二節 皇都到着

 ――関所の突破から数日後

 皇都に到着したトーマスたちはベンの率いる本隊と合流した。

 トーマスは約束通り、ジョーに十数枚の金貨が入った袋を手渡してくれた。


 その時のトーマスの目はジョーにとって忘れることはできないものだっただろう。

 ――感謝。かつて自身がジョシュアに向けた視線もそれなのだろうかと、考えさせられた。


 そして、ジョーは人殺しをゆるされたようにすら感じたのだ。


――――――


 その後、ジョーはトーマスの確保した宿に泊まっている。

 数日間、皇城にて行われるブレイバーに関する記録作業や整備を手伝うことになったのだ。

 今日はその初日である。


 格納庫にそびえたつ、ブレイバーにジョーは感無量と言った視線を向けた。

 灰色のその機体は、ジョーのしでかした動きにより、左半身を中心に砂と泥とこびりついた草で汚れていた。


「何だい、そいつが惜しいのかい?」


 そう尋ねてくるのはアデラ。情熱的な赤い髪と、褐色の肌を持つ女だ。

 商隊の中では一番MW《マシン・ウォーリア》に詳しいとジョーは聞いている。


「いえ、別に。ただ、こいつはなんだったのかな……って」

「ん?どういう意味だい?」

「こっちの話です。気にしないでください」


 ブレイバーはジョーの操縦に難なくついてくる。

 ジョーの死の間際に発現した『能力』によって、感覚と肉体が強化された超人のような状態であっても。


 そして、その中身は彼のよく知る作業機械、マシン・ワーカーにとてもよく似ているのだ。


「それにしてもアンタ、これは使い方が荒すぎじゃないかい?」

「そうですか?」

「見なよ、この左腕。どうやったらこんなに泥が詰まるのさ」

「……すみません」


 ブレイバーの周りに組まれた足場の上で、不機嫌そうにアデラは言う。

 ジョーは反省するそぶりを見せたが、その内心は完全に他人ごとである。


「まあいいさ。どうせ次は他の奴が乗るんだからね」

「そういえばヘッドギアは?」

「まだベン達が書き写してるよ。今日のうちは無理じゃないかい。ホント、こういう時は役に立たない奴らだよ」

「はは……」


 ジョーは愛想笑いを返す。


「ところで僕は今日何をすればいいんですか? ヘッドギアも無いんじゃ、できることなんてない気がしますけど」


 アデラは手を止め、しばらく考え込んだ。


「さあ? ――おおっと、丁度いい奴が来たみたいだよ」


 その時、鉄がこすれる音を立て、格納庫の扉が開いた。


 扉を開けたのはスキンヘッドの大男、不愛想な表情で腕を組みだしたベンである。

 彼はジョーのもとへと歩み寄り、睨む。


「ええと……どうかしましたか?」

「……今日は頼めることがない……帰っていいぞ」


 それだけ伝えると、ベンはさっさと格納庫を出て行く。


 ジョーは最早呆れ返るしかなかった。


――――――


「何なんだよあの人たち! 自分から呼んでおいて!」


 宿のベッドでジョーは憤りをこぼす。


 ヘッドギアは前から渡してあったので、ジョーは完全に無駄足だったのだ。

 そのように感じるのも無理はないだろう。


「仕方がないな……」


 彼にはやるべきことがある。トーマスたちの手伝いだけをしているわけには行かない。


 やるべきこととは、元の世界への帰還である。

 しかし、最大の手がかりとなるヘッドギアは今、手元にない。

 ならば、できることは外での情報収集しかない。


 ジョーは体を起こすと、金貨の入った袋をもって宿屋から出る。

 宿の主人に外出することを伝えるのも忘れない。


「ちょっと外出ます」

「ん? ああ、好きにしろよ」


 ――主人の反応からすると、必要なかったのかもしれない。


 ジョーは石畳で舗装された道を歩き、街を見渡す。


 街は煉瓦造りの家が多い。彼の泊っている宿屋もそうであり、思っていた以上には彼を満足させている。

 商店街に行けば八百屋や肉屋、雑貨屋や料理店が並んでいる。資金のある限り、彼が生活に困ることは無いだろう。

 そして、至る所に衛兵の詰め所がある。彼にも安心して歩ける街だ。


 しかし、ジョーは困っていたことがあった。

 それは、情報の入手先が全くないことである。


――――――


 トーマスは一人で部屋に籠り、机に置かれた紙に羽ペンで何かを記入している。

 その紙にはブレイバーのことについて記入されていた。


 紙とペン先のこすれる音だけが静かに響く空間に、ノックという異音が入り込んでくる。


「誰だ」

「吾輩だ!」


 返事を待たずにその老人、プレートアーマーを着込んだリックが入ってきた。

 リックはトーマスの作業机まで近寄ると、書類を覗く。


「ほう、報告書か。お主にしては殊勝なことだな」

「あんなものを見つけたんだ。報告しないわけにはいかんだろう」


 トーマスは手を止めずに答える。

 リックはひとしきりそれを眺めると、近くの壁に寄りかかった。


「ところでだ、答えを聞いていなかったな。吾輩の提案は結局どうするのだ?」

「あんたも知っているだろう。ジョーは数日手伝ってもらったら開放することにした」

「帝国との会戦が近づいているのだぞ?」

「もともと俺たちの問題だ。あいつは関係ない」


 リックは髭を撫で、考えるようなそぶりを見せる。


「……ふむ、そうか。なら、仕方がないな」

「そうだ。あんたの見る目は正しかったが、筋が通らんからな」

「ところで、それは誰に出すんだ?」


 リックはトーマスが記入している報告書を指す。


「決まっているだろう。俺の直属の上司だ」

「と、なるとルイーズ姫か」

「殿下と呼べ。殿下と」


 この時ばかりはトーマスも手を止めて注意していた。


「皇帝陛下には報告しないのか?」

「当然だろう。あの男に知られたらどうなることか……」

「ろくなことにはならんだろうな。――邪魔をしたな、そろそろ吾輩は失礼する」


 それだけ言うと、リックは部屋を出るべく、ドアの取っ手に手をかける。


「そうだ」


 トーマスの声に反応し、リックは振り向いた。


「『賢者』殿を知らないか? ついでにあの方にも聞いておきたいのだが」

「……しばらくはいないそうだ。報告なら殿下にだけするがいい」

「そうか、いないのか……」


 トーマスは消沈する。


 リックが静かにドアを閉めると、部屋にはトーマスのみが取り残された。


――――――


 ジョーは道に迷っていた。

 図書館のような施設を探して右往左往していたのだが、見つからないどころか来た道を忘れてしまったのだ。


 彼は特別方向音痴な訳ではないが、ヘッドギアのマップ機能に頼るきらいがあった。

 そんな人間が知らない土地で地図もなく、更には闇雲に歩き回ったのだから、こうなるのは当然の帰結だろう。


 ジョーはそこいらを歩いていた衛兵に尋ねる。


「あの、道を尋ねたいのですが――」

「こっちは忙しいんだよ!」


 ジョーは衛兵に思い切り突き飛ばされ、壁に激突する。

 幸いにして怪我はないが、石の壁に叩きつけられたのだから骨を損傷してもおかしくはなかった。


「痛っ! ――何するんですか!」


 ジョーが抗議しようとするが、兵士は無視して歩いて行く。


「何あれ……」

「馬鹿じゃねぇの……」

「くすくすくす……」


 周りの者たちは誰一人としてジョーの味方をしない。

 それどころか、遠巻きに嘲笑う始末である。

 その空気に耐えられなくなったジョーは、走ってその場を後にした。


 どこへ行けばいいかわからないジョーは辺りを見渡す。

 真っ先に目に入るのは、都市の中心に高くそびえる城。


 道を尋ねるのは諦めたほうがいいと判断したジョーは、ひとまずトーマスたちのいる皇城へと向かうことにした。

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