す。
今日のメニューは硬そうなパンと見知らぬ豆の入ったスープである。口には合わないだろうが、無いよりはマシな料理の数々だ。
僅かな癒しである食事を手に、人数の割にはそんなに広くない食堂をジョーが見渡していると、彼の知っている人物が手を振っているのが見えた。
「ジョー君! こっち空いてますよぉ!」
戦う男たちの中ではかなり浮いてしまっている女性、シェリーである。
よくも今までガラの悪そうな男に因縁をつけられなかったものだと、ジョーは思う。
ジョーはありがたく、シェリーの向かいの席へと座る。
「お久しぶりです。ここ最近見てませんでしたけど、どちらへ?」
「聞いてくださいよ! トーマスさんったら酷いんですよ! 「お前ははっきり言って邪魔だから、掃除でもしてろ」って言うんですよぉ!」
確かにトーマスの言い方は酷いとジョーも思う。……彼も同意見ではあったが。
「……で、本当に掃除してたんですか?」
「はい」
ジョーは恐らく勘違いしているが、掃除と言うのは何も砦の中だけではない。戦闘後には大量の『生ゴミ』が発生し、放置すれば疫病の温床となってしまう。
食事中なのでシェリーも言わなかったのであろうが、『掃除』というのはつまるところ、死体の処理も含まれているのである。
「まあ、そんなところですねぇ。他にも――」
「彼女には色々と手伝ってもらっているよ。ここにはあまりいないタイプの人材なのでね」
「貴方は――」
ジョーとシェリーの会話に、一人の男が入ってくる。
癖のあるくすんだ金髪の中年男性だ。他の兵士たちよりも、華美な鎧に身を包んでいる。
ジョーはその人物に見覚えは無かったが、その声に聞き覚えがあった。
「カールさん……ですか?」
「ああ、そうだ。こうして顔を合わせるのは初めてだね、勇者殿」
カールは遠慮なしにシェリーの隣の席に腰を掛ける。
それを受けて――というわけではないが、ジョーの目は険しくなる。
「シェリー嬢には助けてもらっているよ。さすがはドライヴァーの娘だ、トーマス君には感謝しないといけないな」
「ドライヴァー?」
「あ、私の家の名前です。そういえば名乗っていませんでしたね」
彼女といい、ピーターといい、なぜ最初からそう名乗らないのかとジョーは心中で憤る。
カールに向けるはずの目を、思わず向けてしまう。不当に睨まれたシェリーは、少し怯えていた。
「君にも昨日は助けてもらったな」
「ええ、『戦士』でもないのにでしゃばってすみませんね。できることなら、ブレイバーを譲り渡したいんですけどね。なんせ、『宝の持ち腐れ』ですからね」
昨日の夜との態度の違いに腹を立て、思わずジョーは噛みついてしまう。
「……聞いていたのだな?」
「さて、どうでしょうか? でも一つだけ言っておくなら、夜中はもうちょっと声を抑えたほうがいいと思いますよ。貴方も、トーマスさんもね」
「え? え? どういうことですかぁ?」
薄ら笑いを浮かべ、嫌味を吐くジョー。
爽やかな笑顔を浮かべていたカールの表情は、真顔へと変わる。
そして、いつの間にか知らない話に巻き込まれているシェリーは困惑するばかりである。
「昨日聞き耳を立てていたのは君だったか。大した話でもないから放っておいたが――」
「いや、仮にも国が認める勇者に不信感を抱いているんですから、気にしてくださいよ」
ジョーは呆れたように言い放つ。相手の立場のことなど、完全に頭から抜け落ちている物言いだ。
「ちょ、ちょっとジョー君! 何言ってるんですか!」
「知りたいなら、後でトーマスさんに聞けばいいと思いますよ」
「そういうことじゃ――」
「ふん、実のところ君のことを勇者だと信じている人間などほとんどいないのだよ。それに――」
吹っ切れたような表情でカールは語りだす。
それを見ると、ジョーの嫌らしい笑みが仏頂面へと変わる。
「リチャード様は君のことを買いかぶっているようだが、私は昨日確信した」
「何をですか。いや、その前にリチャードって誰ですか」
聞き覚えのない名前を出され、ジョーは困惑した。思い出そうとするが、やはりそのような名前の人物など心当たりがない。
そうしていると、シェリーが状況を把握できないなりに首を突っ込んできた。
「えっと、リチャードって……機兵戦争の英雄、リチャード・タイラー将軍ですかぁ?」
「え!? 機兵戦争って確か……大昔の話ですよね……?」
「それがまだご存命らしいんですよ」
シェリーが詳しく語り出そうとすると、カールがわざとらしく咳き込んだ。
その意味が解らないわけでもないジョーは、口を閉ざして視線を戻す。シェリーもまた、出過ぎた真似をしてしまった事を恥じるように押し黙った。
「……リチャード様のことはいい、問題なのは君に資質がないことだ。戦士としてのではない、足りないのは心構えだ――」
カールは五本の指でシェリーをを指す。その振る舞いは、どこか優雅さを感じさせる。
戦闘中は勇敢な戦士だとジョーは感じたものだが、彼もまた貴族なのだということだろう。
「その点で言えば君は彼女にも敵わないだろう。なぜならば、彼女にも戦う理由があり、優先すべきものがあるからだ」
「え……そ、そんな――」
「僕にはないって、なぜ思うんですか!」
おだてられ、たじろぐシェリー。
それを傍目に、ジョーは不服だとばかりに抗議する。
「君は敵を目の前にして手加減をしていた、躊躇をしていた」
「それの何が悪いんですか!」
「守るべきものがあるならば、そんなことはしないはずだ」
カールは見抜いていた。ジョーには本来戦う理由などなく、守るべきものもない。
強いて言えば、今の彼は自身の命と心のために戦っているのだ。自らの生命を守り、無駄な殺生を避けようとしているのだ。
つまりは保身であり、保心である。それを思い知らされると、沈黙するしかない。
「……」
「わかるようだな。信用以前の問題で、私は君とは共に戦いたくないのだよ」
「カ、カール様、そんなに言うことないんじゃ……ジョー君も頑張っているのは間違いないですし……」
「だから増長するのですよ。はっきりと突き付けるべきなのです。そしてそれは、本来貴女の上司でもあるトーマス君がやるべきことです」
ジョーは悔しそうに顔を歪める。
彼は別に戦いたくなどないが、そのように言われれば気を悪くするのだろうし、言い返せないことを歯がゆく思うのだろう。
「……でも、昨日は僕がいなきゃ負けてたじゃないですか」
ジョーは静かに呟く。その言葉尻には、僅かな怒気さえもが感じられる。
「……何?」
「ブレイバーがなければ押されていたでしょう!」
ここだとばかりに、ジョーは事実を突きつける。
テーブルを叩き、「言い返してみろ」と言わんばかりの顔つきである。
「確かにそうだ。しかし、それは君の力ではない。あの機体の性能だ」
「でも僕じゃなきゃ動かせない! それに……性能を引き出せるのも僕だけだ!」
繰り返すが、ジョーは決して戦いたいわけではない。ムキになっているだけなのだ。
感情的になって、優位に立とうとしているだけなのだ。
――だが、タイミング悪く鐘は鳴ってしまう。
「敵襲! 敵襲!」
伝令の怒鳴り声が響くと、兵士たちは食事を中断して動き出す。
木製の食器が床に散乱しても、味気のないスープがぶちまけられようとも、誰も気に留めたりはしない。
「ふっ、そこまで言うのならば見せてもらおうか。今日は前線に出たまえ」
「……わかりました」
意固地になったジョーは引き下がることが出来ず、承諾する。
「え!? ランドール将軍の命は――?」
「後で私が話しておきます。トーマス君へは貴女から伝えてください。勇者殿を借りる――と」
「え、えぇっ!?」
「では、お願いします」
困惑するシェリーを置き去りにし、カールとジョーは格納庫へと向かって駆けだした。
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