二節 初めての戦争

「敵襲! 敵襲だっ!」


 早くに目を覚まし、暇を持て余したジョーは格納庫でブレイバーの調整を行っていた。

 そこへ、襲撃の知らせが入る。


「MWを出す! どけ!」

「ご武運を!」


 伝令を受け、どこか気品を感じさせる者たちはアーミーを発進させる。彼らこそはこの国を支える戦士、高貴な生まれの貴族たちである。

 出て行ったアーミーは識別のためか、肩が赤く塗られていた。――ジョーから見ればムラだらけの拙い塗装であったが。


 そんな中でも、ジョーとブレイバーはその場を動かない。そのように厳命されているからだ。

 そして、それは外に停めてある商隊の馬車やトレーラーも同様である。


「今日は早いな」


 それは、アーミーと入れ替わりで入ってきたトーマスのつぶやき。


「ブレイバーの整備をしていたので」

「お前じゃない、敵の話だ。いつもはもっと明るくなってから来るだろう?」

「そうでしたっけ?」

「そうだ」


 アークガイアには時計の類は無い。

 時刻と言う概念すら無く、時間の感覚は『空が明るくなってからどれだけ経ったか』あるいは『どれだけ空が明るいか』くらいのものだ。

 影の伸び方も一定であるため、明るさを除いては時間の経過を詳細に知る方法がないのだ。

 そのあたりの大雑把な感じ方は、ジョーには共感できそうもない。


「今日は本格的に攻めてきたんだろうな」

「ああ、そうだろうな。今日は四十機……更にはユニークマシンもいる。放っておけば落ちるだろうな、ここは」


 そう言って近づいてくるのはリックだ。いつもはベンの持ってくる情報を彼は話す。


「情報の収集はベンに任せてあるといっただろう」

「来る前にカールと会ったのでな。ついでに教えてもらったのだ」

「カール? だれです、その人」


 ジョーの初めて聞く名前である。

 持っていた情報からすると、それなりの立場の人間であることだけは、彼にも伺えた。


「爺さんの知り合いだ」

「へぇ、そうなんですね」


 ジョーの問いに、トーマスはあたりさわりのない返答をする。

 別にジョーとしてもどうでもよかったのか、気の抜けた返事であった。


「ところで、カール殿の協力は得られたのか?」

「急ぎだったのでな。簡単に伝えてはきたが、返事は得られていない」

「仕方がないか。ここでのんびりしている訳にもいかんし、今回は勇者殿の威光を借りる方向でいこう」

「人を便利に使うのはやめてくださいよ」


 嫌そうに顔をしかめるジョー。しかし、目を合わせたトーマスはそれを無視して話を続ける。


「ジョー、俺はお前の名前を使って門を開けさせてくる。ブレイバーで来てくれ」

「……はい、わかりましたよ」


 ジョーは渋々と言った声で返す。


「……すまないな」


 トーマスは少し申し訳なさそうに眉を顰めると、リックに視線を移した。


「俺もブレイバーと共に打って出る。爺さん、あんたは中に敵が入ってきたら仕留めてくれ。何人か使っていい」

「ほう。ベンの小僧ではなく、吾輩でいいのか?」

「ああ、こういうのはあんたの方が適役だろう。その後の判断は任せる」


 トーマスがベンによく頼る理由がジョーにはわからなかったが、この状況でリックを頼ることの意味はもっとわからなかった。

 彼にはベンがただの無口な大男にしか思えないし、リックはさぼり癖のある老人程度にしか見えないのだ。


「――じゃあ、頼むぞ!」


 トーマスは駆け出し、一足先に格納庫を出た。

 ジョーはブレイバーに乗り込み、リックは集まってきていた商隊のメンバーの何人かに指示を下している。


 初めて駆り出される戦場――それに臨もうとするジョーの心は、緊張と憂鬱でいっぱいであった。

 シートベルトを締める手が震えるほどに――



――――――



 ガドマイン砦は大きな外壁に囲われている。

 壁の上には大勢の兵士たちが立ち、絶え間なく火矢を放っている。


 戦場の熱気は、すぐ内側でも感じ取ることができた。

 命のやり取りをする者たちの叫び、嘆き、そして悲鳴――

 それらが亡者たちの狂宴のように、響いてくるのだ。


 そしてトーマスはそんな場所で、門を管理している者と対峙していた。


「おい、開けてくれ! 勇者殿の出陣だ!」

「駄目だ! 今開ければ敵が入ってくる!」

「そこは俺の配下が何とかする!」

「なら、その勇者殿を連れてこい! 話はそれからだ!」


 トーマスは必死に説得するが、兵士は話を聞こうとしない。

 「どうするべきか」と彼が悩んでいると、MWが地を踏み鳴らす音が聞こえてくる。

 振り向くと、そこにはブレイバーがいた。門に向かって一歩一歩と歩いて来ている。

 ブレイバーから距離をとり、リックやベン達も近づいてきていた。


「あれこそが勇者殿の操るマシン・ウォーリア、ブレイバーだ! さあ、開けてもらおうか!」


 トーマスはブレイバーを指し示し、意気揚々と要求する。

 兵士は困ったような顔をしているが、トーマスからすればそんなことは知ったことではない。

 放っておけば、砦は陥落してしまうのだから。


「……わかった。だが、通すのは勇者殿だけだ! 貴様らは待機していろ! 長く開けていればそれだけ危険が増す!」

「いいや、俺たちも出させてもらう! 勇者殿を一人で出すわけにはいかんだろう!」

「聞き分けのない奴だ! それならば、開けん! 勇者殿共々戻ってもらおうか!」

「くっ……!」


 ――戦場にジョーだけを出すわけにはいかない。

 それは、トーマスの意地であった。


 皇帝によって無理やり駆り出されているだけのジョーを、一人で戦わせるなど彼のプライドが許さなかったのだ。ましてや、その原因の一端は自身にもある。

 しかし――


『僕なら大丈夫です! ブレイバーだけでいきます!』


 ブレイバーの拡声器から声が響く。

 ジョーはブレイバーに搭載されている集音マイクで会話の内容を聞いていたのだろう。


「――だ、そうだが?」

「……わかった。俺たちはカバーに専念する」


 当のジョーにこの場でそう言われては、彼としても首を縦に振るしかない。


「ならばよし! 開門だ!」


 男は周りいる数名の部下たちに指示を下し、門を開けさせた。


 そして、ブレイバーは戦場に向かって歩き始める。

 黙ってそれを見送るトーマスの瞳は、揺らいでいた。



――――――



 ブレイバーに乗るジョーは、心臓の高鳴りを抑えられない。

 何せこれから彼が赴くのは、命を懸けた戦いの場なのだ。


「……っ!」


 胸の苦しさに、思わず手で押さえてしまう。


 ――そして、門が開かれる。

 その瞬間は、『能力』が発動していないジョーでも、緩やかに感じてしまう。

 彼を待ち受ける舞台が、ゆっくりと姿を現し――


 全貌を確認したジョーは目を見開き、息を止めた。


「……何だよ、これ……!」


 ジョーは戦争と言うものを理解していたつもりであった。

 争いのない国に生まれても、史実や創作で学んだものと思っていた。

 そこには一応の秩序があり、条約や指揮系統に従って行われているものであると考えていた。


 ――しかし、目の前のそれは違う。


 広がるのは、人の海。その中に立つのは、マシン・ウォーリア。


 人間たちは手に持った剣で、野蛮に相手を殴りつける。

 殴られたものは体がひしゃげ、破壊され、倒れて動かなくなる。

 ――恐ろしいのは、味方同士でこれをやっているのが散見されることである。


 MWも人間と同じく戦いを繰り広げている。

 しかし、人とは違う機械の体だからか、お互いに熟練の戦士だからなのか、なかなか決着はつかない。装甲が剥がれてボロボロになろうとも、完全に動かなくなる瞬間まで戦い続けているのだ。


 そこには戦術もへったくれもなく、ただただ人の尊厳を失った殺し合いが繰り広げられているのみであった。

 そして、動けなくなったモノは戦場を彩る絨毯じゅうたんとなり、戦士たちによって踏み荒らされ、より無残な姿へと変貌を遂げる。


「どうすれば……どうすればいいんだっ!」


 ブレイバーは門を出たところで立ち止まっていた。

 もう、機体を進めることはできない。なぜならば、大勢の味方兵士がひしめくこの場所で、移動などさせれば無駄に死傷者を増やしてしまうからだ。


 既に門は閉じている。逃げ場所など、もうない。

 ジョーがそれを悟ると、ヘッドギアからノイズが入ってきた。誰かが通信を試みているのだ。


『――聞こえるかジョー! 中に入り込んだ敵の掃討は終わった!』

「は、はい! どうすればいいんですか、これ!」


 声の主はトーマスであった。

 そして、このタイミングでの通信は、ジョーにとって天の導きにも等しいものであった。


『落ち着け、まずは状況を教えろ。ピーターにも壁の上から見させてはいるが、このトレーラーに来るまでには時間がかかる』

「人が多くて進めないんです!」

『蹴り飛ばせ。常識だぞ』


 残酷なことを淡々と答えるトーマスに、ジョーは戦慄する。


「そんなことできるわけないでしょう! こんな時に冗談言わないでくださいよ!」

『え? いや、冗談は言っていないが……まあ、いい。「気に食わなければ言え」と言ったのも俺だからな』


 トーマスは随分と前の約束を蒸し返す。それはその場限りの話のはずだったのだが――

 そしてその声は、少し呆気に取られているようにジョーには感じられた。


『俺に言う通りにしろ。まずは――』


 ジョーはトーマスの指示を大人しく聞く。

 しかしそれは、彼には理解しがたい内容であった――

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