四章 戦士の覚悟

一節 最前線

 生きるために剣を振るうジョーは、鬼神の如き力を発揮する。

 だがそれは結局のところ、逃げるための力であった。

 立ち向かうために戦うのならば、それでは駄目なのだ。



………………



「敵襲! 敵襲だ!」


 喧しく鳴らされる鐘と、兵士たちの怒号によって、割り当てられた個室で眠っていたジョーは起こされる。

 ここに来て、既に何度も味わったことだ。


 彼が今いるのは、皇国の国境沿いを守る砦である。

 その名はガドマイン。一ヵ月前、『勇者』として認定されたジョーが派遣された場所だ。


 開戦以来、この砦は帝国の侵攻をよく受ける。

 ここを攻め落とさねば皇都どころか、皇国の中にさえまともに攻め入ることができないからだ。

 つまりは最前線であり、激戦区なのである。


 ジョーはヘッドギアを頭に装着し、格納庫へと向かう。

 そこには既にトーマスと彼の率いる第三遊撃部隊、通称商隊キャラバンのメンバーがいた。


「遅いぞ、ジョー」

「どうせいつもの小競り合いで、今日も留守番でしょう? なら、いいじゃないですか」


 トーマスは咎めるが、不貞腐れているジョーの言う通り、いつも彼らは戦っていない。

 こうして、外では戦闘中だというのにたむろしているのがここへ来てからの日常である。


「それにしても、なんで出れないんでしょうね? 僕としてはありがたいですけど」

「ランドール将軍曰く、「勇者殿を出すわけにはいかない、怪我でもされたら困るからな」……だそうだぞ」


 ジョーのつぶやきに、トーマスは物まねを交えて返す。

 そう、彼らはこの砦を統括する将軍、ランドールの言付けにより、待機を余儀なくされていた。


「じゃあ何でアタシたち皇都から送られたのさ? 出られないんじゃ意味ないじゃん」

「考えねぇでもわかんだろぉ。将軍閣下は俺たちが気に食わねぇのさ。ケッ」

「ピーター、あんたねえ。そんな言い方しなくてもいいじゃないか」


 アデラが疑問を唱えると、ピーターは私見を述べる。

 その様子に、この二人は馬が合わないのだろうかとジョーは勘ぐった。実際、仲は悪いそうである。


「そう言うな。奴にも矜持と言うものがあるのだ。それに、我々にでかい顔をされると士気にも影響するのだろう」


 石の壁に寄りかかるリックは、彼らを諫める。

 「なるほど」とジョーが感心していると、その場にいなかったベンが戻ってきたようだった。


「どうだった?」

「……今日は二十体……次で攻めてくるだろうな」

「そうか……」


 トーマスはベンから何やら報告を受けている。

 ジョーはその内容が気になったようだ。


「MW《マシン・ウォーリア》の数ですか?」

「ああ、日に日に増えているらしい。今日はこっちと同数だ」


 彼らは格納庫の中で立ち尽くす。

 そして半日もしたころ、外を包んでいた戦いの熱気が収まった。



――――――



 ――夜


 トーマスとリックは人がいないのをいいことに、砦の会議室を無断使用していた。


「で、こんな所に呼び出して何の用だ、トーマス」

「ああ。頼みたいことがあってな――」


 彼らは机の上の蝋燭を間に挟んで話している。

 暗闇の中、灯された火のみが彼らの顔を照らし出していた。


「ランドール将軍に俺たちだけでも出してもらえるよう、アンタから言ってくれないか?」

「無駄だと思うがな。奴は吾輩の言葉に耳を貸したりなどはしない」

「なら、せめてカール殿の助力を得ることはできないか?」

「ふむ、カールにか……」


 トーマスの依頼を聞いたリックは髭を撫で、考えるようなそぶりを見せる。

 考えるまでもないようにトーマスには思えたが、特に口を挟まずに返事を待つ。


「まあいい。両方やってみよう」

「助かる」

「だが、わからん。そんなことをして、お主は一体何がしたいのだ?」


 懐疑の表情を浮かべるリック。

 対するトーマスは、毅然とした態度で答える。


「今日、敵のMWはこちらと同数だった」

「そうらしいな」

「なら、明日はもっと来るだろう。今はまだ小競り合い程度で済んでいるが、次はわからん。放っておけば壊滅するかもしれない」


 トーマスはわずかな焦りを言葉に乗せ、語った。

 しかしリックは納得がいかないらしく、尚も顔を顰めている。トーマスとしても、その程度理解していることは知っている。

 問題は、それに対する対応だろう――


「ならば、やるべきはブレイバーを出せるようにすることではないのか?」

「閣下としては正義の旗印である勇者を戦場に出したくないんだろう。その意を汲むなら、ジョーには逃がす準備をさせたほうがいいのかもしれない」

「ここで食い止めなければ、ずるずると侵略されていくだけだ。ランドールの意向など無視してでもブレイバーを出すべきだろう」

「俺の考えでもある。ジョーは戦士じゃあないんだ。……アンタが考えているように、勇ましい男ではないんだ」


 意見が食い違う。

 あくまでもお飾りの勇者として扱おうとするトーマスに、ブレイバーの使用を訴えるリック。

 彼らの間に、冷たい夜の空気が蔓延する。


「それでも……やってもらわねば困る! ブレイバーは置物ではないのだ! 最強のMWを遊ばせておくなど、ランドールもお主もどうかしておる!」


 非難するリックは、机をたたき立ち上がる。机上の燭台が揺れ、倒れんばかりにバランスを崩すが、あと一歩のところで踏ん張る。

 机は木製であり、万が一倒れていたとすれば燃え移って小火ぼや騒ぎになってしまったかもしれない。それほどまでに、冷静ではいられなかったのだろう。


「……アンタはまるでジョーのことなど考えていないんだな……」


 感情的になるリックに、冷めた視線を送るトーマス。

 その声音からは、哀しみさえ感じられた。


「……さっき言った件は頼むぞ。動きやすくなるんだから、アンタにとっても悪くはないだろう」

「ああ……」

「くれぐれも、余計なことはしないでくれよ。隊長は俺なんだからな」


 そういって、トーマスは椅子を立ち、燭台の一つを持って去っていく。

 部屋に残るリックは悔しそうに拳を握り、歯ぎしりしていた。



――――――



 ここは、皇国内に設営された前線基地。

 『基地』などと言っても物資を集積したり、天幕を張ったりしているだけの、いわばただのキャンプである。

 だが、敵国への侵攻には欠かせない重要な拠点だ。


 空がまだ明るくなり始めたころ、静かだった基地にとある一団が現れた。

 いくつものトレーラーの集団である。それも、MWを運べるほどの大きさの車両がほとんどだ。


 先頭のトレーラーから出てきたのは、長い金髪を後ろに流した男。そう、第二騎士団一番隊隊長ガス・アルバーンである。

 反対のドアから出てきたのは、ガスよりは短い金髪の少女。少し緩そうな騎士制服を着ている。

 続くトレーラーからも次々と騎士たちが現れ、ガスの後ろに並びだす。


 そして、それを出迎えるのは、毒々しさを感じさせる紫の髪の女。

 彼女はガスの前へと歩み寄ると、突然殴りつけた。ガスは首を反らし、最低限の動きでそれをかわす。


「相変わらずだな、ミラベル・ローズ。この私を意味もなく殴ろうとするのは貴様ぐらいのものだ」

「会えてうれしいよ、ガス・アルバーン。クレセンティウムの剣を失ったそうじゃないか。負け犬にはお似合いの顔をしているよ」


 ガスとミラベルは互いに挨拶を交わす。

 とても仲がいいようには思えないが、これが彼らの関係である。ミラベルはやたらとガスを敵視しているし、ガスはそれをさほど気にしていない。


 ミラベルは拳を引くと、ガスの隣に立つ少女を指す。


「ところでアルバーン。貴様、女を増やしたのか? 前の奴もいるようだが」


 彼女の言う「前の奴」とは、後ろに並ぶエルのことを指しているのだろう。


「ん? ああ、彼女は私の婚約者だ」

「ちょっ! 何言ってるのよ、ガス!」

「将来的にはそうなってくれると信じている」


 ガスが冗談を言うと、隣に立っていた少女は慌てたように喋りだす。

 その無礼を止めようとするエルの表情に変化があったのには、誰も気が付いていない。


「……まあ、貴様の女などどうでもいい。一番隊はしばらく休んでおけ、侵攻はしばらく我々で行う」

「好きにするがいい」

「ほう、意外だな。クレセンティウムの剣が恋しくないのか」


 つまらなそうにしていたミラベルは、眉を上げ興味を示す。


「お手並み拝見ということだ。それにもし、戦場に奴が出てくるのなら、私とて備えが必要だからな」

「……奴?」

「灰色のMWだ。あれは一種の化け物……私でさえ苦戦は免れん相手だ」

「フフフフフ……ハハハハハハ!」


 ガスが懸念を語ると、ミラベルは思い切り笑い出した。

 この反応はガスの想定通りであったが、それにしても面白くはない。『それ』の脅威を知らぬ者に嘲笑われるのは、どうしても気分のいいものではないのだ。


「なるほどな! そいつが貴様から剣を奪った奴か!」


 察したミラベルは嬉しそうに喋りだす。

 鬱陶しく思いながらも、ガスは彼女への義理から忠告を送る。


「そうだ。奴……ブレイバーにだけは気を付けたほうがいい」

「そいつを討てば私の実力が貴様より上であると証明されるわけだな!」


 ミラベルは嬉しそうである。

 ガスはそのわかりやすい反応を嫌悪したが、特に顔や口に出すことはない。自信と彼女では求める物が違うのだと、自分を納得させる。

 そして、そんなミラベルにも解りやすいよう、ガスはブレイバーの脅威を伝えるのだ。


「ふん、私だからこそクレセンティウムの剣だけで済んだのだ。貴様では剣どころか<レイダー>と命も失うだけだろう」

「言うじゃないか。まあいい――」


 ミラベルは翻し、ガスに背を向ける。


「砦は今日、私が墜とす。貴様は指をくわえて待っているがいい」


 そしてミラベルは歩き出す――

 その向かう先は彼女の操るマシン・ウォーリア、レイダーである。

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