五節 勇者伝説

 ジョーとピーターは宿屋の前まで戻ってきていた。

 辺りは薄暗い。図書館で読みふけっていたらつい、空の暗くなる寸前まで長居してしまったのだ。


「今日はありがとうございました。……いろいろと」

「せいぜい、感謝しろよぉ。ヒェヒェヒェヒェッ!」


 ――これだから彼のことは好きになれない。

 そのようなことをジョーが考えていると、トーマスが宿の中から出てきた。


「――戻ってきたか、丁度いい」


 トーマスはジョーを認めると、声をかける。


「ん? トーマスさんじゃないですか。僕に何か用があったんですか?」

「ああ、ちょっとな……」


 語るトーマスの顔は重い。明らかに嫌々来ているような様子であった。


「ピーター、よくやってくれた。リックじゃなく、お前に任せて正解だったな」

「あぁ。あの老いぼれだったらこうはいかなかっただろうぜぇ」

「さぼられたら大変なことになるからな」


 何のことかジョーにはさっぱりであったが、ピーターはトーマスから何らかの指示を受けていたと察することはできた。


「立ち話もなんだ、中で話そう」


 トーマスは親指で背中のドアを指す。

 彼が中に入ると、ジョーも続いて入り、その後にピーターも続いた。


 そして、三人はジョーの泊っている部屋へと入る。


「すまん、かなり面倒なことになったかもしれない……」


 そう切り出したのは、部屋に置いてあった椅子に座ったトーマスである。


「な、何なんですか! 面倒なことって……」


 驚いているのは、部屋の扉の傍に立つジョーだ。


「なんだぁ。お偉いさんにでもバレちまったかぁ?」


 そう問うのは、ベッドに腰かけるピーター。


「……まさしくその通りだ。それも、最悪な奴にバレた」

「え? どういうことですか!?」

「この国の最高権力者にブレイバーのことが伝わってしまった。隠そうとしていたのにな……」


 トーマスは頭を抱える。


「――ジョー。明日、ここに迎えの馬車が来る。悪いが、大人しく乗ってくれ」

「何があるんですか……? 教えてくださいよ!」

「すまん。俺も知らされていないんだ……。だが、絶対にろくな事じゃない。俺も備えはするが、用心は怠らないでくれ……」


 思わず声を荒げるジョーに、重々しく語るトーマス。

 部屋の中の空気は、暗い。


「トーマスさんと同じ用事では……?」


 ジョーは希望的観測を語りだす。

 しかし、トーマスたちの表情に変わりはない。


「……それは無いだろうな。あの男なら……」


 そういって、トーマスは立ち上がり、部屋から出て行った。


「じゃ、俺も行くぜぇ」


 ピーターも腰を上げると、同様に出ていく。


 そして、ジョーは聞いてしまった。ピーターが部屋から出た後、すぐに隣の部屋のドアが閉まる音を――


「……そういうことか」


 あまりにも登場のタイミングが良すぎると、彼も思っていたのだ。


 ジョーは不安を胸に、ベッドに転がった。

 その感触は、覚えていないという――


――――――


 ――翌朝


 ジョーは気になってあまり寝ることができなかった。

 目はいつもより細く、大きな欠伸あくびをしている。

 目の下には隈があるが、これは野宿の連続でできてしまったものであり、つまり以前からのものだ。


 彼が窓から外を見ると、外の道には既に馬車が止まっていた。

 その馬車はトーマスたちの使っていたような荷馬車ではない。

 貴族の使うような立派な装飾の馬車であった。――これは彼の偏見なのだが。


 そして最大の特徴は、角の生えた白い馬がそれを引いているということである。

 ジョーにとっては、『羽付きウサギ』以来の不思議生物だ。


 部屋のドアがノックされ、木の音が響く。


「ジョー殿はいるか!」


 いつだかの騎士のような、よく通る声である。

 嫌なことを思い出しつつも、ジョーは応じた。


「今行きます!」


 扉を開けると、そこには鎧を着込み、剣を携えた人物がいた。

 きっと、皇国の兵士なのだろうとジョーは察する。


「第三遊撃部隊のトーマスから話は聞いているな? 同行願おう」


 ジョーはその兵士の物言いに若干の嫌悪を覚えながらも、大人しく案内に従い馬車に乗った。


 そして、馬車は皇城に向かって動き出す――


――――――


 ここは、謁見の間。国の最高権力者である皇帝が、公式に客人と顔を合わせるための部屋である。

 ジョーが連れてこられたその部屋には、彼を待ち受けるように大勢の者たちが並んでいる。


 兵士、貴族、そして、奥の大きな椅子に腰を掛ける皇族。彼らが一様にジョーを睨む。

 ジョーはその視線に怯えながらも、一歩一歩と歩み寄っていく。


 そして、皇帝と思わしき人物の目の前まで着くと、その場で跪いた。

 彼にそのあたりの作法はわからない。ただ、周りからより鋭く睨まれているから反射的にそうしたのだ。


おもてを上げい」


 目の前の男が高いところからそう告げると、ジョーは顔を上げる。


「お初に、お目に、かか、ります……? わたくし――」

「ジョーと言うそうだな。出身はどこだ」


 緊張するジョーが変なイントネーションで挨拶を始めると、皇帝がそれを遮り、語りだす。


「えー……どうも頭を打ったせいで記憶がなくて……そのぉ」


 ジョーが自身の記憶喪失設定を語ると、男の口元が緩むのを彼は見た。

 何か失敗したのだろうかと、考えを巡らせる。


「そうかそうか。そこにいるトーマスから聞いたのだが、貴様はブレイバーというMW《マシン・ウォーリア》を動かせるそうだな」


 その男は上機嫌に語りだし、兵士たちの中にいるトーマスを指でさす。

 ジョーが目を向けると、トーマスはいつものような商人の服装ではなく、他の兵士たちと同じ立派な服を着ていた。


 どうしていいかわからないジョーは、大して考えもせずに頷いてしまう。


「は、はい……」

「そして、多くの帝国のMWを葬った……そうだな?」

「え、ええ……」

「フフフフフ……」


 ジョーの返事を聞くと、皇帝は笑い出した。


「――皆の者! <勇者伝説>は知っておるか!」


 皇帝がその場にいる者たちに問いかけると、謁見の間はざわめきだす。


「我が国に古くから伝わる伝説にはこうある! 『その者、アークガイアが危機にさらされし時、どこからともなく現れ、すべての敵を打ち倒し、消える』! ――勇者とは、ここにいるジョーのことだ! 今の問答でそれがはっきりした!」


 皇帝は公の場で、ジョーこそが<勇者>であると認定した。

 ジョーは話についていくことができておらず、トーマスは「やられた!」とでも言いたげな顔をしている。


「そして! 『勇者』は我々の元へ現れた! すなわち、これは我々に『正義』があることの証なのだ! 帝国こそが、アークガイアを滅ぼす『悪』なのだ!」


 皇帝の演説が始まると、部屋は熱気に包まれる。

 兵士たちは歓喜し、貴族たちはみな口元を手で覆っている。


「帝国との会戦はもう間近だ! しかし、恐れることは無い! 我々には、『勇者』ジョーがいる! 負けることなど決してない!」


 皇帝は続ける。

 既にこの空間は熱狂の渦にのまれていた。


 今更ながらに、ジョーは逃げ出すことのできない雰囲気であることを悟り、焦りだす。


「もう帝国の打倒は成したも同然! そして我々センドプレスの民によって! ようやくアークガイアは統一がなされるのだっ!」


 あちらこちらから歓声が上がる。


「皇帝万歳!」

「センドプレス万歳!」

「皇国万歳!」

「勇者万歳!」


 その様に、ジョーは恐怖さえ覚えた。

 人とは、これほどまでに流されやすいものなのかと。


「『勇者』ジョー。我々に力を貸してくれるな?」


 湧き上がるなか、皇帝はジョーに問いかける。

 その頼みは、トーマスの懇願とは比べ物にならないほど心を動かされなかった。

 怒りさえ覚えるほどだ。


 だがここまで来ては、彼自身も流されることしかできなかったのだ――



三章 皇都へ ‐了‐

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