五節 命の価値

 カールの操るファイターと共に、ブレイバーに乗るジョーは先頭に立っていた。

 その後ろには肩が赤く塗られたアーミーたちと、多くの歩兵が控えている。

 さらに後方には大きな壁がそびえ、弓を携えた兵士たちが高所から睨みを利かせていた。


 そしてその布陣の前に姿を現す一団がいる。

 黒いMW《マシン・ウォーリア》を先頭に、多くのアーミーと歩兵を従え、彼らはやってくる。

 その足取りはとても重々しく、大地を踏みしめるように一歩一歩と音を立て、確実に迫っていた。


 彼の集団が足を止めると、ファイターが黒いMWと対峙する。

 そのMWは間近で見ると、ガスの操るストライカーに似た流線形のデザインであることがわかる。

 しかし、その肢体はストライカーよりも幾分かマッシブなものであり、力強さを感じさせた。


『私はこのガドマイン砦の防衛隊長、カール・サクソンである! 帝国の騎士殿、ここには何用か!』


 カールは拡声器で名乗りを上げる。

 そして、今更聞くまでもないことを問う。


『帝国第二騎士団所属、ミラベル・ローズだ! 昨日は世話になったな、カールとやら! 今日こそは明け渡してもらおう!』


 黒い機体に乗る騎士も名を名乗る。


 その女、ミラベル・ローズの声を聴いたジョーは、女性らしからぬ傲慢さを感じた。

 例えるならば、女ガス・アルバーンとでも言うべき印象だ。この時点で彼には嫌な予感しかしなかった。


『ん? 今回は灰色も前にいるのか。――ならば丁度いい、アルバーンへの手土産にしてくれる! 全軍突撃!』

『戦闘開始だ! 死ぬ気で守り切れっ!』


 両軍の先頭を飾る物たちは、ろくな指示もせずに戦いを始める。

 整っていた隊列はすぐに崩れ、戦士たちは獲物を求める狩人へと変貌する。

 巨大な剣の交わる音が響きだし、巨人たちの駆動音が鳴る。


 ブレイバーの周囲にも人の海が広がり、勝手に足元で戦いを繰り広げだした。


「くそっ! これじゃ動けないじゃないか!」


 各々突出するMW部隊に対し、完全にジョーは出遅れていた。

 周りの味方歩兵を蹴り飛ばすわけにもいかず、しゃがませるだけの空間もない。


 他のMWが自由に動いているをことを疑問に思ったジョーは、周囲の様子を伺う。

 そして、衝撃的な場面を捉えてしまった――


「本当に蹴り飛ばしているのか! 味方ごとっ!」


 どのMWも、人を払いのけるように足を動かしていた。敵味方の区別など無く、邪魔な物を退かすように。


『何をしている、勇者殿! 早く動け!』


 非情になれないジョーは、ブレイバーを動かすことが出来ない。

 既に交戦しているファイターからカールの叱責が飛ぶが、彼にとっては鬱陶しいだけである。


『ジョー、聞こえるか! シェリーから話は聞いた!』

「トーマスさん!」


 ヘッドギアにトーマスからの通信が入ってくる。

 こういう時だけは頼りになると、ジョーは感謝した。


「人が邪魔で動けないんです! どうすればっ!」

『迷うな! どかせるんだ! 足元にいる奴らはその程度の覚悟はできている!』

「こっちができないって言ってるんですよ!」


 思わず怒鳴りつけるジョー。想像以上に頼りにならなかったようだ。


 そうしている内にも、ブレイバーに敵が襲い掛かる。

 ミラベルではない。彼女のMWは口上を述べてから一歩たりとも動いていない。

 人を押しのけ、踏みつぶしながらそのアーミーは歩み寄り、動けないブレイバーへと剣を振り下ろした。


「ちぃっ!」


 その時、ジョーの『能力』が発動する。剣筋が、簡単に予測出来るほどに把握できる。

 ブレイバーは振るわれる剣の腹をタイミングよく左手で払いのけ、右手に握るヒート・ソードで足の片方を切断する。

 とっさに振るった一撃ではあったが、待ち受けてたのは思いもしない展開であった――


「ぎゃあぁぁぁ!」

「ぐぇっ!」


 体勢を崩したアーミーは、幾人かを巻き込んで転倒する。


「だめだ! これじゃだめだっ!」


 敵を倒したら味方にそれ以上の被害が出るのでは話にならない。ジョーはそう考え、嘆いていた。

 しかし、それは彼が勝敗ではなく人命を優先に考えているからである。そしてそれこそが、カールの危惧していた甘さであったのだ。


「トーマスさん! 何か方法はないんですか!」

『だから! 味方だろうが容赦なく蹴れと言っているだろう!』

「――ふざけるなよっ! そんなことできるわけないだろ!」


 自分で聞いておきながらジョーは憤慨する。冷静さを失い、パニックを起こしていた。


『冷静になれ! お前とそいつらでは命の価値が違うんだ!』

「命の価値って……! 盗賊やゴロツキや兵士は殺してよくて! MWの方が上等なんですか!」

『落ち着け! 訳が分からん!』


 ジョーは溜め込んでいた怒りをまき散らす。

 トーマスはそんなジョーを必死に宥めようとするが、更なる逆鱗に触れてしまっている。


 そんなやり取りをしている間にも、立ち尽くすブレイバーに敵が迫った。

 ジョーはヒート・ソードで剣だけを斬るように戦うが、武器を失ってもアーミーは拳で戦い続ける。

 そして、切り取られた刃は足下にいる者たちへと突き刺さるのだ。


『ふっ。脚を動かさずに戦えるのは凄いことだと思うが、やはりだめじゃないか』


 カールの失笑がジョーの耳に入る。

 予想通りとばかりに言い放つその言葉は、ジョーの戦意を削いでいった。


『カール殿! ジョーには前線は荷が重いのです! 後ろに下がらせてやってください!』

「何言ってるんですか! これじゃ下がれないですよ!」

『人がいるから――かね? どこまでも君は甘いな』

「ブレイバーが下がったら本当に壊滅するでしょうが!」


 戦うたびに被害が出るという惨劇の中、頑なにジョーは引き下がらない。

 やぶれればもっと多くの犠牲者が出ることだけは理解しているからだ。それならば自分がどうにかするべきなのだと、自惚れているからだ。


『……言うじゃないか! なら、置物でもいいから精々奮闘したまえ!』

「ええ、精々やらせていただきますよ! 『勇者』らしいですからね!」


 カールに対し威勢のいい啖呵を切ったジョーは、次なる敵を待ち受ける。

 下手に動くのよりは被害が減らせると考えた結果である。


 そして、狙い通りアーミーはやってくる。

 その機体は剣を突き立て、突進して来ていた。


「――なら……こうだっ!」


 ブレイバーは左腕の甲を盾のように構え、勢いの乗ったアーミーの突きを装甲で滑らせて受け流す。


「ごめんなさい! でも――覚悟はできているんでしょう!」


 空いた手に持つヒート・ソードが、アーミーの脇腹を突く。そして静かに抜き取り、立ったままの体制を維持させた。

 初めて意図的に行った人殺しであっても、動揺はしない。これが最善策なのだと自身を納得させながら、平静を保とうとしている。


『ほう、只の臆病者だと思っていたが、どうやらそういうわけでもないようだな』


 ジョーよりも少し前で戦っているカールから声がかけられる。


「……良く見れますね」

『リアカメラだ。後ろに続く者たちの様子を見守るのも私の仕事でな。しかし、今見せたその動きこそ、戦いにおける動作の究極なのではないか』

「究極?」

『味方を阻害しない最小限の動きで敵を討つ……まさに守る者としては理想ではないか。少し見くびっていたよ、勇者ジョー』


 カールの言葉に嫌味は感じられない。

 それどころか、純粋に認めているようにすらジョーには聞こえた。


『カール殿にそこまで言ってもらえるとはな。すごいじゃないか、ジョー』

「そ、そうなんですか? あんまりうれしくないですけど――」


 そして、その直後であった――


『――っ! 突っ込んでくるぞ、勇者!』

「えっ!?」


 アーミーが三体、人を撥ねながら走行形態で突撃してくる。

 それらすべてがファイターを無視し、ジョーのブレイバーのもとへと向かって来たのだ。

 『能力』が発動するのを確認すると、冷静にそれらを対処していく。


 ブレイバーは立ち尽くす残骸の脇を通ってきたアーミーの突きを、先ほどと同じく最小限の動きで避け、腹にヒート・ソードを突き刺す。

 アーミーの背中から、緋色に赤熱する剣が生える。


 続いてきたアーミーはブレイバーの側面で変形し、剣を横なぎに振るおうとしたので空いている手で腕を抑える。

 ヒート・ソードから手を放したブレイバーは、その拳で渾身のボディブローを叩き込む。

 鉄板がへこみ、ガラスが割れる音が響くと、アーミーは立ち尽くす。


 三体目はブレイバーの脇を通り過ぎると、慣性の乗ったまま信地旋回を行った。

 そして、背後から迫ると勢いのままに二足に変形して飛び上がり、剣を振りかぶる。

 それを目で追っていたブレイバーは慎重に立ち位置を調整し、上半身を捻らせると、レーザー・マシンガンで肩と操縦席を正確に狙い打つ。

 空中で被弾した胴体が爆発を起こし、アーミーはブレイバーに届かず落ちる。


 怒涛の三連撃をいなし、安堵するジョー。ここで、彼の感覚は元に戻る。

 しかし、ブレイバーは今、多くの敵から目を背けてしまっていた。

 ――だから、気が付かなかったのだ。


『貰った! 灰色!』


 背後から聞こえるのは、今まで動いていなかったミラベルの声。

 その意味を理解したジョーの本能は、再び『能力』を発動させていた。


 驚いたジョーは耳に手を伸ばし、慌ててリアカメラの映像に切り替える。

 しかし、『能力』が再び発動した中で操作しても、映像はすぐに切り替わらない。

 特別なのは『ブレイバー』なのであって、映像を投影する『ヘッドギア』自体は大したことは無いのだ。ジョーの超人的能力についてこれるだけの性能はない。


 緊急回避をしようにも、足元には多くの人間がいるのだ。

 ブレイバーを大きく移動させれば、それだけの死傷者が出る。確実に避けられる保証もないのだ、そのようなことは彼にはできない。


 ――時間はあっても、できることがない。

 ジョーは焦り、恐れるが、代わりとなる打開策は浮かばない。


 その内に剣が鉄板に綺麗に突き刺さる音が響くと、戦場は揺らぐ。

 一つの重要な戦力の喪失――それは、戦いの流れにも影響するのだ。


「……生きている……のか?」


 ジョーは剣を突き刺されたと思っていたが、衝撃はない。

 しかし、そのショックは心臓が止まりそうになるほど苦しい。

 思わず閉じてしまっていたまぶたを開く。そして、眼に映し出された映像を見ると、すぐに彼は状況を理解した。


「あ……ああ、ああああああああああ――!」


 剣の生えたカーキ色の背中が、間近に映る。その鉄色の剣先には、赤黒い液体が付着していた。

 そう、目の前には――剣に突き刺されたファイターが立っていたのだ。

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