四節 アークガイアという世界
図書館の受付前で困っているジョーに、ピーターが歩み寄る。
正確には、その正面で応対している受付嬢にだが。
「ちっと、いいかい」
「貴方は……?」
受付嬢は明らかに不審なものを見る目を向けている。
その反応はジョーの時以上だ。
「俺はこういうものなんだがよぉ」
ピーターは
「これは……」
「俺ぁピーター・アビーってんだ。こいつは俺のツレでなぁ――」
ナイフを受け取りじろじろと調べている受付嬢に、ピーターは自己紹介をする。
その横で、ジョーは少し驚いたような顔をしていた。家名を名乗りだしたからだろう。
「アビー家の三男、ピーター様ですね。失礼いたしました」
「ああ。じゃ、通るぜぇ」
伝えるべきは伝えたとばかりに、ピーターは奥に向かって歩き出す。
「あっ、お待ちください! 当館は貸し出しは行っておりませんので――」
「知ってるぜぇ」
受付嬢はピーターを引き留め、利用の仕方を説明しようとしたが、彼は止まらない。
突っ立っていたジョーは受付嬢と顔を見合わせる。
「……入ってもいいですか?」
「……どうぞ」
入館許可を得たジョーはピーターの背中を追い、早歩きをした。
――――――
机に着いたジョーの前には分厚い一冊の本。
ピーターは、離れた席で組んだ足を机の上にのせている。
「なにが知りてえんだぁ?」
ピーターがそれなりの声で話しかけてくる。
「うるさいですよ。静かにしてください」
ジョーはその声量を注意する。
「誰もいねえから大丈夫だぜぇ。ここぁ誰かいる場合は通さねえからなぁ」
「ん? どういうことです?」
「お偉いさんがここの資料みて重要なことを決めることもあるんだよぉ。ケケケ」
誰もいない理由はわかったが、ピーターが喧しいのに変わりはない。
問題は他人への配慮だけではないのだ。
「……歴史ですよ」
「はぁ? 随分専門的じゃねぇか」
「さっきのをみて、この国の事情が知りたくなりました」
「その本じゃわからねえと思うけどなぁ」
ジョーの持ってきたのは「アークガイアの歴史 旅歴二〇四年版」という題の本である。
これは、彼の世界で言うところの「世界史」であり、国の細かい事情などわかる物ではない。
「いいんですよ。そもそもアークガイアのことも知らないんですから」
「へぇ……」
ピーターの反応を見て、失言だったかもしれないとジョーは反省する。
「ところで、今は何年何月何日なんですか?」
「今日は旅歴三一〇年、二月三〇日だぜぇ」
今の質問も迂闊だったかもしれないとジョーは肝を冷やした。
アークガイアに日付という概念が無ければ、成り立たない質問だったのだ。
異世界人だと知られれば、どうなるかわからないのに――
そう考えている彼は、慎重になることを意識した。
「……百年以上前のじゃないですか、これ」
「そりゃそうだぜぇ。長いこと、変わったことは起きてなかったからなぁ。へへへ」
その言い方に、ジョーは妙な違和感を感じた。
「『なかった』とは?」
「今はおかしいことだらけだぜぇ。帝国があちこちの国に戦争仕掛けたりよぉ。あと、MW《マシン・ウォーリア》がありえねぇぐらい発掘されてる」
「ん? 前にトーマスさんも言ってましたけど、MWって発掘される物なんですか?」
ピーターは組んでいた脚を解き、床に降ろす。
その代わりに肘を机に突き、降ろした脚は貧乏ゆすりを始めた。
「遺跡から発掘されるのが一般的だぜぇ」
「遺跡って、僕が倒れてたっていう――」
「そう、俺たちの文明よりも栄えてたっつぅ古代文明の遺産だぁ。……おめぇ、古代文明人なんじゃねぇか?」
ピーターはなめるように、疑惑の視線をジョーに向けてくる。
「……まさか。そんなわけ……ないと思いますよ……?」
思わず疑問形になるジョー。
――これは、かなり重要な手掛かりかもしれない。
そう思うと、否定しきることができなかったのだ。
「とりあえず、これ読むので静かにしててくださいよ」
「信用ねぇなぁ。ヒャッヒャッヒャッ!」
――言った傍からこれだから信用されないのだ。
そんなことを考えながらジョーは本を手に取り、律儀に一ページ目から読み始める。
――アークガイアの歴史 旅歴二〇四年版
紀元前:一生物でしかなかった人間の中に、『賢者』と呼ばれる者が生まれた。彼はその英知を振るい、人々に文明を授ける。この地が『アークガイア』と名付けられたのもこの頃と考えられる。
旅歴元年 一月:賢者は『旅歴』を制定する。空が明るくなってから暗くなるまでを『一日』、三〇日を『一ヵ月』、一二ヵ月を『一年』とした。
……(中略)……
旅歴六四年 一二月:突然現れた生物、『狂獣』が暴れだす。当時、それらと戦う力を持たなかった人類は、見つからぬよう隠れ住むことになる。また、このころ獣人と呼ばれる人間が出始め、差別の対象となった。
旅歴八二年 四月:賢者の孫により、三体のマシン・ウォーリアが発見される。当時は神兵と崇められていた。
同年 五月:ナイフを大型化した武器、『剣』が開発される。賢者は同時期に『弓』と『矢』を発明し、人類は狂獣への反抗を開始した。
同年 一一月:三体のマシン・ウォーリアの力を得た人類は、狂獣を全て駆逐することに成功。これを操る三人の若者は、救世主として崇められることになる。同時に獣人に対する差別は激化し、次第にその数を減らしていった。
同年 一二月:賢者の孫は二代目賢者を名乗り、ワイズ家を興す。『家』という概念が唱えられたのは、この時である。
旅歴八七年 四月:救世主たちはそれぞれの勢力に分かれ、争いを始める。後に『分国戦争』と呼ばれるそれが、人類初の戦争となった。
旅歴九〇年 八月:各勢力のマシン・ウォーリアの破損をきっかけに分国戦争は終結。この時の勢力は『国』となり、更なる発展を遂げてゆく。
旅歴九一年 一月:一人の男が国を興したのをきっかけに、次々と国が乱立し始める。
旅歴一〇一年 三月:アークガイア各地からマシン・ウォーリアが発見されるようになる。マシン・ウォーリアは求心力を失ったが、各国はこれを求め動き出した。
旅歴一〇五年 七月:『機兵戦争』勃発。アークガイア全土で侵略戦争が始まる。同時にマシン・ウォーリアの運用について、各国で研究が始まる。
旅歴一〇八年 一〇月:機兵戦争終結。最終的に生き延びたのは、マシン・ウォーリアを多く保有していた国のみであった。
……(以下略)……
「読み切れねぇだろ?」
「……ええ」
ジョーは年表を読んでいたが、その膨大な長さに読むのを途中で諦めた。
もっと簡潔に書いてほしいと、著者に直談判したかった。
しかも、その後に年代ごとの解説まで入っているのだから、もう読む気にはならない。
そもそも彼は、勉強の類は好きではないのだ。
「最近の情勢だけでよけりゃ俺が教えてやるぜぇ」
「……お願いします」
ジョーは一抹の不安を覚えながらも、ピーターに説明を頼んだ。
「どこまで見たかぁ知らねえが、その中にある『機兵戦争』って奴以降は戦争は起きてねぇ。いや、無かったって方が正しいか」
「『無かった』って?」
「まぁ、それについちゃあ後だな。とにかく、二百年ぐれえは戦争なんてねえ」
ジョーは驚愕する。
彼のいた世界では、そんな長い間戦争が起こらなかったことなどない。
現に、彼が生きていた時代でさえ、その兆しがあったのだ。
「凄い……長い間……戦争なんてなかったんですね……」
「あぁ。その間は大したことは起きてねぇ。せえぜぇ、来たる決戦に備えてたはずの国が、腐敗してくぐれぇだ」
ピーターの言う「腐敗」という言葉が、ジョーの頭をよぎる。
「それがさっきの……?」
「あぁ、貧民街の増加だ。もう、都市の中枢にまでできちまってる」
彼にしては珍しく、悲しそうな顔で語る。
「んで去年、遂に帝国が侵攻を開始してなぁ。もう、皇国以外の国は亡ぼされたか、属国になっちまったんだな」
「おかしいですよ! 早すぎるじゃないですか!」
あまりにも
一年も経たないうちにいくつもの国が無くなっているのだから、客観的に見ても冗談にしか聞こえない。
「ここで関係してくんのが、さっき言った話でなぁ。 帝国はどうも大量にMWを持ってるらしいんだぜぇ」
「……どれぐらいですか?」
ジョーは恐る恐る尋ねる。
彼はピーターの話に、完全に聞き入っていた。
「詳しいことは知らねえがな、皇国が持ってるのが数十台、他の国も十数台は持ってたらしいぜ。二百年も備えてただけあってなぁ」
「そんなものなんですね」
「んで、帝国だけどな――」
ピーターはもったいぶった言い方で、ジョーをじらす。
「少なくとも百台だ。――多分、もっとあるなぁ」
「ひゃ、百台!?」
ジョーは驚いて見せるが、その実、実感など全くない。
「あぁ、普通に発掘してたらそんなにあるわきゃねぇ。帝国には古代文明人でもいんのかもなぁ。ヒヒヒヒヒ」
「あ、あははははは……」
ピーターは冗談を言って笑い飛ばす。
どうせ他人事だからと、ジョーも一緒に笑っておいた。
――すぐに他人事ではなくなるというのに。
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