三節 黒い影

 ジョーはトーマスの指示を受け、拡声器で周囲に警告後、ブレイバーをしゃがませた。


「言った通りにしました! 次はどうすれば!?」

『もう、わかるだろ』

「わかりませんよ! 全然!」

『ん? わからんのか?』

「わかるように言ってください!」


 トーマスは部隊のリーダーを務める男ではあるが、その資質には問題があるとジョーは感じている。

 大抵は人任せで自分では何もできない男と言うのが、今の彼の印象だ。

 ――最も、長というのは大抵そのような役回りなのだが。


 それはいい。今は関係のないことだ。

 しかし、その指揮にすらジョーは疑問を感じることが多い。今のようにかなり不明瞭に指示を出すこともあるのだ。

 彼からすれば、なぜ誰も不満を口に出さないのかと思わずにはいられない。


 そのようなことをジョーが考えていると、トーマスの言葉が続く。


『――あー、何だ、あれだよ、あれ……』

「はっきり言ってください!」

『光の矢だ。何て言ったか……そう、レーザー・マシンガンだ!』


 トーマスはどうやら武装の名前を思い出すことができなかったらしい。


 なぜこんなにも思い出すのに手間がかかったのかとジョーは疑問に思った。

 そして、思い至る。今に至るまでに、彼は武器の内蔵されたMWを見たことがなく、それどころか弓矢以外の射撃武器すら目にしたことがない。

 そう考えると、アークガイアの人間には『レーザー・マシンガン』などと言われてもピンと来ないのかもしれないと、思い直した。


 そして提案されたのは、レーザー・マシンガンの欠点の一つである、設置位置の高さの解決法。

 そんな簡単な方法を今まで思いつかなかったことを、ジョーは恥じた。


「なるほど……そういうことですか」

『確か狙い撃ちもできるんだろう?』

「やってみます!」


 意気込むジョーはレーザー・マシンガンを起動し、右目に投影される映像を照準に切り替える。

 肩の赤くないアーミーに狙いを定め――そして、トリガーを引いた。


 ブレイバーの頭の角から発射された光は多くの戦士たちの頭上を駆け、アーミーの胴に着弾する。

 狙われたアーミーが爆発を起こし倒れると、戦場が揺らいだ。


「なんだ、あれは!」

「天の怒りか!」

「いや、勇者の一撃だ!」


 どよめきは、ブレイバーの操縦席まで響く。


 危険だと直感したのだろうか。帝国のアーミーの何体かは走行形態に移行し、多くの人間をね、轢きながらブレイバーへ迫る。

 それと対峙していた皇国のアーミーも続いて変形し、それを追う。

 多くの肉を挟んだ履帯の動きは心なしか鈍いようにも見えた。


「来るなっ! 無理にこっちに来るなぁっ!」


 あまりの惨劇に、操縦席で叫ぶジョー。

 その光景に死んだ際の痛みを思い出した彼は、自身も気が付かないうちに涙を流している。

 彼は、迫りくるアーミーを優先的に狙い撃った。最初は操縦席を外すように狙っていたが、もうそんな余裕はない。


 光弾が次々とMWの胴を貫く。

 その反応は様々。動かなくなるだけであったり、その場に倒れ伏したり、爆発をおこす物もあった。


 そして、ジョーは次のターゲットへと狙いを定める。

 しかし――


「なんだこいつ! 速い!」


 ジョーはそれに照準を合わせることができない。だが、彼の言うように実際に速いわけではない。

 他の機体と違い、真っ直ぐに接近してこないのだ。そして、狙いを定めたタイミングに合わせるように切り返す。


 結果、ジョーは既に何発も無駄撃ちしている。

 余分なエネルギーの消費を抑えるため三点バーストの要領で発射していたのだが、既にバッテリーの残量は三割を切っていた。


『ジョー、聞こえるか! 黒いユニークマシンを優先的に狙え!』


 今ジョーが狙っているのがその機体である。

 そんなことを知らないトーマスは、無神経に指示を飛ばす。


「やってますよ! でも当たらないんです! 狙えないんです!」


 ジョーは苛立ちのまま怒鳴った。

 そうしていると、一体のアーミーが黒い機体に対峙し、剣戟を始め出した。よく見ると、その機体はアーミーとは違う。


 アーミーのオリーブ色に対し、それはカーキ色。

 脛にはアーミーの最大の特徴でもある、履帯が無かった。

 そして、直立の姿勢で走行していたことからブレイバーやストライカー、それに目の前の黒い影と同じユニークマシンであることが伺える。


『――聞こえるか、勇者殿!』

「誰です!?」

『貴方は!』


 ジョーのヘッドギアに、知らない声が響く。

 トーマスの驚き方からすると、知人なのであろうことは彼にも伺えた。


『このガドマイン砦の防衛部隊の隊長を務めている、カール・サクソンという!』

『やはりカール殿か!』

「で、そのカールさんが何の用ですか!」


 ジョーは今も黒いMWを狙い続けている。

 これまでの猪口才な動きに加え、味方らしきMWが邪魔でなかなか撃てない。

 故に彼は焦り、顔も知らない人間だろうと容赦のない言葉を紡ぐ。


『黒い奴は私がこの<ファイター>で食い止めておく! その間に他の奴を片付けてほしい!』


 その言葉で、カーキ色の機体に乗っているのはカールらしいことをジョーは察する。


「でも……!」


 ――強敵を放っておけば、更に被害が拡大する。

 そんな思いに駆られるジョーは、素直に受け入れることが出来ない。


『数が減れば撤退するはずだ! ユニークマシンと言えども、物量には勝てんのだからな!』

『ジョー、ここはカール殿に任せておこう!』

「……わかりましたよっ!」


 いきなり方針を変えたトーマスに腹を立てながらも、ジョーは矛先をアーミーに変えた。


 ブレイバーの放つ光は多くのアーミーを葬る。

 その場にいるほとんどの者は、その光景を見ても理解が及ばない。天罰のようにすら見えていることだろう。


「勇者……?」

「勇者なのか……?」

「勇者だ! 本物の勇者だ! 救世主の再来だ!」


 それが『勇者』の操るMWから放たれているものだと知れわたると、皇国兵の士気は高揚する。

 嬉々として人殺しに励むようになった者たちは、より残虐に剣を振るいだした。


 逆に帝国の兵士は怯えだし、その表情が絶望に染まる。

 まるで禁忌に触れたかのように、無抵抗で蹂躙される物さえいた。


 左目でその光景を見ているジョーは、複雑な感情を抱く。

 皇国側に勝ってもらわねば彼としては困るのだが、自身が殺人衝動を助長しているのかと思うと、どうにもやりきれない。


『撤退だ! 総員撤退!』


 黒いMWから女の声が響く。

 ジョーは安堵する。もうすでにバッテリー切れを起こす寸前であったのだ。


 号令に合わせ、帝国軍は引き下がりだす。

 しかし、興奮が最高潮まで達した皇国兵による蹂躙は止まらない。

 逃げる者の背に容赦のない剣が振るわれる。


『やめてください! 逃がしてあげてください! 勝敗はついたんです!』


 ジョーは悲痛な声で叫ぶ。

 だが、目に狂気の宿る兵士たちは止まらない。


『やめろっ! とまれよっ! とまれって言ってるだろぉっ!』


 スピーカーのヴォリュームを最大にしてジョーは叫ぶ。訴える。

 それでも動き出した人の波は止まらない。耳すら貸さないのだ。まるで、聞こえていないかのように。


『勇者殿、止めないでやってほしい。彼らの中には友を失ったものだっているのだろうから』

「見逃せって言うんですか! こんなのをっ!」


 カールの考えていることが、ジョーはわからない。

 怒りがジョーの口から吐き出される。


『そうだ、戦士たちが士気を保つためには必要なことだ』

「人道的じゃないって言ってるんですよっ!」

『落ち着け、ジョー! どっちみち、俺たちに止められるものじゃない……!』


 人々は衝動のままに、感情のままに殺戮を続ける。それをブレイバーで止めるわけにもいかない。生身などもってのほかだ。

 トーマスの言葉に納得させられたジョーは悔しさを噛みしめ、黙ってその光景を見守る。


 帝国の軍勢が粗方退くと、ファイターは剣を天に掲げた。


『敵は去った! 我々の勝利だ!』


 カールが拡声器で勝鬨かちどきを上げる。

 兵士も狂ったように歓声を上げ、勝利を喜ぶ。とても嬉しそうに。


 そして、倒れて取り残された帝国のアーミーに兵士たちは群がりだし、そのハッチをこじ開け、操縦者である騎士を引きずり出す。

 生きている者は、捕虜になるのかとジョーは考えた。

 ――しかし、それは大きな間違いである。


「嘘だろ……!?」


 無理やり降ろされた騎士を、大勢の人間でなぶり殺す。

 殴り、蹴り、剣で四肢を雑多に叩きつける。

 全身が傷だらけになろうが、骨が折れて腫れようが、肉が削ぎ落され骨が露出しようが、部位が欠損し断面から血をたれ流そうが、命を落とし動かなくなろうが、止まらない。止められない。


 笑い者にされながら、敗者たちは死んでゆく。

 その光景を見ているジョーは、人間の残虐性を余すことなく味わされた。


「これじゃ……僕のしたことは何だったんだよ!」


 そしてその日、彼は人格を否定されたのだった。

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